第27話 森のダンジョン

 現在の時刻は午前七時。ハンスは炭鉱のダンジョンに向かい、シトラと合流する。


「シトラ、おはよう」


 ハンスは何事もなかったかのように入口で待っていた白に近い銀髪狼族に話し掛けた。



「おはようございます、ハンスさん。じゃあ、今日も……」


「シトラ。今日は新しく出来たダンジョンに行ってみない?」


「新しく出来たダンジョン……。森のダンジョンのことですか?」


「そうそう。森のダンジョン。シトラの実力ならそっちの方が稼げるんじゃないかな」


「……わかりました。一度行ってみましょうか」


 シトラは頷き、了承した。


 ハンスとシトラは炭鉱のダンジョンからざっと八キロメートル離れた場所にある、森に発生したダンジョンにやって来た。新しく出来たダンジョンだと言うことで多くの冒険者が集まり、盛り上がった地面の入り口に潜っていく。皆、ダンジョン内のお宝を我先に取りに向かっているのだ。


「シトラはお宝を探すトレジャーハンターと魔物を狩ってお金を稼ぐ狩人なら、どっち側なの?」


 ハンスは多くの冒険者から距離を取っているシトラに聞く。


「そうですね。私はお宝にはあまり興味がありません。お金を稼げればそれでいいんです」


「なるほど。狩人の方なんだね。じゃあ、安全かどうか調べてもらってからでいいか」


「もう、一階層は十分調査されているはずです。地図も売られていますし、購入してきます」


 シトラは階層の地図を作製している冒険者から地図を購入した。同時に出現する魔物の記録も手に入れる。


「森のダンジョンにはコボルトが出現するようです。ゴブリンよりも討伐難易度が高いですから、魔石の換金料も大きいですね。たまに出現するのがトロントだそうです」


「森のダンジョンっぽい魔物達だ。俺は戦えそうにないけどシトラは勝てる?」


「勝てますよ。と言うか、ハンスさんも戦えるだけの技量があるんですから、努力してください。私が怪我をしたらどうするんですか」


 シトラは腕を組みながら言う。


「まあー、その時はその時考えるよ。俺は荷物持ちって言う役柄が好きなんだ」


「はぁ……。まったく、獣族に養われている人族なんて聞いた覚えがありません」


 シトラは額に手を当て、首を振っていた。


 昼過ぎ、冒険者の数が減ったころ、ハンスとシトラは森のダンジョンに潜る。土壁の通路の幅は横縦共に五メートルほど。結構広めだ。そのため、剣を振ることもできる。


 ダンジョンに入って一五分が経った頃……。


「グラアアアッ!」


 茶毛の狼が二足歩行になり、武器を持てるだけ賢くなったような見た目をしているコボルトが三体現れた。

 体長は一七〇センチメートルほどあり、一般男性とほぼ同じ。だが、眼付きの鋭い狼顔で、鋭い牙が恐怖を与えてくる。武器は棍棒で弱そうだが、攻撃が当たれば骨折では済まない威力を放ってくる。


「おらあああああああっ!」


 シトラは真正面から突っ込んでいった。


「グラアアアッ!」


 コボルトはシトラの先制攻撃に一瞬ひるんだ。だが、知能の高さを披露するかの如く一体が前に飛び出し、もう二体が背後から追う。


「おんどらあああああっ!」


 シトラはコボルトが何かしてくる前に決着をつけるべく、正面の敵の顔面に飛び蹴りを打ち込んだ。あまりの身軽さにさすが獣族と言わざるを得ない。


 弾き飛んだコボルトは地面を何度も転がり、地面にへたり込みながら動かなくなる。弾き飛んだコボルトを回避した二体のコボルトは着地間際のシトラを狙った。


「グラアアアッ!」


 コボルトは棍棒をシトラに打ち込む。


「くっ! ふおらっ!」


 シトラは股を縦に割り、足先の遠心力を使って身を地面に一気に落とした。そのまま両手を地面につけ、回転によって勢いを付けた足先でコボルトの脚をからめとってこけさせる。

 そのまま立ち上がり、後頭部を地面に打ち脳震盪を起こしているコボルトの頭を思いっきり踏みつけ、トマトの如く潰す。

 ゴキャンと言う嫌な音が鳴ったと思ったら黒い血が飛沫、土色の壁と地面を黒く染め上げる。もう一体のコボルトの頭も同じように踏みつぶし、三体のコボルトを討伐した。この間、一分もかかっておらず、シトラの早業加減が伺える。


「ふう。こんなところです。油断しなければ負ける気はしません」


 シトラはハンスの方を向き、言う。ハンスは抜けない剣の鞘を持ち、腰から外した。そのままシトラ目掛けて投げる。


「グギャッツ!」


 ハンスは蹴り飛ばされていたコボルトが跳躍しシトラに棍棒を振りかぶっている場面を見たため剣を咄嗟に投げた。鞘の先端がコボルトの首に直撃し、隙を生む。


「はああっ!」


 シトラは振り返り、喉をやられたコボルトの頭を分厚い靴で破壊した。


「シトラ、油断したらダメでしょ」


 ハンスは微笑みながらシトラに言う。


「……か、感謝はしておきます。もう、油断しません」


 シトラはナイフを取り出し、コボルトの胸をさばく。そのまま魔石を取り出した。


「はぁ、ハンスさんも手伝って……。って、後ろ!」


 シトラは声を荒げながら言う。


「うしろ? どわっ!」


 ハンスは後方を見る。すると、巨大な木の魔物であるトロントが出現していた。脇道から出現したらしく、ハンス目掛けて鞭のように撓る木の根が襲い掛かる。


 ハンスは持ち前の回避力でトロントの攻撃を回避し続けた。


「ハンスさん、そのまま引き付けておいてください!」


 シトラは地面を抉るほどの加速を見せ、トロントの攻撃が全てハンスに集まっている好機を狙い、撓らせた左脚を幹に打ち付ける。

 ドゴンッという大砲のような音がダンジョン内に響き、トロントの体が地面を跳ねながら、弾き飛ぶ。

 重たい一撃で仕留めたのか、トロントは動かなくなった。だが、シトラは油断せず、確実に倒すために幹と根がくっ付いている股部分を破壊する。ハンスの股間がひゅんと縮こまり、トロントに同情した。


「これでトロントを綺麗な状態で換金できますね。ここまでうまく行ったのは、ハンスさんが攻撃を引き付けておいてくれたおかげです。ありがとうございます」


「ま、まあ囮役なら出来なくもないかな……」


 ハンスはシトラに感謝され、気をよくする。


「なら、見物だけではなく囮役としても仕事してください」


 シトラはハンスを捨て駒に容赦なく使った。ハンスは彼女のあまりの清々しさにはいとしか答えられなかった。


 森のダンジョンに潜って四時間後。ハンスは死にかけていた。


「うわああああああああああっ!」


 ハンスは二○体以上のコボルトに追われていた。


「グラアアアッ!」


 コボルトたちは雑魚と判断したハンス目掛けて全速力で襲い掛かる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。シトラ、容赦ないって。どれだけ俺が逃げ足が速いからって囮役ばかりやらせるんだから……。荷物持ちも兼任なんて体がもたないよっ!」


 ハンスは手に持っていた袋を裏返し、魔石を転がす。大量の魔石に脚を撮られたコボルトはこけた。一体がこけると積み上げたレンガが崩れるように多くの個体もこけだした。


「はあああああああああああっ!」


 シトラはコボルトがこけた瞬間を見計らい、ナイフで首を切り割いていく。ゴキブリのような超絶早く軽い身のこなしのおかげで、コボルトの隙間を縫いながら移動していた。黒い血が地面に流れ、大量のコボルトは殲滅された。


 ハンスは地面にへたり込み、息を整える。


「はぁ、はぁ、はぁ……。シトラ、この作戦は流石に俺の体力が持たないよ」


「あー、そんな演技いらないので、もっとシャキッとしてください。あと、魔石の採取を早く手伝ってください。早くしないと他の個体が寄ってきちゃいますよ」


「……はぁ、シトラは俺のことを結構理解してきた感じ?」


 ハンスは立ち上がり、ズボンについた砂を払う。そのままシトラのもとへと移動する。


「ま、ハンスさんが疲れ切っていた時の顔と心拍、汗の臭いなんかを覚えていますから、今、嘘をついていることくらいすぐにわかりますよ」


 シトラは無表情で言った。


「シトラ、凄いな。知り合いの獣族には一度も気付かれたことないのに……。と言うか、俺の匂いを嗅いでるなんて、シトラは俺のことがよっぽど好きなんだね。俺も大好きだよ」


 ハンスはシトラの頭を撫でながら言う。


「勘違いしないでください。私は感覚が鋭いだけです。ハンスさんが好きなわけじゃありません。相手の匂いを嗅ぐのはもう習性みたいなものなので、後、手をどけてください。作業がしにくいです」


 シトラはハンスの手を弾き、コボルトの魔石を採取する。


「シトラ、敏感体質なんだ。なんかエロイね」


 ハンスはシトラの耳裏を撫でる。


「あぅっ……、って! 何するんですか! さっさと仕事してください!」


 シトラは頬を真っ赤にしながら叫ぶ。ハンスはすぐに仕事に取り掛かった。


「今回手に入った魔石はコボルトの魔石が六〇個。トロントの香木三本。今回の報酬はコボルトの魔石が一個銀貨一枚なので金貨六枚、トロントの香木が金貨五枚なので一五枚。合計金貨二一枚ですね」


「四時間で金貨二一枚は効率が中々良いんじゃない? まあ、俺が死ぬ確率が高いけど」


「そうですね。八時間働けば、普通に金貨三〇枚を越えそうです」


「じゃあ、シトラとお茶出来るね。いやー、楽しみだなー」


「こっちは金貨六〇枚に行かないとお茶しません」


「うえっ! さ、さすがに厳しいんじゃ……」


 ハンスは苦笑いを浮かべながら言う。


「厳しい値段を言っているに決まっているじゃないですか」


 シトラは出口に向かい歩く。


「はぁ……。こっちのダンジョンじゃスライムが出てこなかったし、炭鉱のダンジョンの方が金を稼げるかもな」


 ハンスは足取りを重くしながら歩いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る