第38話 カイリ・ルークス

 皆の一撃必殺の攻撃が何発も跳ね返ってしまったら、耐久力が高い獣族ですらただですむわけがない……。

 火薬により音速を越えた鉛弾を跳ね飛ばすルーナの体ですらズタボロなのだ。他の者が即死していないのは奇跡としか言いようがない。


 対するリジンの体は無傷。魔法の影響で攻撃を受けたことになっていなかった。




「いやはや、これだから無能で脳まで筋肉で出来ているゴミ共は狩りやすい。戦場で真っ先に死ぬ者が誰か教えてあげましょうか。脳まで筋肉で出来ているような者ですよ。続いて正義感が強いバカ、自分が世界の中心だと思っているバカ、自分が死なないと本気で思っているバカ。ほんとバカとゴミを見ると虫唾が走るんですよね」


 リジンはルーナのもとに移動し顏や体を蹴り飛ばす。床に転がっている石ころやゴミみたく扱っていた。顔を殴られたことを根に持っているようだ。


「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……。おい、きたねえ脚でルーナを蹴るんじゃねえよ……」


 ハンスは血液不足からくる貧血で、体に力が入らないながらに、立ち上がる。


「ハンス様、駄目です! 今、立って動いたら傷が開いてしまいます!」


 エナはハンスの体を抱き寄せ、支えていた。


「いやはや、魔法とは便利ですね。私はただ『リフレクション』と言う詠唱を放っただけで、周りのゴミが駆除できてしまいました」


 リジンは体に着いた砂埃を払い、ハンスの方を向いた。


「リジン……。お前の思い通りにさせるわけにいかない。今、ここで倒す……」


「どうやって? 獣族の者が誰一人、私に傷を付けられておらず、共倒れ。回復薬で首の皮一枚命が繋がっているだけで、立つのすらゴミを支えにしないといけないあなたでは勝負になりませんよ」


 リジンはハンスのもとに向って歩いていく。


「あなたは魔法が使えると言うだけで利用価値があります。加えてルークス王国の王族の血を引く者。あなたの血があれば、私のような魔人を何体も作り出せてしまうかもしれませんね。何とそそられる話しでしょうか」


 リジンはハンスの前まで歩いてきた。


「は、ハンス様、逃げてください! ここは私が囮になりますから!」


 エナは戦闘要員ではないのにハンスの前に立ち、両手を広げリジンの前に立ちはだかった。


「エナ……、退くんだ……。そこにいたら殺されてしまう……。他の者を連れてくるんだ」


「私はハンス様に仕えると決めた者です! ご主人一人守れないなんて、従者として失格です! 私は短い間でしたがハンス様に愛されて幸せでした。生きていてよかったと……、何度も思えました。例えそれが嘘だとしても、あの時だけは本当に愛してもらえた……、それだけで十分すぎるほど、幸せ者です」


 エナは泣きながら言う。


「俺は嘘なんか言って無いさ……。俺はエナを本当に愛しているよ……」


「ありがとう、ございます……」


 エナの体に五カ所穴が開き、真っ赤な血が服に滲む。そのまま後方に倒れ、微笑みながら口から血を吐いていた。


 視界の先にエナを撃ったと思われるリジンが立っていた。腹の底から煮えくり返る怒りがこみ上げてくる。

 だが、この場でハンスに出来ることなど、今さら何もない。


「気持ち悪い友情ごっこですね。あなたは誰も愛してないし、愛されていない。ただのお遊びをして何が楽しいんでしょうか。友情自体、理解不能です。愛となればなおさら」


 リジンは銃口をハンスの眉間に向ける。


「悲しい奴だな……。愛を知らないなんて。お前が女なら愛してやれたのに」


「ほんと、気持ち悪い方だ」


 リジンはリボルバーの引き金を引く。それと同時にハンスの体が傾いた。何者かに体を押されたのだ。


 ハンスは傾く体を体幹で制御し、押された右側を見る。そこにいたのは先ほどまで倒れていた白髪が靡く猫族のミルだった。


「この気持ちが愛じゃないなんてありえません……」


 ミルは微笑み、銃弾が首を貫通した。首から鮮血が吹き出し、彼女は地面に力なく倒れる。


「はぁ……。最後の一発だったんですけどね。ゴミが面倒な仕事を増やしやがって」


 リジンはハンスの前に立つ。


「今この瞬間から、この世で魔法を扱える者は私だけになる。あなたが王族の血を引く者なのは確定。ですが、私はあなたのことを知らない。どこで生まれ、どこで育ったのか。親は果たして誰なのか。疑問は残りますが、生かしておく必要もありません。殺して持ちかえるとしましょう。脳はあったほうが見栄えが良いですし、心臓を潰すのが手っ取り早いですね」


 リジンの右手が鋭く尖り、座り込んでいるハンスの心臓に向かう。


 細く硬い爪が服の繊維を裂き、皮膚を容易に貫通。肋骨を折りながら弱々しく脈打つ心臓を貫いた。


 ハンスは当たり前のように激痛が走る。視界がぼやけ、息が出来なくなった。


「ごふっ……」


 前のめりに倒れたハンスの体から、大量に出血。地面が赤く染まっていく。


「お爺様…………」


 ハンスは薄れゆく視界の中、遠い昔を思い出していた。これが走馬灯なら、何かしらこの瞬間を打開する策が見つかるかもしれない。だが、すでに心臓を貫かれた身。今更、何をしても助かることは無いだろう。




 部屋一面綺麗な花が飾られており、白やピンク、赤色などの温かみがある花が多かった。王を退いた者が住まう別荘だと思われる。


『ハンス、大きくなったな。いくつになったんだ?』


 巨大なベッドに寝そべる痩せ細った老人が問いかけてきた。真っ白なバスローブを身に纏い、首から青い涙のような宝石が付いたネックレスを掛けている。


『一〇歳になりました』


 ハンスは老人の耳でも聞き取りやすいように大きな声を出す。


『そうか。もう一〇歳か。魔法と剣術の鍛錬は怠っておるまいな?』


『はい。毎日、トラスと二人で鍛錬しています』


『なら、よろしい。息子達に魔法の才能は無かったが孫の中で唯一わしを超えるほどの才能が宿るとは思ってもおらなんだ。だが、あのバカ息子め。政策を大きく改変しおって。長年続くルークス王国を潰す気か……。いや、それ以前に即席の子だからと言ってハンスを捨てることじたい許せんな。昔みたくきついお仕置きでもしてやらんとわからんのか』


 白髪の老人は筋肉を失った腕を持ち上げ、握り拳を作る。


『お爺様。あまりいきむとまた倒れますよ』


『ああ、そうだな。次倒れたらさすがに起き上がれん。もう、次の王が誕生してしまっているからな』


 白髪の老人は首の後方に手を持って行き、ネックレスの金具を外す。


『ハンス、お前が王になる才能があるかどうかは実際わからん。だが、王に選ばれたのなら、お主はどうしたい?』


 白髪の老人はネックレスを持ちながら言う。


『国中、獣族のお姉さんだらけにします!』


 ハンスは堂々と言い切った。


『ほほー、ええのーええのー。獣族のお姉さんがいっぱいなら、エルフのお姉さん達もいっぱいにしてほしいのー』


 白髪の老人は鼻の下を伸ばしながら言う。


『えへへー、いいね、おっぱいいっぱいのお風呂に入ってパフパフしたい……』


『はははッ、ハンス、やはりお前はわしの孫だな! 性格がそっくりだ! 良いか、ハンス。この世に生きている者は皆、女から生まれる。男は女を守るためにいるんだ。誰よりも強くなりなさい。その力は女を守るためにある。かつて邪神から女神を守ったと言われている男こそルークス神だ。ハンス、お前はルークス神の末裔の男児として真っ当に生きよ』


『はい! 俺はお爺様のように、どのような女性も愛せる賢く気高く強い完璧な男になります! そしてこのルークス王国を多くの種族が暮らす世界で一番幸せな国にします!』


『よく言い気った! さすが、わしの孫だ!』


 白髪の老人はハンスの首にネックレスを付けた。首に掛けられた青色の宝石が一瞬光り、脈動する。


『ルークス王国の国王は生を全うするまで死なぬ。女神の加護を受け、蘇るのだ。そのネックレスは女神の慈愛を受け取る証。女神に恥じぬ男の中の男になれ。女、子供に危害を与えるゴミは問答無用で排除しろ。この世界にはゴミが多すぎる。掃除してもしきれないほどゴミだらけだ。この国を幸せな国にするために必要なことは?』


『ゴミの排除です!』


 ハンスは自信満々に言う。


『そうだ。掃除をすることはルークス家に生まれた男児の責務。いつになろうと、体が動くまで全うしなければならない。掃除とはいつの間にか行われているものだ。断頭台など使う必要ないと言うのにあのバカ息子め……。ゴミと肥やしの区別もつかぬとは、いつ育て方を間違えたのだろうか……』


 白髪の老人は額に手を当て、俯いた。


『お爺様! 俺は一生をかけてゴミを沢山掃除して行きます! どれだけ大きなゴミが出てきても絶対に掃除してやります! だから、お爺様は心配しないでください!』


『はははっ! そうか、そうだな。なら、わしの夢もハンスに託すとするか』


『お爺様の夢?』


『ああ。わしの夢。どこもかしこも幸せいっぱいのルークス王国でたくさんの国民と孫達に囲まれて死ぬことだ』


 白髪の老人は満面の笑みを浮かべながら言った。


『あーん、カイリ様。今日も呼んでくださり、ありがとうございます』


 水着姿の獣族女性が八名ほど入って来た。


『おおおっ!』


 ハンスは綺麗な獣族女性を見て目を輝かせた。


『はっ、はっ、はっ! ちこう寄れ、ちこう寄れ! 長生きするためには若いおなごの力が必要だ。ハンス、覚えておくように!』


『はーい! えへへー、俺もお姉さん達のお耳と尻尾、パフパフしてもいいですかー』


『もー、ハンス様ったら。そんなにカイリ様に似たらすぐに大物になる予感がしますね』


 獣族の女性たちはハンスを包むようにして抱き締めた。


 享年八八歳、カイリ・バレンシュタイン・ルークスはハンスが一五歳の誕生日を迎える前にこの世を去った。

 葬式の参列者はハンスとカイリが可愛がっていた侍女たちだけだった。ルークス王国の繁栄の尽力したカイリだったが、多くの異種族を領地内に招き入れたことにより、国民の反感を買い軽蔑されていた。

 代わりに多くの他種族からは敬愛されている。

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