第21話 コンビニでのラブロマンス

「おほん……高円寺、いいですか。コンビニ店員とは全ての仕事の原点と言われる神聖なる仕事です。だから真摯な心をもって誠実に真面目に業務をこなしてください」


「…………」


 蜘蛛事件から数分。

 今更かっこつけて取り繕っても、まったく心に染みてこない……むしろ、背伸びしているお嬢ちゃんを見てる気分だ。


 南戸はそんな僕の微笑ましいものを見る態度が気にくわなかったのか、キッと僕を睨みつけてくる。


「態度が悪いですね。真面目に働かない高円寺には2丁目のコンビニにヘルプに行ってもらいます」


「ふんっ、そんな脅しで僕は屈しない。せっかく正義マンの弱みを握れたんだ。このネタを一生脅しに使ってやる」


 我ながら清々しいクズだ。

 クズの思考回路は単純で――。

『このネタからかうと南戸ムキになって怒るからな。新鮮で面白い』

 というものだ。


 僕はクラスカースト最下位付近だから、精神的に上に立てる機会なんてそうはないんだ。この素晴らしい立場を手放してなるものか。


「へぇー。2丁目はゲイの聖地だから丁度いいですね。高円寺、その手の人にモテそうですし」


「…………」


「あっ、最初に言っておきますけど、あそこの店長ってゲイの純粋種ですので、可愛がってもらえば――」


「………」


「す、すまん……忘れるわ」


「賢明ですね……お互いのためにも」


 人間のパワーバランスというものは、そう簡単には変わらないということだな。

 というかゲイの純粋種ってなんだよ。なに? そのパワーワード……。


「さっ、仕事をしますよ。あと10分ぐらいでどんどんお客さん来ますからね」


「はぁ……仕事か……働きたくない」


「あなたはここに何をしにきているですか……? 集中してください」


 集中も何もさっきからお客さん1人も居ないし……ピーク前とはいえ、この店大丈夫か……?


 そんなことを考えていると、若い女性のお客さんがやってくる。同い年ぐらいだろうか……おしゃれで可愛い子だな。

 加賀と同じでギャルっぽいんだけど、化粧とかは加賀よりも濃く、アクセサリーや服装も派手だ。


 てか、スカートみじかっ。うーん、加賀をもっとギャルっぽくした感じだ。派手な金髪だし。


「あれ……あの人……」


 南戸は女性客に見覚えがあるのか、不思議そうに首をかしげるが……仕事として割り切ることにしたらしく笑顔を見せる。


「いらっしゃせー!」


 南戸が営業スマイル満点で声を出す。さっきまで蜘蛛1匹にビビっていた人間とは思えない……。


「…………」


 てめぇも早く挨拶しろや。ということらしい。


「らっしゃっせー」


 うむ。声が小さい根暗の店員の登場だ。

 女性客はこちらを気にすることなく、店内を回り商品を数点を買い物かごに入れていく。


 その様子を興味深そうに見ている南戸。やっぱり知り合いなのか?


「ちょうどいいですね。あのお客さんにきちんと接客をしてみてください」


「えっ……」


 このコンビニに勤め初めて1時間、今までは南戸がレジに打ち込んだ商品を袋に詰めるだけの作業だった。

 なに? 今ここで独り立ちしろと?


「レジの基本操作はそこそこできるようですから、後は馴れですよ。大丈夫です私はすぐ隣にいますので」


 そう言うと1歩下がって僕を見守るスタイルの南戸。


(うむ、近くに南戸がいるとなるとはいえ緊張するな……や、やばい頭が真っ白になってきた……)


 汗ばんできて、多分今の僕は左と右すらわからない……だめだ。僕、人見知りがものすごく激しいし……ギャルの相手なんてできるのか……。


 ドサッ。


 そんなことを考えてるとギャルが買い物かごをレジのテーブルに置く。いよいよ試練の開始らしい……くっ、だめだ。


 考えすぎはよくないここはもっとソフトな考えが重要だ。軽く、フランクに、コンビニ店員の鉄則だ。


「い、いらっしゃせー。毎度ありがとうございまーす」


 作業としてはかごの中の商品バーコードをレジスキャンで読み込ませてお金をもらい、後は袋に詰めるだけだ。


 そう考え、かごの中の商品をのぞきこむ……その瞬間思考がフリーズする。


「…………えっ?」


 かごの中を見ると大量のコンドームが入っていた。

 おい、どんだけやりたい盛りなんだよ……全部で10箱以上あるんだけど……。


「は、早くしてもらえるぅー?」


 ギャルとはいえ、さすがに大量のコンドームを買うのは恥ずかしいのか、顔を赤くして催促してくる。うむ……ここは手早くレジを済ませよう。

 というか声可愛いな、舌足らずな喋りだ。


「あはは……840円が1点……ん?」


 レジを打ち始めると、後ろから視線を感じる……振り向くと南戸が不機嫌そうに僕のことを見ている……あれ? なんか僕間違えてる? うん……?


「ちょっと、手を止めないでよ。さ、さっさと終わらせてよぉー」


「は、はい」


 ん? んんんーー? 何がいけないんだ……? …………はっ!


 そうか。そう言うことか、いたいけなギャルを羞恥プレーさせてるのがいけないんだな。コンビニとは都会の憩いの場。


 そんなオアシスで羞恥を感じさせるなど厳禁……そう言うことだな。

 くっ、安い時給の割には難度の高いことを要求してくるな。


 僕はそんな謎の使命感の元、緊張で乾いた口を開く。


「こ、こんなに大量に買って……お姉さんモテモテなんですね」


 もうただの変態だ。だが、僕は止まらない……緊張や動揺やなんやで、テンパり過ぎてもう止まれないんだ!


「えっ……そ、そうよぉー!」


 あっちも相当テンパってるのか、何故かのってきた。こうなると泥沼だ。


「さすがですね。男は週替わりですか?」


「ふっん、何言ってるのよぉー。私ぐらいなると日替わりよ。これから5番目の彼と会うことになってるのぉー」


「ほうほう、その彼とは高級ラブホで会うんですね」


「そうね。ただ、彼とはあまり相性がよくないのよぉー。もう飽きてきたわぁー」


「それなら僕の友達を紹介しましょうか? モーツァルト似のイケメンですよ」


「いいわね。それなら合コンをしましょう。私は卑弥呼似の美女を連れてくるわぁー」


「それは楽しみですね。はい。合計19856円です」


「えっ…………? コンドームって高いのねぇー……」


 おい、今ちらっと素が出てたぞ。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、あなたたちは何をしてるんですか?」


 その時、後ろから深い深いため息が聞こえてきた……あっ、やっぱり今の軽快なトークはだめでした? まあ、そりゃそうですよね……はい。


「高円寺、18歳以下にコンドームを売らないでください」


「あっ……だからにらんでたのか……なるほど」


「はぁ、それと――『湯島(ゆしま)』さん、学生がコンドームを買おうとしないでください」


 その時、ギャルが南戸顔を見て驚いた顔をする……どうやら今までコンドームを買う緊張で店員の顔など見てなかったようだ。


「えっ、あああああああ! あんた南戸! あんたこんなところ何をしてるのよ」


「ここは私の家です」


「はああああああああああ!? くっ、こんな奴の家に来るなんてぇー。せっかく家から離れたコンビニに来たのに……最悪ぅ」


「うむ。やっぱり知り合いだったか……」


「はぁ、高円寺、何を他人事のようにふるまっているんですか、彼女――クラスメイトです」


「…………はっ?」


 マジで……? 見覚えないんだけど……。

 だけどあっちは僕のことを知っているようだ。僕も有名になったな……恐らく悪い意味で。


「ああああああ! あんた、こ、高円寺! あんたも何してんのよ!」


「えっと……バイト……?」


「くううう、あんたたち覚えてなさいよぉおおおおおおおおお!!!」


 ギャルはテンプレような捨て台詞を残して、そのままコンビニ外に出て行った。

 何だったんだ……。


「はぁ、せっかく高円寺の練習相手になると思ったのに……変なコントが入った時点で止めればよかったです」


「えっと練習相手って……コンドームの?」


「レジ打ちです! 変なボケ挟まないでください! はぁ……もういいです。高円寺、その商品を棚に返しておいてください……」


 なんかお前、疲れたOLみたいになってるな……半分は僕のせいか……。

 うん……せめての罪滅ぼしにバイトを頑張ろう……。

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