第33話 研究室
上階で大きな破砕音が聞こえる。何者かが暴れているらしい。まあ、見なくてもわかるけど……。
「おらああああああああああああっ!」
上階から五〇センチ以上あるコンクリート床を何枚も破壊しながら、一階に無理やり降りてきた巨体の女性が現れた。天井に直径三メートル以上の穴が重なるように開いており、八階まで続いていた。
「皆さんっ! 送りまーすっ!」
綺麗な白いワンピースを身に纏ったルーナが手を振る。すると、一階で余っていた黒ローブの者達がルーナ目掛けて走る。
ルーナは手を足場にして多くの者を上階へと一気に送った。
「ハンスさーん、なんか病院の関係者が軒並みアンデッドになってしまいました!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
アンデッド化した看護師が、ハンスに手を振るルーナに襲い掛かる。
「おらっ!」
ルーナは一瞬かがみ、右手に力を溜め、移動距離と加速力を大きく変化させたあと岩盤のように硬い石床に巨大なクレーターを作るほどの威力が出る拳をアンデッドの顔面に一瞬で叩き込んだ。
もちろんアンデッドの顔は破損。あまりの威力に血しぶきはルーナの服についておらず、床に全て飛び散っている。
「もう、ハンスさんとの会話に入ってこないでよ!」
「ルーナ、エナは!」
ハンスはルーナのもとに駆け、聞いた。
「エナさんはリジンの研究室と思われる場所にいます。八階の一番奥の部屋です」
ルーナは手の指同士を重ねるように合わせ、足場を作る。
「わかった」
ハンスは両足をルーナの足場に乗せる。
「ふっ!」
ルーナはハンスを八階に飛ばす。
ハンスは空中で一回転し、靴裏で八階の天井に着地。移動位置を見極め、右廊下に飛んだ。
転がるように着地したのち、そのまま奥に走る。黒ローブを着た者がアンデッドを押さえる廊下を駆け抜け、明かりが見える部屋の扉を開けて中に入る。
「エナ。何かわかったか」
ハンスは研究資料らしき書類を読み漁るエナに聞く。
「えっとですねー、人に魔法の力を無理やり発現させる実験をしていたそうです。何体もの獣族が死亡し、人族も何百と言う数が亡くなっています。よくこれだけのことができますね」
エナの手に握られていたのはエナの家族の結果資料だった。
ハンスはエナの頭を撫でたあと唇を奪う。長い口づけの間エナはハンスの服を握りしめた。
「今は私情を挟むときじゃない。仕事をしろ」
「はい。すみません」
エナは瞳に涙を浮かべながら資料をあさる。
「ハンスさん、私が捕まっている時、他の医者の方がルーナさんに注射針を何度も何度も刺そうとしていたんですけど、全く刺さらず断念していました。私は注射を受けなかったんですけど、何をしようとしていたんですかね」
「まあ、ルーナは熊族だし、暴れられたらひとたまりもない。抑止薬でも打とうとしたんだと思う。予想だけどエナはルーナに助け出されたんだよね」
「はい。檻をひん曲げて脱出させてくれました。私の力じゃびくともしなかったのに」
「気にしなくても良いよ。あの子はぶっ飛んでるからさ」
エナは一枚の資料を見つけた。文章はプルウィウス語。どうやら、ルークス王国外の研究資料らしい。エナが一目通すと、俺に渡してきた。
「人が持つマナ機関を無理やり暴走させて魔物に変貌させる実験の研究資料でした。五〇ミリリットルの薬品を飲むと覚醒前状態に陥るそうです。そこから、何者かが、魔力を放つとマナが暴走し、魔物化すると書かれています」
「リジンがやったと考えると、あの男も魔法の心得があるのか……」
「いえ、リジンはただ魔道具を使っただけだと思われます」
エナは模型図をみせてきた。そこに描かれていたのは起爆稼働器型の魔力放出器だった。
スイッチ一つで魔力波を放てるらしい。威力は無いが、今回のように魔力に反応して魔物化する薬品と組み合わせたら最悪の状況が出来上がるわけだ。
「国家転覆でも狙っているのかと思うほどの調べようだな……。臓器提供先はプルウィウス国か……。ほんと厄介な相手だな」
「ハンス様、どうしますか?」
エナはハンスに向かい聞いた。
「リジンの関係者は皆、魔物になった。今、正気を保っているのはリジンただ一人と考えて言い。そうなると俺達がすることはリジンを捕まえ情報を得ること。国のゴミを駆除していたら他国からゴミを投げ入れられていたなんてな……。全く、この国はゴミ溜めじゃないって言うのに」
ハンスは奥歯を噛み締め、資料を握りつぶす。
「お爺様、俺があなたの意思を必ず遂行してみせます。親父を……この国を……」
「ハンス様、血が……」
エナはハンスの口角から流れた血液を拭き取る。
「ごめん、噛み締めすぎて口の中を切ったらしい。エナはこのまま資料を整理。アンデッドは他の者に任せろ」
ハンスはエナの頭を撫で、言う。
「わかりました。戦闘面は皆さんに任せます!」
エナは研究室の資料を整理し始めた。
ハンスは研究室を後にした。そのまま、壊れた穴に飛び込み、真下にいるルーナのもとに向かう。だが……。
「グラアアアアアアアアアアアッ!」
三階層から眼鏡が割れた医者のアンデッドが飛び込んできた。
「くっ!」
ハンスはアンデッドに捕まれ三階の廊下に転がる。
「おらっ!」
ハンスは転がったさい、アンデッドとの間に生まれたかすかな隙間に右脚を通し、顎下を蹴る。アンデッドは顎を持ち上げながら弧線を描き、壁に衝突。だが、首が折れたぐらいでは死なず、人間とは思えない肉体になった医者がハンスに再び襲い掛かる。
「グラアアアアアアアアアアアッ!」
「癒しの女神よ、心無き肉体の魂を輪廻へと循環せよ『浄化(プリフィクション)』」
ハンスは剣先をアンデッドに向け、言い放つ。ハンスが掛けているネックレスが緑色に光る。
「グアアアアアアアアッ!」
アンデッドの肉体が焼け、ひるんだ。
「ふっ!」
ハンスは右手で握っていた剣を真横に振り、アンデッドの首を切る。加えて、鳩尾に追加の一撃を加え、確実に処理した。
体に突き刺さった剣を抜くと黒い血液が付着しており、先ほどまで人だった医者はすでにこの世を去っていたと知る。もう、目の前にいる死体はただの魔物だった。
「行かなきゃ……」
ハンスは剣を振るい、黒い血を地面に飛ばす。黒い血は楕円状に伸び、全体で綺麗な弧線を描いた。
ハンスは穴から飛び降り、ルーナに受け止めてもらう。彼女は先ほどからこの場を動いておらず、周りにはアンデッドの死体が八体以上転がっていた。どうやら、誰も彼女を一歩たりとも動かすことが出来なかったらしい。
「ルーナ、残りのアンデッドは任せる。俺はリジンを追う」
「わかりました。リジンは明らかにやばい人間の臭いがしたので……気を付けてください」
「やばい獣族のルーナが言うなら、相当やばいんだろうね。まあ、俺もあいつはドルトと比べ物にならないくらい狂った人間だと知った。もう、放っておけない」
「ここが片付いたら私も行きます。二人掛の方が勝ちやすいはずです」
「いや、ルーナは街中に他のアンデッドが現れた時、対処してほしい。リジンのことだ。危険がせまったら、何をしてくるかわからない。ドルトはリジンを中継役とか言っていたが、あいつを従えている人間がいるのだとしたら敵国か……。研究結果を持った男をやすやすと逃がすわけにはいかない」
「了解です。ハンスさんを信じます」
ルーナはハンスを床に降ろし、頷いた。そのまま、頬を赤らめ、目をつぶる。どうやら、口づけをして欲しいらしい。
ハンスは人差し指をルーナの唇に当て、言う。
「仕事が終わるまでのおあずけだ。ルーナは焦らされるのが大好きだろ」
「はぅう……。ハンスさんのいじわる……」
ルーナは頬を膨らませ、呟いた。
「頑張ったら頑張った分だけ、ご褒美をあげる。もう、ルーナが知らない境地を見せるよ」
ハンスはルーナに抱き着き、かがませたあと耳元で囁いた。
「はわわ……。が、頑張りますっ!」
ルーナは大量の空気を吸い、全身の筋肉が膨張させ、ワンピースのヒラヒラした部分を引き裂いた。全身凶器とでも言える肉体美を曝し、ハンスのご褒美欲しさに病院内を駆け巡る。
そこら中からアンデッドの断末魔が聞こえ、どちらが魔物かわからない光景が広がった。
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