第45話 おまけ 二

「ルーナさん、さすがですね! でも、負けませんよっ!」


「シトラさんこそ、どこにこんな力が……。でも、面白いです!」


 会場である酒場が軋み始めた。天変地異と勘違いしてしまったのか鼠が大移動を始め、白猫の新しい店員が大量に捕まえていく。おやつにでもするのだろうか。




「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「おらああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 シトラとルーナが大声を出すと、木製の台の中心部分に亀裂が入る。バキッと言う大きな音と共に高さがある木が割れた。

 ルーナは足を床に付けていたため安定しているが、シトラは木製の台から足が離れ、空中に一瞬浮いた。


「もらったあああああああああああああああああああああああっ!」


 ルーナはこれ見よがしにシトラの手の甲を床に叩きつけようとする。誰もが、ルーナの勝利を疑わず、店主はため息をこぼしながら「ルーナに罰金をいくら請求しようか」と考えている面持ちだった。


「ふおらああああああああああああああああああああああああっ!」


 シトラは鍛え抜かれた脚を風車のように回した。

 すると遠心力により体が捻られる。生まれた力はシトラの小さな体を伝い、ルーナと握り合っている手に移動した。


 シトラはてこの原理を利用し、ルーナの体をひっくり返す。そのまま、床に靴裏を付け、ルーナの手の甲を床にたたきつけた。


「よっしゃ!」


 シトラは大声で叫び、感情が盛り上がっていた。


「くっ……、してやられました。完敗です。奢らせてもらいます……」


 ルーナは潔く負けを認め、頭を大きく下げた。


 まさか、ルーナが負けるところを見るとは思わず、皆、目を疑っていた。だが、疑いようもなくルーナの手の甲が床に付いており、完全敗北を意味している。ルーナとシトラは互いの健闘を称え合い、力強く握手した。


 店主以外の者が拍手を送り、二人を称える。楽しい試合を見せてもらい、余興として大変盛り上がっていた。


「おい、ルーナ。あと、銀髪の嬢ちゃん、床と木材を破壊した弁償を請求させてもらうからな」


 店主はグラスを拭きながら、淡々と言った。


「ちょっ! こ、これ以上借金が膨らむのは困ります。ルーナさん、今晩の飲み代と弁償代もお支払いをお願いしますね」


 シトラはルーナに深々と頭を下げ、勝者の特権をこれでもかと利用していた。気分が良くなったシトラは椅子に戻り、料理を店主に頼む。


「ぐ、ふぐぐぐぐ……」


 ルーナは握り拳を作り、歯を食いしばっていた。相当悔しいのだろう。熊族にとって力こそすべてと言うぐらい強さにこだわる種族だ。負けの文字は心に相当来る。彼女は今以上に強くなろうと努力するに違いない。


「お客様、もう立ち上がって大丈夫ですか?」


 メロン級の乳をメイド服調の乳袋で覆い、酒場の看板猫になった白髪の女性がハンスに話しかけた。


「なーに、店員さん? こんな俺を心配してくれているのー?」


 ハンスは猫族の店員の背後に回り、プリップリのお尻をスカートの下から軽く撫でる。


「ひゃっ! も、もう! お客様、お触りは禁止です! そ、そう言う行為はう、裏メニューとして提供しておりますから……、そちらでお買い求めください……」


 猫族の女性はハンスから視線をそらし、頬を赤らめながら言った。


「ミルさん、裏メニューの提供は私だけの特権ですよ!」


 ルーナはミルのもとに駆け、両肩を掴んで鼻同士をくっ付けるほど近づく。


「な、なにを言っているんですか、ルーナさん。お客様が求める方を提供するのがお仕事ですよ。お客様に選ばれなかった方は裏メニューを提供できません。すべてお客様しだいです!」


 白髪の猫族はルーナに全く怯えず、琥珀色の眼の輝きを強めた。


「ぐぬぬ……。なぜこうも、強敵がポンポン現れるんですか……」


 ルーナのイライラが増し、毛並みが逆立っていく。酒場全体の闘気が増し、威圧感が皆を押しつぶす。


「まあまあ、ルーナ、落ち着いて。大丈夫、俺は大食いだから、大盛り二杯くらい余裕で食べられちゃうよ」


 ハンスはルーナのドデカい尻を鷲掴みにする。指の間から肉がはみ出ており、ルーナはお尻を掴まれただけで身を硬直させた。


「そ、そんなに食べたら、ハンスさんが太っちゃいますよ……」


 ルーナは黒い瞳を蕩けさせ、ハンスの声に耳を傾けていた。


「大丈夫大丈夫。たくさん食べてもその後、沢山動けばいいんだよ。ルーナと白猫さんは俺と一緒に運動してくれるんでしょ」


 ハンスは両者の腰に手を回し、微笑みながら言う。


「お、お客様が裏メニューを注文なさるのなら……、構いませんよ」


「わ、私も……。ハンスさんが裏メニューを食べてくれるのなら……」


「じゃあ、決まりだね。店主、四人分のエールをお願い」


 ハンスは椅子に座り、注文した。


「はいよ」


 店主はジョッキを四杯取り、大きな樽から黄色い液体をジョッキに注いでいく。


「る、ルーナさん……。ハンスさんが育てた嬢がすぐに辞めちゃう理由がわかりました」


「なになに……?」


 ルーナはミルの小さな声に耳を傾ける。


「ハンスさんじゃないと満足できないからです……。もう、彼に抱かれた雌は彼を忘れられないんですよ。これは何かの魔法ですか?」


 ミルは素朴な疑問をルーナに問いかけた。


「んー、愛って言う魔法なんじゃない?」


 ルーナは適当に答え、微笑んでいた。


「ぷっ……。愛ですか。でも、彼を愛したら死にかけちゃいますよ……」


 ミルは右手の人差し指を首筋に付ける。


「そうだね。でも、ミルちゃんは抜け出せなくなっちゃったんだもんね。でもハンスさん、ミルちゃんの名前呼びをしないくらい怒ってるよ。もうかんかんだよ。あんなハンスさん見たことないもん。きっと、ハンスさんはミルちゃんに幸せになってほしかったんだよ。でも、たった三ヶ月で仕事を止めてハンスさんのところに戻って来ちゃうから……」


「みゃぅ……。だ、だって……。ハンスさんに愛されたら、他の方じゃ満足できないんですもん。全然気持ちよくなくて辛すぎたんですもん。ハンスさんといる時は八時間ずっと天国で……、終わった後も幸せで……」


 ミルは両手を頬に当て熱った頬を冷ます。


「じゃあ、後で裏メニューをしっかり食べてもらって今の気持ちを伝えないとね」


 ルーナはミルの両肩を持ち、はきはきと喋る。


「は、はい! 頑張ります!」


 ミルは大きく頷き、ルーナの言葉に返事をした。


「おい! 二人共、ここはおしゃべりするところじゃねえぞ。さっさと働け!」


 店主はエールジョッキ四杯をカウンターにドカッと置き、ルーナとミルに怒号を飛ばす。


「は、はいっ!」


 ルーナとミルは大きな声を出し、ジョッキを二杯ずつ持ちながらハンス達のもとに運ぶ。


「お、お待たせしました。エール四杯です」


 ルーナとミルはテーブルにジョッキを四杯置き、ハンス達の注文を受ける。


「は、ハンス……。私に掛かっている副作用も早く解いてくれよ……」


 モクルは未だに骨抜き状態で力が体に入らなくなっていた。


「今のモクルにどんな悪戯をしようかずっと考えているんだよ。んー、何も抵抗できないまま可愛がるとか、どうかな? 首が座っていない赤ちゃんを撫でるみたいな」


 ハンスはにやにや笑いながら、モクルを見た。シトラは軽蔑の視線を送り、マインは慌て、モクルは状況を想像してすでに乙女がしてはいけない表情をしていた。


「ハンスさんって、どれだけの女性に手を出しているんですか。本当に女の敵ですね。ますます嫌悪感が増しました」


 シトラはジョッキを持ち、エールを一人で飲み始めた。


「ああ、ああ、シトラ。こういう時は皆で乾杯してから飲むんだよ。その方が美味しいよ」


「そ、そう言うことなら早く言ってくださいよ。私だけ空気が読めないバカみたいじゃないですか」


 シトラはエールの白い泡を鼻の下に付けていた。子供っぽ過ぎてハンスは笑いをこらえきれず、顔を背ける。

 モクルとマインもクスクスと笑い、鼻の下に泡が付いていると教える。

 シトラはモクルが背負っていた斧に映る自分の顔を見て赤面し、鼻下を手の甲で擦り、泡を拭き取る。


「じゃあ、今日もお仕事お疲れ様でした! 乾杯っ!」


 ハンスはジョッキを持ち、声を大にして言う。


「乾杯っ!」


 モクルとマイン、シトラも声を上げる。各自のジョッキにジョッキをぶつけ合い、冷えたエールを胃の中に流し込む。

 おつまみにビーフジャーキーを噛み、胃の中を軽く刺激した後、大盛り料理を食し、皆で盛り上がった。


 二時間後、周りに他のお客さんが増え、ルーナとミルの仕事量が増えた。


「うへぇ……。いっぱい飲んじゃいました……。世界がグルグルと回っています」


 シトラは真っ白な肌を真っ赤にするほどお酒を飲み、酔いつぶれていた。


「まったく、シトラ。天使みたいな君がそんなに酔いつぶれたら、悪い男に捕まっちゃうぞ。可愛すぎて今にも食べちゃいたいくらいだ」


 ハンスはシトラの肩を抱き、耳元で囁く。


「うへぇ……。ぞわぞわしますぅ……。やめてくらさいよぉ。はんすさぁん……」


 シトラは体を震わせ、満面の笑みで呟いた。


「ぐふっ!」


 ハンスはシトラのあまりの可愛さに鼻血を吹き出し、額をテーブルに打ち付けた。


 ――天使すぎて手が出せない! お爺様、俺はどうすればいいんですか! 慈愛の女神様! 俺はどうすればいいんですか!


 ハンスは自問自答を何度も行い、結局自分が羽織っていた黒色のローブをシトラの肩に掛けるだけしか出来なかった。

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