第36話 昔の知り合い

 高速で動くアンデッドたちを仕留めなければ、リジンを倒すことなど不可能。唯一の救いはアンデッドたちが戦闘慣れしておらず、八体の連携が崩れていることにあった。



 ――敵との戦いの基本は一対一に持ち込むこと。こいつらと一対一で戦って確実に殲滅するんだ。


 ハンスは最善策を取り、一体で攻め込んできたアンデッドを誘い込む。我先にと迫りくるアンデッドが右拳を大きく引き、殴りかかろうとしてきた。


「ふっ!」


 ハンスはアンデッドの懐に入り、拳を振りかぶってくる前に首を跳ね飛ばす。


 アンデッドはハンスの後方に転がり、真っ黒な血しぶきを上げながら、建物に衝突。


 ハンスは回りを見ながら、自身に迫りくる七体のアンデッドの位置を確認。加えてリジンが逃げないか睨みを効かせる。すると、リジンは手を振り、舐めた態度をとっていた。


「ちっ……」


 ハンスの舌打ちと共に、アンデッドが頭上に飛来。ハンスは靴裏に溜めた魔力を地面にくっ付け、急停止。そのまま後方に仰け反りながら、アンデッドの拳を紙一重で躱す。

 アンデッドが巨大な握り拳を地面に打ち付けると鼓膜が破裂したかと思うほどの爆音と共に大地が蜘蛛の巣状に割れ、一部が隆起し土柱を上げながら巨大な凹みが生まれる。


 ハンスは衝撃波に吹き飛ばされ、地面を転がるも、すぐに起き上がり、一瞬で状況の把握を行う。脳内で敵の位置を確認した。


「スゥ……。フラーウス連斬!」


 ハンスは身に雷を纏ったかのごとく、稲妻のようにアンデッドの位置に駆ける。ハンスが移動するさい起こる歩行音は巨人の移動音に等しく一歩一歩が大砲と同じ衝撃音を響かせた。


「わーぉ、見事な剣戟……」


 リジンは体を切り割かれている現状に理解が追い付かない。


 ハンスは目にも止まらず移動と斬撃で七体のアンデッドとリジンの体を切りつけた。だが、首を切り込む予定だったが、リジンは人外とも言える反射神経で体を後方に避けていた。

 そのため、剣先が首にとどかず、右肩から左斜めに切り込む形となってしまった。リジンだけは首の皮一枚即死に至らせるための一撃が足りず、致命傷止まりだった。


 ――やっぱり、この男は人間を超えてる。今すぐ掃除しなければ間に合わない!


 ハンスは足をあと一歩、前に踏み出そうとした。だが、度重なる剣戟の使用に加え、長距離の『フラーウス連斬』による疲労がハンスの脚に与えたダメージは自身が思っているよりも深刻だった。


 全身が一瞬硬直する。まるで彫刻のように固まってしまい、ハンス自身も脳内で混乱した。

 なんせ、目の前に左手でリボルバーを持ち右手でスイッチを持つリジンがいたのだ。


 リジンの顔は笑っており、体に斜めに入った傷から黒に近い鮮血がじんわりと吹き出そうとしている。

 そんな状態にも拘わらず、リジンはハンスの体に鉛弾を打ち込んだ。体が切られた影響で眉間や心臓部分などに当たらなかったのは幸いだが、鉛弾を一発でも食らってしまったこと自体、大きな損傷になる。


 ハンスは激痛が腹部を襲った時、体が動いた。リジンの指先が引き金を引く前にもう一撃、体に切り込む。リジンの身体にバッテンの印が生まれ、体が四分割……されるはずだった。


「駄目じゃないですか、首を狙わなきゃ。ああ、でも今の私の場合はマナの方が嫌でしたね」


 リジンは黒く染まった瞳をハンスに向けた。四分割されるはずだったリジンの体はいつまでたってもバラバラにならず脳からの伝達が届いてないはずの左手の指が動いている。


「『バリ……』」


 ハンスは詠唱を放とうとした。だが、確実に切り離されているはずのリジンの右肩がくっ付いており、スイッチを押されてしまう。同時に体に打ち込まれる五発の弾丸。激痛と発砲音が同時に体の骨身に染みた。


「もういっちょっ!」


 リジンの左脚がしなり、右わき腹に直撃する。

 骨が軋む音と、損傷した内臓の数々から出血する感覚を得る。

 ハンスは口から血を吐きながら、人とは思えない一撃の蹴りを受け、ゴム玉のように地面を何度も跳ね、勢いよく弾き飛んだ。


 視界が何度もめまぐるしく回り、木製の建物に直撃。木材を破壊しながら、石製の壁に衝突し、停止。


「ごふっ……」


 口から信じられないほどの吐血。トマトジュースを飲んだかと錯覚するほどで、驚くほどの悪寒。全身の毛穴が縮まり、視界がぼやけだした。


 即死は免れたものの、確実に死ぬほどの致命傷を負っている。特に臍下あたりにあるマナを何度も撃たれた。


 ――どうやら、リジンは魔法使いの弱点を知っているらしい。


「いやはや、危ないところでした。私が人間を辞めていなかったらすでに死んでますよ」


 確実に切り割いたリジンの体はくっ付き、何事もなかったかのように再生していた。それを見ただけで、確実に人間を辞めているとわかる。


「な、なに、何が、どうなってるの……」


 薄れゆく視界の中で、声のする方向に視線を向ける。すると、仕事に出発しようとしていたのか白髪が美しく何度も可愛がった猫族のミルの姿があった。街が異常事態にあり、逃げてきたのかもしれない。だが、最悪の場面に出くわした。


「んー、やはり自分の体で実験しておくものですね」


 リジンの体は沸騰するようにボコボコと膨れ上がり、体の色や形が変色していく。黒々とした体、頭上に生える歪んだ角。

 二メートルほどまで伸びた背丈。下半身が丸太のように太く、腰があまりにも細い。にも拘らず、肩幅は人族の二倍はある。まるで古い魔導書に書かれている魔人のようだ。


「うーむ、魔法使いと魔人が相対するときが来るなんて。ああ、なんて素晴らしい日だ!」


 リジンは人ならざる者になったと言うのに、口角が目尻に付きそうなほど笑っていた。道化師の仮面のようで薄気味悪い。

 もう、誰が彼を優しい医者だと言うだろうか……。


「ごほっ……。そこのお嬢さん……、早く逃げてください……」


 ハンスはかすれた声でミルに声をかける。『出会っても声を掛けるな』と言っていたハンスだが、一度愛した女性だ。彼女に助かってほしいに決まっている。


「わ、わけわからない……。え、な、何が……、どうなって……。ゆ、夢……」


「早く……、逃げてください……。まだ、あなたは気づかれていません……。お嬢さんは私のことなんて、知らないはずですよ……」


 ハンスは死力を振り絞り、言う。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 ミルは過呼吸になり、何が起こっているのか足りない頭で考えていた。生き物は考えていると動けなくなる。

 ハンスが喋った時に逃げるしか彼女に選択肢はなかった。にも拘らず、すぐに行動しなかった。それが彼女の失敗だ。


「おや、こんなところにゴミが一匹。立ち尽くしてどうかしましたか?」


「ば、化け物……」


 ミルはリジンの姿を見て呟いた。


「化け物……。はぁ、この魅力がわからないとはやはり獣族は感性の欠片も持ち合わせていない。人にすらなれなかったゴミに私の素晴らしさをどうやって伝えればいいだろうか」


 リジンの右手に持たれていたスイッチが無くなっていた。服装はただの白衣のみ。他の衣類は破れ、白衣すらまともに着れていない。スイッチを隠している様子は無く、体内に取り込んだと考えて良さそうだ。

 魔石を体内に入れるなんて禁忌に等しい。魔法を研究し、自分の体で人体実験を行って来たリジンは魔石と適応してしまい魔人になったと考えるのが普通か。


「うぐぐ……。く、苦し……」


 ミルはリジンの右手で首を掴まれ、持ち上げられている。脚をじたばたと動かし、両手でリジンの手を掴んでいた。このままではミルはなすすべもなくリジンに殺される。


「や、止めろ……。その子は関係……無いだろ」


「死にかけの癖に他の者の心配ですか? 心が大変広いお方のようだ。お、良いことを思いつきました。死を直面し、絶望しかけている人間が、他の者の死を見たらどんな顔をするのでしょうか。気になりますねー。ポコチンさんもそう思いませんかー」


 リジンはミルを持ちながら、ハンスに見えやすいように場所を移動する。すでに建物が破損し、見えやすい状態にも拘わらず、リジンは完璧を追求した。


「んー、この辺りが良いですかね」


 リジンは月あかりにミルを照らすため、建物が少ない大通りの中央に移動していた。周りに人はおらず、ミルを助けようとする者はいない。


「う、うぐ……」

 ミルは口から泡を吐き、すでに気を失いかけている。


「はぁ、はぁ、はぁ……。止めろって言ってるだろうが……」


 ハンスは死にかけの体に鞭を打ち、体を引きずりながら、大通りに出てきた。


「おや、その傷で死んでいないのは流石魔法使いと言うべきでしょうか。普通なら、出血多量で死んでいるはずですがね。ま、死ににくいと言うのも辛いでしょうから、また一興。このゴミと共にあの世に送ってあげますよ」


 リジンは左手に持っているリボルバーのハンマーを異形と化した親指で引き、長い爪を起用に使って引きがねを動かそうとする。

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