第2話:復活と召喚
「あ、ありえないでアリマス……あの大虎を剣で。しかも半分から折れた剣で倒すなんて……」
「何を言っている? そちが倒せと言うからそうしたまで……っチ」
「どうしたでアリマスか?」
娘の言葉に「どうもこうもない」と返事をしつつ、逆光の向こう側にいる娘を抱きしめ飛ぶ。
妙な抱き心地に一瞬「む?」とうなるが、それを娘の気恥ずかしさの叫びと、
「グガアアアア!!」
「な、なんでまだ大虎が生きているでアリマスか?! って、あいたた……って、
飛びながら今いた場所を見ると、大虎の右前爪で地面がえぐれており、しかも馬車を引いていた馬も巻き込まれ首が落ちてしまう。
やれやれと一息はきつつ、抱きかかえた娘を背後へ放り投げて背中越しに答える。
「ギリギリ脳へ届くと思ったのだが、どうやら刃が短すぎて脳へ届かなかったようだ」
「そそそそんな?! 一体どうするでアリマスか!!」
「ふむ。困ったものよな」
「さほど困った様子もなく言わないでほしいでアリマス!」
とはいえ、さほど脅威には感じられないのが不思議だ。
あらためて自分の装備を確認してみるが、太刀はおろか短刀すらない。
着衣は
「さて、これはもしや窮地というやつなのか?」
「もしも何もピンチでアリマスよ!」
「ほう! ピンチとな? それは――」
娘の言葉が琴線にふれ、思わず意味を聞こうとするが、娘に遮られる。
「――ああもぅ! 後で教えるですから、逃げるでアリマスよ!!」
「逃げるのは好かん」
「好き嫌いじゃないでアリマス! ほら、来たでアリマスよぅぅぅ」
「ほぅ、怒っておるな」
「あたりまえでアリマス! 片目を潰されたんですから!!」
まったく五月蝿い娘だ。まぁ大虎の怒りも当然か。
さて、勢いよく突っ込んでくる手負いの大虎をいかに倒すかだが……いかんせん武器がない。
流石の余でも、素手では倒せんだろう……さて、どうする?
「こんな時、
そう、こんな時だからこそ、あの鬼切丸とも髭切とも言われている、余が最高に愛した一振りを思い出す。
だがそれは叶わぬこと。なぜなら鬼斬丸は、余が安土城を築城した時に、景気づけに要石へと突き刺した時に折れたからだ。
まったく軟弱な事と思ったが、以前大岩を斬った時は真っ二つに斬り伏せた。
だからイケルと思ったのだが、折れてしまった。
だが今なら分かる。あの大岩が斬れたのは、魔力とやらを余が無意識に使ったからだ。
「
まぁ悪いと思ったからこそ、精巧な模造品を作らせたのだが……っと、無いものは無いのだ。
分かっている。死人が蘇らないように、モノも壊れたらもとに戻らぬ。
そんな事を瞬時に考えていると、娘が「あと四メートルで来るでアリマス!!」と叫ぶ。
メートルという言葉が気になるが、確かに残り十三尺二寸ほどか。
怒りのままに大口を開き、
その様子に何を勝手なことをと怒りが込み上げ、「余のモノだというのに誰の許しを得て広げてる」と言いながら、大虎へと走り出す。
「ちょ、おだぶつ?! 逃げるでアリマスよおおおおお!!」
「あほう。人生五十年、逃げて何が手に入る」
「十代後半くらいなのに、何を悟った事言っているでアリマスか?! それに食われたらおしまいでアリマスよ、無理! 無謀! 大馬鹿なのでアリマス!!」
「ククク。なればこそよ! 無理で無謀で大うつけこそが信長の名が輝くというものよ!!」
そう言った瞬間、大虎が左上方から噛みつく。
と、同時に落ちていた剣の鞘を蹴り上げて、ヤツの大口へ縦にはめ込む事に成功。
鈍く「ぶちり」とヤツの口内が切れる音がし、一瞬動きが止まる。
「好機ッ! 今度こそ逝けやあああああああ!!」
いまだに左目に刺さったままの折れた剣へと魔力を込め、思い切り上下に動かし突き刺す。
その衝撃と痛みで大虎は叫びながら左前足で顔の前を払うが、剣の柄を軸に回転しながらヤツの頭上へと登り回避。
そのまま剣をねじり込むが、やはり折れた剣ではここまでが限界のようだ。
「グオオオオオオオッ!!」
激しく頭を振りながら、大虎は走り出す。
目指すは離れた場所にある崖に、余を打ち付けて払い落とす気だろう。
獣の分際で狙いはいい。いや、むしろそれをされたら確実にふるい落とされ、体制を立て直す前に食われてしまうか。
焦りがつのる。こんな気持は
だからだろう。またしても失った鬼切丸を
「こんな時に鬼切丸があれば……ぐぅぅぅぅぅぅぅ鬼切安綱アアアアアアアアアア余の元へ
叫ぶ刹那、余の体を覆い尽くす黒紫色で明るい魔力の塊。
それが右手に持つ、剣の柄へと凶悪に流れ込むと同時に、目の前に半透明の黒い長方形の何かが浮かび上がる。
そこに何やら白い文字がしみ出るように浮かび上がり、理解不能な事が書かれていたが、不思議と頭へ迷いなく意味が伝わってきた。
【大変長らくお待ちしておりましたα‰γq0ⅥvÅ様。水の星よりの帰還を歓迎いたします。無機質物の復活と召喚を望みますか?】
「そうじゃあああ! 余がこよなく愛した名刀である鬼切安綱の復活をさせいッ!!」
【是・承知いたしました。それではα‰γq0ⅥvÅ様の権能をネクロマンスに設定。さらにα‰γq0ⅥvÅの特殊スキルを併合し、真・ネクロマンサーの特殊職位に確定】
「なんじゃあそりゃ? どうでもいい、今は鬼切安綱を早うよこせッ!!」
【是・召喚シークエンス起動……失敗。α‰γq0ⅥvÅ様の魔力が初期復活と召喚に足りません。現在の状況では、α‰γq0ⅥvÅ様の願いはいかなる状況でも
魔力が足りない、だと? ちぃ、あとわずかで崖に激突する。
どうする、どうすれば消費した魔力が
まて、魔力を戻す? いや違う。魔力は
「なぁ大虎さんよぅ……ちょっくらテメェの魔力――余によこすがいいがやああああああッ!!」
【ッ?! α‰γq0ⅥvÅ様の急速な魔力の変質を確認。スキル・マナドレインの発動を感知】
突き刺したままの剣の柄へ魔力を流すのではなく、魔力を引き戻すと念じて握りしめる。
すると攻撃に流れていた魔力が、右手から心臓へと戻る感覚にゾワゾワしながら耐えていると、黒板から声がした。
【条件を満たしました。これよりオーダーを実行します。対象:鬼切安綱のネクロマンスを開始】
ゾクリ。背骨が雷に打たれたと思えるほどの衝撃と共に、心臓より魔力が急速に右手へ伝わり抜ける。
その感覚と共に、右手に握りしめている折れた名もなき剣が
「冥府より戻り目覚めよ鬼切安綱! 余は貴様を激しく欲っすッ!!」
折れた剣がビクリと震えたと同時に、握りて部分が急速に
さらにそれが続き、あの懐かしき握りての感覚を右手のひらより感じて口角が上がる。
【対象:鬼切安綱の完全復活と召喚を完了】
「間に合ったか!! 大虎の頭蓋を
折れた先が鬼切安綱に生まれ変わり、そのまま伸びるのを感じる。
そのまま強烈に押し込み、大虎の右側頭部より剣先が突き出た事で、ヤツは大音声で苦痛を叫ぶ。
「ギョ……ギャアアアアアアアアッ?!」
「騒ぐな大猫。今楽にしてやる」
そのまま顔面側へと刃を振り抜くと、豆腐でも斬ったようにズッパシと横線が入ったと同時に、大虎は前のめりに倒れ伏す。
「ふぅ……なんとかなったか」
額の汗を左手の甲で拭いながら、謎の黒板を見ると文字と共に声が聞こえた。
【α‰γq0ⅥvÅ様の権能見事なり。新しき世界の秩序を構築せしめらん事を切に願います】
そう言い残すと、黒板が幻と思えるみたいに消え失せた。
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