第12話 死刑宣告

 幸せな時間はあっという間だ。


 ゆきめは俺をすぐに迎えにきた。

 そして当たり前のように一緒にアパートを出て一緒に登校する。


 しかしゆきめは本当に目立つ。

 何もそれは顔がいいだけではない。


 綺麗な黒髪、抜群のスタイル、そして品のある歩き方まで彼女という存在を際立たせている。


 そして登校中には数人のクラスメイトの女子がおはようと声をかけてくる。

 そのいちいちに笑顔で挨拶を返すゆきめ。


 ゆきめはとても愛想がよく社交的だ。

 学校では良識もあり、授業の様子を見る限り勉強もできるようだ。


 才色兼備という言葉は、彼女の為にあるのではと思っている奴も多いことだろう。



 しかし実態は才色兼備というよりサイコ狂気といった方が正しい。


 俺の微笑みながら歩いているゆきめは、その周到さで俺の彼女というポジションを勝手に、そして着々と築き上げつつある。


「ふふ、なんか私たち見られてるね」

「ああ、お前が目立つんだよ」

「違うよ、多分すごくお似合いに見えるから嫉妬してるのよ」

「……」


 まぁ確かにこの学校のほとんどの男子は俺のポジションを羨んだり狙ったりしているのだろう。


 誰でもいいから変われと言ってこないものだろうか。

 すぐに変わってやるから。


 教室に入ると、恒例のようにゆきめの周りにイケてるグループの女子達が群がる。


 きっと女子の中ではこいつみたいな美人と友達でいることがステータスなのだろう。


 だがそのおかげで俺も一人で本を読めるのだから、教室の中だけと言わず昼休みや放課後もゆきめを連れ回してほしいものだ。


 そして授業が始まりぼんやりと先生の話を聞いていると、ゆきめがチラチラとこっちを見てくる。


 何か忘れ物でもしたのか?


「どうした?」

「えと……なんでもない」

「……あ、そう」


 なんなんだよ全く。

 ただでさえずっと一緒なんだから、せめて授業中くらいはお前と関わりのない時間を提供してくれ。


 俺は再びボーッとしていた。

 しかしまた隣から視線を感じて横目で見てみるとゆきめがジーッと俺を見ている……


「なんなんだよさっきから」

「う、ううん……高山君の横顔かっこいいなって」

「……」


 なんでこのタイミングでデレる……

 こいつ、ツンデレというものを履き違えてないか?


 あれはツンツンしまくった後で最後に絶妙なタイミングでデレるから尊いのであって、ところ構わずキレたりデレたりするだけならただの情緒不安定なやつでしかない。


 その後も俺はゆきめに見られていたが、俺は教科書を見るフリをしてずっと無視していた。


 そして昼休み。

 またしてもゆきめが弁当を作ってきたと言うのでてっきり中庭に連れて行かれるのだと覚悟したが、今日は教室で食べようと言ってきた。


「机、ひっつけていーい?」

「べ、別にそのままでもいいだろ」

「ダメよ、もしおかずを交換しよってなった時に落ちちゃったら困るでしょ? そういう危機管理能力がないとダメよ」


 俺に危機管理能力がないと言うのであれば、それはきっとお前のせいだ。


 24時間危機に晒され続けているせいで俺のセンサーがバグっているに違いない。


 ゆきめは俺の話になど耳を傾けず勝手に机を寄せてきた。

 そして今日のお弁当のご飯の上にはハートマークが鮮やかに浮かび上がっていた。


 これは……シャケ? い、いやそんなことはどうでもいい、こんなの他の生徒に見られたら……


「あー、神坂さんのお弁当ハートマークだぁ!すごいねー、愛妻弁当だ!」


 俺が隠そうとする前に既にクラスの女子に見られてしまった。

 そしてその話は瞬く間にクラス中に広がっていく。

 こうなってしまってはもう防ぎようがない。


「くそっ……」


 俺は諦めてそのハートに箸を入れ、美味しくいただくことにした。


「美味しい? ちなみにおかずのエビフライも衣つけて作ったんだよ!」

「う、うん美味いよ。でもエビフライなんて冷凍でいいだろ?」

「だって……冷凍食ばっかり食卓に並べる奥さんとかって嫌じゃないかな? 私、高山君の為に頑張るって決めたもん。あ、頑張るっていうのはマネージャーとしてサポートするって意味よ、もちろんそうよ!」


 照れたりニヤけたり否定したりとほんとに忙しい奴だ。

 まぁこいつが異常な程に尽くしてくれているのは事実だし、それが迷惑なことに変わりはないがしてもらったことに対してだけはきちんと感謝しなければいけないな。


「はいはい、ありがとうなわざわざ」

「い、今ありがとうって言ってくれたの?」

「ん?いやまぁ弁当のこととか一応礼を言うのが普通だし」

「う、嬉しい……私、私……」


 ゆきめが感極まってしまった。

 そしてその場で泣き出したので俺は急いでゆきめを教室から連れ出して廊下の奥まで連れて行った。


「はあ、はあ……い、いやゆきめなにもそこまで」

「だって、だって……高山君が褒めてくれたんだもん」


 一応訂正しておくが俺は褒めてはいない。


 しかし嬉し泣きというのは俺も経験がないわけではない。

 初めて全国大会出場が決まった時なんか、その場で涙ぐみ表彰式でボロ泣きしてしまったものだ。


 でも俺に御礼を言われたなんて理由で泣くことがあるか?


「あ、あのさみんなの前で泣かれたらさ、困るから一回落ち着けって」

「うん……わ、私は花粉症なの。だから目が痒くて涙が止まらないのよ、わかるでしょ?」


 こんなやりとりもすっかり慣れてしまった。

 俺は適当に相槌を打ちながらゆきめを落ち着かせたあと、再び二人で教室に戻り弁当を食べた。


 そしてふと、ゆきめが部活の話題を出した時に山田のことを思い出した。

 あいつ、俺に負けたら退部しろとかゆきめに言われてたけど……。


「なぁゆきめ、山田のやつどうするつもりなんだ? 多分ああいう性格だからしつこいぞ?」

「もう、なんで楽しいお昼休みにあんなやつの話するのよー。でもすっかり忘れてた。今から山田先輩のとこ行きましょっか」

「え?」

「だって、退部させないといけないじゃん。」


 ゆきめはそう言うとスッと立ち上がりさっさと教室を出てどこかに向かい出した。


 ここで追いかけるなんて愚行をしたくはなかったのだが、何かとんでもないことをしでかさないか心配になり思わずついていってしまった。


「おい、どこいくんだ?」

「どこって、山田先輩のいる教室だよ?」

「いや何しにいくんだよ」

「退部勧告、というか命令。あいつよく考えたら高山君いじめてたんだよね? 害だわ、害でしかないわ」


 ゆきめは笑っていた。

まるで今から遊園地にでも出かけるかのように楽しそうだった。


 そして二年の教室がある校舎に着くと、廊下で他の生徒と楽しげに喋っている山田を見つけた。


「あ、山田せんぱーい」

「か、神坂…さん?」


 ゆきめが声をかけると、山田の顔はひきつっていた。

 山田が話していた友人達はゆきめの姿を見てうわついている。


「おい山田、なんであの神坂さんがお前に会いにくるんだよ? すげーじゃん」

「あ、いやそれはだな」


 山田は多分わかっている、ゆきめが何を言いにきたのかを。


「神坂さん、昨日の話なんだけどさ……あ、謝るから考え直して」

「うるさい言い訳すんな二度と関わるなゴミ」


 さっきまで笑っていたゆきめは、山田が喋り出した瞬間に目を細めて山田を罵った。


 それを見た他の連中は完全に固まっていた。

 そして山田も。


「ゆきめ、そこまで言わなくても」

「高山君は黙ってて。山田、正直もう見てるだけで不快。それに昨日もしあなたが勝ったら私になにするつもりだったんですか? ねぇ、教えてくださいよ?」

「い、いや……」


 狂気に満ちた薄ら笑いを浮かべたゆきめが山田を追い詰める。

 しかし山田もこのままではまずいと思ったのか、必死に言い訳をする。


「あれはさ、ただちょっと神坂さんにストレッチを手伝ってもらおうと思ってて……」

「へぇ、じゃあその時の録音した音声を学校と教育委員会に提出しますね」

「ろ、録音!?」


 ゆきめはしてやったりと言った顔でポケットからレコーダーを出した。

 それを見て青ざめた山田は、周りの目など気にも留めずゆきめに頭を下げていた。


「た、頼むからそれはやめてくれ……い、いやそれに退部したくないんだ、頼むよ」


 山田が懇願すると、ゆきめはにっこりと笑った。

 それを見て少し安心した山田を、ゆきめは笑顔のまま突き放した。


「うっさいクソ野郎、とっととやめろ」


 それを聞かされて山田は膝から崩れ落ちた。


 ゆきめはそんな山田に見向きもせずスッキリした表情で俺のところに戻ってきた。


「あースッキリした! さ、昼休み終わっちゃうから帰ろ」


 こいつは山田やその周囲にどう見られてるかなんて一つも気にしていない様子だった。

 普通ならこんなことをしたら悪評が広まるんじゃないかとか、なんなら山田サイドの人間に恨みを買うかもなんて考えるものだが……


「なあ、あんなことして大丈夫なのか?」

「何が?」

「い、いやだから後で山田に仕返しされるかも」 

「そうしてきたらもっとひどいことするから」


 ゆきめはまたにっこり笑って俺にそう言った。


 これは強がりとか、心配をかけさせないための作り笑顔などではないと俺は確信レベルでわかった。


なぜかって? だって、こいつの右手にあったはずのレコーダーがいつの間にかカッターにすり替わり、カチカチと音を立てていたからだ。


 俺はそのことに何も触れなかった。

 触れるとよくない、ただそんな直感だったが俺は人間に備わった防衛本能のしもべとなった。


 そして放課後。


 陸上部の集合場所には山田の姿はなかった。


 そのおかげか随分とご満悦な様子のゆきめだったが、そんな彼女にミナミ先輩が声をかけてきた。

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