第29話 鎌をかける

 シトラが魔物と戦っている間、ハンスは壁にくっ付いて洞窟内を照らしている光草とは違い、緑色の良い香りがする草を容器の中に詰め込みながら、彼女の応援をした。

 中盤、シトラに囮役をやらされ、昨日同様に走りまくる。



「はぁ、はぁ、はぁ……。つ、疲れた……。さすがに一〇〇メートル一〇〇本全力で走らされるのはきつすぎるって……」


 ハンスは膝に手を置き、息を荒げながら言う。


「私は騙されませんよ。そんな見え見えの嘘をついても、心音を聞けばすぐにわかるんですからね」


「うぐ……」


 ハンスは嘘をついた罰としてもう一〇〇本全力で走らされた。


 八時間後。午後四時頃にハンスとシトラは森のダンジョンを出た。


「ああ……、死ぬほど走った……。もう、走れない……」


 ハンスは森の中を走りながら言う。


「まるっきり嘘ついてますよね……。嘘つきは犯罪者の始まりですよ。嘘なんてついてもいいことありませんからね」


 シトラはハンスの隣を走りながら言う。


 両者はシラウス街の冒険者ギルドに向かい、採取した素材を換金した。


「じゃあ、ハンスさんへの報酬は金貨一五枚です。お疲れさまでした」


 シトラはギルドを出て行く。シトラとお茶に行ける金貨六〇枚まで一〇枚足らなかった。ほんと惜しかった……。


「まあ、仕方がない。また今度頑張ろう」


 ハンスは気を取り直し、木製の箱に詰めた木製の容器を手に取り、一〇〇本売りに行く。

 風俗街に到着すると、一ヶ月前よりも活気がよくなっていた。

 ただ、ゴミを全て取り除いたわけではない。目に見えていたゴミであるドルトは掃除することができたが、見えないゴミが未だに大量に存在しているのだ。


「安眠草。安眠草入りませんかー。蓋を開けてベッドの近くに置いておくだけで充分効果がありますよー。お相手との甘い時間に良い香りで心を落ち着かせ、文字通り魅惑の香りに包まれてみませんか。雰囲気作りにももってこいの商品ですよ。本日限り、一本試供品をお配りしております。一〇〇名様限定ですので興味がある方は是非ともお声掛けください」


 ハンスは風俗街で大声を出しながら、雑草の宣伝を始めた。


「あらー、潤滑剤を売っていた坊屋じゃない。今度は何を売っているのー」


 筋骨隆々のお姉さん(雄)が話しかけてきた。


「良い香りがする草です。安眠効果があってとてもよく効きますよ。副作用はありません。ただ、消費期限は二日程度が目安です。使わない時は蓋をしていただければ、長めに使用できるようになりますよ。お一ついかがですか」


 ハンスはお姉さん(雄)に木製の容器を渡す。


「ありがとう、貰っていくわね」


 お姉さん(雄)は木製の容器を一本手に取り、帰って行った。


 その後も、以前潤滑剤を買ってくれていた者達が我先にと試供品を手に取り、持って帰って行った。

 声を上げだしてからまだ一時間も経っていないのに、木製の容器が全て無くなってしまった。


「みんな、眠りが浅いのかな……。睡眠に悩んでいる人はやっぱり多いんだなー」


 ハンスは木製の箱をゴミ捨て場に置き、パンと水分を買って食した後、川に行って体を清めた。そのまま行きつけのお店である『獣好き屋』にやって来た。


「店長、新しい子でお願い」


 ハンスはお店に入るや否や獣族の店長に向っていった。


「かしこまりましたでは八番のお部屋にどうぞ」


 ハンスは八番の部屋に向かい、今日も今日とて女遊びに明け暮れた。



 次の日、ハンスは昨日と同様にシトラとダンジョンに潜り、良い香りを放つ草を手に入れて風俗街で売り歩くと効果が絶大だとして売れまくる。

 多くの者が銅貨五枚を快く払っていくため、ただのゴミを買っていると知らなければ、文句を言われないとわかった。

 例えゴミを売っていると知られたとしても、ここまで運んできている労力がかかっているのだから、商売として十分成り立っている。

 副業に近しい仕事をしていると考えたが冒険者がすでに副業だったと思い出し、副業の副業と言うことになる。



 ドルトを掃除してから三カ月経った。もう暑い季節。この時期は大変厳しい戦いになる。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ハンス様ぁ……。私、三カ月の間、ずっと勉強してました。ほめてくださーい」


 すっかり懐いたエナは部屋の中で汗だくの状態になっていた。


「エナ、水を飲んで。そうしないと脱水症状になってしまうよ」


「ハンス様の手で飲ませてください……」


 エナはハンスに抱き着きながらお願いした。


「仕方ないな。行儀が悪いから一度だけだよ。やるからにはこぼさず飲みなさい」


 ハンスは手の平に水を溜め、エナの前に差し出す。


「ありがとうございます。いただきます……」


 エナはハンスの手の平に乗った水を犬のように舌だけを使って水を飲んだ。水が無くなった後もハンスの手を舐め、尻尾を振っている。


「エナ、もう水はないよ。でも、水をしっかりと飲めて偉いね。よしよし」


 ハンスはエナの頭を優しくなで、耳裏や顎下などを撫でる。


「はぅぅ……。は、ハンス様に褒められながら撫でられるの……癖になっちゃいます」


 エナは尻尾を大きく振りながら喜んでいた。


 獣族は動物の原種から進化したと言われている。

 そのため、犬族のエナは犬がされて好きなことが大概好きだ。これは他の獣族にも言えることで、原種の好きなことをしてあげると懐かれやすくなる。


 エナは犬族なので、懐いたら早かった。もうすでに、完全に落ちている。別に悪いことをしているわけじゃないだけどね。


「エナ、今日は何をするか覚えているかい?」


「はい。ハンス様に私を捧げる日です!」


 エナは手を大きく上げ、元気よく話す。三カ月前は死にそうな表情をしていたのに、今ではとても生き生きとしており、幸せそうだ。


「はは、そう言う解釈をしているのか。もう、毎日毎日辛かったでしょ。今日は鬱憤を発散しようね。その後、エナの初仕事だ」


「了解です!」


 エナは敬礼し、踵をしっかりとくっ付けながら背筋を伸ばし、立っている。


「じゃあ、エナ。攻められたい? 攻めたい?」


「…………せ、攻められたいですぅ」


「ふっ、素直で良い子だ」


 ハンスは微笑みながらエナの頬を優しく撫でる。


「はぅっ……」


 午後八時。ハンスはエナを抱きしめ、そのままベッドに押し倒した。


 午前四時。ハンスとエナは大変イチャイチャした夜を過ごした。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ハンス様……。私、もっと生きたいです……。ずっとずっと死にたいって思ってたのに……。ハンス様のおかげでこれからも生きたいって思えるようになりました。ありがとうございます」


 エナは息を荒げ、ハンスに抱き着きながら言う。


「どういたしまして。エナの一生はまだまだ長い。家族が生きれなかった分、エナが何倍も幸せにならないといけないんだ。俺のために生きれば、エナは幸せになれる」


「はい……。私の一生をハンス様に捧げます……。大好きな人にお仕え出来て幸せです」


「ほんと、エナは素直でかわいいなー。尻尾の先まで愛してるよ」


 ハンスはエナに抱き着き、軽くキスしながら言う。


「私も、ハンス様を愛してます。こんな気持ち覚えちゃったら、もう忘れられません」


 エナは尻尾をブンブンと言う音が鳴るほど振り、ハンスの体が拉げそうになるほどの強さで抱きしめる。両者は仮眠をとった後、服を着替えた。


「俺は安眠草を取りに行ってリジンの情報を貰いに行ってくる。エナはリジンがいる可能性が高い病院をしらみつぶしに当たってみて。情報がどれだけ入ってくるかわからないし、こっちでも調べておきたい」


「了解です」


 エナは敬礼しながら言う。


「得られた情報をもとにゴミの始末をする」


 ハンスは剣の鞘を撫で、呟いた。


「リジンを絶対に掃除してやります!」


 エナは部屋を元気よく飛び出していった。


「トラス。エナはたぶん失敗するから、死なない程度に放置。リジンをおびき寄せるため、エナのバカさ加減を良いようにうまく使うんだ」


「了解しました」


 陰に隠れていた虎族のトラスが姿を完全に消した。


「さてと……。黒幕がリジンだけだと良いんだけど……」


 ハンスはゴミの匂いをかぎ分けながら、呟き、シトラが待つ森のダンジョンへと向かう。


 ドルトを掃除して三カ月の間に安眠草の効果が絶大だと言う噂が流れ、多くの者が購入する事態になっていた。

 多くの病院や風俗店が安眠効果のある草を欲しており、ただの草にも拘らず、高額で取引されるようになっていた。そんな中、ゴミの匂いがする病院が数カ所あり、ハンスは、頭は良いが天然のおバカであるエナを使って鎌をかける作戦に出ていた。


「……ハンスさん、今日、何か企んでいるんじゃないでしょうね」


 森のダンジョンにいたシトラはハンスの顔を見た瞬間、目を鋭く尖らせ、言う。


「な、なにを言っているのかな……。俺は何も企んでないよー」


「嘘ですね。ハンスさんの顔が、何か楽しそうなんですもん……。私の勘が言っています。ハンスさん、絶対悪だくみしていますね」


「ひ、酷いなー。俺が悪だくみなんてするわけないじゃないか。そんなこと言ってないで、早く魔物を倒しに行こう!」


 ハンスはシトラをダンジョン内に押し込み、彼女の荷物持ちとなる。


 ――この時だけは純粋に楽しめるんだよな。

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