第43話 最終

 リジンが起こした事件から三ヶ月後。風が暖かい季節となった。


 ハンスは午前六時頃『獣好き屋』で小柄な兎族の女性とベッドの上で寝そべっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。は、ハンスさん……。ありがとう、ございました……」


 頭部から兎耳が生え、胸やお尻がぺったんこながら、性欲だけは有り余っている茶髪の兎族はハンスに大変可愛がられた後、大満足な笑顔を浮かべ、息を整えていた。


「どういたしまして。にしても、兎族は大変だよね。ずっと発情しているんでしょ?」


「あはは……。まあ、人族と同じくらいですよ。毎日しても大丈夫ってだけです」


「でもそれじゃあ、大所帯になっちゃうんじゃ……」


「はい……。私の兄弟は二八名います。もう、食べていくだけでも大変でしたよ」


「だろうね。でも、何でこの道に来たの?」


「えっと、天職なんじゃないかなって思いまして……。実際、初めての相手がハンスさんでよかったです。私達、兎族は相手が雄なら結構高確率で発情しちゃって醜態を晒してしまうんですよ。でも、毎日毎日、ハンスさんに可愛がってもらってから日常生活で全然発情しなくなりました。ありがとうございます」


 兎族は頭を下げ、ハンスに感謝した。


「ウサちゃんの悩みの種が一つ解消できたのならよかった」


 ハンスは兎族の頭を撫で、ベッドを降りる。服を着替え、革製の防具を付けた後、革袋から金貨一枚を取り出し、兎族の手の平に乗せる。


「きょ、今日も良いんですか?」


「うん。ウサちゃんは毎日頑張ってるし、それで美味しい野菜を買って家族に食べさせてあげなよ」


 ハンスは質素な剣を左腰に掛け、言った。


「あ、ありがとうございます! 皆、喜びます!」


 兎族はベッドに立ち上がり、ハンスに抱き着いた。そのまま、熱い口づけを交わし金貨のお礼とばかりに貪る。


「キスは別料金なんじゃなかったっけ?」


「わ、私がしたくなっちゃっただけです……。ハンスさん、魅惑すぎるんですよ。もう、何名の女性と経験してるんですか……」


 兎族は頬を赤らめ、小さい口から言葉を漏らす。


「んー、数えてないかな。でも、ウサちゃんが一番可愛いよ。ほんと、愛してる」


「はぅうっ! 私もですっ!」


 兎族はハンスに飛びつき、腰を無意識にヘコヘコと動かしながら甘えた。


 ハンスは兎族の背中を撫で、耳元で呟く。


「じゃあ、またこんど一緒に愛し合おうね」


「はわわ……。はぃぃ……」


 兎族は腰を抜かし、ベッドにへたり込んだ。


 ハンスは部屋から出て受付に向かう。

 黒い背広を着た店長が受付に立っていた。


「新しく入った子、元気過ぎますね。俺の好みとはかけ離れていますけど、いい子なので嫌いじゃないです。特に体力が良いですね。普通の人間なら過労死しますよ」


「お気に召していただいたようで、何よりです。では金貨二枚お支払いください」


「はい」


 ハンスは金貨二枚を黒い板の上に出し、店長に渡した。


「ありがとうございます。ハンス様のおかげで、このお店も何とか危機を脱しました」


「それは良かったですね。俺も、このお店が無くなったら嫌だったので持ち直してくれてよかったです。じゃあ、俺はこれで」


「またのお越しをお待ちしております」


 店長は頭を深々と下げ、言った。


 ハンスは『獣好き屋』を出る。


「ハンスさんっ! また来てくださいねーっ! 私、待ってますから!」


 兎族はキャミソールとショーツ姿でお店を飛び出し、ピョンピョンと飛び跳ねながら叫ぶ。


「また来るよーっ!」


 ハンスは手を大きく振り、満面の笑みを浮かべていた。


 風俗街を歩いていると、人族が経営する風俗店の前で葉巻を吸いながら話し合いをしている者達がいた。


「はぁー。最近、ぱっとしねーな……。新しい迷宮もパッとしなかったし……」


「はぁー。最近、全然立たねえな……。もう、歳かな……、どう思う?」


「知るか。酒と葉巻のせいだろ。止めたら立つんじゃね?」


「は? 止められる訳ねだろ。これを止めたら俺の楽しみが無くなっちまうじゃねーか」


「って、おい。あそこ見ろよ、あいつ、獣族と冒険者してる女たらしじゃねえか?」


「ああ、言われて見れば。シラウス街にいる獣族全員とやったっている化け物だろ。逆に尊敬するぜ……。よく、獣族なんて愛せるよな。あんなゴミみたいなやつら」


「ほんとだよな。一緒にいるだけで獣臭くてキスなんてで来たもんじゃないぜ。あいつらの口臭知ってるか。生腐った血肉の臭いがするらしいぜ。牛乳を搾った雑巾と互角らしい」


「うへぇー。ぜってえ吐く……。そんなゴミみたいなやつらと愛し合ってるあいつ、やっぱり化け物だな……」


 ――ほんと、偏見が過ぎるよな。皆、可愛くて良い子なのに。臭いなんてとんでもない、魅惑的で心を擽るハーブの香りがするのに。


 ハンスは回りの視線など一切気にすることなくシラウス街を出て森のダンジョンに向かった。三○分で到着。現在の時刻は午前七時。入口付近に白に近い銀髪の獣族が立っていた。


「ハンスさん、おはようございます」


 銀髪がとても綺麗で、小柄ながら凛とした立ち姿の狼族の女性。ハンスが愛してやまないシトラが、頭を下げながら挨拶をしてきた。


「おはよう、シトラ。今日も一段と可愛いね!」


「朝っぱらから、口説くのはやめてください。とてもとても面倒臭いです」


 シトラは未だにハンスに靡かず、彼に一向に振りむかない。だが、ハンスは彼女の尻尾を見て盛大に振られているのを見るだけで充分満足していた。


「おーいっ! ハンス! シトラ! 私達も付いていくぜ!」


 革製の胸当てをしているにも拘わらず、走るだけで胸がバインバインと踊っている牛族の女性冒険者がハンス達のもとに走り込んできた。


「モクルさん。おはようござついてくるのはくるのは構いませんが、邪魔はしないでくださいね」


 シトラはモクルの方を見ながら、苦笑いをうかべ、頬を引きつらせていた。


「邪魔なんてするわけないだろう。私達もダンジョンで金を稼ぎに来ただけだ。四名なら、二階層、三階層と攻略できるはずだ。その分、報酬が良い魔物の素材が手に入るだろ。今よりずっと稼ぎやすくなるはずだ」


 モクルは握り拳を作り言った。


「はぁ、はぁ、はぁ……。もう、モクル、勢いよく走りすぎだよ」


 モクルが喋っている途中に大きな尻を揺らし追いついた茶色の長髪美女、マインが両膝に手を置き、息を荒げる。


「マインが太っただけじゃないか。筋肉をつけるためとはいえ、食べすぎも厳禁だぞ」


「ふ、太ってない! ちょっと福与かになっただけ! すぐ筋肉に変わるんだから! あ、ハンスさん、シトラちゃん、おはようございます」


 マインはモクルに怒ってから、ハンスとシトラに頭を下げ、挨拶をした。


「もう、近距離組が三名もいたら冒険者パーティーとして上手く行きませんよ」


 シトラは腕を組みながら、モクルとマインを見つめる。


「ハンスが魔法を使えば万事解決だろ」


 モクルはハンスの肩を組み、提案した。


「他言無用だからね。もし話したら一生可愛がってあげないから」


 ハンスは口もとに人差し指を立て、真剣な表情を浮かべる。


「は、墓場まで持って行く!」


 モクルは心臓に右手を当て、決死の覚悟で言う。


「ぜ、全部の指を詰めます!」


 マインは両手を突き出し、誓った。


「はぃ? 可愛がる……? 訳が全くわかりません」


 シトラは腕を組み、首を傾げた。


「な……」


 モクルとマインはシトラの方を向き、続いてハンスの方を見た。


「でもまあ、私は他人の秘密を別の者に漏らすような悪いことは絶対にしません。安心してください。じゃあ、皆さん、パンを買ってからダンジョン内に行きましょうか」


 シトラは屋台のパン屋に向かった。


「お、おい、ハンス。お前、シトラに手を出してなかったのかよ……」


 モクルはハンスの首に腕を回し、耳元でひそひそと話す。


「あんな女神の化身、または慈愛の天使に手を出せるわけがないだろ」


「私達には手をすぐに出したくせに……」


 マインは頬を膨らませ、ハンスの脚を蹴る。


「あの時はそっちが誘って来たでしょ。俺は悪くないよ。あと、なに? 最近、俺とシトラのダンジョンラブラブ攻略に割り入って来すぎじゃない?」


「そんな硬いこと言うなよ。硬くするのは下半身だけで十分だって」


 モクルはハンスの顔を胸に谷間に押し付け、力任せに窒息させる。


「俺が本性をちょっと出したら、いきなり馴れ馴れしくしやがって……」


「別に離れてやってもいいんだぜ。だが、人間でここまでデカい乳を持ったやついるか?」


 モクルは乳をたゆませ、ハンスの耳元で囁いた。


「くっ……。乳の暴力……。さすがに魔力ですら勝ち目がない……」


 ハンスは負け、モクルの乳に抱き着いた。


「ちょっ! そこまで許した覚えはないぞ!」


 モクルはハンスを放し、ローブで乳を隠す。


「ハンスさん、おっぱいばかり見ていたらつまらないですよね……」


 マインはハンスの股間にふくよかなお尻を押し当てる。


「あらあら、もうそんな気になっちゃったんですか。仕事前なのに駄目じゃないですか」


「く……。ムチムチ過ぎるだろ……」


「も、もう! 福与かなだけですから!」


 モクルはハンスを蹴り飛ばした。八メートルは吹っ飛び、地面を転がる。


「う、うぐぐ……。り、理不尽が過ぎる……。あ、俺の天使……」


 ハンスは仰向けになりながらシトラを見た。


「…………」


 シトラは一部始終をしっかりと見ており、ゴミを見る目をハンスに向ける。そのまま、顔を踏みつけた。


「おっきなおっぱいにおっきなお尻、えぇ、えぇ、どちらも男性がお好きな要素がいっぱい詰まっておりますね。ほんと女たらしが過ぎませんか?」


 シトラはゴミを踏み潰すかの如く足先をぐりぐりと動かし、ハンスを懲らしめる。


「あ、ああ……。踏んでくれてありがとうございます……」


「一回死ねやっ!」


 シトラはハンスの顔面を地面に突き刺した。


「は、はわわわ……。る、ルーナさんと同じくらい怒らせちゃ駄目な子だ……」


「う、うん……。あのハンスさんですら攻略できてない獣族の女の子なだけある……」


 モクルとマインは抱き合い全身から闘気を溢れ出させているシトラを見ながら震えていた。


「モクルさん、マインさん。私達だけで行きますよ。あんなゴミは捨てていきます」


「あはは、ゴミだなんて酷いなー」


 ハンスは地面から顔を出し、鼻血を流しながら言う。


「ちっ、死んでなかったんですね。はぁ……。じゃあ、ハンスさんも一緒に来てください。魔物の餌にします」


 シトラは右腰に付けたナイフを持ち、ハンスを切り刻む準備をした。


「シトラ、ようしゃなーい」


 ハンスは身を細め、半泣きになる。


「ふっ、冗談ですよ」


 シトラは左腕で抱えていた紙袋からコッペパンを取り出し、モクルとシトラに手渡す。


「はい、お二人共。お近づきの印です。どうぞ」


「うわっ……。滅茶苦茶可愛い……」


 モクルはシトラの笑顔に胸打たれていた。


「きゅんっ……」


 マインもシトラの満面の笑みに心臓を鷲掴みにされる。


 モクルとマインは身長の低いシトラを両脇から抱きしめ、ハンスの方を見た。


「こんな可愛いくて純粋な子、私達が守らずして誰が守るんだ!」


「そ、そうだね。例え、ハンスさんでも、シトラちゃんに手出しさせません!」


「ふぐ、ふぐぐぐぐ……」


 シトラは両者に挟まれ、もがいていた。


「モクル、マイン。シトラはもう一五歳を超えた成人だぞ。あと二人よりも強いからな」


 ハンスは腕を組み、シトラの年齢を言う。


「え。一五歳。嘘……」


 モクルは胸の内側で失神しているシトラを見た。


「わ、私達と同い年……」


 マインは苦笑いをしながら、シトラに視線を送る。


「さて、ある程度親睦が深まったところで、ダンジョンに潜るとしますか!」


 ハンスはモクルとマインの間に手を入れ、グワっと開く。ヘロヘロになっているシトラを抱き上げ、ダンジョンの入り口に走り出した。


「ちょっ! 逃がすか!」


 モクルはハンス達を追いかけるように駆ける。


「絶対に逃がしませんからね!」


 マインはハンスの背中を見ながら微笑み、駆ける。


「うう……。な、なにがどうなって……」


 シトラは目を覚まし、瞼を開けた。


「シトラを俺の姫にする! それが、王への道に繋がっているはずだ!」


 ハンスはシトラをお姫様抱っこしながら、森のダンジョンの入り口に飛び込んだ。


「な、なにを言ってるんですか! ひ、姫って、訳がわかりません!」


 シトラの大声は森のダンジョンに響き渡る。尻尾が盛大に振れているのを見たのはハンスしかいない。

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