第50話:変質者との邂逅

 ――その頃、信長たちはレグザムが見える丘の上に居た。

 だが不穏な空気を感じたのか、腕を組みながら眼下の街を見下ろす信長は一点を見つめている。 

 それは街より少し離れた古い小屋がある場所であり、そこにある大木によりかかりながら、こちらを見ていた人物だった。


「……どうされましたか大殿? 不安があれば、この勝家が吹き飛ばしてしんぜましょうぞ!」

「いちいち叫ぶな熊武者め! まったく、うっさい事この上ないわぁ……で、どうしたんでっか大殿?」

「うむ。アレ・・をどう思う?」


 二人はその方向を見ると、「あぁ」と頷き声をそろえる。


「ありゃぁかなりの使い手ですやんけ。しかもコッチを捕捉してますわ」

「獲物を待ちぶせするケモノの様な気配ですな!」


 二人がそう言うのも当然だろう。なにせ眼下の人物は、こちらへ向けて激しく敵意を向けているのだからな。

 さてどうしたものか。そう思っていると、ミリーが震える声で「あ……あれは……」と、その人物へと指をさす。


「どうしたのだ、知っている顔か?」

「はいなのです。彼? は冒険者ギルドのマスターで、ミリー達がこれから会いに行く人――ドミニクさんでアリマス」

「ほぅ……あ奴が黒幕の一人か。あの様子、どうやら余らが何をしたのかを知っているようだな」


「うきき、左様ですなぁ。手間が省けましたやん」


 ビシリと指を奴へと向けながら「ではご招待されてやろうか」と言いつつ、ジョニーを奴の元へと向かわせる。

 どうやらよほど自分の実力に自信があるらしく、到着するやいなや「待っていたわよん」と片目をつむる。

 

 だがそれより気になったのが、その不気味な出で立ちだ。

 ハゲ頭に斜めに小さな帽子を被り、立派な口ひげは西洋紳士といえるものだろう。


「あ、あのギルドマスター。その……」

「あらんミリー。生きていたのね。本当によかったわん。でも今はユーじゃなくて、別の子が気になるの」


 男はそう言いながら、ミリーを一瞥いちべつする目は冷たく、余へはもっと冷たい。


「まさか……ね。いえ、現実を受け止めましょう」


 何やら独り言の言い回しが、なんともいえないものがある。

 が、それより問題はその話す口より下だ。まず、首から下が異常とも言える筋肉が目立つ。

 下半身はズボンを履いているが、それでも筋肉質の足が隠されているのは分かるほどだ。


 どこからどう見てもおかしい。日ノ本はむろん、この世界に来ても会ったことのない違和感の塊に、思わずさらなる疑問が口からこぼれ落ちる。


「……上半身裸で、しかも乳だけをリンゴで隠すのだ? それに変態に待たれるほど、余は落ちぶれてはおらぬ」

「いきなり辛辣しらつぅぅむ!? いやだわ信長ちゃんたら! これはミィの心……そう、愛を表現しているの。うふ♪ 可愛いハートでしょ?」


 そういうとバケモノみたいな顔で、投げ接吻を放つ。

 思わずそれを藤吉郎サルを盾に防ぐと、「ギャアアアア!?」と言いながら二度目のあの世へと旅立とうとする。


 腑抜けた顔で天へと昇るサルの首根っこを掴み、強引に奴の体へと押し込む。

 すると「えげつない夢を見ましたわ……」と顔を真っ青にするが、振り返りドミニクを見るとまた気絶する。忙しいやつだ。


「んま、失礼しちゃう。まぁいいわ、それで信長ボーイ……あま~た、聞きたい事。あるぢやぁぁない?」

「ふっ、何もかもお見通しというわけか。では単刀直入に聞こう。どうやって余らの事を知った? そしてなぜ獣人を排除し、異世界人を目の敵にするのだ?」


 ドミニクは寄りかかっていた大木から身を起こしながら、「その質問に答える前に」と言いながら、腰に巻きつけてあったムチを手に取る。


「聞く資格があるのかしらん? もし聞きたいのなら命を賭けて――」

「――証明せよという事か。よかろう、その願い聞いてやろうぞ」

「大殿様! ここはおいがやりもうす!!」

「よい、下がっておれ勝家。それよりミリーと、ついでに藤吉郎サルも抱えてやっていてくれ」

「んま。ネクロマンサーなのに、意外と仲間思いなのね」


 そう言うと、どちらともなく動き出す。

 互いの距離は五メートルほどか。それはつまり、刀の間合いより遠くムチには最適な距離。

 それを理解した動きなのだろう。ドミニクは右手のムチを左右におもいきり振ると、それを蛇行させて 攻撃する。


「出し惜しみは無しよ。喰らいなさい、武技・スネークウィップ!!」


 左右に蛇行していたムチが、いきなり地面へと当たった瞬間、縦の動きへと変わる。

 しかも空中でさらに動きを変え、今度は縦と横の立体的な動きで襲いかかって来た。


「ほぅ、これも武技というものか。まるで生きているようだわ」


 鬼切丸を抜き放ち、そのまま二歩大きく踏み込む。

 そしてムチの先端が正面から顔面へと突き刺さる瞬間、「これしき」と言いながら下からすくい上げてムチを斬る、はずだった。


「なにぃ!? っく、かすったか」


 完璧に捉えたムチの先が、突如方向を変えて弧を描き左耳の横より迫りくる。

 それを更に踏み込み、体をねじりながら何とか躱すが、左のひたいがキズつく。


「あらやだん。それ、初見殺しでここ十数年破られた事なかったのにん」

「それは重畳ちょうじょう。では次は、十数年ぶりに敗北を味あわせてやろう」

「あはん。もぅ、や・さ・し・く・し・て・ネ♪」

「あいにく、バケモノにくれてやる優しさはないのでな」


 そう言いながら鬼切丸を左上から袈裟懸けに斬りつける。

 だが奴のムチは生きているとしか思えない、そんな不思議な動きで鬼切丸を弾いた後、上下から襲いかかって来た。

 なんというムチ捌きか。その息つく暇のない攻撃に思わず「むぅ」と唸り声が漏れでる。

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おれ、信長。異世界で激レアなネクロマンサーになって盛大に〝ざまぁ〟する 竹本蘭乃 @t-rantarou

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