第34話 リジンを追う
ルーナは大量の空気を吸い、全身の筋肉が膨張させ、ワンピースのヒラヒラした部分を引き裂いた。全身凶器とでも言える肉体美を曝し、ハンスのご褒美欲しさに病院内を駆け巡る。
そこら中からアンデッドの断末魔が聞こえ、どちらが魔物かわからない光景が広がった。
「ほんと、こんな化け物を飼うのも大変だ……」
ハンスはルーナが暴れた影響で壊れゆく施設内を見て呟いた。建物が崩壊する前に外に飛び出し、黒ローブたちの誘導を見る。
「ハンスさん、さあ、説明してもらいましょうか!」
外で待機していたシトラがハンスに話し掛ける。腕の中に先ほど助けた少女が抱かれていた。
「ごめん、シトラ。俺、行かなきゃいけないだ」
ハンスはシトラに一言呟き、黒ローブの誘導にしたがい、反対側を向いて走り出す。
「ちょっ! ハンスさん! もうっ! ちゃんと説明してくださいよ!」
シトラはハンスに向って叫ぶ。だが、ハンスは振り返ることなく、シラウス街の大通りを駆けた。
「あー、あー、ポコチンさん、聞こえますかー。ずいぶんお怒りのようですが、何を怒っているのかさっぱりわからないですよねー」
シラウス街全体に放送が鳴り響く。どう聞いてもリジンの声だった。
「この街、面白いですよね。ルークス王国の中で珍しく獣族が大勢いるんですから。ここの街を支援していたのはルークス王国の元国王、カイリ・バレンシュタイン・ルークスらしいんですけど、ほんとありがたい限りです。こんなにたくさんの実験動物を飼育してくれて」
今、リジンは放送局にいる。ハンスは放送局まで走った。
リジンは馬でも使ったのか、放送局まで八キロあった。人が走ってすぐに着く距離じゃない。
大通りにいる者達は放送を聞き、何が起こっているのか理解できないでいた。
「ポコチンさんが私を殺しに来たと言うことはドルトを殺したのもあなたでしょう。あそこ以外から私の情報が漏れるとは思えない。ほんと最後まで使えない男でしたね」
リジンは放送でぺちゃくちゃと喋っていた。なんで、そんな無駄なことをする必要があるのか謎だ。こんな放送をしていたら逃げる時間が減ると言うのに……。
「この街で得られた結果は大変利用価値があります。もう、これからの戦争の主流となっていくのに違いありません。私は軍医として働いてきましたが、戦いの効率が悪すぎる。本当になぜ鉛弾で敵兵を一体一体撃ち殺さなければならないのか。魔道具で焼き殺さなければならないのか。本当に無駄すぎて私は飽き飽きしていました」
リジンは自分語りを始めた。
――好都合。そのまま、自分の信念を語っていろ。
「ハンスさん、何をそんなに急いでいるんですかー」
走っていると聞き馴染みのある声が聞こえた。ハンスは聞き覚えのある声が聞こえた方向を見る。茶髪のポニーテール、冒険着を纏い、腰に剣を駆け、大きなお尻をたゆませながら走ってくるマインだった。隣にいたのは斧を背負い、胸を弾ませているモクルだ。
「マインっ! 手を貸してくれ!」
ハンスはマインの背中に飛び乗り、大きく叫ぶ。
「え、えっと、何が何だか……」
「私はどのようにしたら効率よく戦えるのか考えました。ある日、蜘蛛の共食いを見た時、ふと思いついたのです。敵兵に敵兵を戦わせればいいのだと。どうせ襲わせるなら、医者を魔物に変え、治療すらさせられないようにしてしまえば勝手に自滅してくれる」
リジンが言葉を発した後、スイッチを押すカチッと言う音が二回した。
「グアアアアアアアアアアアアッ!」
シラウス街の至る所から大声が聞こえた。あまりにもおぞましい叫び声に、背筋が凍る。いったいどこから声が聞こえているのか、周りを見渡すと、病院がある場所から叫び声が聞こえる。
「まさか……。医者を魔物に変えたのか……」
医者が魔物になってしまったら、誰が怪我人を助けると言うのだ。技術を持った人間がいなくなったら、怪我人は助からない。
「何とも良い響きですねー。とても良い。では、失礼して。もう一押しと行きましょう」
リジンはまたしてもスイッチを押したのか、カチッと言う音が三回鳴る。
「グアアアアアアアアアアアアッ!」
動いていた騎士達の半分が叫び、アンデッドに変化した。何が起こっているのか理解できていない騎士達は仲間に攻撃され、傷を負う。
「いやぁ。この叫び声、幼女の悲鳴と同じくらい……心地良い。では、私はここら辺で」
銅線が切られたのか、ばつっと何かが千切れる音が鳴り、放送が止まった。周りを見渡せば、狂暴化したアンデッドが人々を襲っている。シラウス街の中に狂暴なアンデッドの群れが攻め込んできたような乱戦状態になっていた。
「なにが起こっているんだ! ハンス、説明しろ!」
モクルは叫び、斧の持ち手を握る。
「説明している時間は無い。モクルはアンデッドと交戦し、一般人を守るんだ。マインは今すぐ放送局に走ってくれ。今すぐだ!」
ハンスはマインの背中から叫ぶ。
「わ、わかりました!」
マインは道路を馬と同等の速度で走る。
「おいっ! 説明しやがれっ! 馬鹿野郎っ!」
モクルの声が後方に響くも、説明している時間など無く、ハンスは状況を確認しながらマインに指示を出す。
「放送局に付いたら、一時待機」
「は、はい」
マインはハンスの言うことを聴き、放送局前に着いた。ハンスは辺りを見回し、黒ローブを探す。
「ハンス様! リジンは北西の方角に向かいました!」
黒ローブは叫んだ。
「北西……。このまま、王都に向かう気か。行かせるかよっ! マイン、このまま、大通りを走って北門に向ってくれ」
「はいっ!」
マインは全力で走り、混乱しまくっている街中を移動する。至る所で悲鳴が聞こえるも、今、リジンを逃がせば王都に危険が生じる。何としてでも止めなければならない。そのためハンスはアンデッドの処理を黒ローブに任せ、元凶であるリジンを追った。
「いた、あの馬に乗っているのがリジンだ」
ハンスはリジンを目視で確認。だが……。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ハンスさん、私、これ以上、本気で走れません……」
マインは二〇キロメートル走ったころ、一気に失速した。
リジンの馬は未だに走っている。おそらく、馬を何度も乗り換えているか、何かしらの方法で無理やり限界以上の力を出させているのだろう。
ハンスはマインの頭を撫で、言う。
「マイン、ありがとう。もう、十分だ。あとは俺一人で行く。マインは呼吸を整えた後、周りのアンデッドに気を付けながら生き延びるんだ。生き残っていたら、また会おう」
ハンスはマインに軽く口づけした。マインは頬を真っ赤にした後、耳をばたつかせ、最後の一〇〇メートルを限界を超えた速度で走る。だが、力尽き脚が縺れてこけた。ハンスは空中に投げ出される。
「ハンスさん、私のことは気にせず、行ってくださいっ!」
マインは大きな声で叫んだ。
「ありがとう! マイン、愛してるっ!」
ハンスは笑いながら、空中で一回転。足裏から着地し、マインが走っていた速度を一切落とさず、全力疾走。
「おや? おやおや? はははっ、ポコチンさんじゃないですか。なに、必死になっているんですか?」
リジンは後方を振り返り、全力で走るハンスを見ながらおぞましい笑顔を浮かべる。右手に魔動スイッチを持ち、余裕の表情だ。
「必死なのはお前だろ、リジン。ここまでしたんだ。お前を逃がすわけにはいかない!」
「んー、面倒ですねっ!」
リジンはスイッチをハンスの方に向け、押した。すると……。
「グラアアアアアアアアアアアッ!」
街中にいたアンデッド四体がハンス目掛けて迫る。
「トラスっ!」
ハンスが叫ぶと、黒ローブの一名が飛び、全貌から襲いかかってくる二体のアンデッドを引き受ける。
残りの二体は走りながらの抜剣により、首を一刀両断。すでに剣身は鞘に収まっており、ハンスの首に掛かっているネックレスは真っ赤な光を発していた。
リジンは目を見開きながら、迫ってくる存在が異質であると察する。
「ちっ! 最後の最後で面倒な人間に見つかったものですね!」
リジンは左腰に付けている拳銃を左手で引き抜き、銃口をハンスの眉間に向けた。
「さっさと死ねやっ!」
医者とは思えない発言を叫び、リジンは引きがねを連続で引く。
回転弾倉が六回周り、鉛弾が強烈な爆発音と共に六発発射された。
死の光が薄暗い夜道に浮かびあがる。
「『障壁(バリア)』」
ハンスは詠唱を発すると体の前に透明な壁が出現する。ハンスと共に移動し、鉛弾を後方に弾いた。
「ははっ! こいつは面白い! 本物の魔法使いだっ! 初めて見ましたよっ!」
リジンはリボルバーの回転弾倉を止めている金具をずらし、蹴子棒を押し込んで空薬莢を捨てた。
腰から六発の弾が纏まっているスピードローダーを取り出し、一秒もしないうちに装填。先ほどと同じように引き金に指をかけ、発砲。同時に手綱を握っている右手に持っているスイッチを四回押した。
「『バリア』 つっ!」
ハンスは詠唱を放った。だが、いつもなら現れる輝きが見えず、右耳に熱い何かが擦過する。耳が焼けたような痛みに襲われ、右耳に右手を当てると真っ赤な鮮血が手に平に付き、攻撃が当たったと理解する。
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