第5話:大天使の虹と、信長を見つめる者

「どうしたというのだ、鳥頭のそちらしくもない」

「三歩歩いても過去のことは覚えているでアリマスヨ! でも……鳥頭だったら忘れられて良かったのかも……」


 そう言うと、ポタリと健康的でみずみずしい太ももへと涙が落ち弾ける。

 

「ミリーよ……」

「慰めはいらないでアリマスよ信長」

「そんな短い着物べべを着て破廉恥はれんちよのぉ。よく見れば露出が激しい着衣よな。あれか、痴女の類か?」

「慰めるどころか痴女呼ばわりされたでアリマス!?」


 ムキィと言いながら、ポコポコと肩を叩く。やめい、くすぐったいわ。

 とはいえ、落ち込んでいた表情も少しは柔らかくなったか。


「もぅ、信長といると調子が狂うですよ。でも……ありがとう、気持ちが少し楽になったでアリマス」

「旅は道連れ世は情け、一寸先は闇というではないか。ならそちの闇を払ってしんぜよう。この信長がな」

「信長……」

「あてのない旅、大いに結構。じゃがその前に、その浮かない顔をなんとかせねば、な?」


 そう言いながらミリーの頭をクシャリと撫でてやる。

 さらりとした銀髪が実に心地よく、その下から「ありがとう」と涙声で話す。

 話すのを少しためらった後、ミリーは重い口を開く。


「実は――」


 ミリーは冒険者と言う職業であり、パーティーと言う集団に属していたそうだ。

 役割は補助職。サポーターと言うらしいが、どうやらいいように使われたあげくに捨てられたという。


 原因はドルイドは使えないというのが理由らしい。

 ドルイドは精霊というものを使役して、敵の移動を妨げたり、自然の力で治癒力を高めたり、力を増したりして戦をサポートする。

 精霊とは自然界に存在する超自然現象の一つであり、それが動物や人の形などになって現れる総称との事だ。


 だが直接的な攻撃には不向きであり、パーティーではお荷物扱いされていたという。

 そのパーティーが今度ゴールドランクという、上位の立場になる事で、使えないミリーを追い出して別の者を仲間にしたらしい。

 

 それでこれまで迷惑をかけ続けたミリーに対し、パーティーの主の男が迷惑料だと全財産を没収して、ミリーが元々持っていた壊れかけの荷馬車と老馬のジョニー。

 それと使い物にならない捨てる予定の剣を、「捨てといてくれ、退職祝いだ」と言いながら渡されたという事だった。


「――という訳で、ミリーは冒険者の街であるレグザムより追い出されてしまったのです。それで生まれ故郷へと戻ろうとも思いましたが、いい思い出もないので引き返した所、道に迷って危険な場所へと入ってしまったのでアリマス」


「道に迷って大虎の巣へ来るとは、流石は鳥頭娘よな」

「うぅ、何も言い返せないでアリマスぅ」


 がくりと下を向いてさめざめと泣くミリー。

 ため息一つ、やれやれと背中をパンと叩き上げて、ミリーを鼓舞する。


「ひゃ!? もぅ何するでアリマスか信長!」

「下を向いても小銭が落ちてたら御の字だ。が、上を見よ」


 ミリーは「上ぇ?」と言いながら遠くを見上げる。

 するとそこには日ノ本では到底見る事が出来ない、二十四色の架け橋をかけた虹が大空に輝いてた。


「わぁ……大天使の虹だぁ……」

「どうじゃ。小銭を拾うより、よほど価値あるものが天に見えるだろう?」

「うん、うん、うん! ミリーはとっても元気が出たのでアリマス!!」


 素直な娘だと思い、こちらも嬉しくなる。

 大虹を見るミリーの笑顔を曇らせてはならぬ。そう思えばこそ、行き先は自ずと決まった。


「それは良かったな。さて、参ろうか」

「ほぇ? 一体どこへ行くのでアリマスか?」

「決まっておろう――冒険者の街レグザムへ、そちの奪われた物を取り返しに、だ」

「ふぇぇぇ?! そ、そんな無謀なこ――」


 あたふたと両手を振りながら、額に汗を浮かべ否定しようとするミリー。

 だがそれに被せてその先の言葉を封じる。


「――無謀かどうかは余が決める。それに」

「そ、それに?」

「それに余が拾った者を悲しませる輩には、鉄槌をくれてやらねば、な?」

「ええええ!? ミリーが拾ったはずが、いつの間にかミリーが拾われていたでアリマス?!」


 真っ青な顔でアワアワと何かを叫ぶミリー。

 そんな娘を尻目にしつつ余は思う。


「大天使の虹か……旅立ちに相応しき良き名よなぁ」

「ちょ、信長聞いているでアリマスか? そ、それにミリーがの、信長のものって……ちょ、聞いていますぅぅぅ???」


 異世界の風景に感激していると、ジョニーは向かう先を理解して道を選ぶ。

 余は全てを失いはしたが、今新たに異世界を楽しむ幸運に恵まれた。

 賢き馬と、鳥頭の娘。こやつらとの異世界での暮らしに胸が踊る。

 そう思うと自然と大声で笑いがあふれ出たのだった。





 ――同時刻。信長たちが居る場所より、遥か北の彼方にある閑散たる土地。


 岩がきりたつ崖の上にある古い城の一室に口ひげの見事な老人が、部屋の主の許可を経て入室してくる。

 部屋の主である赤いローブの男は、バルコニーより嵐の外を見つめ、何かを憂うように落雷を見つめていた。

 男は落雷が映し出す、カットが美しいグラスに琥珀色の蒸留酒を転がしながら、振り向きもせずに対応する。


「おやすみの所、失礼致します」

「……どうした?」

「ハ、空間振動計にゆらぎが現れました」

「……で?」

新しき者・・・・が現れたのかもしれませぬ」


 男は「実に興味深い」と言いながら、グラスの中身を飲み干し、それに酒を更に注ぎバルコニーの手すりの上に置く。


「良き酒なら共に楽しもう」

「そうでない時はいかがなさいますか?」

「語るまでもなし」


 男は優しくグラスの縁を撫でると、そのまま部屋を後にする。

 残された老人は、男が楽しんでいたいたグラスを見ながら「承知致しました」と頭を下げたと同時に、グラスが真っ二つに割れて酒がこぼれ落ちたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る