第20話 はじめてのおしごと
朝7時、都内のコンビニにて。
「らーしゃいませーー……」
夏休みに入って数日後。
外はどこまでも続く青空に30度を越えた気温、まさに夏にふさわしい日だ。こんな日にはあえて外に出て夏を体感するのが若者らしい夏休みの過ごし方だろう。
まあ、僕の偏見からきた妄想なんだけどな。
実際僕は冷房を18度に設定して家から一歩も出たくない……。それで40日を過ごしたい。
だが――お金は欲しい。買いたいゲームがたくさんある。
「らーしゃいませーー」
……人間とは働かなければ生きていけない悲しい生き物だ。昔の偉い人は言った「働かざる者食うべからず」と――。
まったクソくらえな理論だ……しかし、そんな理論に逆らえないのが僕だ
そもそも人間は何故この社会という、狭い檻の中で生活してるんだ? 人間とは本来もっと自由に生きるものではないのか……そう思うとなんだか腹が立ってきた。
なんで僕は夏休みに早起きして『バイト』なんかしてるんだろう。その想いが無意識に挨拶にのっていく。
「らっしゃっせーー!! ひゃお!!」
「高円寺……その世紀末の人みたいな奇声はやめてもらえますか……?」
「す、すみません……」
同じくレジに立っている上司の南戸に怒られて僕は姿勢を正す。
僕は今、南戸の家が経営してるコンビニでバイトをしている。
南戸の両親が親戚の家に行っている今日から3日間、人手が凄まじく足りないらしく、そのヘルプだ。
このコンビニは住宅街にあり、平日の通勤ラッシュの時間に差し掛かりそうだが、まだ人はまばらにしか来ていないが、込むのはこれからだそうだ。
「はぁ、でも助かりました。日勤の人が一気に辞めて本当に困っていたんです……それなのに両親は実家のしがらみで帰らなくてはいけなくて……」
「うん? お前の家金持ちなのか?」
「いえ、ただ古いだけ家ですよ。山奥の地主で――」
南戸はこれ以上のこの話題を続けたくないようなしかめっ面で、嫌々語り始める……。
うむ……まあ、家庭事情は人それぞれか……この話題はサクッと切り上げた方がいいな。
「なあ、なんで僕と2人のシフトが違う時間なんだ? あいつらのシフト昼からだろ? 僕できれば2人と仕事したかったんだけど……という、なんで僕たちを誘ったんだよ。クラスの連中を誘えよ」
「………」
おい、そんな真顔で見つめられるとさすがに照れるんだが……。というか、話題の変え方が露骨だったか……?
なんか女に気を使ってる僕が気持ち悪いな……。
「…………いえ、私気軽にバイトに誘えるほどの友達は1人もいないので」
「そんな真顔で悲しいこと言うなよ…………」
「…………へぇ」
はぁ、お前は僕が空気を読んだことに対してどんだけ驚愕してるんだよ……まあ、教室での僕は空気を読むこととは無縁の存在だけど……。
「私、高円寺を誤解していたかもしれません……私は高円寺のことをこの世全ての悪を背負った人間かと思っていました」
僕は聖杯の中身かよ……。
「でもこの数週間、高円寺を見ていて気が付きました。あなたはビビリで臆病で自己保身の強い人間です。あんな可愛い子2人に手を出してないみたいですし……意気地なし」
「おい、普通に悪口だろ。お前喧嘩売ってるのか?」
「怒らないでください。褒めています。ふふっ」
南戸は楽しそうに笑いながら、レジを操作する。
こいつのこんな笑顔初めて見た気がするな……。
「さあ、これから込みますから頑張りましょう。時給はお父さんに頼んで色を付けてもらいますから」
「あ、ああ」
まっ、今はさっさと仕事を片付けますか。
なんだかんだ言って僕働くの初めてだから不安だけど……。
「高円寺、私一度裏の倉庫に行ってゴミの整理をしてきます。ここを任せてもいいですか?」
「お、おい。新人に任せていいのか?」
「ふふっ、何事も馴れです。大丈夫です。5分ぐらいで戻ってきますから。わからないことがあったら、泣きながら見苦しく私の元に来てください」
「そこまではしないと思うけど……」
「ふふっ、頼みましたよ」
南戸は上機嫌のまま、入り口から出て、倉庫に向かった。何が楽しいのかわからないが、足取りもいつもよりも軽い気がするな。
(はぁ、とにかく頑張りますかーー)
そう考えた瞬間ーー。
「きゃああああああああああああああああ!!!」
南戸の悲鳴が外から聞こえた。その声に演技っぽさは一切なく、恐怖がありありと感じられた。
「南戸っ!!」
僕は考えるよりも先に店を飛び出し、南戸の元へ向かった。
(くっ、何が起こった! 人が死んだみたいな悲鳴だったぞ!)
僕はコンビニの裏手に回り、倉庫に到着した。
するとそこには尻餅をついて、泣きそうな顔でこちらをみている南戸がいた。
「こ、高円寺……」
「南戸! 大丈夫か! ぱっとみ怪我はなさそうだけど……ど、どうした変態にでも襲われたか!」
「……う、うわあああああ」
南戸は僕に駆け寄り、いきなり抱きついてくる。
「!?!?!?!?!?!?!?」
当然、童貞であり、女に免疫がない僕はパニックにおちいりそうになった。
ムニッと当たる柔らかい胸や、ふわっと香る女子の匂いが僕から思考を奪っていく。
「こ、高円寺……」
がたがたがたがた。
それでも南戸が身体を恐怖で震わせているのを見ると、無理にでも冷静でいなくてはいけないと思った……。
「南戸、何があったんだ? ゆっくりでいいから……」
「か、肩に……私の肩に……」
「えっ? か、肩?」
僕は恐怖におののく南戸の声につられて、肩に視線を向けるとそこにはーー小さな蜘蛛がいた。
「うぅ、わ、わ、私虫だけはダメなんです、はやく、はやくして、もうたまらないんですぅ」
「………………………」
やばい……さっきまで怖がっていて、すごく可哀想に見えてたけど、今はただのエロい女にしか見えない。
「はぁ、呆れを通り越して微笑ましいなぁ」
そんなことを口にしながら、僕は南戸の肩に乗っている小さい蜘蛛を指に乗せて逃した。
こいつもこんな顔をするんだな……。
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