第35話 動けるゴミ

「『バリア』 つっ!」


 ハンスは詠唱を放った。だが、いつもなら現れる輝きが見えず、右耳に熱い何かが擦過する。耳が焼けたような痛みに襲われ、右耳に右手を当てると真っ赤な鮮血が手に平に付き、攻撃が当たったと理解する。




「なるほど、なるほど! 魔力の波長をぶつけ合わせれば魔法は相殺できる! 新しい文献だけではなく、古い文献も読み漁っておくべきですね! こんな好機が巡ってくるなら、もっと試せる道具を持ってくるんでした!」


 リジンはリボルバーに残っている鉛弾を五発、発砲。加え、スイッチを四回押す。


 ――器用な人間だ。馬を操作しながらスイッチを押し、発砲までしてくるなんて。元は優秀な医者だったんだろうな。いや、狂っていたから優秀だったのか。


「ルークス流剣術。フラーウス連斬!」


 ハンスは魔法を使わずに剣の柄を右手で掴む。脹脛と太ももが破裂しそうなほど膨らみ、筋肉が一気に収縮拡張を繰り返し、高速移動を見せる。

 鉛弾を躱し、馬の前に出ると真下から切り上げるように剣を振る。加えて右斜めから左下、左斜めから右下に三連撃。


「うわっ! 珍しい剣術っ!」


 リジンは馬を足場にして跳躍。斬撃が当た他のは馬のみで、巨大な体が肉塊になる。

 ハンスの後方に大量の馬肉と真っ赤な鮮血が吹き荒れ、馬が巨大な何かに衝突したかと思うほど悲惨な現場となる。


「はははっ! 魔法にその剣の流派。あなた、ルークス王国の王族ですか! 本当に私は運が良い! ですが、あなたのような男性は資料で見た覚えがありませんねー。そもそも、ルークス王国の現国王は魔法が使えないはず……」


 リジンは空中から三回転宙返りをした後、足裏から着地。頭がいいだけじゃなく動けるゴミのようだ。


「ほんと、よく知ってるな」


「そりゃあもう、調べましたからね。現国王の父、元国王カイリ・バレンシュタイン・ルークスが最後の魔法使いと言われているはず。ですが、あなたが使用したのは紛れもなく魔法。興味深い、興味深いですよっ!」


 リジンは興奮しすぎて鼻から血を流していた。


「あんまり叫ぶな。耳がキンキンするんだよ……」


 ――やばいな、魔法が封じられてる。すでに脚の筋肉が断裂気味なんだが……。


 ハンスの脚は震えており、筋肉の繊維が何本も千切れていた。


「おや、やはりあれだけの動きをしたら体にガタが来るようですね。運が良い!」


 リジンはリボルバーの回転弾倉を開き、蹴子棒を押し込んで真鍮色の空薬莢を素早く捨て、スピードローダーで弾丸を一瞬にして装填。両手で銃把を握り、射撃の安定感を上げた。


「くっ!」


 ハンスは剣の柄を両手で持ちながら、真横に走る。だが、先ほどのような切れは無い。筋肉繊維の断裂が響いている。


「おら! おら! おらっ! おらっ! おらあっ! おらああっ!」


 リジンは引き金を引き、六発の鉛弾をハンス目掛けて放った。だが、鉛弾はハンスの体に直撃せず、後方に流れていく。


「ルークス流剣術……、シアン流斬」


 ハンスは飛んでくる鉛弾を剣身の腹で掬うように軌道を変え、後方に流した。あまりの美しさにリジンも息を飲む。


「ほんと、でたらめな剣術ですね! でも銃火器が剣や魔法に負けるわけないでしょうが!」


 リジンは腰から手榴弾を取り出し、コックを抜いて投げ込んだ。


 ハンスは臆せず走り込み、剣を真上に振り上げる。


「馬鹿めっ! 弾けろ!」


 リジンの眼は血走っていた。リジンは投げ込んだ手榴弾からは一五メートル以上離れた場所にいるため、手榴弾が弾けても外傷をほぼ得ない。


「ルークス流剣術……、マゼンタ撃斬!」

 

 ハンスは剣を真上に振り上げた瞬間に右靴裏を地面に思いっきり叩きつける。地面が振動を起こすほどの踏み込みで、リジンの体も揺れた。前に踏み込んだ力をそのまま剣の加速に使い、振り下げる。

 すると、大気が真下に向かい、空中にあった手榴弾は地面に衝突。重力に押しつぶされながら爆発し、鉄粉が弾けることは無かった。


 手榴弾が地面に埋もれている部分は一メートルほど窪み、半球状の凹みが生まれている。


「はは……。人間技じゃありませんね」


「はぁ、はぁ、はぁ……。魔法と剣術の天才なんでね」


 ハンスは肩を大きく動かしながら息を吸う。血中の酸素濃度が急激に低下しているとわかった。


 ――いきなり手榴弾はずるいだろ。出さざるを得なかった。剣術を三種類も見せてしまったし、体力もきつい。回復薬でも買っておけばよかったな。


「あれだけ激しく動けば、体中の筋肉が酸素を使い、血中の酸素濃度が下がる。その苦しそうな顔を見るに、もう、視界がぼやけている頃でしょう。生きているまま拘束して実験台にしたいところですが、そんな余裕はなさそうですね」


 リジンはハンスの後方を見ながら言う。


「ご無事ですか!」


 ――声からするにトラスか。だが、リジンは拳銃を持ってる。トラスはシアン流斬を使えないし、魔法もてんで駄目だ。危険すぎる。


「止まれ! この男は俺が倒す!」


「はははッ、そんな息を切らしていて情けないですね。鍛え方が足りないのですよ、鍛え方が。食事に睡眠、薬剤などなど、完璧な体になればそんな息切れはしませんよ」


 リジンは眼鏡をくいっと持ち上げながら微笑む。白衣の内に手を伸ばし、先ほど締まったスイッチを取り出した。右手に持ち、トラスがいる方向に腕を伸ばしスイッチを三回押し込む。


「グラアアアアアアアアアアアッ!」


 またしてもアンデッドが建物を壊しながら大通りに飛び出し、トラスの方に向かう。


「あなたの名前はなんですか? 私と楽しいお話をいたしましょう」


 リジンは急に礼儀正しくなった。


「いきなりなんだ、気持ちが悪い」


 ハンスは警戒しながら、剣を構える。


「私の考えによると、あなたは王族。私は異国の者ですが、王族に敬意を払うのは当然のことでしょう。なぜ、王族のあなたがこのようなちんけな場所に来ているのかはなはだ理解できませんが、好都合には変わりありません」


「お前はプルウィウス王国の者だろ。ルークス王国の領地に何をしに来た。実験だけが目的じゃないだろ。実験が目的なら、他の場所でもいいはずだ」


「単純明快に話すなら、我が国と戦争をしていただこうかと思いましてね」


「戦争なんて起こして何の得がある」


「今やルークス王国は世界一の強国と言う名ばかりの存在。領土が無駄にデカく、資源が大量に取れる場所と言うだけの宝の山なわけですよ。魔法が衰退し、力を無くした強国はもう驚異でも何でもない。他国の餌食になるのは当然の結果でしょう」


「力を無くした強国か。確かに……。そうかもしれない。だが、力をなぜ無くしたか知っているか?」


 ハンスは剣を構え、ほくそ笑む。


「はて……、何でしょう。考えられることは国を治める王国がバカだったからでしょうか」


「ふっ……、半分正解。だが、もう半分が足らないな」


「答えは教えてもらえるんですかね」


 リジンはスピードローダーを使い、リボルバーに鉛弾を装填。銃口をハンスの眉間に向ける。


「もう半分の答えは……。お前みたいな生ゴミをあぶりだすためだ!」


 ハンスは走りだした。一度大きく加速した後は靴裏に魔力を溜め、地面との摩擦を一ミリ単位で制御し、氷の上を滑るように移動。リジンに動きを読ませず仕留め切る作戦に出る。


 ――リジンの持っているスイッチのせいで魔法が使えない。『バリア』が使えないとなると、拳銃の攻撃が本当に厄介だな。俺も毎回シアン流斬が成功するとは限らない。なるべく撃たせたくない。


 ハンスは地面を滑るように移動し、リジンを翻弄する。鉛弾も無限にあるわけじゃない。魔法が使えるわけでもない。――攻めろ!


「そうはさせません」


 リジンはハンスに向ってスイッチを三回押す。すると、アンデッドが八体現れ、ハンスを襲った。

 男女様々だが、肉体が変形しアンデッドになっているため、人の雰囲気など残っていなかった。膨張した肉体に気持ちが悪いほど盛り上がっている筋肉と大量の太い血管。皮膚が黒色に変色しており、もう元の姿に戻せるわけがなかった。


「はははっ! 敵を使って敵を倒すなんて、なんて効率の良い戦い方なんでしょうか! 皆の者、あの男をなぶり殺しにしてください!」


 リジンの声に反応したアンデッドたちは八体同時攻撃を繰り出してくる。拳の一撃が砲弾とほぼ同じで、地面を殴りつければ土柱が高らかに上がり、木製の家を殴れば一面が崩壊。

 最悪、建物ごと吹き飛ぶ始末。


 ハンスは九対一の戦いとなり、劣勢に陥っていた。


 リジンはアンデッドの体など気にするそぶりを見せず、発砲。

 甲高い銃声音が鳴ると、アンデッドの腕を貫通した鉛弾がハンスの目の前に現れる。目の前に現れたころには眼球に高速回転している鉛弾がありありと映っていた。目を見開き、反射的に体を捩じる。

 地上と水平になるように跳躍。体を右に捩じりながら鉛弾を回避。後方にいたアンデッドの顔面に直撃した。だが、アンデッドはそう簡単に死なない。魔法が使えない今、首を切り取るか、頭を完全に破壊するか、マナを破壊するかくらいだ。


 高速で動くアンデッドたちを仕留めなければ、リジンを倒すことなど不可能。唯一の救いはアンデッドたちが戦闘慣れしておらず、八体の連携が崩れていることにあった。

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