第32話 外道

 ユエンは手下に用意させた医療器具の中からメスを手に取った。麻酔無しで治療を行う気なのか、少女の腹に真っ赤なアルコールを塗り、銀色に光るメスの穂先をつぷりを差し込む。

 その瞬間、ハンスは天井裏で飛んだ。そのまま、落ちる力を利用し、排気口を突き落とす。金属とタイルの床が衝突し、甲高い音が手術室に鳴り響いた。




「な、何者だ! って……ぽ、ポコチンさん」


「ああ、そんなアホみたいな名前、憶えていたんだ。まあいい、一部始終を統べて見させてもらった。ユエン……。いや、リジン、お前は確実にゴミだ。今から掃除させてもらう」


 ハンスの胸元に掛かっているネックレスの青い宝石が赤色に変わる。


「くっ! 馬鹿野郎っ! さっさと撃ちまくれ!」


 リジンの穏やかだった表情は一気に豹変し、辺りに叫び散らかす。次の瞬間、手に持っていたメスを投げてきた。


 ハンスは投げられたメスを華麗に手に取り、飛んでいる速度を利用して流れるように投げ返した。狙ったのはリジンではなく、リボルバーを持ち、自分を狙っていた良い服を着ている男の首だ。

 男は頸動脈をメスに綺麗に刺かれ、艶やかな鮮血を首から吹きながら前のめりに倒れる。


「くっ! 時間を稼げ、ゴミ共!」


 リジンは下半身丸出しの状態で走りだした。

 入口から逃げようとしており、ハンスは追おうとするも、敵の一人が少女を人質に取ろうとしていたため、第一に少女の確保に移る。


「おらおらおらおらっ! 死ねええええっ!」


 敵は誰彼構わず、拳銃を発砲した。


 ハンスは少女のもとに一番にたどり着き、体をローブで包みながら確保。そのまま、流れるように手術台の裏に隠れる。

 少女の腹部の出血は大したことなく、出血多量で死ぬ可能性はない。


「もう大丈夫、すぐに助けてあげられなくてごめんよ」


 ハンスは少女を抱きしめ、呟いた。


「あ、あぁ……、あぁぁぁ……」


 少女の鳴き声のような、感情の無い喘ぎが鼓膜を震わす。


 銃声が止まった。敵は手術台を回り、迫ってくる。数にして八名。


 ハンスは少女を抱えており、剣を使うこともままならない。


 リジンが慌てて逃亡した結果、多くの医療道具が床に散乱していた。ハンスは転がっていたメスを少女を抱えた状態で左手に取った。


 その状態で少女を床に降ろす。だが、少女を手術台の裏に置いた状態でも少女を抱えていた時の手の形を残しておく。


「おらっ! ぶっ殺してやるっ!」


 敵の一人が弾を込め直したリボルバーの銃口を向けてきた。

 ハンスは敵が発砲する前に突進。敵の鳩尾にメスを奥深くに突き刺す。すぐさま引き抜く。すると、大量の血管が傷ついた影響で出血多量になる。胸から真っ赤な血液が吹き出し、敵は意識の低迷が起こり、膝から崩れる。

 ハンスは引き抜いたメスを後方の敵の首に投げ、確実に掃除をすませる。意識を失った目の前の敵の胸ぐらをつかみ、出口目掛けて突進。


 他の敵は残り六名。


 ハンスは敵の体を使い、鉛弾が当たるのを防いでいた。だが盾に使っている敵の体を貫通した鉛弾が左手の前腕部の肉を削ぐように擦過。左耳がチリッという嫌な音を感じた瞬間に火傷をした時の痛みが腕と耳に襲ってくる。

 それでも止まることはなく、入口目掛けて突進。入口が見えたら、左手で持っていた敵は捨て、右手の平を剣の柄に持って行く。


「あれ、少女は……」


 敵兵の一人がハンスは少女を抱えていないと言う事実に気づき言葉を発しようとした瞬間、首に亀裂が入る。そのまま、力なく膝が折れ、前のめりに倒れると首が転がった。


「全員、掃除してやるよ」


 ハンスは狂犬のように低姿勢で移動。敵の撃った鉛弾は何もいないタイルに衝突し、情けない破砕音を奏でる。

 次の瞬間に両手が飛び、腕が拉げ、首が落ちる。敵は何が起こったかすら理解できず、血まみれになってく手術室を眺めた。


「う、うわああああっ! く、来るな、来るなっ!」


 男の一名は失禁し、騒ぎながら腰を抜かしていた。逃げようにも腰が抜け、脚に力が入らないらしい。

 すでに他の敵は肉片になっており、生きている者は血を被っていないハンスと床で寝ころぶ少女、失禁し壁に背を当てている良い服を着た男の三名のみ。


「リジンがどこに行ったかわかるか?」


 ハンスは銀色に輝く剣の穂先を男の右肩に突き刺して聞く。その影響で、男は利き腕の機能を失い、銃を持てなくなった。加えて少女の治療の時よりも軽い悲痛の叫びが手術室に響く。


「お、教える、教えるから、殺さないでくれ……」


 男は涙を流しながら言う。


「じゃあ、すぐに言ってもらおうか。今の俺は機嫌がすこぶる悪い」


「はぁ、はぁ、はぁ……。り、リジンの向かった場所は……、ぐ、ぐあああああっ!」


 男が喋ろうとした瞬間、苦しみ出した。ハンスは何が起こる前に、すぐさま首を刎ねる。


 男の体は震えが止まり、首から噴き出した血液が壁を真っ赤に染めた後、右隣りに倒れる。


「くっ……。大きなゴミは後から片付けようとする癖が出ちゃったな……」


 ハンスは手術台の裏に駆け、少女を抱きかかえたのち、手術室を出る。

 すると、少女の父親と思われる人物の頸動脈が切られ、力なく倒れていた。完璧な位置の切り傷にリジンがやったものだと思われる。


 ズボンが奪われており、下着姿だった。

 信じていた人に殺されるなんて、嫌な最後だったろう。


 俺は亡き父の体に少女を抱かせる。


「お、お父さん…………」


 少女の叫び過ぎてかすれた声が、喉の奥からこぼれる。


「仇は取る。この子も任せろ。だから、安心して逝け」


 ハンスはネックレスを握り締めた。青色の宝石が緑色に光り、男性の表情が穏やかになる。


「行こう」


 ハンスは少女を抱き、地下から上階へと向かう。すると、広がっていたのは血みどろな世界だった。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」


 ナース服を着たアンデッドが、叫ぶ。多くの人が逃げまどい、入口の方で圧迫されまくっていた。あれでは圧迫死をする者もあらわれるだろう。


「トラス! 状況を説明しろ!」


 ハンスは叫んだ。だが、トラスは現れなかった。


「いないか」


 ハンスは少女を預けられる者を探した。辺りを見渡していると、口を噛み締めすぎて血を大量に流し、目が真っ赤に充血しているアンデッドが壁を反射し、遅い掛かって来た。

 身体能力が人を超えており、明らかに自然発生したとは思えない。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」


「なんてむごい姿に……。慈悲もない」


 ハンスは少女を左腕で抱えながら、右手で剣を抜き、全身の血管が浮き出るほど膨れ上がった筋肉を持つナース服を着たアンデッドの拳を剣身で受け流す。

 拳は床に突き刺さり、石製の床なのに薄い木板のように破壊した。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」


 一体のアンデッドを受け流したものの、ハンスの後方から別のアンデッドが突進してくる。

 木製の椅子が粘土細工のようにぺしゃんこに潰れるほどの脚力に、ゴキブリ並の加速。一瞬の間にハンスの後方に移動したアンデッドは棍棒のような太い腕を振るった。


「おらあああああああああああああああああっ!」


 聞き覚えのある天使の叫び声が、アンデッドの体が吹っ飛ぶのと同時に聞こえる。ハンスに殴りかかったアンデッドは壁に弾き飛び、床に転がった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ハンスさん! また、何かやらかしたんですか!」


 白色に近い銀髪が靡き、美しい琥珀色の瞳を潤わせ、厭らしい吐息を漏らすシトラが目の前に立っていた。


「シトラ……。この子を頼む。外に逃がしてあげてほしい。他の者達もこの病院から逃がしてくれ!」


 ハンスはシトラにローブでくるんだ少女を預ける。


「ちょっ! ハンスさん! 全裸の少女を誘拐するなんてとんだ犯罪者ですよ! まあ、ハンスさんが子供に興味が無いのは知っているのでどうせ、また何か厄介な事件に首を突っ込んでいるんですね。今は何も聞かず、言うことを聴きます」


 シトラはハンスの意図を組み、少女を抱えながら、入口の方へと走っていく。


「シトラっ! もう、ほんとに愛してるっ! 結婚しよう!」


「不愉快ですーっ!」


 シトラはハンスの方を振り返りもせず、罵りながら逃げた。


「はぁ、本当にいい女だ。トラスっ! もういるだろ! 状況を話せ」


「はっ! リジンと思われる人物が、逃亡。加えてこの病院内にいる多くの関係者が魔物に変身を遂げました。リジンの証拠隠滅策だと思われます」


 黒いローブを羽織った虎耳の女性がハンスの後方に現れ、膝間づきながら言う。


「今すぐ一般市民を保護、アンデッドは……、殲滅。リジンを絶対に逃がすな。あと、あの男は俺が掃除する。人を玩具にするのは外道だ。確実に掃除しなければならない。他の者にも伝えろ」


 ハンスは両手で剣の柄を握る。


「了解しました」


 トラスは煙のように消えた。加えて、多くの黒いローブ姿の者達が施設内に現れ、一般市民を保護、又は誘導する。三人一組になり、アンデッドとも交戦した。


「スゥ……。ハァ……。俺の見立てが甘かった。全く、砂糖より甘いな」


 上階で大きな破砕音が聞こえる。何者かが暴れているらしい。まあ、見なくてもわかるけど……。


「おらああああああああああああっ!」


 上階から五〇センチ以上あるコンクリート床を何枚も破壊しながら、一階に無理やり降りてきた巨体の女性が現れた。天井に直径三メートル以上の穴が重なるように開いており、八階まで続いていた。

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