美人な転校生が、実は超絶病んでるストーカーだった。そしてなぜか家族もクラスメイトもみんな俺の彼女だと誤解しているんだが
天江龍
第1話 振り返れば美女がいた
なぜか俺は今、女の子の部屋にいる。
それも彼女とかではない、今日知り合ったばかりの女の子の家に、だ。
そしてなぜか彼女は俺の為に夕食を作ってくれている。
トントンと響く包丁の音だけが、このワンルームの部屋にこだまする。
なぜ包丁の音だけを拾い上げたのかにも理由がある。
俺は今、目隠しをされている。
絶対にとってはならない、と言われたがそもそも手足が縛られて正座しているこの状況で自らこの状況を打破する術はない。
こんな状況になったのにはもちろんそれなりの理由がある。
それを食事を待つ間に少しだけ振り返るとしよう。
◇
ある日の学校でのこと、いつものように俺は一人で本を読んでいた。
ここは特に進学校ではなく校則も緩く、スポーツの盛んな学校であるために活発な生徒が多い。
俺はそんな校風に馴染めず、入学してからのもう1か月が経つというのに未だに友人もできず、読みたくもない本を読んで時間を潰している。
もちろんこの学校に来たのには理由がある。
俺は中学までは名の知れたスプリンターだった。
運動会ではいつも一番。
リレーはアンカーを勤めクラスのヒーローだった。
県大会でも優勝し、出場した全国大会でも地元初の決勝進出という快挙を成し遂げて色々とチヤホヤされたもんだ。
そのおかげもあって推薦でこの学校に来たのだが、陸上部に入って二日目にいじめにあった。
理由は簡単だ。
俺が来たことでリレーメンバーから外れてしまう先輩がいて、その人とその友人たちに逆恨みされたから。
俺はそういう体育会の縦社会が嫌いだったのですぐに退部を申し出た。
しかし推薦の俺は退部=退学だと言われ、渋々休部という形で落ち着いた。
それからは退屈な日々だった。
親にも休部の事は言い出せないまま、ただただ一人暮らしのアパートと学校を往復するだけの毎日。
しかしそんな日常はこの日のある出来事で終わりを告げた。
「おーい、今日は転校生がくる。みんな仲良くするんだぞ」
高校生にもなって転校生がくるなんて、珍しいこともあるものだ。
と、なんとなく先生の話を聞いていると、案内されるまま、入り口から転校生とやらが入ってきた。
女の子だった。
小悪魔系、という表現はもう古いのだろうか。
少し派手目ではあるが、ギャルというほどではない。
少しキツそうな目はとても大きく、小さな鼻と口はバランスがよく。
所謂、超がつく美人だ。
髪型は長めの髪を後ろに括ってポニーテールにしている。
前の方の横髪が長めに垂れ下がっているのが少し特徴的だ。
そんな美人の登場に、俺が何か言うまでもなく、クラスの男子は既に大騒ぎだ。
可愛い転校生、というだけで男子にとってはビッグイベントである。
それが超がつく美人ならまるで教室がライブハウスのように沸き立つのも無理はない。
そんな輪の中にも入れない俺は、冷静に馬鹿騒ぎするクラスを傍観していた。
「はじめまして、
とても可愛らしい声だった。
少し高いその響きは見た目通りとは言わないが何か人を惹きつけるものがある。
でもそのうち彼氏でも作ってよろしくやるのだろうと、もう学校の落ちこぼれと化した俺にとって無縁な人でしかない彼女に大した興味も湧かず。
なんとなく彼女を見ていると目があった気がした。
彼女は、何も言わずにまっすぐこっちへ歩いてくると、そのまま空いている席へ座った。
その席は、なんの偶然か俺の隣である。
俺の隣には当初一人の女子がいた。
しかし、俺のような暗いやつが隣なのが嫌だったのか、誰にも許可をとることなく数日前から自然と他の空いている席に移っていた。
だから俺の隣は空いていた。
そしてスタスタと歩いてきた転校生が俺の隣に座るとまず俺じゃない方のお隣さんに挨拶をしていた。
そして次に俺の番、とはならず何故か教科書をカバンから出して机に入れていた。
結局どんなイベントがあっても俺には関係ないのだろう。
いろめき立つ教室の空気に飲まれないように俺はまた本に目をやった。
やがて、時間は過ぎて放課後になる。
ほとんどの人間は部活動のため急いで教室から出ていく。
しかしもちろん今日転校してきたばかりの神坂さんは部活動に所属などしておらず、数人の女子から勧誘を受けていた。
そんな姿を横目に俺は席を立った。
そして一人で教室を出て階段を降りていると、背後から俺を呼ぶ声がした。
「あの、高山君だよね?」
俺は久しぶりに先生以外の誰かからこの学校で呼ばれた自分の名前に慌てて反応した。
振り返るとそこには、神坂さんが立っていた。
「神坂、さん?」
「はい、神坂です。高山蒼君だよね」
なんとも形容し難い程に可憐な笑みだった。
俺がこんな拗ねた性格でなければ一目惚れしていただろう。
いや俺以外の男なら皆吸い込まれてしまうだろう程に眩しい。
しかしなぜ俺の名前を知っているのだろうか?
それは色々推察できるが、聞くのが一番手っ取り早い方法だろう。
「なんで俺の名前を?」
「べ、別に追いかけてきたとかそんなんじゃないもん。ほら、陸上の調子どうかなって」
「……?」
急に何を言い出すのだこの子は?
いや、なんとなく俺を知っている理由はわかった。
自分で言うのもなんだが俺は陸上界では有名人だった。
この子もきっと陸上関係者なのだろう。
「神坂さんは、もしかして陸上やってるの?」
「やってないけど?」
「え? じゃあなんで俺を知ってるんだ?」
「知ってるも何も、高山君だもの」
「は、はぁ……」
わからない。一切彼女の言いたいことが理解できない。
そもそも何故俺は呼び止められたのかすら、未だにわかっていない。
「あの、それで何か用?」
「用事がないと話しかけたらダメなの? そんなにお高く止まってるの? スターだから?」
「スターって……俺はもう陸上は辞めた、というか一応休部してるけど戻る気もないし。だからもし陸上部のことを聞きたいのなら残念だけど他を当たってくれ」
こういう美人ほど変な子が多かったりするものなのだろうか。
しかし俺が陸上部を辞めたと告げると、突然彼女は泣き出した。
「やだよ……高山君の走りもう見れないの? やだ、私絶対近くで見て、支えてあげるんだって決めて地元出てきたのに。そんな、あんまりだよ……」
「ちょ、ちょっとちょっと? どうしたんだよ一体」
一体全体何が起こっているのか俺には情報が多すぎる。
突如泣き出した神坂さんを、とりあえず人目につかない校舎脇まで連れて行き、落ち着かせた。
「急に泣き出すなんて、君は一体何なの?」
「な、泣いてなんかないもん。私はただ目にゴミが入っただけだから、勘違いしないで。誰があなたの走りが見れないくらいで泣くもんですか」
「あの、もしかしてだけど俺のファン、だったりする?」
別に自意識過剰ではない、今までの会話を総合しての一般的な結論のつもりだ。
この子は、俺の追っかけか何かなのだろう。
だから俺が陸上を辞めたことにショックを受けていたのだろうと考えれば納得はいく。
まぁそれについては別に謝る必要もないけど、少しだけ悪い気はしてしまう。
「フ、ファン? そ、そんなわけないわよ。私はあなたの……だ、大ファンなの!」
「あ、ありがとうございます……」
「ありがとうなんてよそよそしい返事はヤダ。それより……何で陸上辞めちゃったの?」
今度は一転して強気な彼女がグイッと俺に顔を近づけてくる。
ああ、なんかいい香りがする。それによく見なくても美人だが、よく見るとやはりびっくりする程に可愛いなこの子。
こんな子が俺のファンだなんて、俺はなんて惜しいことをしたんだろうか……いやいや、そんな下心でやってたわけじゃないもんな。
「辞めた理由、か。別にただ体育会の習わしみたいなのに疲れたというか。それに短距離ってプロもないし飯食ってもいけないからさ、辞めるなら早い方がいいのかなってだけで」
「嘘だ、絶対女絡みでしょ」
「……へ?」
「絶対入学してすぐに部員といい感じになったあとで喧嘩して気まずくなったとかそんなんでしょ。そうじゃなきゃあの高山君が陸上辞めるわけないもん」
「い、いやだからそれは……」
俺は何故か言い訳をするように取り繕う。
だが目の前の彼女は妄想をエスカレートさせていく。
「もしかしてマネージャー、いえこの時期なら先輩かしら。絶対そうだ、それですることしてヤリ逃げされたんだ。最低……その女見つけたらぶっ殺してやる」
「あ、あのー神坂さん」
「な、なによ! べ、別に心配とかしてないもん!」
俺は色々と言いたいことがあったが、まず真っ先に頭に浮かんだ一言がある。
キャラが全く定まってないぞ、この子。
ツンケンしたかと思えば、熱心なファンのように俺を心配したり。
情緒不安定でしかない。
だから俺も会話の芯がいまいち掴めない。
「あ、あのさ。本当に理由はそれだけなんだ。ちょっとウザい先輩がいたから喧嘩になったというか」
「それ誰?」
「え、いや別にそれはいいだろ」
「ダメ、誰?」
「……二年の山田先輩だよ。」
「ああ、自己ベストなんて高山君より0.5秒以上遅いのにねあの人。そんなことするんだ、へぇ。」
一転、彼女がニタッと笑った。
何を企んでいるのか知らないが、これ以上俺は話すこともないし、なんとなくこの子はやばい気がしたのでさっさと逃げようとした。
その瞬間彼女からとんでもない事を言われた。
「今から、私の家に来て?」
私の家に?
いや一体どういう流れからそんな話になる?
それに呼ばれる理由がわからない。
「……なんで?」
「高山君、一人暮らしだよね? 多分ちゃんとしたもの食べてないから冷静な判断ができてないんだと思うの。だから今日は私がご飯作るってわけ。べ、別にただそれだけのことよ、わかる?」
「はぁ……」
ダメだ、やっぱりわからない。さっぱりわからない。
一見論理立てて会話をしているようで、前後が全くかみ合わない。
大体なんで家になんか……家!?
「あ、あのさ、家って」
「私も一人暮らしなの、高山君のアパートとすぐ近く……だったら便利よねってだけの話」
一人暮らし……それに今俺のアパートの事知ってそうな言い方だったな。
怪しい。
彼女が超絶美人であることを加味しても躊躇してしまうほどに怪しい。
適当に誤魔化して追い返そう。
「あのさ、今日郵便が届く予定だから受け取りしないといけないんだ」
「なんの?」
「な、なんのって……その、漫画だよ」
「嘘だ、高山君が読んでるやつは発売水曜日だよ? なんで今日届くのかな、また新しいの集めだしたの?」
「え、いやそれは……ん?」
待て待て、なんでこいつが俺の読んでる漫画を知ってるんだ。
友達もいないんだから誰も俺の話なんて知らないはずなのに……
「お、お前まさか」
「違うよ、高山君のお母さんから聞いたのよ」
「ああ、なんだ母さんから……え、なんで母さん!?」
「ふふ、最近よく電話するんだ。あ、そうだ高山君が陸上やめた話、私がお母さんにしておいていーい?」
「そ、それは……」
この状況は一体どういうことだ。
なぜこいつが俺の親と繋がっている?
いや、とにかく休部していることが親にバレたらまずい。
特に親父には……。
「どうする? 電話するよ?」
「ま、待て! とりあえず要求をのもう……何したらいいんだ?」
「ええと、じゃあおうちに来てくれる?……じゃなくて別に来てほしいわけじゃないけど仕方なくご飯作ってあげるだけだからついてきて。わかった?」
「は、はい……」
結局俺は弱みを握られる格好で彼女の言う通り家についていくこととなった。
正門に向かう時、グラウンドの傍を通るのだがそこで陸上部の練習風景も見えてしまう。
俺は別に未練もないので、ただ頑張ってるなぁとくらいにしか思わない。
しかし俺の隣になぜかいる美人は念仏を唱えるようにブツブツと何かを呟いている。
「絶対高山君の方がすごいのに、まじで高山君の方がかっこいいのに、ほんと高山君意外死ねばいいのに」
何か物騒なことを言っていたので俺は敢えて無視した。
すれ違う生徒たちからの視線も当然集めた。
謎の転校生美女というだけでその注目度が高いのは当然だ。
しかしそんな周囲の生徒のことなど気にも留めていない様子で、時々俺の方をチラチラ見ながら足を進めていた。
「さ、着いたわよ。早く部屋に……きてくれないと誰かに見られたら困るでしょ? さっさとしなさいよ」
「いや待て、このアパートは……」
そう、神坂が紹介したのはまさに俺が住んでいるアパートだった。
偶然、にしては出来すぎてる……。
やっぱりこれは引き返した方が……
待て、俺んちもここだよね? 引き返すってどうやって?
「何よ、さっさとしてよ」
「……ちなみに何階だ?」
「三階だけど、それが何か?」
「一緒だ……」
俺は昨日と同じように見慣れたエレベーターに乗って三階に上がりこれまた今朝見た廊下を歩いて奥に進む。
すると俺の部屋があった。
ああ、帰ってきたのだと少し安心したのもつかの間、その一つ隣奥の部屋の前で美女が俺を手招きする。
「ここが私のおうち。さっ、どうぞ」
神坂さんの部屋は俺の隣だった。
数日前まで空き部屋だった角の部屋にいつの間に彼女は住み着いたのだ?
ていうか俺が住んでるの知ってたよね?
「あ、あのさ、俺の家ここなんだよね……」
「うん、知ってるよ? だから隣にしたんだし」
「……失礼します!」
「あ!」
俺は急いで自室の鍵を開けて中に逃げ込んだ。
そして鍵を閉めてその場に座り込んだ。
ヤバい奴だ……
あの子、ストーカーだ。
色々おかしいと思ってたけど、本格的にやばいやつだ。
どうする、逃げる? いや、どこにだよ。
家も隣なんだったら逃げるところなんてない。
部屋に連れていかれたらどうなってたんだ俺は?
まだ心臓がドクドクなっているのがわかる。
でも、ノックしてこないから諦めたか?
しかしこれからどうしようか。
「とにかく、警察にでも相談に行かないと」
立ち上がろうとしたその時、ポケットの携帯が鳴った。
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