美人な転校生が、実は超絶病んでるストーカーだった。そしてなぜか家族もクラスメイトもみんな俺の彼女だと誤解しているんだが

第13話 すべてお見通し

「神坂さん、ちょっといい？」

　ゆきめはミナミ先輩に呼ばれて離れたところに連れて行かれた。

　ミナミ先輩の何とも申し訳無さそうな表情を見る限り、多分山田の件でゆきめに渋々注意しているのだろう。

　まぁ普通に考えれば入ってすぐの一年のしかもマネージャーに同級生が一人退部させられたなんて、いくら山田に非があるとはいえ部内の規律が乱れかねない事態だ。

　俺は先に一人でジョギングを始めることにした。

　しかし山田はいなくなったがその取り巻き達は部内に残っている。

　またそのうち嫌がらせでもされるのだろうかと少し不安になりながら一人で走っているとゆきめがはしって追いかけてきた。

「ごめん高山君おまたせー」

「いや別に待ってはないけど……ミナミ先輩はなんて？」

「ふふ、内緒だよ♪」

　随分とゆきめの機嫌が良い。

　もしかして山田の件じゃなかったのか？

　気にはなるけど、まぁ大したことないならいいかと割り切って、俺はゆきめとジョギングを続けた。

　そして今日からは全体練習にも一部参加する。

　スタート練習を反復して行う時に、俺も呼ばれたので短距離チームに合流した。

　ちなみにゆきめは先生の指示で中距離のタイムをはかりに行かされていた。

　そんな中、最初に話しかけてくれたのは、何とも意外だったのだが九条さんだった。

「久しぶりね」

「あ、九条さん久しぶり。いやほんとブランクがすごいよ」

「でも昨日はちゃんと走れてたじゃん」

　九条さんの表情はほとんど変わらない。

　どこか冷めた雰囲気で、美人なのに陸上のこと意外は全く興味がないといった様子の彼女から俺に話しかけてくれるなんて。

　やはり同じ一年生として少しは気にかけてくれていたのだろうか？

　そうであれば嬉しい話だが、すぐに練習に取りかかる姿を見る限りそこまでではないのだろう。

　早速二人一組に分かれてスタート練習を始めることになった。

　俺の相手は……どうやら九条さんだ。

　俺の右隣で足とスタブロの位置を確認している彼女のセンス溢れる佇まいは、走っていなくとも彼女が相当なレベルのスプリンターだとわかるほどだ。

　そして何本か彼女と一緒に先生の笛を合図にスタートを切った。

　もちろん男子なので俺の方が速いには速いのだが、それでもうっかり負けるのではという程のスムーズなスタートを横で感じていると、何故かストップウォッチをぶら下げたゆきめがこっちに近づいてきた。

　何の用だ？

　もしかして俺、九条さんの方を見過ぎたか？

　い、いや仮にそうだとしてもだ、別にゆきめにつべこべ言われる筋合いは……

「九条さん、ちょっといい？」

　しかし俺の予想に反してゆきめは、俺をスルーしてそのまま九条さんに話しかけた。

「なにか？」

　九条さんは澄ました表情を崩さずクールに対応している。

　そんな彼女にゆきめはあれこれと話し出した。

「昨日より重心が随分左寄りだし腕もそっちに流れてるよ？　あと顔上がるのも随分早いけど隣に何があるの？　高山君が気になるの？　意識してるの？」

　首を傾げながら九条さんに質問を始めた。

　いや、もはや聞き方的には尋問だな……

　しかし九条さんは動揺することもなく冷静に答える。

「たしかに、今日少しスタートがしっくりこないと思ってたんだけどそのせいかしら。ありがとう神坂さん、気をつけるわ」

　なんかゆきめがまた厄介なことを始めたのではと、俺も含め周りはヒヤヒヤしていたが、九条さんの毅然とした態度を見て安心した。

　しかしその後、ゆきめが九条さんと話し終えた後に持ち場に戻ろうとする時に呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。

「しらじらしい女ね」

　そう呟いたゆきめはヘラっと笑い持ち場に戻っていった。

　そしてその様子を心配そうに見ていたミナミ先輩が九条さんに声をかけた後俺のところに来た。

　ゆきめのことで流石に注意されるのかな……

「高山君、神坂さんって陸上経験本当にないの？」

「え？　いやそうらしいですけど」

　ちょっと質問が予想外の内容だった。

　あいつの陸上経験が今の状況と何か関係あるのか？

「神坂さん、本当に人のフォームとかよく見てるし的確だよねアドバイスも！　昨日山田君に言ってたことだってほんとその通りだったしさ」

　ミナミ先輩は少し興奮気味に俺に話してくる。

　どうやらゆきめがさっき九条さんに指摘した内容があまりに的確だったため驚いているようだ。

　もちろんゆきめが九条さんのフォームを隈なくチェックしてる理由とかは別にあるのだろうが、それは今ここで話しても仕方ないか……

　そういえば今名前が出て思い出したが山田の件は問題なかったのだろうか？

「先輩、山田先輩のことは大丈夫だったんですか？」

「うん、山田君にはみんなうんざりしてたしあれだけハッキリ言ってくれてスカッとしたって言ってる人多いよ。でも多分神坂さんは私達のことを考えて無理してくれたのかなって……だから気にしないでねって神坂さんには伝えたの」

　だそうだ。

　なんということだ。

　ゆきめのような美人は何をしても許される、とまではいかないにしても大概のことは周りが忖度して都合よく解釈してくれるようだ。

　そりゃそうだ。

　ゆきめのような愛想のいい明るい超絶美人が本気で人に死ねとか言うなんて夢にも思わないし、なんならストーカーを働いていることなど誰も信じてくれないだろう。

　むしろそんなことを言ったら俺の方が悪者扱いされかねない。

　既に母さんはそんな感じだったし。

　そう思うとまたゾッとした。

　ゆきめは自分がどう見られているかをわかってて好き放題やっているのではないか？

　どこまでが天然でどこからが意図的なのか。

　遠くでタイムをはかるゆきめを見ながら俺はテンションが下がった。

　やがて練習が終わると、すぐにゆきめが俺のところにやってくる。

「お疲れ様高山君。はい、タオル」

「あ、ありがとう」

　優しく俺の汗を拭いてくれるゆきめを見て、周りの男子どもは「いいなー」と声を溢している。

　しかし俺の汗を吸ったタオルを自然に肩にかけてから、大きく深呼吸して頬を赤くしながらうっとりするゆきめを見て、俺だけは絶望していた。

　そう、練習が終わったあとが本番なのだ。

　今日の晩飯は何を作るつもりなのか、今日も部屋に居座る気なのか、なんならまたお風呂で背中を……

　い、いやこんな話を周りにしてもただの嫌味や惚気にしか聞こえないぞ……

　なんだろう、俺は狡猾に且つ自然に、しかし着々とゆきめの毒牙に捕らえられている気がする。

「高山君、今日はご飯食べに行かない？」

　ゆきめが当たり前のようにさっきのタオルで顔を拭きながらそう言ってくる。

　正直こいつとどこかに出かけるのは嫌だが、下手な嘘や誤魔化しは通じない。

　適当なことを言って怒らせるよりは平和的解決を俺は望む。

「あ、ああいいけど。行きたいところとかあるのか？」

「うん、ちょっと一緒に行きたいところができたの」

　そう言ってゆきめは更衣室へ向かっていった。

　行きたいところとは言うものの、この辺は駅近くにラーメン屋や喫茶店が数軒、あとは商店街にも店はあるが別に特筆して行きたがるような場所は思いつかない。

　それでも下校時にもう一度合流したゆきめは家に帰る途中で嬉しそうに独り言を呟いていた。

「ふふ、あんたなんて眼中にないことを見せつけてやるんだから」

　そんな彼女はアパートに着くと「30分後に下に集合よ。別に一緒に出かけることにワクワクとかしてないんだからね！」と三文芝居をうってから部屋に戻っていった。

　俺は部屋に帰るとまず待ち合わせまでにシャワーを浴びた。

　そして昨日の洗濯物を確認していると靴下がないことに気がついた。

　盗んだ？　

　いやゆきめが入れ忘れていただけか？

　別に靴下くらいでどうこう言うつもりは今更ないが、やはり洗濯物を任せるのはリスクが大きいなと、頭をかかえながら俺は下に降りた。

　ゆきめは先に下で待っていた。

　もちろん彼女は俺を見るなり「た、たまたま早く降りただけだし。楽しみで仕方ないんだろお前みたいな目で見ないでよね！」とツンデレぶってきた。

　俺はそれをスルーして外に向かおうとすると今度は「相手してくれないと寂しい」と言ってすり寄ってくる。

　俺は結構というかツンデレな女子はむしろ好きな部類だ。

　だから余計に思うのだが、こいつのはツンデレではなくただ感情がとっちらかっているだけだ。

　だから何もドキドキしないしときめかない。

　横で嬉しそうに話しかけてくるゆきめの笑顔を見たって俺は絶対に何も思わない。

　心を鬼に、いや無にして俺はゆきめについて行った。

「あ、見えてきたよ」

　案内されたのは商店街の入り口にあるファミレスだった。

「ここに行きたいのか？　別にファミレスなんていつでも」

「いいの、今日行きたいの。ここのドリアが食べたくなったの。いいでしょ？」

　まぁ安いしそこそこうまいし高校生がよく使う溜まり場的場所だが、なぜそこまでこの店にこだわるのか不思議だった。

　しかしそんな疑問は入店した瞬間に解消される。

「いらっしゃいま……高山君？　それに神坂さんも」

　俺たちを出迎えてくれた店員はなんと九条さんだった。

「あ、ごめんなさい。こちらのお席にどうぞ」

　俺たちを見て驚いた様子だったがすぐに仕事モードに切り替えて俺たちを席に案内してくれた。

「ゆきめ、今日ここに来たがってた理由って九条さんがいるからか？」

　もうそれしかないのだが、敢えて俺は質問をする。

　普通なら「そんなわけない」とか「偶然だ」なんて言い訳をしてくるものだが、ゆきめは何も悪びれる様子もなくそれを認めてくる。

「うん、それしかないじゃん」

「い、いや何のためにだよ……」

「だってあの子、高山君のこと好きだよ？」

「はぁ？」

　ゆきめは九条さんが俺に好意を抱いているとそう言った。

　しかしあんなぶっきらぼうで不愛想で俺に笑顔一つ見せたことのない子だし、そもそも彼女とは今日初めてちゃんと喋ったレベルなのにどうしてそうだと思うのだろうか。

「なにかそう思う理由があるのか？」

「私の勘ってよく当たるの。それにいつも高山君のこと目で追ってたよ？　だから絶対そうだよ。ふふ、そんなお邪魔虫には見せつけてやらないといけないから」

　行きますそう言って向かいの席を立つと、俺の隣に座ってきた。

「お、おい、広く使えばいいだろ？なんで隣に来るんだよ」

「だーめっ！今日はここで食べるの。あーんしてあげるから」

「は、恥ずかしいって。人前だぞ？」

「人前だからだよ？　それとも見られたら困る人がいるの？　いるからそんなに拒否するの？　普通彼女からこんなことされたら嬉しくて仕方ないはずなのにそうじゃない理由はなんなの？」

「い、いや……」

　途端にゆきめの目が濁ったので俺は言葉を失った。

そして結局押し切られる形で、隣り合わせでご飯を食べることになった。

　注文はピザとドリア、それにパスタを一つ頼んだ。

　九条さんは忙しそうに働いていて、時々俺たちの前を通るのだが目も合わず、仕事ぶりも部活の時のように淡々と機械的な様子だった。

　やはりゆきめの考えすぎだ。

　そう思った時奥の方でガシャンと皿が割れる音がした。

「す、すみません」

「九条さん大丈夫？　珍しいね」

　他の店員に心配されながら床を片付ける九条さんが目に入った。

　あんな完璧そうな女子でもミスはあるものなのだなと、少し意外に感じていたがゆきめは隣で一言「勝った」と呟いた。

　そして注文の品が出揃うと、ゆきめは執拗に俺にあーんをしてくる。

「あーんして、高山君」

「い、いやだから」

「あーん、聞こえない？」

「……あーん」

　目の焦点が合ってないゆきめのピントを戻すため、仕方なく俺は従った。

　そして一口ドリアを口に入れたところでまたガラスが割れる音がした。

「すみませんすみません！」

「九条さん今日はおかしいよ？　体調悪いんならあがってもいいよ？」

　また九条さんが何か落としたようだ。

　動揺している？　いや、まさか。偶然だ偶然。

　しかしゆきめはしてやったりな表情で九条さんを見ている。

　そして九条さんが気まずそうにこっちを見たその時、ゆきめは九条さんに聞こえるような声で「今日はしたいなぁ私」と俺の方にすがりながら言ってきた。

　その瞬間九条さんは手に持っていたお盆を落としておろおろしながらそれを拾っていた。

　いやまさかな……いやいやそんなわけ、あるのか？

　明らかに動揺して、様子のおかしい九条さんは、知らないうちにどこかに消えていた。

　そして美味しそうにパスタを口に運ぶゆきめは、俺の方を見て言った。

「素直じゃない子って損しかしないのよね」

　ゆきめは実に充実した様子だった。

　そして食事を食べ終わる頃に奥から出てきた九条さんは私服に着替えていた。

　どこか気分が悪そうで、申し訳なさそうに店を出て行った。

　そんな彼女を見ながら今度は心配そうな表情でゆきめは「可哀そうな九条さん」と呟いた。

　そして俺の方を見て一言「これで邪魔者はいないね」と言って喜んだ。

　俺はしばらく呆然としていた。

　あまり食べたものの味もわからず、店を出てからゆきめと何を話したのかもよくおぼえていなかった。

　しかし元気のない様子を見せると「九条さんが心配？」と160キロの牽制球が俺を襲う。

　それでもようやく家に着いた時、今日はこれで解放されるのではという期待で少しだけ元気が戻りかけた。

　だがそんなわけはなかった。

　部屋の前でゆきめが「今日の洗濯物取りにいくから」と言って自分の部屋に戻っていく。

　俺は玄関先で靴を脱ぐ時に、洗濯籠に放り込んだ、今日自分が着ていた練習着が目に入りとっさに思いついた。

　うっかり先に洗濯をしてしまえばいいのではないかと。

　しかしすぐにゆきめからメールが来た。

「洗濯物、先に回したらダメだよ？」

　俺は玄関先で膝から崩れ落ちた。

　そしてすぐに背後からノックをする音が聞こえる。