第44話 おまけ 一
森のダンジョンに入り、八時間後。ハンスはシトラを背負い、モクルを右腕、マインを左腕に抱え、森のダンジョンから脱出した。
「う、ううう……。蔓に縛られて毒蛇に噛まれたあげく舐めまわされるなんて……。一生の屈辱です……」
シトラは全身が痺れ、全く動けない状態になってしまった。
「は、ハンス、もう降ろせ。私は動ける!」
モクルは毒蛇に噛まれ、筋肉が動かない状態になっていた。軟体動物のようにぐてーっとしてしまう。
「あはははははっ! 滅茶苦茶失敗しちゃいましたねっ! あはははははっ!」
マインは毒蛇に噛まれ、笑いが止まらなくなっていた。
「はぁ……。誰も死ななくてよかった」
ハンスは皆の体に注入された毒素は魔法で除去した。ただ毒の副作用までは治さなかった。危機察知が甘いと言うことを知らしめるためだ。
「三人とも。どうやら、一階層みたく力業だけで攻略できるほどダンジョンは甘くないらしい。あと、シトラ。ゴミみたいな人間に助けられる気分はどう?」
「く……。この上ない屈辱です……。で、何が望みですか……」
「皆で夕食に行こう! もちろん俺のおごりだ。会場に行くまで副作用は治さない。ついたら治してあげるよ」
「くっ……。仕方ありません。このままじゃ、歩くことすらままなりませんし……。その話し、受けましょう」
シトラは仕方なく了承した。
「ハンスのおごりなら、私はもちろん行く。なんせ、ハンスのおごりだからな」
モクルは無料でお腹いっぱい食べられると知っているため、断る理由が無かった。
「はははっ! もちろん行きますよ。そのために、新品の下着を買ったんですからね!」
マインは笑いながら言う。
「食事と下着に何の関係があるんですか?」
シトラはマインの発言が理解できなかったのか、無垢な質問をする。
「えっとですねー。可愛くてエッチな下着を着ていた方が美味しく食べてもらえるんですよ! って、シトラさんに話しても意味ないですねっ! はははっ! ごめんなさい、笑いたくなくても、勝手に笑いが……、ははははっ!」
マインは笑い過ぎて涙が止まらなかった。なんなら、腹筋も痛すぎるのに加え、時おりおならも聞こえる。面白くて泣いているのか、辛すぎて泣いているのかわからなかった。
「まったく訳がわかりません……。あと、キースさん。マインさんが可哀そうなので、早く治してあげてください。もう、十分懲りたはずです……」
シトラはマインがいたたまれなくなったのか、ハンスにお願いした。
「確かに、ここまで来ると可哀そうだね。でも、周りに人がいるし、ちょっと無理かな。走っている途中で人がいなくなったら治すよ」
ハンスは三名を担ぎ、魔物の素材まで持ちながら走る。身体強化魔法がなせる荒業で、獣族ですら驚いていた。森の中で人目が無くなり、ハンスはマインの副作用を治す。
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう。ダンジョンの中でうつつを抜かしたりしません……」
マインの大笑いは治り、地面に靴裏を付ける。そのまま、モクルを抱こうとするとモクルがマインに威嚇した。
「むぅ、モクルだけ卑怯です。ハンスさん、もう一度抱きかかえてください!」
「な、なんでそうなるの……」
結局ハンスはマインを治したものの、先ほどと何ら変わらない状態で、シラウス街の冒険者ギルドに移動した。周りからの視線が痛いが、気にすることなく受付嬢に魔物の素材を渡し、換金してもらう。
「ゲラスネーク、パラライズスネーク、ボーンスネーク、各種五体の魔石と皮で、金貨六〇枚です」
受付嬢は金貨六〇枚入った革袋を差し出した。
「ありがとうございます」
ハンスは革袋を受け取り、冒険者ギルドを出る。
「森のダンジョンの二階層に行って一人金貨一五枚か。十分儲けられるな。今回は途中で失敗したから金貨六〇枚止まりだけど、もっと上手くやれば今日以上に儲けられそうだ」
ハンスはシトラ、モクル、マインと共に行きつけの酒場に向かった。
「いらっしゃいませー。一名様と三名様でよろしかったですかー」
身長が二メートル近くある巨体の熊族女性はメイド服調の白黒衣装を着てハンスを出迎えた。
「いやいや、ルーナ。一名様と三名様じゃなくて、四名様ね。四人席でお願い」
「むぅ……。ただいま、六人席しか空いておりません!」
酒場を見渡すと、カウンターに立っている酒場の店主が一名。加えてテーブルを綺麗な布で拭いている白髪の猫族女性が一名しかおらず、客はいなかった。
「あれあれ、おかしいな。俺の目に映るお客さんは一人もいない気がするんだけど……」
「六人席以外は全て予約済みなので、座ることは許されておりません。なので、六人席でお願いします」
「はぁ……。わかったよ」
ハンスは六人席に向かう。シトラとモクル、マインを椅子に座らせ、シトラにのみ魔法を使った。
「はぁ……。やっと解放されました。えっと、ハンスさん、一応お礼を言っておきます」
シトラは頭を下げ、ハンスに感謝の意を表する。
「いやいや、逆にありがとう。シトラの胸のほど良い温もりを背中一杯で感じることができ……ぐほあっつ!」
ハンスは身体が正常になったシトラの回し蹴りを食らい、吹き飛んだ。壁を破壊することは無かったが、強烈な一撃で目を回す。
「まったく、これだから男は! タダで食事ができると思ったのに、残念です」
シトラは頬が破裂しそうなほど膨らませ、お店を出て行こうとする。
「う、嘘嘘。何も感じなかった。全然全くこれっぽっちも感じなかったから……ぐほあっつ!」
ハンスはシトラの手を掴み、言うが、シトラの渾身の拳がハンスに打ち込まれ、またしてもお店の中を転がり、目を回した。すぐ近くにいた白髪の猫族が起こしにかかる。
「ちょっと! シトラさん! ハンスさんをボコボコに殴るのはやりすぎですよ!」
ルーナはシトラの前に立ち、手を腰に当てながら言う。
「あんな変態ゴミ野郎、殴った方が良いに決まっているじゃないですか。私の胸がぺったんこすぎて何も感じなかったなんて言うんですよ。最初は蹴っちゃいましたけど、当ててなかったのにあんな嘘を言うからで……」
シトラは少々悪いと思っているのか、視線を下げる。
「ま、ハンスさんはあの程度でへこたれるような玉じゃありません。ですが、私の知人をぶん殴った落とし前は付けてもらいます!」
「なにで付ける気ですか?」
「ふふふっ。力比べですよ」
ルーナは熊族の一番得意な勝負に持ち込む。
「まったく、仕方ないですね。受けて立ちますよ! その代わり、ルーナさんが負けたら私の食事代、全て肩代わりしてくださいね!」
シトラは案外やる気で、腕を組んだ。
「やっぱり、ハンスさんのお気に入りなだけあって言い根性していますね! 全力で行きますよ!」
ルーナはカウンターに入り、木を切っただけの高さがある台を持ってきた。
「この上に肘を置いて握り合ったあと、相手の手の甲を木目に先に付けた方が勝ちです」
「なるほど、本当に力勝負ですね。面白そうです!」
身長の低いシトラは木製の台を足場に置き、ルーナと高さを合わせる。
「ちょ、シトラ。止めておいた方が……」
ハンスは鼻にチリ紙を詰め、鼻血を止めた後、立ち上がり言う。
「勝負を挑まれたら買うのが礼儀! 真剣勝負なんですから、邪魔しないでください!」
「わ、わかった……」
ハンスはシトラの闘気に押され、押し黙る。
「じゃあ、ハンスさん、審判をお願いします!」
ルーナは肘を台に置き、言う。
「はぁ……。わかったよ」
ハンスはシトラとルーナに近づく。
「ふぅ……。よしっ!」
シトラは気合いを入れ、肘を木の台に置き、ルーナの大きな手を握る。もう、大人と赤子くらいの差がある。こんなの勝負になるのか……。
「では……。俺が手を放したら力を籠めるように」
「わかりました」
シトラは目尻を吊り上げ、凛々しい表情を浮かべる。
「了解です!」
ルーナは口角を上げ、勝利を確信していた。
「三、二、一、始め!」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「おらあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うわっ!」
ハンスは両者の気合いで吹き飛ばされる。
シトラとルーナの手は停止していた。剛腕の男でもルーナに一瞬で負けると言うのに、シトラはルーナと張り合っていた。
ルーナは手加減などできないため、常に本気だ。つまるところ、シトラはルーナの本気と互角に戦いあっている。
「はは……。す、すげぇ……」
ハンスは微笑みながら、鳥肌を立たせていた。
シトラの細腕にいったいどれだけの力があると言うのだろうか。ルーナの棍棒よりも太い腕はパンパンに膨れ、メイド服調の衣装の長袖部分が筋肉の膨張に耐えきれず、開始早々で割けていた。そのため、素肌が見えるのだが筋肉の筋や太い血管がミミズのように浮き上がっており、もう男勝りと言う言葉が似合い過ぎる。
「はわわわわわ……」
モクルとマインは恐怖のあまり、互いに抱き合いながら震えていた。
「ルーナさん、さすがですね! でも、負けませんよっ!」
「シトラさんこそ、どこにこんな力が……。でも、面白いです!」
会場である酒場が軋み始めた。天変地異と勘違いしてしまったのか鼠が大移動を始め、白猫の新しい店員が大量に捕まえていく。おやつにでもするのだろうか。
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