第20話:悪の園と、歴戦のちゅうぼう戦士

 ――信長たちが、油で泳ぐ魚に舌鼓をうつ少し前に時は戻る。

 場所はレグザムの冒険者ギルド内にある、シルバーランク以上の専用ラウンジに激震が走る。


 その引き金になる二十歳ほどの女が、赤髪をハラリと右耳にかけながら、魔女ハットを斜めに上げて隣にいる男へと話す。


「あら? とても怖いお顔をして、どうしたのよサンダー?」


 女――リザは赤紫の葡萄酒ぶどうしゅを一口ふくみ、妖艶にのみこむ。

 その動作一つとっても、女の色という武器を惜しげもなく使いこなした仕草だと分かる。


 いや、違う。リザの色香という魔力の危険性は、十二分にわかっているはずだが、周囲の男たちは魅了されてしまうほど、リザは美しい顔と体を持つ。

 そんなリザに声をかけられた男は、左手でこめかみを抑えて目を閉じた。


「いや……なんつぅか……ッ!? な、にいいいッ! ハヤテおとうとがやられただと?!」


 ハヤテによく似た面影の男が、テーブルの上に乱暴に木製ジョッキを叩きつけ、中のエールを盛大に撒き散らす。

 サンダーとハヤテの唯一の違いと言えば、ハヤテは短髪だったが、この男は長髪で肩まで髪がかかっていたくらいか。

 それほどによく似ており、この二人をよく知る者は確実にこういうだろう――


「――いつもの双子だから分かりあえる・・・・・・ってやつか、サンダー?」

「ドッヂ……あぁテメェの言う通りだ。今ハヤテと繋がっていたモノが消えた」


 サンダーと同じくらいの年頃で、筋肉質で粗暴な男。

 それがドッヂという男の第一印象であり、みたままの性格だった。


 上半身は筋肉を魅せつけるためか、冬でも布地がほぼ無い衣服を好む変質者。

 その凶暴な笑顔で「へぇ……そりゃ殺ったヤツを殺りにいかねぇとな」と、犬歯をむき出しにする。


「勘違いするな、ハヤテは生きている」

「なんだよつまんねぇな。ボクが敵討ちを殺ってやんのによぅ」

「嫌だわ。仲間にいう言葉じゃないわよ? それにしてもボクって、その顔で言うのやめていただけます?」

「まったくだぜ。まぁ……弟をやったヤツを殺りに行くのは決定事項だがな」


 そうサンダーが言うと、ドッヂは「そうこなきゃなッ!!」とエールを一気飲みしてからジョッキを握りつぶす。

 中身を呑み干してから握りつぶすあたり、セコイやつだと思いながらリザは呆れて話す。


「はぁ……まぁいいわよ。それでどこの誰を狙うの?」

「まぁ焦らなくも、太陽への翼おれらにちょっかいを出したんだ。もうすぐ知らせがくるだろうぜ?」


 サンダーはそう予言するが、それが形となって現れるのは三十七分後の事であった。





 ――時は信長たち三人が、興奮気味に屋台の店主へと詰め寄るシーンへと戻る。

 

「「「店主! お魚くださいな!!」」」

「うぉッ!? な、なんだあんたら!! 俺の屋台人生でこんなに食いつきがいい客は初めてみたぞ?!」

「大殿。この店主からは、何やら只者じゃない雰囲気を感じおりますな」


 藤吉郎サルの言う通り、只者じゃない雰囲気がこの男から感じられる。

 無精ひげをたくわえ、頬に大きな十字キズがあるガタイの良い中年の男。

 その隠しきれない雰囲気は、歴戦の強者つわものといえよう。


「ふっ……こんな所でこのような者と出会えるとはな」

「ふっ……俺の屋台に足を止めたあんたらこそ、只者じゃないな」


 一瞬激しく視線がぶつかり合う。この信長を前に、怖じけることなく返すとは……やりおる。

 そんな事を思っていると、ミリーが藤吉郎サルを抱きしめながら緊張気味に話す。


「まさに歴戦の屋台戦士といった感じの店長さんですね……もう屋台業は何十年やっているでアリマスか?」


 ミリーのセリフに歴戦の屋台主はニヤリと口角を上げて答える。


「え? 屋台始めて今日で三日目だけど」

「「「ど素人かよッ!?」」」

「あはは、俺は昔から雰囲気あるってよく言われるんだよな~。まぁ腕は確かだから食ってけよ。評判いいんだぜ? まぁ開業して初めての客があんたらだけど」

「「「評判の意味って!?」」」


 あぜんとしつつ、オヤジの話しにほうけていると、手際よく材料をそろえている。

 それを見たミリーが「ほ、ほかのお店にしましょうか?」と言うと、藤吉郎サルも高速で頷く。


「いや……よい。余の眼に狂いは無いはずだからな」

「そんなぁ~。せっかく美味しいのが食べれると思ったでアリマスのにぃ」

「あきらめやミリー。大殿様は一度言うと、テコでも動かんさかいなぁ」


 ぶつぶつと文句をたれる二人。だが余の目は今、目の前のオヤジの手に釘付けだ。

 厚めの包丁を巧みに使い、赤と緑の野菜を松の葉より薄く細切りに切る。

 それを包丁の腹をパンとひと弾きすると、野菜の架け橋が一瞬空中に浮かぶ。


 あまりの美しさに目をうばわれていると、いつの間にか生けすから三匹の銀色の魚を取り出し、その内蔵をあっという間に抜き去ってしまう、が。


「ウキッ!? 今どうやって内蔵を抜いたんや……」


 藤吉郎サルが驚くのは無理もない。なにせ抜かれた事すら気が付かずに、魚はビチビチと跳ねて健全さを見せたからだ。


「そ、それだけじゃないのです。お野菜も消えているでアリマス……」


 魚に目を向けた一瞬、野菜の橋は消えており、その行方は分からない。

 ドキリとした瞬間、店主が「んじゃ泳がせるぜぃ?」といたずらっぽく笑う。

 シュワッと心地よい音と共に、銀の魚たちは熱さを感じている様子もなく気持ちよさそうに油の中を泳ぐ。


 待つこと二十秒ほどか。あれほど、しっとりと泳いでいた魚たちが突如動きを止めたと同時に浮き上がってきた。


「さ、出来上がったぜ。食いねぇ食いねぇ~これが屋台三日目の味ってやつよ!」


 パチパチと油が弾ける音と共に、立ち上がる香気でめまいがするほど、食欲を刺激する香りで胃袋を鷲掴みにされた。

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