第3話:異邦世界
「消え失せたか……あの板切れは何者だったのだ……それにこの力は一体?」
先程は無我夢中で折れた剣へ向けて、鬼切丸に生まれ変われと念じたら出来た。
黒板が言う内容は意味の分からない言葉の連続だったが、分からないなりにもネクロマンスとやらができるという感覚が、鈍く感覚としてあると今は思える。
黒い板切れが消えた虚空を見つめていると、背後に柔らかい感覚が覆いかぶさる。
それは例の逆光の向こう側にいた娘だと、あの騒がしくおかしな言い回しの言葉で理解した。
「うわ~~い! おだぶつはすごいでアリマス! あの大虎を一人であんな剣で倒しちゃうなんて、ミリーはビックリしたでアリマスよ!!」
「うぉっと!? 突然おぶさるでないわ」
そう言いながら、背中のミリーと一人称で名乗る娘を正面へと回してみる……が。
「ほほう! これは驚いたわ。そちは異邦人か? どこから来たがや?」
そう聞くとミリーは「そ、それは……」と言いよどんだ後、にぱりと笑顔になりながら余の両手を握りしめ、上下に激しく動かしながら「レグザムでアリマス」と答えた。
「れぐざむ? 知らぬ国名だな」
「国じゃないでアリマスよ。レグザムはこの国、イスカンデール王国にある都市の一つでアリマスよ。もしかして、おだぶつは知らないでアリマスか?」
ぴんッとミリーの鼻先を指で弾きつつ、「誰が辛気臭い念仏みたいな名前と言った」と言いながら、大虎へと向かって歩く。
そしておもむろに右手にある馴染みある握りの感触に満足しつつ、鬼斬丸で大虎の翼へと七回斬りつけた。
瞬間、風が舞い上がり、頃合いに仕上がった大虎のマントが宙へ舞い上がり、それを左手で強引に引き寄せて粋に羽織りながら鬼切丸をミリーへと向けて言い放つ。
「よく聞け異邦人の娘よ。余は前右大臣、織田信長じゃ!! この日ノ本は余が統べるためにあると心得よッ!! ハッハッハ!!」
「ま、まさか……おだぶつ、いえ、信長は貴族でアリマスか?!」
「貴族ではないが、まぁ似たようなものじゃわ。ま、もっとも故あって今は無冠だがな。時にミリーよ、聞き慣れない国名や街の事を詳しく申してみよ」
「な、なぜミリーの名前を知っているでアリマスか?! ま、まさか刺客!?」
「うむ、貴様が鳥頭なのは理解した。おおそうだ、ついでに貴様は誰で、ここはどこぞ?」
ミリーは「鳥頭じゃないですし、今更のうえに
「あらためまして、私はダークエル……ううん、ただのミリーでアリマス」
「それは知っている」
「知っているなら聞かないでほしいであります」
「もう一つ知っている」
「なんでアリマスか?」
「マヌケだって事くらいだな。それで余はなぜここにいる?」
「酷すぎませんかそれッ!? ま、まぁいいのです。信長はこの森にある石碑の前で倒れていたのを、ミリーが拾ったのでアリマス」
「拾った……だと? ちょっと待て、すると余は一人だったというのか?」
「はいでアリマス」
すると蘭丸をはじめ、近衛の者共は最早……。
そう思うと、さすがの余でも胸に来るものがあるのは否めぬな。
「そう、か。蘭丸はおらなんだか……」
「げ、元気を出すでアリマスよ」
「うむ。それに余も無事だったのだ。あやつらもこの広い空の元、元気にしておると信じよう」
青く高い空を見上げると、ミリーも「そうでアリマスよ!」と強くうなずく。
それと同じく強くうなずき、話をすすめる。
「してミリーよ。この国の事だが――」
まずは軽くこの国とやらの情報を聞くと、驚くべきことが次々と明らかになる。
最初ミリーの話は冗談の類かと思い、楽しげに聞いていた。が、どうも話の内容は嘘とは思えぬほどに理路整然としてる。
つまり説明が明朗であり、うそ特有の迷いがないのだ。
だから国の成り立ちから、現在に至るまでの経緯。
人口密度、商業、生産拠点、農業から工業にいたるまで、ミリーの知りうる限りの情報は
だからこそ思う。これは真実であり、ここは余の知らぬ世界なのだと。
「ちょ、ちょっと待て。では何か? ここは異邦世界であり、日ノ本はむろんヨーロッパ等も存在せぬのか!?」
「異邦世界と言うか、
その言葉で思わず「異世界……」と呟きながら、ミリーの容姿を改めて見る。
確かにこの娘、年の頃は十七ほどであり、髪の色は明るい銀髪で、白髪とはまるで違う美しさがある。
身長は余より少し小さいが発育はとてもよく、凹凸が激しく驚くほどだ。
肌は異邦人にはありがちな褐色肌だが、瞳の色は見たことの無い紫色だった。
余は異邦人が大好きだし、色々な人種が
だからミリーは異邦人して異質。いや、人間とは思えぬほどの
先程抱きしめた時に感じた違和感。それはミリーの耳が胸元に当たった時に感じた違和感だったのだとあらためて得心した。
だからこそ思う。この娘は余が知る異邦人とはまるで違う人種なのだと。
そして魔法や魔力の事も驚きもあったが、なぜか今ならすんなりと受け入れられるのが不思議だった。
さらに余の見た目だ。ミリーの持つ手鏡で顔だけ見たが、どうやら本当に十代後半ほどに若返っていた。道理で体が軽いわけだ。
これには流石に驚いたが、それよりも全てを失いここに居るのだと理解し、森の奥を見つめながら決別した日ノ本を思う。
「そうか……やはり夢ではなく、余は本能寺で
「信長は随分と物分りがいいでアリマスね。異世界人がたまにやってくる事があるですが、たいていはパニックになるみたいでアリマス」
その言葉を聞き、思わず膝を打ちながら「それだ!」と話す。
「その不思議な言葉、パニックと言ったか? それとメートルもだ! 実に興味深い単語の数々よ。その意味を説明せい!」
「はぅ、変な事に興味を持つでアリマスなぁ。えっと、大抵こう言う言葉は異世界人が広めたものが多いのでアリマス。意味は――」
ミリーの話はまさに驚きの連続だった。
まずメートルだが、これは長さを表す単位であり、余が知る尺寸とはまるで違うものだった。
しかも長さも合理的であり、尺寸を使うことが馬鹿らしくなるほど分かりやすい。
その他も色々と余が知る知識より遥かに進み、しかも実に簡潔かつ直感的に得心するものばかりだ。
「なるほど、それは面白い!! してグラムやキロとはどういう意味じゃ?」
「あぁもぅ! それは後で話してあげるでアリマス。そろそろ行かないと、大虎の死骸の匂いに釣られて、他の魔物がくるかもしれないでアリマス」
「ふむ。なるほど、先程の説明にあった魔獣とやらか……なれば金になる部位を
「……本当に信長は異世界人なのでアリマスか? すっかり馴染んでいるでアリマス」
呆れるミリーを尻目に、「郷には郷に従えと言うではないか? ならばこそ、だ」と言いながら舌なめずりをしつつ、大虎の部位を切り出す。
「あぁ~そこはもっと丁寧にするでアリマスよ~」
「む? するとこうか?」
「なかなか筋がいいでアリマスな。欲を言えば、牙は根本から切り出すのがいいですが、硬いから折って……はぁもういいでアリマス」
ミリーが言う前に根本へ鬼切丸を突き刺しキレイに抜歯する。
満足気に「うむ」とうなずくと、なぜか呆れたミリーが嘆息しているのが解せん。
「もうなんなんでアリマスか信長は。ミリーですらそこまで出来ないでありますヨ」
「はっはっは、精進がたらぬな」
「でアリマスね……」
ミリーは遠い目線で大虎を眺めつつ、素材を剥ぎ取る両手は熟練の猟師のそれだった。
やりおるなと感心していると、重要部位は剥ぎ取りが完了したようだ。
「さてと、これで終わりでアリマス。もったいないけれど、そろそろ素材を積んで行くで……って、あぁ馬車が壊れたままでアリマシタね」
確かに壊れたままの馬車が、林道に転がっている。
それを見ながら考える。先程の話の中で魔法とやらの話にもなり、どうやら余が使ったネクロマンスと言うのはその魔法の一つらしい。
「ミリーよ、もう一度聞くが魔力と魔法は繋がっており、余が先ほど鬼切丸を喚んだ……なんだったか」
「ネクロマンスと言っていたでアリマス」
「そう! そのネクロマンスも魔法なのか?」
「でアリマス。ただ、信長のネクロマンスは異常なのです。普通のネクマンサーは、生物の死体からしか喚べないのでアリマスから」
死体から呼ぶ、か。
意味も分からぬまま異世界へ放り投げられ、気がつけば余もいよいよ化け物じみてきたな。ただこのままでは移動もままならぬか。
ふむ、それに余がこの世界で初めて乗った歴史的に重要な馬車だ。
このまま朽ち果てさせるには惜しい。なれば――
「――せいッ! まぁこんなものだろう」
鬼切丸で粉々に斬り砕く。
それを見たミリーは「なにするですかぁ!?」と涙目で、余の胸をポコポコと叩く。やめよ、くすぐったいではないか。
「もぅ! これは唯一ミリーに残った財産でアリマスのにぃぃ」
「そうなのか?」
「でアリマス! もぅミリーにはこれしかないのに……うぅぅ」
ぽろりと涙を落とすミリーの頭を三度撫で、「で、あるか」と言いつつ鬼切丸を壊れた馬車へと突き刺す。
「余は望む。在りし日の原型を取り戻せ――ネクロマンス!!」
そう唱えた瞬間、頭の中で【是】と聞こえたと同時に、破壊された馬車が高速で修復されていく。
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