第33話
お腹がいっぱいになったら眠気が襲ってきた。
今日は久々の試合で疲れたのだろうし、朝も早かった。
しかしこの後は映画を見るということで、少し眠い目をこすりながらゆきめと並んでテレビの前に座った。
「これ、蒼君が好きなアニメのシリーズだよね?私もずっと見てるんだー」
「へぇ、好きなのか?」
「蒼君が好きなものは全部好きだよ」
「そ、そうか」
ゆきめは俺の好きなものに対して自分はこうだとか一切反対の意見を言ったことがない。
むしろ運命かと思うほどに彼女と俺の好きなものは一致する。
もちろんその一致は偶然でも運命でもなんでもなくて、ただの必然。リサーチを重ねた、ただの結果なのだが。
それでも中には嫌いなものの一つくらいはあったはずだろうに、俺が気に入っていると言う理由だけでゆきめ自身も好きになれるなんて……
それを献身的で健気と捉えるべきか、それとも執着的で陰気なだけと考えるかの結論はもう少し先送りにしておこう。
「このヒロインってすごくツンデレだよね。私みたい」
「そ、そうか?そんなに似てないような……」
「似てるわよ、なんか素直じゃないというかいじらしいところというか」
ゆきめはどうやら自分のことが全く見えていないご様子だ。
ゆきめほど自分の欲求に素直で愚直なやつを見たことがないし、いじらしいどころかあまりに行動が大胆不敵すぎる。
言ってしまえば今見ているアニメのヒロインなんかとは真逆である。
しかし俺は実際このヒロインが大好きだ。
ゆきめの言う通りいじらしくて少しあざとくて、でも素直じゃないのにわかりやすいという、ツンデレのあるべき姿はこれだと思わせてくれる彼女に俺は中学の時からぞっこんだった。
今でもコミック版で追いかけてはいるが、アニメを観るのは久しぶりで少し見入ってしまった。
ゆきめもお気に入りなのか、ビデオラックに全シリーズのDVDが並んでいるのを見て、少し羨ましいとさえ思った。
「いいな、これ全部揃えてるんだ」
「蒼君は漫画しか持ってないもんね。いいよ、貸してあげる」
「え、いいの?」
「うん、なんならあげちゃう」
「い、いやそれはさすがにいいよ……」
「いずれ戻ってくるから全然いいよ」
ゆきめはニヤッとしながらそう言った。
少し意味がわからなかったが、アニメを見ながらその意味を探ると多分こういうことなのだろうという推測はたった。
つまり俺といずれ結婚したらまた自分のものになるから構わないと言う発想か。
……重いな。発想があまりに重い。
しかしゆきめはうまいこと言ったと思っているようで満足そうな表情を浮かべていた。
そして気がつけば1時間半の映画を一本見終わっていた。
「あー面白かった!やっぱりツンデレっていいね」
俺はバンザイしながら体を伸ばすゆきめを見てふと思った。
もしかしてこいつがツンデレしたがる理由も、このアニメの影響なのではないかと。
「なぁ、お前はツンデレがしたいのか?」
「な、何言ってるのよ?私がなんでツンデレなんかしないといけないの!?」
「……」
もうすでにツンデレモードに入っていたようだ。
しかし普段と違い、さっき目の前でいい見本を見た後だからかゆきめのツンデレがしっかりできている。
微妙に顔を赤くして、照れながら強がる仕草はツンデレのそれだ。
「いやだってお前普通に愛情表現全開でくるじゃんか。ツンデレってもっと、そう今みたいにだな」
「今は上手だった!?」
「え、まぁ……」
いや自分で演技だって認めちゃったよ……
でもよく考えてみれば、こいつは俺の為になんでもしてくれる。つまり、俺がツンデレな彼女がいいと言えばゆきめは頑張ってツンデレキャラに変身するんじゃないか?
そうなればだ、ヤンデレというかもはや病気のゆきめから解放されて、ツンデレの可愛いゆきめになってくれるかもしれない。
……ものは試しだ、やってみるか。
「俺、さっきみたいなゆきめのツンデレだったら好きだなぁ。ちょっとドキッとしたし」
「ほんと!?うんうん、私頑張る!」
「それにやっぱり女の子はツンデレに限るなって映画観て改めて思ったよ」
「うんうん!」
「なんか素直じゃないところとか無理矢理なところとかああいうアンバランスがいいよな」
「それってアリアちゃんのこと?」
「へ?」
急にゆきめが立ち上がった。
「それ、アリアちゃんだよね?私じゃないよね?」
「い、いやそういうつもりじゃ」
「ツンデレできていない時の私は好きじゃないってことなの?」
「そ、そういうわけでもなくて……」
「じゃあどういうわけ?」
俺を見下しながら冷たい目で見下すゆきめを見上げて、俺は地雷を踏んでしまったのだとすぐにわかりその場で平謝りだった。
しばらくは罵られたり机の上のシャーペンで脅されたりしながらも絶対に逆らわないように言葉を選びながら対応すると、ゆきめはすぐに機嫌を元に戻した。
「なぁんだ、違うんだ。じゃあいいよ」
「ほっ……やっとわかってくれたか」
「うん。だって、私がアリアちゃんに嫉妬とか意味わかんないじゃん!変な勘違いしないでよね!」
だからツンデレするなら最初から最後まで頑張れよと言いたかったが、逆に言えばツンデレが出ている間はゆきめの機嫌がいいという法則に気がついたのは今日の収穫である。
「そろそろ寝る?今日は朝早かったもんね」
「うん、ちょっと眠たくなってきた」
「じゃあベッドで一緒に寝よ?」
「い、いやそれはダメだって前に」
「それは蒼君の部屋での話だよ?」
この部屋には布団は一つだということもあって俺はベッドでゆきめと寝ることを渋々了承した。
もちろんさっき怒らせて怖かったというのもあるが、今日もう一回ゆきめと争う自信も気力も残っておらず、さっさと寝たかったというのが一番の理由だ。
「ふふ、一緒のお布団だぁ」
「……もう寝るよ、おやすみ」
「うん、ゆっくり休んでね」
ゆきめは俺の横で俺を見るように寝転がりながらも、特に何かしてくることはなかった。
すぐに眠気が襲ってきたかと思うとどうやらそのまま寝ていたようで、次に目が覚めたのは夜中だった。
俺は何かの気配で目が覚めた。
しかし横を見ようとすると体が動かない。
金縛り?い、いやなんかに押さえつけられているような……
ゆきめは……どうやら隣にはいないようだ。
しかしベッドの下が少し明るい。
何か物音が聞こえてくる。
「蒼君、ぐっすり寝てるね。今ならいいよね?いいんだよね?ふふ、今は動けないはずだからいいよね?裸も見られたし、蒼君も文句言えないよね?うん、そうだよ。ね、蒼君」
独り言?いや、誰かに話しかけている?
動けないはず?俺はゆきめに縛られでもしたのか?
しかし何故か声も出ない。
なんかやばい予感がする……な、なんとか起きないと……
「あれ、起きてる?」
やばい、ゆきめに気づかれた?
なんとか寝たふりをして……いや、寝たふりしたら殺されるかもしれないけど、今は動けないのだから寝たふりをするしかない……
「ねぇ、起きてる?……気のせいかな」
ゆきめが諦めたようだ。
うんそうだ、気のせいだ。
俺も動けないのは辛いが寝よう。
朝になればきっと体も動くはずだ。
俺は目を閉じたままジッと我慢した。
ゆきめの声もしなくなったので、眠ることに集中した。
なんか頭がぼーっとしてきた。
うん、このまま眠ってしまおう……
「我慢できない……」
俺がウトウトっとした時にかすかにゆきめの声が聞こえた。
何か言っていた気がする。
目をうっすらあけると、ゆきめが立っていた、気がする。
「いただきます」
俺の上に重たく何かがのしかかった。
その瞬間ゆきめの顔が俺の目の前に現れた。
「あ、やっぱり起きてた」
ゆきめがそう言った瞬間からの記憶が俺にはなかった。
そして気がつけば朝だった。
「はぁ、はぁ……」
俺が飛び起きた時、すでにゆきめは台所で朝食の準備をしていた。
「おはよう蒼君、どうしたの?変な夢でも見た?」
「へ、いや……そうだな……」
そうか、あれは夢だったのか。
そりゃそうだ、あんなホラーみたいことが現実に……
「あれ、俺パンツで寝てたっけ?」
確かにズボンを履いて寝たと思ったが、暑くて脱ぎ捨てたか?
しかし脱いだズボンもないし、ゆきめが片付けたのだろうか?
「どーしたの?」
「い、いや……」
まさか、まさかな……
しかし体が怠いのも気のせいか?頭も重い……
「なぁ、俺パンツで寝てた?」
「ズボンは汗かいてたから洗っておいたよ」
「そ、そうか……」
やっぱり気のせいだ。
そして夜のあれは夢だ。
俺はそう思いながらベッドから出て、パンツ姿のまま朝食のテーブルについた。
「いただきます」
いつものように朝食を食べている時もゆきめは機嫌が良さそうだ。
「何かいいことあったのか?」
「え、なんで?」
「い、いや機嫌よさそうだから」
「な、なんもないわよ?私が機嫌よかったらそんなに変?」
「い、いや変じゃないけど……」
どうやらツンデレしてくるあたりはやはり上機嫌ということだろう。
もう気にするのはやめにしよう。
何かを振り払うように朝飯を食べて、さっさと自分の部屋に戻ることにした。
「ごちそうさま」
「いえいえこっちこそ」
「ん?」
「え?」
「……」
「さ、早く準備しないと学校遅れちゃうよ?」
今明らかに話を逸らしたな……
やっぱり昨日のことは夢じゃない?
一体俺は何をされた……
「今日は試合の後だから軽い練習にしようね」
「う、うん……なぁ、昨日の夜」
「今日アリアちゃんと話したら殺すから」
「え……」
「なーんてね、でも誰かは痛い目に遭うかもね」
「……」
なんでいきなりそんな話を……やっぱり昨日の話を聞かれたくないのか?
「なぁ」
「さて私も着替えよー」
急にゆきめが服を脱ぎ出したので、俺は慌てて部屋を出た。
そして自分の部屋に戻ったあと、色々と考えることはあるものの迫る時間に追われるように登校の準備を整えた。
そしてすぐにゆきめと待ち合わせてアパートを出た時、目の前にはなんと、遠坂さん?
待ち構えるように立っていた遠坂さんがこっちに迫ってきた。
隣にいるゆきめを見ると、軽蔑するような目で遠坂さんを見ている。
「朝からお熱いわね」
「お、おはよう遠坂さん……」
「ふん、あなたの顔なんて見たくなかったけど、連絡先知らないから直接言いにきたのよ」
照れてるのか怒ってるのかわからないような態度で遠坂さんはゆきめのことなどまるで見えていないかのように俺に話しかけてくる。
「な、何を?」
「……私、あなたのこと狙ってるから!相手が誰だろうと負けないからね、それだけ!」
そう言って遠坂さんはさっさと行ってしまった。
「え、今のって……」
「ふぅん、いい度胸ね」
ゆきめが久々に口を開くと、俺の手を握ってきてまるで俺の掌を握りつぶすつもりかというくらい強く力を込めた。
「い、痛いって」
「粉微塵にしてやるから」
ゆきめは怒っていた。
今までにないくらいに怒っていたのがはっきり伝わってきた。
そのあともずっと強く手を握ったまま一緒に登校したが、ゆきめは終始無言だった。
何事も起こりませんようにと祈りながら学校は始まり、なんとか昼休みまで漕ぎ着けたがやはり何も起きないままとはいかなかった。
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