第2話 誰かが見ている
ゆったりとした生活も長くは続かなかった。やはりこのプロジェクトはヤバい。出張が決まってしまった。約三ヶ月。子供と妻と離れ離れになるということだ。
まぁ、いつも朝しか会ってないし子供達も会わなくて大丈夫だろう。ここは地方だが、出張先は都会だ。またあの都会に戻るのかと思うと億劫になる。
実は私は転職をした身で都会が合わなくて地方に戻ってきたのだ。だが、やはりIT系の企業っていうのは仕事が都会から来るもので。何かと出張で行かなければ行けないことが多い。
こういう時に別の職種にするべきだったかと後悔することがあるが、今言ってもしょうがない。まずは目の前のことを片付けなければ。
都会の電車というのは本当に満員電車で最初は驚いたものだ。入る隙間がないくらいに人が箱の中に押し込まれているような感覚に陥る。
私はあの中に毎日押し込まれることに嫌気がさして地方に戻ってきたのだ。出張の間だけでも我慢しなければならない。
あの空間というのは息苦しくて閉塞している為、なにか特殊な空間に閉じ込められているかのように錯覚する。それだけでも気が狂いそうになる。それだけではない。
都会での仕事もまた過酷だった。この業界の人皆がそうだとは思わないが、大抵の人が徹夜作業を経験しているのではないだろうか。そんなの当たり前にある時代だったから。
主張に向かう時の朝は子供と妻とお別れをして早速駅へと向かう最寄りのバスに乗った。キャリーケースと大きめのバッグを背負い大荷物での出張だった。期間が長いため衣類がほとんど。
後は出張先で買うことにしていた。その方が荷物が少なくて済む。帰ってくる時はそれらは捨ててくればいいのだから楽なものである。
新幹線に乗り過ぎ去っていく田舎の風景を眺めながら都会へ向かっていることに胃を痛めていた。私の平穏な日々は地方に置き去りにされ、これから来るであろう過酷な日々に思いを巡らせる。嫌だなと思いながらも新幹線はものすごいスピードで私を運んでいく。
久しぶりについた都会の駅。元請け先が予約していた宿泊先へと向かう。チェックインを済ませると夜ご飯を食べるために買い物へと出かける。
ギラギラと輝くネオンが建ち並ぶビルを彩る。排気ガスの匂いを肺にいっぱいに吸い込んでむせる。やはりここは空気が上手くない。
そう思いながらも更に体の悪い葉煙草を口にくわえて火をつける。これを吸うのもいつぶりだったか。というのも実は今は禁煙中なのだ。
出張をいいことにバレないからという理由でこの煙をまた、吸い始めている。一体誰のためにやめたんだったか。
子供達のためじゃなかったのか。バレなきゃいいやと私の弱い心はまたも中毒性のある煙を吸うことを選んだのだった。
次の日から怒涛の仕事が待っていた。帰るのは十時はザラだった。でも、まだ徹夜ではないから大丈夫だと思っていた。休みもあったから好きに過ごせば大丈夫だと。
一週間ぶりに妻と子供の顔を携帯を通して見た。私の視界はモヤがかかった。見えないなと不思議に思い目を拭う。泣いていた。
私はこんなに家族に会いたいと思ったことがあっただろうか。こんなに会えないことが辛いと思ったことがあっただろうか。あの幸せな日々は家族があったからなんだと改めて気付かされた瞬間だった。
私はその日から脳に何者かが住み着いているような感覚を覚えた。それはなぜか。その場にいるはずのない人の声が聞こえてくるようになったからだ。
手始めは部屋の天井から聞こえた声だった。
「今日のご飯はそれなのか? 食いながらタバコ吸ってんじゃねぇよ」
それは上司の声だった。辺りを見渡したが、居るはずがない。ここはホテルの部屋なのだ。そこで気がついた。監視されているんじゃないかと。
あまり寝られなくなった。
次の日、構築したプログラムのテストを行っていたとき。
「あの人のせいでデータが台無しですよ!」
私ではないと思いたかったが、私が作業をし始めてから起きた現象だったようなので、自分が悪いのだと思ってその部屋から逃げた。
逃げた先の部屋でも「あいつの仕事は全然進んでいない!」部屋の奥から聞こえてきた。
元請けの上の人がこちらを向いて話をしていた。やはり私がミスをしたせいなのかもしれないと思い始めた。そこで上司に時間をとってもらい、相談した。
「私が仕事をできていないと言われているようです。大丈夫でしょうか?」
「誰もそんな話してないよ? 仕事しよう?」
私のことではなく仕事の心配をしているようだ。その日は仕事が手につかずホテルへと帰った。
ホテルに帰ると天井から声がする。謝れと言うのだ。また、私を監視しているんだなと理解した。案内するからその部屋の前で謝れという。案内された通りの部屋の前に行って土下座した。
「すみませんでした」
私の精一杯の謝罪だった。
不審に思ってなのか、その部屋から出てきた人は私を見るなり逃げていった。他にも部屋を回れというのでウロウロしていると上司がやってきた。
少し話そうということになり部屋の中へと案内され、帰りたいんですと懇願した。すると、それなら帰ろうということになった。帰る道のりも監視されていたのだ。
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