第28話 良い匂いがする草

「はぁ……。こっちのダンジョンじゃスライムが出てこなかったし、炭鉱のダンジョンの方が金を稼げるかもな」


 ハンスは足取りを重くしながら歩いていた。



「ん……。シトラ、なんか良い匂いがしないか?」


「良い匂い……。確かに、いつも血なまぐさい臭いなのに、今日は良い匂いがしますね。んー、香木の匂いも混ざっていますけど、この土壁に生えている草から良い香りがします」


 シトラは土壁に生えている緑色の草を指さした。


「ただの草から良い匂いがするなんて、珍しいな……」


 ハンスは草を毟り、鼻に近づける。すると自然な香りで、心が安らいでいく。

 ミントよりも刺激は軽く、ラベンダーよりも癖が強くない。ほんと、森の中にいるような香りがする。


 ハンスは草を木製の瓶に草を入れ、持ちかえることにした。あまりにも奇抜な行動に、シトラは言葉を失う。


 森のダンジョンを出たハンスとシトラはシラウス街の冒険者ギルドに向かい魔石と香木を出し、換金した。ハンスはシトラから金貨七枚を受け取り、ギルド内で別れる。


「んー、ほんと良い匂いがするな。他の者にも嗅いでもらいたい」


 ハンスはウエストポーチから木製の容器を取り出し、蓋を開けて草の香りを嗅いでいた。採取後一時間経っても香りが続いており、心が穏やかになる。


「ハンスさんっ! むぎゅ!」


 後方から聞き覚えがある声がして、何者かに抱き着かれた。


「ちょ、マイン。どうしたの、今日もやけに元気だね」


 ハンスは背中に抱き着いてきた馬族のマインの頭を撫でながら、聞いた。


「ハンスさんに会えたので元気になっちゃいました。にしても、ハンスさん。すごくいい香りがしますね。なんか心が落ち着きます」


 マインはハンスの匂いを嗅ぎ、言う。


「俺の匂いじゃなくてこの容器の中身の匂いだよ」


 ハンスはマインの前に瓶を持ってきて瓶の口を手で仰ぐ。


「ふわっ……。良い香り……。すごい、故郷近くにある森の中を思い出します」


「そうなんだ。やっぱり良い匂いがするんだね。モクル、君も嗅いでくれないか」


 ハンスはマインの後方でモジモジしている牛族のモクルに話し掛けた。


「は、ハンスが言うなら、嗅いでやらなくもない……」


 モクルは弱々しく呟く。かつての勇ましさはいったいどこに消えてしまったのかと言うほど女性らしく振舞っていた。


「ああ……、良い香りがする。私、この匂い好きだ。その容器の中身はなんだ?」


「秘密。ここまで効果があるなら、十分売り物になりそうだな。まあ、効果がどれだけあるのか試さないとなー。ねえ、マイン、モクル。今夜の予定は空いているかな?」


 ハンスは容器の蓋を締め、ウエストポーチにしまったあとマインとモクルの背後に回る。

 マインが履いているショートパンツの上から以前よりもさらけ出すようになったふっくらと大きなお尻を右手で触れ、モクルの胸当てに隠れきれていない下乳を左手で撫でる。


「も、モクル、どうしようか……」


 マインはモクルの方を見ながら言う。そのまま右手をハンスの右手に重ねた。


「わ、私は暇じゃないが、ハンスがどうしてもと言うなら、仕方なく、本当に仕方なく付き合ってやってもいい」


 モクルはハンスの左手に手を重ねる。


「二人共、何を期待しているのかな? 前は俺に声を掛けられるだけでも嫌がっていたのに、最近はよく話しを聞いてくれるね」


 ハンスははにかみながら言う。


「べ、別に……期待なんてしていませんよ。私は単純にハンスさんとお話しするのが楽しいなって気づいただけです」


 マインは頬を赤らめながら尻尾を揺らしていた。


「わ、私はハンスと話したくもないが、マインについて行かないといけないから仕方なく話しをしてやってもいいかなと思っただけだ」


 モクルも頬を赤ら視線をそらしながら言う。


「二人共、男から愛される悦びを知ったら、もう抜け出せなくなっちゃうよ」


 ハンスは両者の頬にキスしながら言う。耳もとで愛を囁き、頭を撫でて微笑みを見せた。


「……」


 マインとモクルは魂が抜けたような間抜けな顔をしており、尻尾を大きく振る。


 ハンスとマイン、モクルは体をくっ付け合いながら歩き、居酒屋に向かった。

 食事と会話を楽しんだあとバーに入り、カクテルを飲みながら軽くイチャツク。手を握り合ったり、唇を合わせたり、好きや愛してると言われ微笑んだらいけない遊びをしたりと、ハンスはマインとモクルをこれでもかと甘やかし、両者を楽しませた。


「ハンスさん……、も、もう我慢できません……。今日もたくさん可愛がってください」


 マインはハンスに抱き着き、橙色の瞳を蕩けさせながら言う。


「もちろん。今日もたくさん可愛がってあげる。マインが大好きなこといっぱいしようね」


 ハンスはマインのお尻を優しく叩く。


「は、はぅうう……」


 お尻を叩かれたマインの体は震え、尻尾と耳を大きく動かした。


「はぁ、はぁ、はぁ……。は、ハンス……、わ、私も……、か、可愛がって……」


「えー? なんて言ったの。モクルの声、小さすぎて良く聞こえなかったなー」


「は、ハンスさん……。わ、私もいっぱい……可愛がってください……」


 モクルは珍しく敬語でおねだりし、ハンスの腕を掴んだ。


 ハンスはモクルの腰に手を回し、微笑みながら頬擦りする。するとモクルの耳と尻尾が大きく揺れた。


 ハンスは獣族のマスターに金貨五枚を払い、スライムの粘液を炭鉱のダンジョンで採取し、売るように命じた後、両脇に発情している獣族の雌を抱き、バーの別室へと向かった。


 ハンスとマイン、モクルが個室に入ってから八時間が経っていた。


「ん……。すごい、まだいい香りが残ってる」


 ハンスは午前六時にキングベッドの上で目をさました。両脇に微笑みながら眠る美女を二名抱えており、朝の生理現象に見舞われる。


「君は……ほんと元気だねー」


 ハンスは気にすることなくベッドから降り、シーツを眠っているマインとモクルに掛ける。

 お風呂で汗を流し、体を乾いた布で拭いた後、洗濯された綺麗な下着と服を着て出発する準備を整える。

 ベッドの横に置いてあった容器から香る匂いはやはり絶大な精神安定と安眠効果を発揮し、採取から一二時間以上経っても匂いが衰えることなく続いていた。この時点で使い捨ててもいいぐらいの効果時間だ。


「うん……。行けるな」


 ハンスは木製の容器の蓋を締めながら言う。


「も、もう、行けないですぅ……。これ以上行ったら死んじゃいますぅ……」


「い、言っちゃだめぇ……。も、もう、言っちゃやぁ……」


 マインとモクルは寝言を呟き、微笑みを浮かべていた。ほんと幸せそうに寝ている。


「仕事に行くときは起こしてって言われたけど……、こんなに幸せそうに眠っていたら起こしづらいんだよな……」


 ハンスはマインのお尻とモクルの胸に金貨一枚を挟む。幸せそうに眠る二人を起こせませんでした。と言う手紙を残し、午前六時三〇分に外に出る。


「ふぐぐぐー、はぁー、今日も仕事頑張るぞ! そうしないとお金が無くなって遊べなくなる。泊まる場所も無くなって路上で寝ないといけなくなる。そうなったら酔っぱらいのおじさんに殴られる羽目になるからな!」


 ハンスは朝一番、やる気を出すために最悪の状況を考え、身を引き締めた後、森のダンジョンへと向かった。一キロメートルを四分で走り、シラウス街からざっと一〇キロメートル先の森のダンジョンに午前七時過ぎに到着。


「シトラ、お待たせ。待たせちゃった?」


 ハンスは屋台のパンを購入しているシトラに話し掛ける。


「別に待っていません。普通に今来たところです」


 シトラはパンを八個買い、ハンスに一個渡した。彼女の優しさにハンスは胸打たれ背が小さい彼女の頭を包むようにして抱く。


「ちょっと、面倒臭いのでやめてもらっていいですか」


 シトラは尻尾を振りながら言う。


「いやー、シトラは良い子だなー。可愛くて優しくて強くて、もう大好きだよー」


「あ、朝っぱらからうざいです! 早く離れてくれないと金的しますよ!」


 ハンスは昨日のトロントの姿を思い出し、顔を青ざめさせた後シトラから離れた。

 その後、シトラと共に森のダンジョンに潜り、入口付近で拾った木製の箱を持ちながら捨ててある木製の容器を拾い集めていく。


 シトラが魔物と戦っている間、ハンスは壁にくっ付いて洞窟内を照らしている光草とは違い、緑色の良い香りがする草を容器の中に詰め込みながら、彼女の応援をした。

 中盤、シトラに囮役をやらされ、昨日同様に走りまくる。

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