おれ、信長。異世界で激レアなネクロマンサーになって盛大に〝ざまぁ〟する

竹本蘭乃

第1話:最悪の目覚めと、最高のマント

「いつま――」


 なんじゃあ? うっさいのぅ……は眠いのじゃからだまっとれい。


「――とっとと」


 んん……だから余は眠いのだ蘭丸よ……昨日は光秀のハゲに……ハゲに……ん? まて、たしか本能寺で寝てる所を襲ってきやがって……あれぇ? 夢、か?


「――つまで寝てるですか!? とっとと起きるでアリマスよ!!」


 おかしな言葉で話す若い娘の声が耳元にひびく。

 なんて無礼なやつじゃと思った瞬間、後頭部におもいきり衝撃が走る。


うがッ?! 無礼者め、誰だ貴様は? 余が織田信長との知っての狼藉ろうぜきか!!」

「おだぶつ? だか何か分からないでアリマスが、それより手伝うでアリマスよ!!」

「誰が念仏を唱えろと言った。貴様坊主か? 無礼な坊主は比叡山を思い出すがよいわ」


 ガタガタと揺れる馬車の台車に居ることに気がつく。

 どうやら車輪がくぼみにハマった衝撃で止まったことで、頭を強く打ち付けたようだ。

 それを確認し、舌打ちをしつつ声の主を見る。


 逆光で顔が見えないが、叫んでいるのが日本人でも珍しいほどの体型を持つ、豊満な胸を持つ娘だと分かる。

 そいつが余に向けて何かを叫んでいるのだが、これがまた何を言っているのかが分からぬ。


「それよりここはどこだ? 余は本能寺で寝ていたはずだが……蘭丸はどこじゃ? 飯を持て。余は腹ぺこぢゃ~」

「こんな時に何を言っているのでアリマスかッ! お前の腹ぺこを満足させる前に、アイツ・・・の腹ぺこを満足させるつもりでアリマスか!?」


 何を言っているのだ? まったく一体誰だか分からぬが、最近の若いものはすぐに癇癪かんしゃくを起こす。

 大体この世にそんな大騒ぎをする事なんてのは、そうそうないものだ。

 ま、昨日は大騒ぎだった気もするが……ん。昨日? 待て、たしか余は光秀のハゲに襲撃されて……んん?


「何を考えているのでアリマスか! 早く荷台にある剣で応戦するですよ!!」

「剣で応戦だぁ? ったく、一体何に応戦しろ……って、なんじゃああああのバケモノはッ?!」

「だからさっきから言っているでアリマス! あれはこの森の主にして災害級のバケモノ」


 そう言いながら娘は木々の影からこちらへと走ってくる、虎というには恐ろしくデカイ猛獣へ指差す。

 その様子に、さぞや名のあるバケモノなのかと固唾を飲み込み言葉を待つ。


「大虎なのです!!」

「見たままかよ! なんのヒネリも無い名前よな。それにしてもデカイな……十六尺五寸ほどか」

「じゅうろくしゃく? よく分からないのでアリマスが、全長は五メートル以上はあるですよ!」


「ほぅ! 新しい言葉よな。長さの単位のことか? 娘、詳しく教えてみよ」

「あぁもう! そんな事は後で教えるでアリマスから、なんとかするでアリマスよ!!」


 ふと隣に転がっている剣を鞘から抜いて刀身をみる。

 どうかしろと言われてもこんななまくらでは、あんなバケモノ虎に勝てるとは思えぬな。

 だってそうだろう。刃こぼれは酷いし、なによりも質の悪い鉄で作ったのが分かるほどの出来だ。


「娘。こんな鈍らでは勝てるわけがなかろう? もっと上質な太刀たちを持てぃ」

「太刀って東の最果てある黄金郷の剣ですか? そんな凄いのあるわけないのでアリマス! ってキタキタキタでアリマス! 大口を開けて飛んできたでアリマスよおおおおお」


 見れば確かに飛んでおる。うむ、跳躍ちょうやくというよりは本当に飛んでいるのだ。

 目がおかしくなったのか思い、思わず左手で目をこすり見るが、やはり飛んでいる。そう、背中にある翼で。

 だがその虎柄の翼が妙に美しく、思わず思う――


「――良きッ! 虎柄の羽ソイツを余に献上しろやああああ!!」

「ひぃッ?! まさかこの人は山賊だった!? ヤバイ人を拾ったでアリマスぅぅ」


 娘が何か失礼な事を言った気がしたが、今はそれどころではない。

 あの見事な虎柄の翼が実に美しく、それをマントにして羽織る自分を想像するだに興奮する。

 だから迷わず鈍らの剣を握りしめると、馬車のへりに右足をかけて飛び上がる。


 勢いあまって飛びかかって来た大虎のさらに上へと体が飛び上がり、完全に見下ろす形となった。

 予想外の行動だったのか、大虎は「ギョガッ!?」とマヌケな声を上げるが、そんな事など知ったことではない。

 

 ここが好機と思うと口角が自然と上がる。

 戦闘狂とも、戦人いくさびととも言われている余だ。だからこんな鈍らでも、最大に効力を発揮する戦い方を知っている。


 目標は胴か? いや無理か。この刀身で斬り込めば折れるだろう。なら首か? いや、斬り落とすのは無理。となれば、頭へ突き刺すいがいあるまい。

 だから迷わず、大上段からまっすぐ大虎の脳天へと全身全霊の魔力とやらを込めた勢いと、体重をかけて突っ込む――が。


「ギョ、ガアアアアア!!」

「あああッ!! 剣が折れたでアリマスぅぅぅ」


 最大の強度で使える角度で攻撃を仕掛けたが、いかんせん大虎の頭蓋骨ずがいこつは想像より遥かに硬かったらしい。

 思わずその衝撃に「ぐぅ」と唸り声が漏れ出てしまうほど、両手から伝わる衝撃で全身が痺れるほど。


 だが昔みたいに・・・・・妙に軽い体・・・・・のおかげか、その弾き飛ばされた衝撃を利用して馬車の荷台へと戻ることが出来た。


「グルルルルルッ」

「ちッ、ダメだったか」

「って、無事に戻ってきたでアリマスか!? でもこれは大チャンス、大虎が頭に受けた傷でふらついているでアリマス! 今なら逃げれるでアリマスよ!!」

「逃げる? なぜじゃ?」

「なぜって剣も折れたし、勝てるわけがないでアリマス! あれはゴールド級の冒険者が五人いて、討伐できるかどうかのバケモノなのですよ!!」


 娘の必死さが伝わり「勝てない……か」と言うと、娘は「でアリマス!」と応える。

 だから天を仰ぎ余はわらう。


「ククク……勝てないだと? あんな図体だけデカイ猫にか?」


 瞬間、周囲の音が全て消え、それが波紋が広がるみたいに広がっていく。

 ドクン。心臓が跳ね上がる音が周囲から聞こえた。

 一つは大虎。一つは娘。そして自分自身の体の中からいいようもない、力の波動が鼓動するたびに増幅されてるのが分かる。


 あぁ、この感覚は懐かしきものだ。

 桶狭間で今川義元に勝てないと周囲が騒いでた時、これと同じ鼓動と共に力が湧き出た。

 その得も言われぬ万能感があの時は分からなかったが、今なら分かる。


 いや、形にできる・・・・・

 そう思った瞬間、右手にソレが集まりだす。

 濃密にして濃厚な黒いソレは、ねとりと右手に纏わりつくと、大虎が唸り声を上げて三歩後ずさる。

 さらにそれを見た娘も、震える声で「ま、魔力なの?」と言う。


「魔力? よくは知らぬが、この程度で驚くことか?」

「驚くでアリマスよ! だ、だってそれ……通常の魔力の何倍もの濃度でアリマスよ」


 何を言っているのだこの娘は? 

 戰場で高ぶれば自然に体から出ていたものだが、どうやら余の魔力とやらは特殊なものらしいな。

 その原因が分かって少々驚きはしたが、まぁ今更だしどうと言う事もなし、か。


「ふむ、そういうものかよ。まぁ見ておれ、この信長の戦ぶりをな」


 そう言いながら折れた剣を片手に、大虎へと走り出す。

 それで正気を取り戻したのだろう。大虎も森の王者の威厳を咆哮へと変えて、余と似た魔力モノを込めて吠える。


五月蝿うるさいわ、このうつけめ」


 狙うは一つ。アホみたいに見開いたヤツの左目から、魔力ちからを込めて真横に串刺しにしてくれる。

 まずは大虎の隣に生えている大木へと向けて走る。

 ヤツはその目的に気がついたのか、怒気を込めて大木をへし折ってしまう。


「ほぅ。獣の分際で、余が大木を足場にしようと思ったのがわかるか?」


 大虎は不敵に「グルゥ」と嗤うように唸ると、冗談みたいな鋭い爪で頭から襲いかかる。

 だが余の真の狙いはその爪だ。

 やつが大木を切り裂くのは予想がついたし、その結果大木がこちらへと倒れてくるのも予想通り。

 なればこそ、ここで攻撃するそぶりを見せれば……。


「最近覚えたのだが、こういう時はチェックと言うらしい」


 こちらが攻撃する仕草をみせた瞬間、大虎は倒れる大木よりも余へ向けて鋭い爪を向ける。

 が、それが所詮獣だと言うことだろう。

 本来は大木から逃げるのが定石じょうせきだろう。しかし本能的に大木の脅威よりも、余の攻撃とどちらが危険かと察し、その脅威を排除しようと爪を喉元へと向けた瞬間、余は動きを止める。


「危なッ!! 逃げておだぶつ――え?」


 娘は悲痛な叫びをあげて、余が串刺しになったと思ったのだろう。


「ハァ~、よいか娘よ。余がなぜ逃げねばならんのだ? 見よ、決着はついた」


 娘は「え?」と驚くが、大木に押しつぶされた状態で大虎の左目に折れた剣が突き刺さっていた。


 

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