第14話 見てるよ?
「ふんふんふーん♪」
ゆきめは今、嬉しそうに俺の部屋のキッチンで何かを作っている。
さっきファミレスで食事をしたばかりなのに一体これ以上なにを食べるつもりだ?
いや、そもそも洗濯物は?
部屋に持って帰ったあとすぐにまた戻ってきたけどちゃんと洗ってくれてるのか?
「どうしたの高山君?あ、もしかしてまだ九条さんの心配とか?」
「ち、違う違う! それより今そこで何作ってるんだ? 結構食べてきたじゃん」
「明日の為のデザートだよ、プリンにしたの。わ、私の作ったプリンが食べられるんだから喜びなさいよ!」
どうやら明日も俺の家に来るのは確定らしい。
手作りデザートという形で手短にその予約を済ませるとは恐れ入った。
……って感心してる場合じゃあない。
「でも甘いものは太るからダメなんじゃなかったのか?」
「うん、でも今の高山君は筋肉が落ちてベスト体重より2キロは軽い感じだからちょっと食べないとダメよ。だから大丈夫なの」
確かに俺は痩せた気がしていた。
しかし俺は最後にいつ体重計に乗っただろう。
少なくとも高校生になってからは一度もない、というか部屋に体重計なるものはない。
なのになぜこいつは俺の質量が見ただけでわかる?
毎日観察しているから?
いや、そんな程度でわかるわけないだろ。
「て、適当なこと言ってもダメだからな」
「んーん、高山君のことで間違えるわけないじゃない。身長177.4センチ、体重は今は63キロかな、足は27.5センチでウエストは」
「も、もういいもういいわかったって……」
こいつがなんらかの手段で俺の健康診断の紙を入手して情報を仕入れるくらいは想像できる。
しかし俺は絶賛成長期である。
身長も足のサイズも最近グンと大きくなった。
だから正確な数字は俺自身知らない。
そんな不確かなものを自信満々になぜ語れる?
「ふふ、不思議って顔してるね。だけど見たらわかるもん。身長とか体重とか」
「だ、だけど足のサイズまでわかるもんなのか?」
「それは企業秘密だよ」
可愛い子ぶってはいるが俺はそれについてだけはなんとなく推測が立った。
靴下、やっぱりこいつが盗んだな……
どんな理由であれ人のものを盗るのは犯罪だ。
「おい、俺の靴下が一足なかったけど返せよ」
ストーキングその他こいつの数々の悪行はともかく、物を盗られた俺は被害者として強気に出れる。
なるべく機嫌が悪そうに、怒っている様子でゆきめを詰めた。
するとゆきめはスリッパを脱ぎだした。
「盗んでないよ? 履いてるんだよ」
よく見たらこいつが履いている靴下、俺のだ。
「い、いやなんで勝手に履いてるんだよ!?」
「彼氏の部屋にきて服借りるなんて普通よ。それなのに……泥棒扱いしたね? したよね? してくれたよね?」
一気に形勢がひっくり返った。
俺は可哀想な被害者から、女子に冤罪を着せた加害者みたいになってしまっていた。
もちろん、お前の彼氏になった覚えはないぞと言いたかったが黒いオーラをまとうゆきめを前にそんな反論は自然と封印されていた。
「い、いやだって勝手に……」
「証拠あるの? ないよね? ないのにそんなこと言うんだ」
「そ、それは……」
「謝って。ちゃんと私の目を見て謝って、謝って!」
「す、すみません……」
なぜ俺は自分の靴下を勝手に使用された挙句、彼女でもないどころか自分のストーカーに頭を下げているのかと思うと情けなくて死にそうだ……
「うーん、許してあげなくもないけど私傷ついたしなー」
「い、いやもういいじゃないか」
「ダメよ、傷ついたの。必死でフォローしたら許してあげないこともないけどね!」
「フォローって言ったってなにを……」
俺が困っていると、ゆきめは冷蔵庫の方に視線を送った。
何があるのかと俺もつられて目をやると、いつの間にか広告が磁石で張り付けられていた。
そして広告の内容は……映画?
こいつ、映画が見たいのか?
「映画……」
「ん?」
「あ、いや今度映画でも行くかなって……それでどうだ?」
「んー、仕方ないなぁ。ま、それでいいってことにしてあげるわよ。感謝しなさいよ、そんなことで許してあげるんだから」
ゆきめはそう言いながらも口が綻んでいた。
しかしこいつと映画デートなんて、考えるまでもなくゾッとする。
あんな暗い部屋に二人で入るなんて、他に人がいるにしても怖すぎるんだけど……
一方でゆきめは自分の思い通りの展開になったことを喜んでか、鼻歌交じりにプリン作りに精を出していた。
ようやく一息。
その間、しばらく何も言ってこなくなったので俺もベッドに座り携帯を触っているとゆきめが誰かと電話をし始めた。
「もしもし、はい、そうなんですよ。えー、いいんですか? じゃあ明後日楽しみにしてますね」
誰かと会うのだろか?
それは好都合だ。誰とでも会ってきてくれ、なんなら男と会ってきて偶然ぶらついている俺と遭遇しろ。言いがかりをつけて切り離してやる。
「高山君、明後日お母さん来るから三人でご飯行こうって」
「ああ、なんだ母さんか……え、三人ってお前もか?」
「なによ、むしろ二人でもいいくらいだって言ってたけどせっかくだから高山君も誘おうって話なのよ? 夜はお寿司連れて行ってくれるって」
寿司だと?
俺は一度たりとも寿司なんて連れて行ってもらったことはない。
うちの家はサラリーマンの父とパートの母、それに妹一人という普通の家庭だ。
しかし父が厳しい人で、お金のことなんかも昔から自分でなんとかしてみろという主義だったから甘やかされて育ったことは多分ほとんどない。
この学校にだって推薦で学費免除になるから選んだわけだし、アパートについてはここが母の親戚の持ち物だからという理由で格安で借りている。
別にケチだというわけではない。やりたいことの為に大学に行きたいなら金を出してくれるとも言ってくれるし、とにかく無駄遣いというものを好まないだけだ。
それなのに寿司?
いや、回る寿司なら最近はそんなに高くはないが。
しかもそれをなんなら俺抜きでこいつと二人で行こうとしていたのか?
「お前、寿司なんて……母さんに無理言ってるんじゃないだろうな?」
「違うよ、お父さんが私と会うならちゃんとしたところに行きなさいって言ってくれたからって。ふふ、私ちょっと気に入られてるのかな」
「なんだ父さんが言ってるのなら別にいい……いいわけあるか! 父さんとも面識あるのか?」
「うん、それがなにか?」
え、なんか変なこと言った? という表情のゆきめを見ていると、むしろこっちが変なことを言ってるのではないかという錯覚に陥りそうになる。
しかしだ。
母のみならず父までこいつの手中に落ちていたとしたら……もうダメだ、それだけはダメだ。
なにせうちの父は生粋のサラリーマンで、なんでも最後までやり通す、貫き通す主義の持ち主だ。
常々言われてきたのは、部活はやりだしたら最後までやり切れということ。
あと女性とは付き合ったら必ず最後まで添い遂げる覚悟を持つこと。
フラれる以外に別れるなんて選択肢はなく、浮気などしようものなら勘当だともいわれたことがある。
なぜ父がそこまで頑固なのかは知らないが、とにかくそんな感じの父だ。
父親ってだけで怖いし、俺ですら帰りの遅い父さんと最近はほとんど話していないというのに……
「お、おまえいつ父さんと知り合ったんだ?」
「そんなのおうちにお邪魔してお弁当作ったりしてる時にいつもお仕事から帰ってくるから自然とね。あ、ちなみにお父さんのお弁当も一緒に作ってあげたこともあるんだよ」
あるんだよって……あっちゃダメだろそんなこと。
赤の他人どころか息子のストーカーに弁当作ってもらっちゃう父さんも父さんだ。
もっと警戒しろよ、もっと疑えよ、もっと俺に確認しろよ!
我が家のセキュリティは一体どうなってるんだ……
「ふふ、久しぶりに高山君の実家にも遊びに行きたくなるね。ミクちゃんにも会いたいし」
もう両親を抑えられている以上、必然も必然なのだがもちろん妹とも面識があったようだ。
ミクは地元では美人と評判のギャルだ。
しかし性格は男、部活も特にせずフラフラしているような不良よりの人間だ。
最近少し大人しくなった様子だったが、だからと言って俺から何か声をかけることもなく、俺が家を出たので結局口を聞かずじまいというわけだ。
そんなミクと会いたい?
まさかあの狂犬と仲良くなったとでも?
「い、一応聞くけどミクと仲がいい、なんてことはないよな?」
「ミクちゃんとは二人でお出かけとかするよ? それに最近お姉ちゃんって呼んでくれるようになったの♪ いいでしょー」
自慢げに得意げに鼻高々と誇らしげに話すゆきめを見て俺は一体自分が今まで何をしてきたのかを少しだけ振り返った。
中学で陸上を始めてから家族との会話は減った。
ただ部活に行き、飯を食べて部屋で寝るだけの生活だった。
そんな無機質な生活を送っているうちに俺の生息地帯は外来種に食い荒らされていたのだ。
「あ、ミクちゃんからメール来たよ。ほら、お姉ちゃんって書いてるでしょ」
ニコニコとしながらゆきめが俺に携帯を見せてくると、そこには『お姉ちゃん、今度おうちでパンケーキ作りするから写真送るね♥』というなんとも仲の良さそうな内容がミクから届いていた。
あの妹を手懐けただけでもあっぱれ、恐れ入る。
もう畏敬の念すら抱くし、なんならあいつパンケーキなんて可愛いものが好きだったんだなと俺も知らない妹の意外な一面を暴いてくれたこいつにはもう何も言うことはない。うん、何も言えない……
しかしこいつは俺の彼女という存在に擬態した、いわゆるフェイカーだ。
そんな嘘っぱち、偽も偽、贋作の彼女がこうも俺の家族と仲良くなれた理由はなんだ?
いったいゆきめには何がある?
脅されている、なんてことは考えにくいしその辺がわからないことにはこいつの進撃を食い止められない。
「なぁ、ミクはゆきめに反抗しなかったのか? ほ、ほらあいつ凄く怖いだろ?」
「ミクちゃんが怖い? ないない、あんな優しい子他にいないってくらいいい子だよ? ミクちゃんも高山君と話すのは恥ずかしいんだってこぼしてたし、今度みんなでお買い物いこうね。も、もちろんこれは兄妹仲を心配しての提案なんだから、ちゃんと仲良くするのよ!」
少し疎遠になりかけた家族の絆の隙間が、ゆきめによって埋まっていく。
どうしてだろう、話を聞いているだけだとこいつはとてもいい、いや出来すぎた彼女に見えてくる。
全くそうじゃないのに。
「じゃあプリンも冷蔵庫入れたし、洗濯物してくるね。あ、ちゃんとお湯に浸からないと疲労とれないからお風呂も入れてるからね。背中流しに行くまでゆっくり入ってて」
手際よくやりたいことを全てこなしてからゆきめは部屋に帰っていった。
静かになった部屋で一人ため息をついていると、ふと机の上にメモ帳があるのに気が付いた。
多分ゆきめのものだ。
忘れたのか、それとも置いて帰ったのか。
他人の私物を勝手に触る、それも中を見るなんてしてはいけないことだ。
しかし、気になる……
あの中には一体何が書かれているのか。
俺はゆきめに常にどこかで監視されているような気配を感じながらも、恐る恐るメモ帳を手に取った。
そして片付けるふりをしてページを捲った。
すると。
そこには真っ黒になるくらいびっしりと文字が書かれている。
「高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き高山君好き……」
思わず次のページを捲った。
そこにも同じ内容でびっしり、さらにその次のページも……
俺はそっとメモ帳を閉じて机の上に戻した。
「なんだこれ……」
家族の話をされて感覚がマヒしかけていたが、やはりゆきめは異常だ……
常識人の皮を被っているだけの狂ったやつなんだ。
そのメモを見て目を覚ましかけていると、メールが来た。
ゆきめからだ。
『見た?』
俺はそのメールを見てなぜかメアリーに目をやった。
じっとこちらを見ている、気がする……
もしかしてこいつに何か盗聴器かカメラでもついてるんじゃ?
俺はメアリーを手に取ろうとした。
するとまたメールが来た。
『メアリーちゃん、下に降ろすとよくないことが起こるよ』
それを見てもう一度メアリーを見た。
やっぱりこの人形、何かある……
しかしだ、メールに書いてあるよくないことというフレーズが気になった。
ただのゲン担ぎとは思えない。
あいつが何かしでかすのではないか。
俺はそんなことを考えてしまうとメアリーに触れられなくなった……。
◆
「ふふ、洗濯物も一通り堪能したしそろそろ戻ろうかな。あと、明日は映画デートだからおしゃれしないと。もしかしたら手繋いでくれたりしないかなー♪」
私はルンルン気分で自室のパソコンの電源を入れた。
そして自身のメモ帳を手に取る彼を見て微笑んだ。
「私の私物勝手に覗くなんていけないんだー。でも、私のこと気になってるって証拠だよね? んふふ、絶対そうよね。嬉しい、高山君……高山くーん!」
壁に貼られた高山君の写真に頬ずりしながら私は悶えていた。
そして洗濯物が終わった音がすると、夜中になっていた。
それでも私はもちろん、お構いなく高山の部屋のドアをノックする。
だって。
「彼女だもんね」
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