第48話 おまけ 五

「鬱憤を晴らせばいいんじゃねえか。丁度良い具合に殴りやすい背丈だろ。目を瞑って胸を揉めば、人間の女と変わらねえ。案外いい考えだろ」


「お前も趣味が大分悪いな。だが、丁度イライラしていたところだ。憂さ晴らしには丁度良いだろう!」


 リボルバーを持っている男はテーブルに銃と契約書を置き、握り拳を作るとエナを殴った。顔をぼこすかと殴り、エナが座っている椅子が倒れる。




「ちっ! 獣族の血が手に付きやがった。きたねえ。全くよ、なんでこんなどうしようもない種族が国の中にいるんだろうな。全員迫害してぶっ殺せばいいのに」


「正教会曰く、前代のルークス王が獣族と和平を望んでたんだとさ。まあ、国民からは猛反対にあったそうだけどな。なんで俺達人間があんなまがい物種族と仲良しこよししなきゃいけねえんだってな」


「へぇー、知らなかった。そんな政策をしていたんだな」


「今じゃ、現国王にもみ消されてるそうだ。現国王は銃火器の流通を促し、他国と力の差を広げていく方針らしい。前国王のせいで弱まった国力を元に戻すんだとさ」


「今じゃあ、剣より銃火器の時代だもんな。なまくらの剣を買うより、拳銃を買ったほうがはるかに強い。鉛弾を頭に一発打ち込めば、それで終わりだもんな」


「まあ、他国も黙ってねえらしいけどな。今のルークス王国が強くなるために大量の金が必要らしい。だから、獣族を上手く利用して金をむしり取る政策を実行中ってわけだ」


「いやぁー、国のお偉いさん方は頭が良い方ばかりだなー。ゴミから金を生み出すなんて、こりゃあルークス王国が列強を突き放す日も近いなっ!」


 男はエナの腹部を蹴った。エナは胃の内容物を吐き、気を失う。


「たく、もう気を失いやがった。もっと良いように鳴きやがれ」


 男はエナを蹴り続ける。


「あのー、家の子をいじめるのはやめてもらってもいいですかね?」


「は? っつ! どこから入りやがった!」


 男はテーブルの上に置いてあるリボルバーを手にした瞬間、ハンスの眉間目掛けて引き金を引く。


 ハンスの首に付けられているネックレスの青い宝石が赤色に変わった。


 ハンスは左腰に掛けられている質素な剣の柄を握り、鉛弾を切り割く。


「はぁ? う、嘘……。あ、ありえねえ。おらっ! おらっ! おらっ!」


 男はハンスに向けて引き金を五回引いた。巨大な破裂音が部屋の中を反響し、鼓膜を劈く。


 ハンスは鉛弾を五発切り裂き、すました顔を浮かべていた。


「あ、ありえねえだろ、こ、この至近距離で鉛弾を切るなんて……」


 男は恐怖からか、腰を抜かし、床に座り込んだ。


「剣と銃火器のどちらが強いなんて愚問だ。どちらも使い手しだいなんだよ。ゴミ野郎」


 ハンスはエナを傷つけられ、額に血管を浮かばせながら言う。隙を伺っていたため、すぐに助けに入れなかったのだ。手に持っている剣を投げ、男の喉元に突き刺す。切れ味が良すぎる剣は穂先が喉に突き刺ささると、止まることなく進み、木製の床に剣身のすべてが埋もれる。

 男は鍔が首に引っ掛かり、床に串刺しになった。すでに息絶えている。


「くっ! 死にやがれっ!」


 もう一人の男は拳銃を机の引き出しから取り出し、ハンスに発砲。


「『バリア』」


 鉛弾は透明な壁に弾かれ、ハンスに届かない。


「な、何がどうなってるんだよっ! な、なんで鉛弾が弾かれるんだ!」


 全弾打ち切ると硝煙の香りが部屋中に広がり、鼻の奥が焼けるような感覚と嫌な臭いを得る。


 ハンスはエナの顔に触れ、回復魔法を使って治癒した。立ち上がるさい、テーブルの上に置いてある紙を手に取る。


『汝らに敬愛の神の加護を与える。ドリミア神の名のもとに敬愛の神を敬えよ。正教会』


「うん、間違いなさそうだ。やっぱり正教会が絡んでる」


「くっ! 俺達は正教会の後ろ盾があるんだ! こんなことをしておいてタダですむと思うなよ! その紙をさっさと返しやがれ!」


 男は立ち上がり、剣を引き抜いて迫って来た。『バリア』を何度も切りつけ、罠から抜け出そうとする猪のように周りが見えていない。


「『風刃(ウィンドカッター)』」


 ハンスが詠唱を放つと剣身が細切れになり、男は柄しかない剣を持って唖然としていた。


「な、なんで、魔法なんて使えるんだ……。ま、まさかお前……。王族……」


 男は腰を抜かし、しりもちをついた。


「あんたは色々知ってそうだ。吐けるだけ吐いてもらおうか。掃除するかしないかはあとで決めるとしよう『拘束(バインド)』」


 ハンスが詠唱を放つと男の体が透明な糸に縛られ、身動きが取れなくなった。


 ハンスは男を椅子に座らせ「バインド」でしばりつけた後、質問していき、知っていることを全て吐かせた。


 正教会が身寄りのない獣族を使って金儲けしていると言うことと、国が軍事力を向上させていること、獣族を迫害し、国にいる個体を全て追い出す、又は排除しようとしていることなどの情報を得た。

 だが、誰が指示しているかまではわからず、正教会と言う馬鹿デカい組織の中から首謀者を見つけ出すのは流石に骨が折れる。

 正教会関係者がすべて悪い訳じゃないため、手あたり次第当たるのは効率が悪すぎる。他国とのいざこざも起こっており、見過ごすわけにはいかない……。


「ぜ、全部言った……。俺の知っていることは全部言った……。だから、助けてくれ」


「そうだな。じゃあ、もう悪いことをしないと誓えるのなら、見逃してやる」


「ち、誓う! 神に誓って悪いことはしない。真っ当に生きていく!」


「なら、慈愛の神に誓え。もし誓いを破るようなことがあったら、お前は死ぬ」


 ハンスはネックレスを掲げ、青色の宝石を男に見せながら言う。


「はぁ、はぁ、はぁ……。じ、慈愛の神に誓う。お、俺は金輪際悪いことをせず、真っ当に生きていく!」


 男は息を荒げながら誓いを立てた。


 青色の宝石が光り、誓が成立した。


「よし、じゃあお前たちが奪ったお金は奪った者達のもとにきっちりかっちり返してこい」


 ハンスは「バインド」を解き、金貨を革袋の中に入れて男に手渡す。


「はぁ、はぁ、はぁ……。わ、わかった」


 男はパンパンに膨れ上がった大きな革袋を背負い、木製の小屋から出て行く。


「うえぇーん、痛いよぉー。脚が痛いよー。誰か、助けてぇ」


 黒いローブを羽織った獣族が山道で転んだのか、木を背にして泣いていた。


「ふっ、獣族が……。気持ちわりい……。さて、どうやって逃げるかな。はっ!」


 男は大きな革袋を落とし、心臓に手を当てながら膝を崩し、前のめりに倒れた。


「ほんと、哀れだ……」


 黒いローブを羽織った獣族はフードを取り、虎耳を曝したあと大きな革袋を手に取り、小屋の方に向って歩く。


「んー、誓を立ててからものの一分、最速かな?」


 剣を回収したハンスはエナを抱え、小屋の前に立っていた。金貨を押収した枚数が表記された書類をトラスに手渡す。


「そうですね。ほんと、人間は口だけです。手を差し伸べることもできないなんて」


 トラスは紙を受け取り、革袋を地面に置き、金貨を小さな革袋に分けていく。


「悪人はそう簡単に善人に変われないんだよ。逆もしかり、善人は悪人に簡単になれない」


「皆、ハンス様のような方になればいいのに……」


「全員俺になっても甘い汁を吸おうとするものが現れてそれに嫉妬した俺が悪になる。根本的な解決にならない。善人を増やすために必要なことは助け合いの心を持たせることだ」


「助け合いの心……。私達みたいな関係と言うことですか?」


「うん。助け、助けられ、助けられ、助け、交互に繰り返せばそれだけ相手を思いやれる。トラスの演技、凄く可愛かったよ」


 ハンスはトラスの頭を撫で、褒めた。


「あ、ありがとうございます。えっと、分け終わったら私が返してきます」


「ありがとう。ほらね。これが助け合いの心だ。少し理解したかな?」


「はい。何となくわかりました。では、金貨を返してきます」


 トラスは金貨を分け終え、煙のように消えた。

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