8:時東はるか 12月2日14時40分 ②

「ドラム? 南さんの、かな」


 しげしげと見つめているうちに、時東の中で「なんで教えてくれなかったんだろう」という小さな拗ねが湧き上がってくる。

 楽器をやっていた、なんて。数少ない自分との共通点だと思うのだが。


 ――まぁ、でも、そんなこと、あえて言わないかな、南さんは。


 聞けば答えてくれる気はするけれど、自分からは言わない気がした。抱いている印象を頼りに結論づけ、改めて納戸の中身を確認する。

 ソフトケースに収納されているし、長いあいだ埃を被っていた雰囲気はあるものの、ドラムであることは間違いなさそうだ。


「南さんもバンドとかやってたのかな。それともお父さんのかな」


 どちらにせよ、もう何年も使われていないものだろう。ギターはともかく、ドラムがある家は珍しい部類だと思うが。なにせ、置き場所に困る家が大半の代物だ。

 でも、ギターよりは似合っている気もするなぁ、なんて。勝手なことを想像しつつ、戻ってきたら話を振ってみようかな、と考える。

 そうと決まれば、早いうちに片づけてしまおう。よいしょと襖を閉めようとした瞬間、天袋から小さな箱が落ちてきた。引っかけてしまったらしい。

 箱から飛び出した物体に目が留まり、拾おうとした手の動きが止まる。ドラムのスティックと、プラスチックのCDケース。


「これ……」

「本当、雑だよねぇ、あいつ」


 突如として背後で響いた声に、時東は小さく息を飲んだ。春風が家に上がり込んでいたことにも、階段を上る音にもまったく気づいていなかったからだ。


「春風さん」


 振り返った時東に微苦笑を返し、春風が近づいてくる。


「詰めが甘いというか、時東くんを信用しすぎているというか。でも、悪気もないんだよね、これまた性質の悪いことに」


 そう言いながら無造作にCDとスティックを箱に戻し、ひょいと天袋に押し込んだ。春風が襖を閉めると、なにもなかったようになる。


「ごめんね、時東くん。嫌なもの見せちゃったみたいで」

「いえ」


 なんで、この人に弁解されなければならないのだろう。苛立ちなのか、なになのか。自分でもわからない感情を押し隠し、時東も笑みを張りつけた。

 もしかすると、似非臭い顔になっていたかもしれない。


「春風さんは、今日はどうしたんですか?」


 南がこの時間帯に家にいないことを、知らないはずがないだろうに。


「引っ越しではないかもけど、まぁ、似たような感じかなと思って。引っ越し祝い代わりに、家で採れた野菜持ってきたの。台所に置いておいたから、凛に調理してもらいな」


 人懐こい笑顔で切り返し、春風が喋りかけてくる。


「俺のおすすめは、天ぷらそばかな。温かいそばのほうが好きなんだよね、個人的に。時東くんは?」

「どっちかというと、温かいほう、ですかね」

「だよな。いいよな」

「春風さん」

「あいつの隣、楽でしょ。なかなか」


 軽口の続きのように、春風の態度は飄々としていた。

 笑みが消えた自覚はあったものの、張り付け直そうとは思わなかった。笑顔を取り繕うことは得意だが、笑顔が意味を成さない相手を見分けることもうまくなったのだ。ひとりで戦い続けた、五年のあいだに。

 その経験が、この人には通用しないと時東に告げている。

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