第32話 お祝い
ゆきめは先に風呂に入った。
俺はその隙にさっさと部屋に戻ろうかなんて考えたが、外に出るには一度風呂場の前を通る必要がある。
もし出て行こうとしたところでゆきめが出てきたら……
そんなラブコメのラッキースケベに喜ぶ暇もなく、風呂に沈められてジ・エンドだろう。
だから迂闊には行動できない。
かといって今日のゆきめは覚悟を決めた獣のような目をしていた。さっきのディープなキスはその覚悟の現れのようだった。
一方の俺は何の覚悟も決まらない。
逃げる覚悟も、受け入れる覚悟も何も決心ができない。
こんな優柔不断だからこんなことになってしまったのかと自分を責めてみたりもしたが、いざゆきめを目の前にすると俺はいつも怯えている。
だから、今日こそはあいつと膝を突き合わせて話をしてみるのもいいのかもしれない。
あいつだって普段は普通の女子なんだから、話せばわかってくれることもあるかもしれない。
俺に対する執着心が強すぎて周りが見えなくなったり被害妄想がひどくなることを除けばむしろまともだと思う。
だから、これ以上彼女の行動がエスカレートする前にきちんと話をしておこう。
俺はどうしたいかという気持ちはさておき、この後どうするかだけは自分の意思で決めた。
そして彼女が風呂から出てくるのを待った。
「あがったよー」
扉の向こうでゆきめの声がした。
俺はベッドに腰かけてジッと待ち構えた。
そして扉が開いた瞬間、ゆきめの方を見た。
「ゆきめ、あのさ……ってなんで服着てこないんだ!」
「え、だって私の部屋だもん」
俺は真っ裸のゆきめを見てしまった。
一瞬の出来事で、俺はすぐに目を逸らしたがそのインパクトは絶大だった。
「お、おい服を着ろ!」
「だって髪乾くまで着たくないじゃん」
「タオルくらい巻けよ!」
「なんで?隠す必要ないのに」
生まれて初めて女の人の裸を生で見てしまった。
チラッと見えたピンクのは……乳首か?
それに下の方にはもっととんでもないものが……
なんかドライヤーしてるけど、そんなことする前に服を着てくれ……
「ねぇ、そっち行っていい?」
「だ、ダメだ!来るな!」
「ダメって言われたら行きたくなるから行っちゃう♪」
俺は枕に顔をうずめて目を塞いでいたが、ドライヤーの音が消え、ベッドに重みが加わったことで、ゆきめがこっちに来たことがわかる。
そしてすぐに俺の体に、とんでもなく柔らかい何かが当たった。
「こ、これは……」
「ふふ、気持ちいい?」
「や、やめろ」
「今日は帰さないっていったもん」
「い、いやだからって……」
まずい状況なのはわかっている。
少しでも目を開けたら裸のゆきめが目の前にいるに違いない。
そしてもう一度それを見て、我慢できる自信は俺にはない。
俺の腕に当たっているのは胸か?
なんて弾力だ……見えない分余計に大きくそしてエロく感じる。
俺はこのままこいつに食べられてしまうのか?
もう覚悟を決めなければいけないのか……
「ちょっとー、いつまでもそんなんじゃつまんないんだけど」
「お、お前のせいだろ」
「べ、別に私だって好きでやってるんじゃないし!今日の自己ベストのお祝いとして特別に裸見せてあげたんだからね!もっと喜びなさいよ」
ここで意味不明なツンデレはいらないって。
それに、喜んでしまったらそれこそ負けなんだよ……
しかしグイグイと攻められる俺は次第に目をつぶっているのも限界になってきた。
「いい加減にしないと、蒼君のも脱がすよ?」
「や、やめろ!それだけは」
「じゃあ目を開けてこっち見て」
「……」
「脱がす」
「わ、わかったわかった!」
俺はもう覚悟を決めた。
さっきまで全く決まらなかった覚悟だが、こんな不本意な形で決まるなんて……
いや、こうなることはどこかで予想できていた。
結局ゆきめには逆らえない……
そして俺はそっと目を開けた。
するとゆきめの顔が目の前にあった。
そして下に目線をずらすと……パジャマ?
「え、え、え!?」
「んー、どうしたのかな?」
「い、いやだって……」
俺はもうゆきめの裸を見る覚悟を決めていた。
そこに現れたのがパジャマ姿の彼女だったものだから、俺は拍子抜けというか期待はずれというか、なんと言ったらいいかわからない気持ちになるのも当然である。
「服……」
「だって、着ろってうるさいから」
「そ、そうだよな……」
「脱ごっか?」
「い、いやいい!」
俺は慌てて体を起こしてベッドから離れた。
そしてベッドで女の子座りをしているゆきめを見ると、俺はさっき見た裸を思い出してしまった。
「顔赤いよ?」
「う、うるさい!」
「もしかして裸を期待してた?」
「……帰る」
俺はあまりの恥ずかしさに部屋を出ようとした。
するとそっと後ろからゆきめに抱きしめられた。
「ゆきめ?」
「今日は帰さないって言ったよね?」
「だ、だけどさ……」
「今日はお祝いだから……一緒に寝るの」
もうこの状況でゆきめを振り払うだけの胆力を俺は兼ね備えてはいない。
今日も散々振り回されて、自分が今日ベストタイムを出したことなんてすっかり忘れるほどだったが、お祝いという言葉でそれもようやく思い出した。
「……寝るだけだからな」
「うん、いいよ」
結局俺はゆきめの術中にはまった形で彼女の部屋に泊まることとなった。
ゆきめに言われて俺も風呂に入ることになったが、さっき裸を見てしまったせいで、彼女の部屋の風呂に入ると変なことばかり考えてしまう。
椅子を見ればゆきめが座っていたのかと意識するし、湯舟に浸かってもゆきめが入った後なのだと思うといやらしい気持ちになった。
俺の部屋ではそんなこと一切思わなかったが、やはり女の子の部屋というのは高校生の童貞男子には刺激が強すぎる。
落ち着かないまま風呂を出て、体を拭いているとゆきめがキッチンから話しかけてくる。
「一緒に映画見ない?」
なるほどお泊りの定番だなと思うのも、結構ラブコメ漫画や小説を読んでいるからであって決して実体験からくるものではない。
それでも女の子の部屋で二人で映画を見ているとそういうムードになったりしないのだろうか。
今度ゆきめに迫られたら突っぱねる自信はない……
着替えた後キッチンを通る時にゆきめが作ってくれている夕食を見ると、今日は俺がベストタイムを出した時、いつも母さんが作ってくれていたカツ丼だったのがわかった。
普通はゲン担ぎで試合前とかに食べるのだが、脂っこいものは試合前にあまり食べないので、どうしても試合後に食べるようになっていたのだがこれも偶然の一致ではないのだろう。
「今日はカツ丼か」
「うん、中学の時からずっとこうしてたもんね」
「あ、ああ……もしかして母さんから聞いたの?」
「んーん、私がお母さんに提案したの。次も自分に勝てるようにっておまじないで」
「そ、そうか」
考えてみれば俺の青春の影にはずっとこいつがいる。
思い出の弁当の味も何もかもゆきめが裏で手を回していたものばかりだ。
しかしそれをとんでもないストーカーだとはわかっていても、どこか憎めなくなっている自分がいる。
……裸をみてしまったからだろうか。今日の俺は少しおかしい。
部屋で待っていると、ほどなくしてカツ丼が二つ運ばれてきた。
ゆきめは嬉しそうに俺の前に大きい方のどんぶりを置くと「試合お疲れ様、でも今日だけ特別だからね!」と言って少しツンとしてきた。
それを見てほっこりしてしまった俺はやはり調子がおかしいようだ。
カツ丼の味は家で食べ慣れたものと全く同じだった。
それが何を意味するかは考えるまでもなかったが、俺はその味を素直に美味しいと感じながら箸を進めていった。
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