第37話 仲間達

「はぁ、はぁ、はぁ……。止めろって言ってるだろうが……」


 ハンスは死にかけの体に鞭を打ち、体を引きずりながら、大通りに出てきた。


「おや、その傷で死んでいないのは流石魔法使いと言うべきでしょうか。普通なら、出血多量で死んでいるはずですがね。ま、死ににくいと言うのも辛いでしょうから、また一興。このゴミと共にあの世に送ってあげますよ」


 リジンは左手に持っているリボルバーのハンマーを異形と化した親指で引き、長い爪を起用に使って引きがねを動かそうとする。




「く……、止めろ……」


 ハンスは薄れゆく意識の中、地面を駆ける音が聞こえてくる。


「はああああああああああああああああっ! おんどりゃああああああああああっ!」


 真っ白に近い銀髪を靡かせ、分厚い厚底ブーツを履いている狼族の女性がリジンの真上から降って来た。リジンの右腕が千切れており、靴裏が地面に衝突した瞬間、火薬が爆発したような破裂音を鳴らす。


「し、シトラ……。だ、駄目だ……。戦っちゃ……駄目だ」


「ハンス様、すぐに治療を行います!」


 ハンスの体を持ち上げたのはクリーム色の髪が綺麗な犬族のエナだった。


「はあああああああああああっ!」


 シトラはリジンの正面から回し蹴りを繰り出した。


「ふっ、おらあああああっ!」


 リジンの背後から大斧を振り被る牛族の女性が現れる。大きな乳が揺れ、どう見てもモクルだった。額に静脈が浮かび、太い腕がパンパンに張っている。


「せいやああっ!」


 リジンの左側から剣を振りかぶる馬族の女性が現れた。いつも穏やかな表情なのに、今はあまりにも怒っており、目を血走らせている。


「どらああああああああっ!」


 リジンの右側から短剣を突き刺そうと突進する黒いローブの者が叫んだ。虎耳に加え、顔に深い傷が入っている。


 ――トラスまで。


「ハンスさんを傷めつけやがって……絶対に許さんっ! ぶっ殺すっ!」


 空から降ってくるのは怒りすぎてわれを忘れている熊族の女性だった。雰囲気はまさしく鬼神その者。硬く握られた拳の一撃を食らって耐えられる人間は一人も存在しないだろう


 ――でも、駄目だ、ルーナ。戦ってはいけない。ハンスは声が出せず、かすれゆく視界に戦う者達を見ることしかできなかった。


「ははっ! ゴミが何体集まろうとも、しょせんゴミなんですよ! 『バリア!』」


 リジンが詠唱を放つと、彼の体を守るように半球状の透明な膜が現れた。


「ば、馬鹿な……。あれはハンス様しか使えないはず。なんで、あの男が……」


 エナはハンスの体にポーションを掛け、治療を行いながら呟く。


「ルーナさんっ!」


 トラスが大きく叫ぶ。


「わかってます! すぅ……『獣拳』」


 ルーナは拳をバリアの膜に叩きつける。バリア自体が地面に陥没した。だが、バリアに罅が入る程度でルーナの拳はリジンに届かなかった。


「ははははっ! これが魔法の……ごはっ!」


 リジンはバリア内部で何者かに殴られたように頭を地面に叩きつけられる。バリアが破損。そのまま、ルーナともども渾身の一撃をリジンに放つ。だが……。


「『ショックウェーブ』」


 リジンはまたしても魔法の詠唱を放つ。


「ぐごっ!」


 五名の獣族はリジンを中心に吹き飛んだ。何かしらの衝撃波を食らい、地面に体を擦りつけるように転がり、停止。


「ははははっ! いい、素晴らしい。これが魔法。これほどの力があれば、私一人でも十分すぎる戦力になりますね」


 リジンは高笑いしながら、立ち上がる。


「ちっ……。なんですかこいつ。気持ち悪いですね。ハンスさん! ちゃんと説明してもらいますからね!」


 シトラは立ち上がり、蹴り技を使うため、身構えながら叫ぶ。


「たくよ……。こんな化け物と一人で戦ってたとかバカすぎるよな。勝手に死ぬんじゃねえぞ。お前がいなくなったら私が困る」


 モクルは大斧を両手で持ち、刃先を地面に向けながら構えた。戦士の風格がにじみ出ている。


「ハンスさん、説明してくれたら私達も手を貸したのに。今度からはちゃんと話してくださいね」


 マインは剣を規則正しく構え、隙の無い綺麗な立ち姿を見せる。


「ハンス様、他のアンデッドは仲間に任せ、選りすぐりの者を集めた結果、こうなりました。後ほど、いかようなお仕置きでも受けます。ハンス様の知り合いを戦いに巻き込んでしまい、誠に申し訳ございません。私は命を賭して奴を仕留めます」


 トラスは短剣を逆さに持ち、近接戦闘を行うための隙の無い構えをとる。


「殺す、殺す、殺す、殺す……。絶対に殺す……」


 ルーナは目を黒く染め、リジンのもとに歩み寄る。


「こう見ると、私達は中々近しいですね。オメコさん」


 リジンは全身から黒い雰囲気を溢れさせ、今にも暴走しそうなルーナに話し掛ける。


「死ねやああっ!」


 ルーナはリジンの顔に拳を打ち込んだ。

 リジンの顔がトマトのように容易く潰れ、ゴム玉よりも早く弾き飛ぶ。リジンが飛んだ先はシトラが構えており、気を溜めていた。


「おらあああああああっ!」


 回転による遠心力を使い、足先に勢いを乗せた素早い蹴り技を飛び込んでくるリジンの体に食らわせる。

 リジンはまたもや跳ね飛び、モクルのもとに向かった。


「ふんすっ!」


 モクルは大木を切るように大きく振りかぶり、大斧の刃をリジンの体に打ち付ける。リジンの体が頑丈すぎて斧の刃で切れなかった。

 だが、リジンはマインのもとに跳ね飛んだ。


「せいやっ!」


 マインが持つ銀色に輝く剣で滅多切りにされ、強烈な蹴りを首に食らわせる。


「はあっ!」


 トラスのもとに跳ね飛ぶリジンは案の定、トラスが持つナイフの斬撃と風圧を起こす拳や足の連打を食らいまくる。


 ――なんで、リジンは反撃しないんだ。あれだけ好き勝手にやられるのか? 防ごうと思えば少しは動くはずだ。なのに、あの無防備な構え。まさかあの魔法を使う気じゃ……。


 ハンスはリジンの不可解な行動に疑問を持ち、先を予測した。だが、皆に伝える方法がない。声は未だに上手く出せず、魔法の詠唱も放てない。

 今は回復薬が早く効いてくれるのを祈るしかなかった。


 トラスに弾き飛ばされたリジンはルーナ、シトラ、モクル、マイン、トラスの順に何度も何度も攻撃を食らい、普通の人間なら確実に死んでいるダメージを負っている。

 だが、ハンスは安心していなかった。今すぐ声を大にして言いたいが、声がしゃがれ出てこない。


「おらっ! マイン、黒ローブの方! 止めを刺せ!」


 モクルは大斧を大きく振り払い、リジンの体をマインとトラスの中央に跳ね飛ばす。


「おらああああああああああああああああっ!」


 マインとトラスは中央に走り、刃物の穂先をリジンの体に突き刺した。マインは背後から心臓をトラスは前方からマナを抉る一撃を繰り出す。トラスは魔法の原理を知っているため、リジンの急所を的確に狙った。


 リジンは動かず、生気を感じない。


「や、やったの……」


 エナはミルを回収し、リジンの姿を見ながら言った。


「ふ、ふふふっ、ふふふふっ……。フハハハハっ! はぁ……『リフレクション』」


 リジンは高らかに笑ったあと、気だるそうに詠唱を呟いた。体が閃光を放つ。


「皆、逃げろ!」


 ハンスは回復薬が効き、声が出るまで回復していた。

 リジンが放った詠唱を知っており、皆を逃がさなければならないと思い叫んだが、遅かった。


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 閃光は五名の獣族を襲った。


 リジンが放った魔法は攻撃反転の魔法。詠唱を『リフレクション』と言う。一定期間受けた攻撃を相手に跳ね返すと言う荒業だ。

 通常、カウンターとして使う魔法にも拘らず、リジンは強靭な体力と肉体を利用し、大量のダメージを蓄積し耐えきった後、周りに跳ね返したのだ。まともに食らったのは周りにいた獣族五名。


 不幸中の幸いと言うべきか。五名いたため、リジンが負ったダメージが五等分され、身に跳ね返っている。だとしても、普通の人間なら何度死んだかわからない獣族たちの連撃を一度に跳ね返されたのだ。致命傷じゃないなんてありえない。


 皆それぞれ勢いよく弾き飛ばされ、地面に力なく倒れる。


「う、ううぅ…………」


 シトラは体から血を流し、銀髪が赤色に染まっていく。


「ぐはっ……。は、ハンス……」


 モクルは口から血を吐き、呟く。起き上がる気力がない。


「うぐ……」


 マインは右腕が欠損し、服に血がにじみ、鮮血が地面を赤黒く染めていく。


「かはっ……」


 トラスは脚が欠損し、動こうにも指一本動かせないようだ。


「は、ハンスさん……」


 ルーナは両手両足がズタボロ。冒険者服ではなくただの普段着だった為、耐久性が無く、様々な箇所に斬撃の跡が残っていた。


 皆の一撃必殺の攻撃が何発も跳ね返ってしまったら、耐久力が高い獣族ですらただですむわけがない……。

 火薬により音速を越えた鉛弾を跳ね飛ばすルーナの体ですらズタボロなのだ。他の者が即死していないのは奇跡としか言いようがない。


 対するリジンの体は無傷。魔法の影響で攻撃を受けたことになっていなかった。

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