第2話 壁に耳あり障子にメアリー

 知らない番号だ。

 もしかして、これも神坂さん?


 いつまでたっても鳴りやまない携帯を、切るかどうするか迷った。

 すると一度着信が切れた。

 そしてすぐにまた着信が鳴る。


 ここは電話に出てビシッと言ってやった方がいいのだろうか。

 俺は恐る恐る電話に出た。


「も、もしもし……」

「……高山君、私今ベランダから君の部屋にきたよ」

「え?」

「窓の鍵はちゃんとしてないと。ほら、部屋入ってきて。待ってるから」


 電話が切れた。

 これは、どういう状況だ?

 さっきの声はやはり神坂さんだ。彼女が今部屋にいる?


 俺は玄関から、自分の部屋に続く扉を見た。

 この奥に彼女が……


 普通に考えて不法侵入だしやばい状況に変わりはない。

 俺が逃げる理由なんてどこにもない。

しかしそんな異常者を相手にできるようなメンタルはない。


 一度外に避難しよう。

 そして警察に、いやそこまでしなくても大家さんに相談しよう。


 そう思って俺は玄関のカギを開けた。

 そして外に飛び出した時、目の前に女性が立っていた。


「あ、高山君みっけ」

「うわぁー!」


 俺は腰を抜かしてしまった。

 いるはずのない神坂さんがそこに立っていたからだ。


「ど、どうして……部屋にいるんじゃなかったのか?」

「あんなの嘘だよ。それより、うちに来てくれる気になったんだよね?

「い、いや……」

「べ、別にいいわよ、あなたに来てほしいわけじゃなくて、あなたにただご飯を食べさせてあげたかっただけだし。でもさ、女の子の誘いを断るって男子としてどうなの?」


 ツンデレな態度に無理やり戻そうとする神坂さんは、それでいて少し恥ずかしそうにしている。

 俺はすっかり腰が抜けてしまい立てなくなった。

 ジリジリと俺に詰め寄ってくる彼女を見上げながら、このままだととにかくやばいと。

 時間を稼ぐために彼女に質問することにした。


「な、なんで俺の携帯を知っているんだ?」

「お母さんに聞いたからだけど?」

「だ、だからなんで俺の母さんを知ってるんだ……」

「なんで? 試合見に行ってる時からずっと仲良しだよ?」


 当たり前のように神坂さんは言う。

 もちろん俺は知らなかった。

 中学の時も、恥ずかしくて極力観戦に来ている親のところには近づかなかった。

 だから誰と観戦してるのか、というよりその試合に来ていたのかどうかも家に帰ってから知ることが多かった。


 まさかその時に既にこいつと母さんが知り合っていたなんて……


「もう質問は良い? 誰かきたら喧嘩してると思われるから私の部屋、行こ?」

「も、もう一つだけいいか? 母さんには俺とお前はどういう関係で話してる?」

「関係? 私は高山君の未来のお嫁さんだけど何か?」

「お嫁さん……お嫁さん!?」


 俺は思わず大声をあげてしまった。


「ちょっと大きな声出さないでよ、びっくりするでしょ?」

「ご、ごめん、じゃなくて!」

「とにかく、部屋に来てよ。」

「いやだからそれは」

「他に女いるの?」


 急にツンツンしていた態度の彼女の目が曇った。

 尻もちをついた俺を蔑むような目で見下してくる。


「ねぇ、彼女いるの?」

「い、いないけど」

「だよね、いないよね。高山君の彼女って中2の時にいた後輩の亜美ちゃんだけだよね。クリスマスの前日に別れたけど」

「だ、だからなんで知ってるんだよ」

「別にいいじゃんそんなこと。ねぇ、彼女いないんだったらおうち来てよ。隣なんだしさ」

「……」


 また逃げても部屋もバレてるどころか隣だし、学校も一緒、席も隣だ。

それにあまりしつこく断っていると母さんに俺のことを話しかねない。

 一旦彼女の要求をのんだ方が正解なのか……。

 いや、こんな女の部屋に行ったらそれこそ。


「別に高山君のお部屋でもいいんだけど」

「わ、わかった。行くよ、部屋に」

「ほんと? べ、別に嬉しいわけじゃないのよ、ただ頑なに断られるのが癪だっただけ」


 すでに俺の部屋の玄関に入ってきていた神坂を追い出すには、条件を飲む以外に方法がおもいつかなかった。


 これ以上抵抗すればもっとややこしいことになるきがして。

 渋々要求を飲んだ。

 すると、またしてもツンな感じに戻る彼女はそれでも嬉しそうな顔を隠し切れない様子で俺の手を取った。


「じゃあ部屋に入る前にこれつけて」

「これは……ハチマキ?」

「目隠しよ、女子の部屋って見られたくないものとかたくさんあるの」

「いや、目隠しはさすがに」

「じゃあ高山君の部屋にする?」

「……わかったよ」


 なんかよくわからん理由だったが俺は言われるがままに目隠しをした。

 そしてそのまま彼女に手を引かれ、真っ暗な中で多分彼女の部屋に入った。


「お、おじゃまします」

「あ、そこ玄関だから靴脱いで」


 俺は今目隠しをされているのでもちろん何も見えないが、部屋の作りは自分の部屋と多分一緒なので手探りでも何となく部屋の様子はイメージ出来た。


 そして奥の部屋に通されたのがわかると、そこに座ってくれと言われた。


「ちょっと待っててね。今から晩御飯作るから。あ、絶対に目隠し取ったらダメよ」


 そう念を押されて俺は部屋の隅の方であろう場所に座らされた。

 そして壁にもたれるように座ってじっとしていると、また彼女が寄ってくる気配がする。


「ちょっと失礼するね。こうしておかないと目隠しとっちゃうかもだし」

「な、何するんだ? お、おい」

「動かないで、痛くしないから」


 抵抗しようとしたが、変な状況な上に変なことを耳元でささやかれて俺は不覚にも変な気分になっていた。

 これがSMとかの境地、ではないのだろうがもしかしたら俺はとんでもないMなのかと自分を冷静に批評してしまいちょっと嫌な気持ちになった。

 そして気がつけば手足を目隠しとおなじような布で縛られていた。


 とまぁここまでが見知らぬ女性の部屋に目隠しされて捕縛されるという状況を作り上げるまでの経緯だ。


 そして、真っ暗闇でトントンと包丁がまな板に当たる音を聞きながら。

 徐々に不安が大きくなってくる。

 このまま、ストーカーなら監禁されるのか、それとももっと酷い目に……。

 やばい、やばいやばいやばい。


「あ、あのさ……足辛いから、解いてくれないか?」

「ダメよ、そうしたらまた逃げるかもでしょ?高山君足速いし」

「に、逃げないからさ。目隠しもとらないって約束するから」

「でもさっきは約束破って部屋に逃げたよね?」

「そ、それは謝るから、俺も緊張してたんだよ」

「ま、まぁ緊張してたんなら仕方ないわね。足痛めたらいけないから取ってあげる」


 俺は縛られた足の縄をとってもらった。

 しかし手は後ろに縛られたままだ。


「あの、手は?」

「待ってよ、もうご飯できるから。」


 俺は足を崩してしばらく何かの料理ができる音だけを聞いていた。

 このにおいは……カレーか?


「はい、完成したわよ。なにかわかる?」

「もしかしてカレー?」

「うん、大正解!ふふ、高山君に私のカレーを食べてもらえるなんて夢みたい……な出来事だと思いなさいよ、私の手料理が食べられるなんて光栄なことよ」

「は、はい。それで目隠しは?」

「大丈夫、あーんしてあげるから」

「い、いやいいよそんなの」

「なんで? なんで嫌なの? どうしてそんなに目隠し取りたがるの? もしかして私を襲うつもり?」

「ち、違うよただ不便だから」

「いいじゃない、何不自由なく私がお世話して、あげてやってもいいわよ仕方ないから!」


 なぜか俺はおこられた。

 しかし人間食欲には正直なものだ。

 夕方でお腹が空いていたのでカレーのいい匂いに俺のお腹はグゥーと音を立ててしまった。


「ふふ、お腹空いてたんだね。じゃああーんして」

「そ、それは」

「あーんしないと、帰れないよ?」

「あ、あーん」

「どう、美味しい?」

「う、うん美味しいよ」

「じゃあうんと食べて。はいあーん」

「あーん……」


 俺はただ業務的に機械的に口を開いて口に放り込まれるカレーを飲み込むという作業をしばらく繰り返した。


 そしてカレーが無くなったのか、皿にスプーンがカランと置かれる音がして神坂さんがようやく俺の手の縄をほどいてくれた。


「どうだったかしら私の手料理?」

「う、うん美味かったよ。でも目隠しはちょっと」

「じゃあ明日は部屋に行ってもいい?」

「お、俺の?」

「ダメ? それなら目隠ししなくてもいいんだけど」

「……ちょっと考えさせてくれ」


こんな危険な女を部屋にあげたら何をされるかわからない。

 俺はもちろん断るつもりではいるが、今ここでそれを言うのは危険だろうと思い答えをはぐらかした。


 そして立ち上がり目隠しをとろうとすると、神坂さんに止められた。


「待って。部屋を出てから、外してくれる?」

「そんなに見られたくないものがあるんなら片付けてくれたらいいのに……」

「い、色々あるのよ女の子は! それよりこれ、もらってくれない?」


 俺は引き続き目隠しをされたまま何かを渡された。

 なにか髪の毛のようなものが俺の手首にサラッと当たった。

 気持ち悪い。


「これは、人形?」

「うん、メアリーちゃんっていう人形なの。すごく縁起のいいお守りみたいなものなの。部屋に飾ってて」

「い、いやそんなものもらえないよ」

「いいからもらって。それとも誰か部屋に来る予定でも?」

「な、ないけど……」

「じゃあよろしくね。大切にしてあげて、あと高いところにおいてあげるとご利益があるみたいだから」

「あ、ああ」


 俺はまだ顔も見たことのない人形を抱いて神坂さんに誘導してもらい部屋を出た。


「じゃあ私はここで。また明日学校でもよろしくね」


 神坂さんがそう言ってバタンと扉が閉まる音がしたので俺はようやく目隠しを外した。

 

 手元にある人形は可愛らしい洋風の人形だった。

 しかし妙にリアルなので少し目つきが怖い。


 とはいっても捨てるわけにもいかず、その人形と一緒に部屋に戻ってようやく解放されたことがわかり大きく息を吐いた。


「なんだったんだ一体……それにこの人形、なんで俺に? でも、しばらくは大人しく従っておかないと何されるかわかんないし、どうしよう」


 とりあえず言われた通り高いところを探し、そっと人形をタンスの上に置いてから俺は風呂の準備を始めた。


 風呂の水が溜まるまでの間、そのメアリーとやらを見つめながら明日からどうすればよいかを考えた。


 まず、学校に行く時に偶然を装って一緒に登校、なんてパターンもあり得る。

 それどころか朝からピンポンを鳴らして俺を迎えに来る可能性だってあり得る。

 そうだとすれば逆に下校時も警戒しなければならない。


 家が隣ということはそれだけのビハインドが俺にはある。

 間違いなくあの子は俺のストーカーだ。

 きっとやばい奴に違いない。

 しかも母さんと繋がっているようだし、その辺の誤解も早めに解かないといけないな。


 まず俺が取れる手段として、親に連絡するところから始めた。

 普段は電話などしないのだが、今回ばかりは別だ。

 神坂さんは俺の彼女でもなんでもないことをきちんと説明しておかないと。


「もしもし蒼? どうしたの電話なんて」

「もしもし母さん、ちょっと話があってさ」

「なーに?」

「あのさ、神坂さんって知ってる?」

「ええ、ゆきめちゃんよね? 知ってるも何もあなたの彼女でしょ? なんでちゃんと紹介してくれないのよ」


 やっぱり母さんは神坂さんのことを知っていた。

 それどころかこれまたやはりだが、彼女ということで話が通っているようだ。


「母さん、あの子は俺の彼女じゃないんだ」

「え、どうしたの蒼? 喧嘩でもしたの?」

「い、いやそうじゃなくてだな」

「あんな良い子いないわよ。いつもあなたの様子を教えてくれるし母さんもそれで安心してるんだから。ちゃんと仲直りしなさい」

「だ、だからそうじゃなくて」

「あ、噂をすればゆきめちゃんからだわ。じゃあ切るわね。ちゃんとフォローしといてあげるから」

「か、母さん!?」


 電話を切られた……


 どうなってるんだこれは?

 すっかり母さんが洗脳されている。

 それに今も神坂さんが電話を……


 いや待てよ、いつも俺の様子を教えてくれる?

 今日初めて会ったばかりなのになんで俺の様子を彼女が……


 その時メアリーの目が光った、気がした。

 急にその人形が怖くなって手に取り捨てようと思ったが、なぜかやめた。

 それをするととんでもないことが起こりそうな、そんな嫌な予感がして。



「もしもしお母さん? うん、今晩御飯を食べさせてあげてて。今日はカレーにしたんですよ」

「あらあらいつもごめんね。それにわざわざ学校まで転校してくれて申し訳ないわ」

「いいんですよ、私が責任をもって彼の面倒を見ますから」

「ゆきめちゃんがいれば安心だわ。蒼のことよろしくね」


 高山君の母との電話を切った後、私はパソコンを開いた。

 そしてアプリを起動すると、そこには高山君の部屋が映し出された。


「今は……お風呂かな? ふふ、メアリーはちゃんと特等席に座ってるみたいね部屋の様子がよく見えるわ。でも、高山君とお隣なんて夢みたい♪ね、高山君」


 私は壁に貼られた等身大の蒼の写真に手をかざしながら話しかける。

 壁一面には、彼の陸上で活躍するシーンや日常風景に至るまでの写真を無数に貼ってある。

 絶景。

 幸せ。


「これ見せたら、さすがに高山君もびっくりしちゃうかもだし。でも、部屋に来てくれて嬉しかったな……あ、高山君の座ってたクッション、まだあったかい」


 先ほどまで高山君が座っていたクッションに顔をうずめてから私は、パソコンで部屋の様子を見ながら、携帯で動画を開く。


「高山君、ツンデレが好きなんだよね。ラブコメもツンデレものばっかり読んでるし。ツンデレって疲れるけど、私も頑張っちゃお」


 ツンデレ女子と検索して出てきた動画をしばらく見ながら、私は高山君が風呂から出てくるのをじっと待っていた。


 じっと。

 じーっと。

 誰もいない部屋を見つめていた。


 メアリーちゃんの目を通して。





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