第18話 見た?


「高山君、私の画像見てくれたかな? まだかな? ふふ、きっと今頃ドキドキしてるんだろうなぁ。ああ、私の写真のことで高山君が興奮してるなんて……考えただけで濡れてきちゃう」


 私は笑いが収まらないまま自室でパソコンを立ち上げた。


「あ、ちょうど今携帯を……まだ画像は開いてないんだ。高山君って一人でするの少ないよね。中学の時から思ってたけど性欲弱いのかなぁ。どうなの、高山君?」


 壁に貼られた高山君の写真にいつものように問いかけながら、次なる仕掛けを打つことにした。


「そうだ、さっきは電話でアングルだけ伝えたけどもうちょっと揺さぶった方がいいかな? ふふ、どんな反応するか楽しみだなぁ♪」



 俺はとりあえず、というよりそれしか方法も見当たらず部屋の電気を消した。


 寝てしまえばいい。

 そして明日になればこんな煩悩も消えているだろうから迷わずメールごと削除できるはずだ。

 こんな話をすれば、今消せばいいじゃないということを言う人もいるかもしれない。


 だがそれは無理だ。

 俺の携帯の中にあるものは、例えるならば食べれば死ぬ禁断の果実だ。

 しかしその味は、世界に二つとない美味なもので、更に俺は空腹で死にそうなのだ。

 そんな状態で、自分の意思一つでそれの取捨選択をしろと言われて迷わず捨てられる人間などいるものか。いや、いてたまるものか……


 だから一度この状態をリセットするんだ。

 空腹感を忘れ、味を忘れ、煩悩を消し去るんだ。


 そう思って布団に入り寝ようとした時にまた携帯が鳴った。


「誰から……ってまたゆきめか」


 無視するという手もあったが、しつこくかけられてもたまらないので一度電話に出てみた。


「もしもし、まだなんか用があるのか?」

「私ってやっぱり魅力ないの?」

「え、なんでだよ……ていうかその話はさっき」

「でも私でドキドキはしてもムラムラはしないんだよね? それって女として魅力ないってことだよね?」

「い、いや、だから……」


 この異常者の言いたいことが俺にはなぜかわかってしまう。

 こいつはさっさと自分の卑猥な画像を見て興奮しろと、そう俺に言っているのだ。


 しかしだ、俺はこれを見てしまったら間違いなく興奮して凝視してしまう自信がある。


 ローアングルから撮られたゆきめの裸エプロンだと?

 もう想像の時点でかなり血が逆流してくるレベルだ。


 しかも俺は一度生の姿も見ているから、イメージがより鮮明になる。

 やばい、考えたらもうムラムラしてきた。


「高山君は私でしようとは思わないの?」

「へ? い、いや何をだよ」

「そんなの一つしかないじゃん。しないの? なんでしないの? していいよ? ていうかしてほしいな? したらいけないの? 誰か他に気になる人がいるの? 私じゃイケないの?」

「あ、あのだからさ……」


 電話越しだが、今あいつがどんな顔をしているか想像がつく。

 きっとくすんだ瞳で壁でもジッと見つめているんだろう。


 しかし素直になれば調子に乗るし、否定したらこうなるし……

 結局どっちが正解かわからないまま、曖昧に回答した。


「女の裸みたら大体ムラムラするだろ。別に好きとか関係なくてもさ」

「じゃあするの? してくれるの?」

「……ああ、そうだな」

「じゃあ明日、感想聞かせてね」

「え、あ……切れた」


 電話が切れた時に思った。


 感想ってなんだよ……

 お前の写真よかったよ、興奮したー、あれなら何回でもできそうだー……


 いやこんな変態みたいなこと言えるわけないだろ!


 俺はこれ以上写真について考えていると眠れないと思い、携帯の電源を切って無理やり寝ることにした。


 寝付けないかと思ったが、布団に入るとホッとしたのかすぐに眠気がやってきた。

 俺はそれに抗わず、気持ちのいい眠りにいざなわれた。



 そして無事、朝を迎えた。


 ゆきめはは珍しくノックをせずに合鍵で部屋に入って……いや侵入してきたという表現は崩さないでおこう。


 俺は布団の中で、彼女のドアを開ける音と足音を聞きながらも寝たふりをしていた。

 すると廊下から部屋のドアを開けて中にゆきめが入ってきた。

 俺はその様子をうっすらと開けた目で確認していた。


「高山君、寝てる?」


 ……まだ眠たい、だから寝たい。

 このままやり過ごせばしばらくは眠れるかもしれない。

 しばらく辛抱して……いやゆきめのやつ何か持ってないか?


「嘘つき、やっぱり高山君は嘘つきだ。私の写真、見てないんだね。私、もう高山君と一緒に天国でやり直そうかな。寝てる間になら、楽に向こうにいけるね。バイバイ、高山君」


 その時、ゆきめが右手を持っていたものを俺に向けた。

 包丁だ……。


「ま、待て! 起きてる、起きてるから!!」

「あ、おはよう高山君。寝たふり? あ、また嘘ついたんだ」

「ち、ちがう今起きたところだって……」

「そうなんだ。でももう一回寝ましょ? 今度は私と一緒に、永遠に」

「待て待て! な、なんで俺が嘘つきなんだよ?」


 ベッドから飛び起きてすぐにベランダの方へとあとずさりした俺に包丁の先端をロックオンしたゆきめは、俺の質問に平気で答える。


「見てないとでも思ったの?」


 わかりきっていたことだ。

 大体知り合う前の実家の部屋の様子まで丸裸にされていたのに、今は一人暮らしな上にこいつの隣の部屋なわけで。

 当然無事なわけがない。


 しかし、今はそれを責めることよりもこの状況を回避しないと明日どころか今日の昼間も迎えられない……。


「き、昨日は……ちょっと疲れてて」

「なんで? 私といてしんどかったの?」

「い、いやその……緊張したんだよ。手を繋いでドキドキしたというか、あんなの俺初めてでさ……」

「じゃあ私とまた手を繋ぎたい? 繋いでくれる? 繋いでも怒らないしむしろ嬉しいって思う? 高山君の方から積極的に手を繋いでくれる?」

「えと、まぁ、そうだなそうする……」

「その時もちゃんとドキドキもムラムラもしてくれる?」

「す、するよもちろんだよ」

「わかった、じゃあ許してあげる」


 ゆきめの構えた包丁が下を向いた。

 それを見て俺は腰が抜けてその場に座り込んだ。

 そんな俺にゆきめが近づいてくると、俺の前に整った愛くるしく且つ美麗な顔を覗かせてきた。


「に、二度寝はよくないから怒ってるのよ? わ、わかる?だ、大体高山君が朝弱いのがいけないんだからね! でも今度嘘ついたら針千本よ!」


 ここでツンデレキャラだと?

 それに対して俺はどう反応したらいいんだ……


 でもこいつの言う通りだ。

 二度寝は確かによくない。

 それはわかった。


 なぜかと言えば、二度寝の際にうっかり永眠させられそうになるからだ。

 俺は二度と空寝も二度寝もしないと、そう誓った……。


 ゆきめはその後、俺に使おうとしていた包丁をそのまま台所で使用していた。


 今日は包丁が正しい使われ方をしているようでよかったよ。

 俺も包丁もニッコリだ。


 こんな冗談が言えるのも命あっての事。

 

 生きているってなんて素晴らしいんだと、朝から逆にテンションが上がりそうになってしまった。


「高山君、今日はお母さんとミクちゃん来るから夜が楽しみだね」


 キッチンで包丁の音を軽快に響かせながらゆきめが俺に話しかけてくる。


「いやまぁ俺は別に……」

「そんなこと言ったらダメよ? 家族は大切にしないと」


 ストーカーの言い分なんて分かりたくもないけど、それについては耳が痛い。

 そうだ、その通りだ。

 家族の繋がりを大切にしていなかったからこうなったんだ。

 だからこれからはもっと……いやもう手遅れだが。


「それにそれに、来週は記録会もあるでしょ? その時はお父さんも見に来るって言ってたよ」

「父さんが? いやなんでまた記録会なんかに……」


 俺の父は前にも言ったが厳格な人だ。

 それに仕事が忙しく試合を見に来たことなんてただの一度もない。

 そんな父がなぜ地方の記録会なんてものを見に来るんだ?


「私が誘ったの。も、もちろん高山君の成長っぷりを見てほしかっただけよ! でも、私にも久しぶりに会いたいからなんて言ってもらっちゃった♪」

「……」


 どうもゆきめの事は父さんも気に入っているようだ。

 これはいよいよまずい。


 実はゆきめは彼女ではなくてストーカーで、知り合ったのは本当は最近なんですなんて話したら……いや俺が怒られるだけか。


 はぁ……もうそれはいいか。

 周りにどう思われていてもいい。俺が、俺だけがそれをわかっていてちゃんと線引きできていればそれでいいと思うしかない。


 やがて運ばれてきたトーストは抜群の焼き加減で好みのサクサク感に仕上がっており、何を血迷ったか聞かれてもいないのにうまいと口走ってしまった。


 そしてそんな俺の様子にご満悦なゆきめを見てほっとしたところでうっかり携帯を開くと、ゆきめの画像が一瞬だが姿を覗かせてしまった。


「あ!」


 俺は声を出してしまい、慌てて携帯をしまった。

 しかし、なんか今すごいものが見えたような気が……


 やばい、朝から下半身が言うことを聞かない。

 しかしもう一度開くことも難しい……こいつに消してもらうしかないか。


「どうしたの高山君?」

「い、いや昨日の画像なんだけどさ……やっぱり消してくれないかなって……あれはさすがに学校で見られたらまずいし」

「うーん、それもそうね。じゃあ携帯、貸して?」

「あ、ああ」


 俺は携帯をゆきめに渡すと、見ないように一度トイレに向かった。


 そして戻るとゆきめが「もうオッケーだよ」と言って携帯を渡してくれたので恐る恐る中身を見たが、どうやらきちんと削除されているようだった。


 よかったと全面的に喜ぶべきなのだが、なぜか少し口惜しい気分になったのはやはり俺が健全な男子たる証拠であろうと勝手に納得した。


 その後のゆきめは普通だった。

 登校中にうっかり手を繋げなんて言われるかと思って覚悟していたがそんなこともなく、昼休みのお弁当もただの美味しい唐揚げ弁当だった。


 そんな感じなもんだから俺は気が抜けていた。

 部活でもゆきめは普通にマネージャーの仕事を頑張っている。


 だから安心しきっていた。

 油断していた。

 もはやこれは慢心と呼ぶべきかもしれない。


 しかし、すっかりと穏やかな日常を夢見ていた俺にまたゆきめが現実を運んでくる……




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