第42話 黒い化け物

 ハンスは手を握り染め、息を整える。黒ローブに扉の鍵を開けさせ、中に入り、鍵をすぐに閉める。すると、目の間にいたのは全身から狂気を放つ黒い化け物だった。




 「グルルルルルルルルルル……」


 黒い髪が逆立って見えるほど気が立っている女性がベッドに縛り付けられていた。


「やあ、ルーナ。元気そうで何より。死ぬ恐怖を得て暴走状態に入っちゃってるね」


 ハンスはルーナの体を縛っている拘束器具を外していく。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。ハンスさん……。わ、私……、もう……、止まれそうにないです……。ご、ご迷惑を、お、おかけします……」


「気にしないで。熊族が獣族の中でも特段危ない種族なのは知ってるし、愛し方も熟知してる。例え暴走したとしても、ルーナは心地よく目覚めるさ」


「も、もう、真っ赤な光景は見たくないです……。は、ハンスさん……、助けて、ください……。わ、私……、ハンスさんがいないと……、生きて、行けません……」


「もう、ルーナ、何を言っているの? 助ける? 愛するの間違いでしょ」


 ハンスはルーナの拘束器具を全て外した。


 次の瞬間、ルーナはベッドを一瞬で破壊するほどの瞬発力で起き上がり、ハンスの前に立つ。体長二メートルから発せられる威圧ではない。

 もう、巨大な化け物が立っているような感覚に近い。だが、ハンスは一切、恐怖せず、微笑みながら両手を広げた。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」


 ルーナは咆哮を放ち、ハンスの鼓膜が裂ける。

 両耳から血が流れるも、ハンスは顔色一つ変えず、ルーナに抱き着いた。膝を床に付かせ、彼女の唇を奪うと動きを止め、隣のベッドに押し倒す。


「本当に手がかかる子だ。愛が深すぎるのも困りものだな……」


 ハンスはルーナの服を破り、全裸にさせた後、たらふく愛した。


 八時間後、ルーナの表情は穏やかになり、ハンスの手を握りながら心地よさそうに眠っていた。スイカ級の乳がハンスの頭を挟み、彼は五分程度息が出来ず死にかけた。


 朝六時頃。ハンスは目を覚ます。すると、真っ黒な瞳をしたルーナと目が合った。


「お、おはようございます。ハンスさん……」


「…………」


 ハンスは鼓膜が破れていたことを思い出し、回復魔法で両耳の鼓膜を治した。


「ごめん、鼓膜が破れてたの忘れてた」


「も、もしかして、私のせいですか。す、すみません、すみません! なんでもするので、嫌わないでください!」


 ルーナは泣き顔を晒し、ハンスに土下座をかます。


「いや、謝らなくていいから。でも、ルーナが元に戻ってくれてよかった。いつも思うけど本当に強烈だね。ルーナほどの暴走状態を見たことが無いよ。昔から、そうなの?」


「うぅ……。大人になるたび、酷くなっていきました。傭兵だったころ、発情期と被り暴走した結果、敵味方関係なく蹂躙してしまい、親しかった者も自分で手に掛け、真っ赤な血がトラウマになってしまったんです。功績と罪が中和し合い、死刑は免れたものの落ちぶれ……、ハンスさんに助けられてから、生きるのが楽しくて……」


 ルーナは不安だったのか、ハンスが聞いていないことまで喋った。女性は喋りたがる生き物だとハンスは知っており、口を挟まず、聞き手に徹する。


「ハンスさん……。リジンが言っていた話しは嘘ですよね……。私、ハンスさんに愛されてますよね」


 ルーナはベッドに上り、ハンスの眼を見ながら言う。


「ルーナ、俺は君を心の底から愛していないよ。暴走状態を鎮静化させるために愛してるだけだ」


 ハンスはルーナに包み隠さず言った。


「そ、そんな……。じゃ、じゃあ、今までもずっと嘘だったんですか……」


「そうだよ。ずっとずっとルーナに恐怖して愛するふりをしていた。そうすれば、強力なルーナの手を借りることができるし、暴走状態も抑えられる。俺はルーナを道具としか思っていない」


「う、うぅ……。なんで、なんで、そんなこと……今更、はっきり言うんですか……。言わないでもいいじゃないですか……。私を騙してずっと愛を与えるふりをしてくれても、いいじゃないですか……」


 ルーナは目尻から大粒の涙を流し、ハンスに問う。


「そんな関係、俺は嫌だ。俺はルーナが大切だから言うんだ。現状、ルーナの暴走を止められるのは俺しかいない。だからって俺はルーナを愛しているわけじゃない。勘違いしないでほしいんだ」


「勘違い……」


「うん。大切なのはルーナが嘘の愛にしがみ付いている現状を知ることだと思った。だから、俺はルーナに事実を言っている。実際、ルーナは俺に対して今の気持ちが愛なのかはっきりわからないんじゃないか?」


 ハンスはルーナの頬に手を当て、顔を上げさせる。


「…………わ、わかるわけないじゃないですか。親にも愛されたことがありませんし、他の者からも愛されたことなんてありません。傭兵としてずっとずっと戦って来てやっと愛してもらってこれが愛だって決めつけてたのは……私です。でも、でも……。これが愛じゃ無かったらって思うと、凄く怖いんです! この気持ちが愛じゃないなら……、何が愛か一生わからないじゃないですか!」


 ルーナは大粒の涙を目尻から流し続け、ハンスの手に頬擦りをする。


「ルーナ、実際、俺も愛がなにかわからない。でも、ある女性と会って、何となくわかった。はっきりと言えないけど、焼けそうで死にそうで泣きそうになって、でも飛び跳ねたくなって笑いたくなって、ずっとそばにいたくなる。そんな感情が愛なんだと思う」


「だと思うって……。ハンスさんもわからないんじゃないですか……」


「わからないさ。でも、ルーナよりはわかる。相手のことを考えるだけで胸が熱くて仕方がない。ルーナ、俺はルーナ自ら離れるまでお前を利用し続ける。これからも、何度だって自分の手ごまのように扱う。俺にとって今のルーナは都合が良い女なんだ」


「……最低ですね」


「ああ、そう思う。俺も、ルーナを愛しているのかわからないから、最低に思われて仕方がない……。今まで、勝手が良い嘘を付いてきてごめん」


 ハンスは誠心誠意謝った。


「ハンスさんも、私と同じだったんですね……。どっちも愛がわからない状態で愛し合ってた。はは……、嘘つき同士の嘘つき合戦をしていただけだったんですね」


 ルーナは吹っ切れたような良い顏をしていた。


「ルーナ、俺を殴ってくれ。俺はこれからもルーナと仲良くしたい。これは本音だ。嘘じゃない」


 ハンスはルーナの黒い瞳を見つめながら言う。


「私に殴られたら、半死じゃすまないかもしれませんよ」


「ああ。構わない。思いっきり殴ってほしい」


「……わかりました」


 ルーナは正座をしながら、拳を握りしめ、ハンスの顔面に拳を打ち付ける。ハンスは入口付近の壁を破壊しながら、病院の外に弾き飛んだ。本当に死にかけたが一命をとりとめ、顔を回復魔法で治し、ルーナがいる病室に戻る。


「次はハンスさんが私を殴る番です。私も愛してるなんてよく理解してもいないのに嘘をついていました。ごめんなさい」


 ルーナは土下座をしながら謝って来た。


「じゃあ、本気で殴るよ」


 ハンスは先ほど殴られた腹いせに右手を固く握り、息を掛ける。


「は、はい」


 ルーナは面を上げ、目を瞑った。


「おらああああああああああああああああああああああああっ!」


 ハンスは大声を上げながら拳を引き、突き出す。そのまま、ルーナに抱き着いて口づけをした。


「なっ……。ど、どういう意味ですか……」


「ただたんに俺がルーナとキスしたかっただけ」


 ハンスは微笑みながら言う。


「くぅ……」


 ルーナは頬を赤らめ、瞳孔を大きくした。口をもごもごしながらハンスに抱き着き唇に貪りついた。そのまま第二回戦に突入する。


 ベッドが壊れそうになるほど激しい運動を八時間続けた後、ハンスとルーナは互いに抱き合いながら息を整えていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。これが愛じゃないんだってさ……」


「はぁ、はぁ、はぁ……。そうなんですかね……。もう、わけわかりません」


「本当に、愛って何なんだ……。お爺様……、俺の道はこれでいいんですか……」


 ハンスは天井を見つめ、女性は優しく愛せと教えてくれた元ルークス王を思い出す。


「ハンスさん……。ごめんなさい、まだできますか?」


「もう、避妊具が無いんだけど……。それが無いと、さすがに駄目だ」


「じゃあ……。避妊具が要らない方で……」


 ルーナは巨体をハンスの上に重ね、言う。黒い髪が艶やかで、色っぽい。


「まったく、お前はどれだけ変態なんだ。でも、そう言う女は大好きだ!」


 ハンスはルーナの申し出を断るどころか、彼女が求める以上で返し、互いの欲求を満たした。だが、これが愛なのかわからないと言う心残りだけが、二人の間に残る。

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