第41話 仲間の状態

 ハンスはシトラがいた病室を出ると、モクルとマインがいる病室に入った。




「二人共、体の方は大丈夫?」


「ああ。疲れがちょっと溜まっているだけだ。気にするな」


 モクルはベッドに横たわりながら視線をハンスに向け、言う。


「私の方も、傷は大丈夫です。切られたはずの手が戻っててびっくりしましたけど、これからも冒険者としてやっていけそうで安心しました。まあ、怪我をしちゃってたら、ハンスさんに養ってもらおうと思ってましたけどね」


 モクルは舌をチロリと出しながら言う。


「二人共、無事でよかった。あと、言っておこうと思う。これ以上俺と拘わったらゆく先々で不幸になる。いずれは幸せになれるかもしれないけど期待しない方がいい。見切りをつけるなら、今だ。俺以外の男を見つけて幸せになる方が賢い選択だよ」


「はぁ……。なんだ、ハンス。女冒険者の私らがあの化け物に傷つけられた姿を見て不安がってるのか?」


 モクルはため息をついたあと凛々しい目を吊り上げ、威圧しながら言う。


「い、いや……。そう言う訳じゃ……」


 ハンスはモクルから視線をそらし、呟いた。


「ハンスさん、私とモクルは冒険者ですよ。死ぬ覚悟なんて初めから出来てます。嫌いな男に嫁いで子供を産んで育てていくと言う一生を捨てた女たちなんですよ。舐めないでください。惚れた男がどんなやばい者だろうと、この気持ちは本物です!」


 マインはいつも穏やかな口調にも拘らず、ここぞとばかりに強い声を出した。


「ハンス、私はな、お前に愛される幸せを知っちまった。この気持ちを捨ててまで長生きする道を選ぶなんてもうできない。お前の気持ちがどうであれ、私はお前が好きなんだ」


 モクルは赤面しながらもはっきりと口にした。


 ハンスは口を少し開けた後、口を閉じ、モクルの顔を覗き込みながら言う。


「後悔しても知らないぞ。そもそも俺はモクルを本気で愛してない。それでも一緒にいたいと言うのか」


「……ああ。私はお前に付いていきたい。例え、お前からの愛が嘘だとしても、お前が行く先を見たくなった。お前が行く先を見たいだなんて、もう惚れたも同然だろ」


 モクルは茶色の瞳を潤わせながら、微笑み、堂々と言う。


「……バカな女だ」


 ハンスはモクルの唇を奪い、深い深いキスをする。あまりにも長く、モクルの目尻から瞳に溜まった涙があふれ出た。


 ハンスが唇を放すと透明の糸が引き、魔石の照明によりキラキラと光を散乱させる。


「俺が行く先を見たいならいくらでも見せてやる。俺はこの国を世界一幸せな国にしてみせる。それまで、死なずに俺の後ろをついて来い。追いついて背中から抱き着いてこい。そうしたら、本当に愛してやる」


 ハンスはモクルの目尻に付いた水分を拭う。


「はっ……、長そうな道のりだな」


 モクルは微笑みながら、呟いた。


「モクルは焦らされるのが好きでしょ」


 ハンスは口角を上げ、笑んだ。


「ああ……。大好きだ……」


 モクルもハンスと同じように口角を上げて笑った。


「むぅー、モクルだけずるいー。ハンスさん、私もドロドロのキスしてくださいよー」


 マインは頬を膨らませ、目を細めながらブツブツと言う。


「まったく。マインはただただエッチなことがしたいだけじゃないの?」


「うわーん、ハンスさん、ひどーい。私だってハンスさんを愛してますよ。でもでも、私をこんな女の子にしちゃったのはハンスさんなんですから、責任取ってください!」


 マインは口を半開きにしながら、舌をチロリと出し、唇をゆっくりと舐める。


「マイン、俺はお前を性処理係くらいにしか思っていない。それでも離れる気は無いのか?」


 ハンスはマインの頭上に顔を持って行き、包み隠さず言う。


「なら、私も愛するハンスさんを性処理係くらいにしか思いませんよ。私が行く道は私が決めます。好きな男性も自分で決めます。どこで何をしようが私の勝手です。ハンスさんに何を言われようが気にすることは一切ありません。いつか、ハンスさんを私自ら落としてみせます!」


 マインは出会ったころとは打って変わって、モクル以上に凛々しい表情を浮かべ、自信満々に言う。


「ふっ……。マインは本当に強くなったな」


 ハンスはマインに軽くキスをした。


「ええー、今のでおしまいですかー? モクルの八分の一もありませんでしたよ」


「自分の手で俺を落とすんでしょ。やってみなよ」


 ハンスは微笑みながら、言う。


「むぅ。えぇえぇ、やってやりますとも! ハンスさんがひいひい言うくらい私に夢中にさせてやります!」


 マインは微笑みながら言う。


「ああ、楽しみにしてる」


 ハンスはモクルとマインの病室を出る。そのまま、病院の通路の突き当りにやって来た。


「トラス。いる?」


「はっ」


 黒ローブはハンスの後方に現れ、膝を床に付けながら返事をした。


「体の状態はどう?」


「万全ではありませんが、動けます」


「そう。なら、万全になってからでいいからシトラが育った教会をある程度調べてくれる。何か、黒い噂でもあったらいいんだけど、無かったら教会の黒い部分を徹底的に探るしかない。エナ。いる?」


「は、はいぃ。うわっ!」


 エナは黒ローブを踏み、転んでぶっ倒れた。


「す、しゅみません。まだ、カッコよく登場できません」


 エナは犬耳を立て、ハンスのにおいを嗅ぎ、嬉しくなってしまって振れまくっている尻尾を晒しながら言う。


「別にカッコよく登場する必要ないけどね。えっと、シトラが住んでいた教会を特定したらそこに繋がっている教会関係者を調べて。まあ、十中八九ルークス王国の王都に繋がっていると思うけどね。これ以上、獣族に対する圧力が大きくなったら、いつ爆発するかわからない。その前に、食い止めないと」


「りょ、了解しました! は、ハンス様、この任務が成功したら、私といっぱい性交してくださいね。な、なんちゃって」


 エナはにへにへにしながら、尻尾を踏んだんに振り言う。


「失敗したら、お仕置きだからね」


 ハンスは床にペタンコ座りをしているエナの前に立つ。


「は、はい! 頑張ります!」


 エナは犬耳を立て、元気よく返事をした後、走り去る。


「はぁ、また、一人で行動して……。では、ハンス様。私も仕事に戻ります」


「トラス。いつもありがとう。本当に、いつも助かってる。今回だって、トラスがいなかったら俺はリジンを取り逃がしてた」


 ハンスは黒ローブのフードを外し、顔に傷を負っている虎族のトラスの頬に手を当てる。


「いえ……。私の判断は失敗しています。ハンス様なら、あの逆境も一人で乗り越えていたはずです。私が余計なことをしたばかりに無駄な犠牲者を増やすところでした」


「いや、今、皆が生きているのはトラスのおかげだよ。自分を卑下するような発言は俺の誉め言葉を否定していることと同じだからね」


「い、いえ、そんな気は……」


 トラスは虎茶色の髪に茶色の瞳を動かして少々動揺する。


「じゃあ、褒め言葉を素直に受け止めるんだ。わかった?」


「は、はい……。あ、ありがとうございます……」


 トラスは頬を赤らめながら言う。


「頑張ったトラスに、何かご褒美を上げる。何がいい?」


「じゃ、じゃあ、熱いキスっ……!」


 ハンスはトラスが言い切る前に彼女の体にがっしりと抱き、ざらつく舌の感覚を味わった。

 トラスの腰が抜けようと、ハンスは放さず、深く熱い口づけを続ける。

 トラスが漏らしたころハンスは彼女の唇を放し、伸びる透明な糸が切れた時、微笑んだ。


「今回、裏で沢山頑張ってくれてありがとう。次も期待してる。大好きだよ、トラス」


「はぁ、はぁ、はぁ……。は、はぁぃ……。ハンス様……」


 トラスは腰が抜け、その場にへたり込んだ。表情は蕩け切り、ドロドロのアイスクリームのようだ。


 ハンスはトラスの頭を撫で、その場をあとにする。

 向かったのは立ち入り禁止と張り紙がされた病室だった。中から猛獣の声がする。あまりにも威圧感が強く、狂暴な生き物がいると肌の痺れる感覚だけでわかった。


 ハンスは手を握り染め、息を整える。黒ローブに扉の鍵を開けさせ、中に入り、鍵をすぐに閉める。すると、目の間にいたのは全身から狂気を放つ黒い化け物だった。

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