第12話:秀吉とミリー

 それから藤吉郎サルは生来の飲み込みの速さで、余が持っている情報を吸収する。こういう事は本当に頼りになるやつだ。が、しかし……。


「というわけじゃな……ぢゃああないですよ大殿様! なぜ俺様はこんな毛玉みたいになっとるや! いや、ですか!?」

「うむ。そちはサル顔よな? そこでな……おお、ちょうどいい所に泉がある」


 藤吉郎サルをチョイと摘み、そのまま山頂付近にあった泉へと向かう。

 その縁にそっと下ろし、「見よ、サル顔だろう?」と言ってみた。


「さ、猿がおる……って、俺様は本当の猿になったという事かいな!?」

「うむ。そのサル顔を見ていたらな、猛烈にそちと会いたくなったのよ。で、気がついたら没後のそちが、黄金の障子戸の奥から出てきて、そこなサルに入ったという事じゃな。はっはっは」


「ちょおお!? はっはっは! じゃあああねぇですよ大殿! じゃあ何か……俺様はサルに生まれ変わったのかいな……」

「良いではないか。元々サルなのだし」

「まぁそれはそうやけど。って、ちっがーう! 俺様は人間! そう、人だった……そうや。俺様は伏見城で死んだんやった……」


 どうやら自分の死に際を思い出したのか、カクリと肩を落とし水面を見つめる藤吉郎サル

 その後姿は、哀愁あふれるサルそのものだった。

 悲しみに震え何かブツブツと言っている。すこし哀れに思い、励まそうと思ってしゃがむとソレ・・が聞こえた。


「あの娘と悪さをしたせいか? それともあの熟女か? 娘遊びが祟ったかぁぁ。悪い病をもらったもんやなぁ……三成めは天下人の最後、ちゃんと格好良くしてくれたやろな……あ痛だッ!? な、なにをなさいますか大殿様ぁ?!」


 ごつりと拳を頭へと落とし、呆れ気味に話す。


「そちが何で死んだか分かったわ。ったく、心配してそんしたものよ」

「心配してくだされ! かわいがってくだされ! でもまぁ……」


 藤吉郎サルはするすると余の肩へと登ると、両手を腰にそえて話す。


「生前、二度目の人生があるなどとは思いもよりませなんだ。が、実際こうして新しき世界でまた楽しむことが出来る。これも大殿様のおかげですわ。キッキッキ!」

「だろう? 余もミリーのおかげで、これからが楽しみというものよ」

「おお! そういえば、なんですかこの痴女は? 大殿の趣味も変わり申したなぁ。ウキキ♪」

「たく、そちは変わらぬな。下品に笑うでないわ」


 突如話を振られたミリーは困惑しながら話すが、すぐに何を言われたのか分かって怒り出す。


「えっと、その……って、ミリーは痴女じゃないでアリマス! 冒険者では普通の格好なのですよ! それよりなんなのですか、このお猿さん!? ひぅッ!?」


 ミリーが猿と呼んだ瞬間、藤吉郎サルがミリーの肩へと飛び乗り、アゴをクイっと持ち上げてドスの利いた声で話す。


「オイ、誰が猿やと? この世で俺様を猿呼ばわりして良いのは大殿様、ただお一人だけだ」


 はわわと腰を抜かすミリー。倒れ込む寸前、その腰を支えて痴れ者の藤吉郎サルへと怒鳴る。


「やめよ!! ミリーはこの世界で余の第一の家臣にして、恩人じゃ! 見た目は痴女なれど、れっきとした仲間ぞ!!」


 魔力を盛大に込め藤吉郎サルへと叩き込むと、赤い顔を青く染めてひっくり返る。

 

「キキィ!? お、お怒りをお沈めくだされ。この猿めが悪うございましたぁ。痴女よ、かんにんなぁ!!」

「分かれば良い。すまぬなミリー、この男は余以外に猿と呼ばれるのが何より癪に障るらしくてな。よく他の家臣と喧嘩しておったのよ」


「そ、そうでしたか。ミリーも知らない事とはいえ、ごめんでアリマス。……ん? いや、その、え? そうでアリマス! ミリーは痴女でないでありますよ!!」

「大殿。なにやらナマズ並みに思考が鈍い娘ですな。中々どうして、美形なれど抜けた所がまた良きですな! ウキキキ」

「うむ、鳥頭だからな。はっはっは」


 ミリーは「もぅ、二人して笑い事じゃないでアリマスよ!」とお怒りだったが、まぁ藤吉郎サルとも打ち解けたようでなにより。

 そんな藤吉郎サルを迎えて、ジョニーが引く馬車は三人の会話を弾ませ山道を進む。


「ほむ。痴女が話してくないのなら聞かないでおくがよ。大殿様も俺様も、お前の味方だってのは忘れちゃだめだぞ?」

「うん……ありがとう猿さん」

「キッキッキ。なんのなんの」


 どうやら特別に〝お〟を付ければ猿呼ばわりをしてもいいらしい。

 それほどミリーという人格に惚れたのか、そう呼ばれて藤吉郎サルも嬉しそうだった。まぁ……鼻の下を伸ばしてはおるがな。


 どうやら藤吉郎サルもミリーを気に入ったらしく、この世界の事やミリーの事をも聞くが、本人の事なると口が重い。

 やはりダークエルフという事と、遠くに見える人工物が原因だろう。


「ミリーよ、あの建物群が目的地か?」

「はいです……あれがイスカーンデール王国が誇る、冒険者の街〝レグザム〟でアリマス」


 山道から見下ろす遠くの街は高い城壁に囲まれ、まるで冒険者の力を内包するように包み込む。

 遠くからでも分かる、戦うための街だというのが理解できた。

 平原にあるものの堀があり、軍事拠点としても一級のそれは、来るものを強烈に威圧する。


「大殿。ありゃぁ攻略が面倒ですやん。大筒を百門は用意せねば」

「いや、百では足りぬ。あの壁の厚さは尋常ではないぞ。落とそうと思えばかなり準備をせねばなるまい」

「あのぅ……いきなり攻め滅ぼそうとしないでほしいでアリマスが?」

「「すまぬ、城壁を見るとつい血が騒ぐ!!」」


 ハァとミリーが疲れた表情で飽きれる。解せん。

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