第25話 家族

 シトラは一体のゴブリンを倒したのち、身をひるがえしながら後方のゴブリンを蹴り上げ、浮いたゴブリンの顔面に回し蹴りを繰り出し、壁に打ち付ける。

 ゴブリンの頭は巨大な壁とシトラの強烈な脚に挟まれ、風船が割れるかの如く大きな音を鳴らし、破裂。


「ギャギャギャッ!」


 三体中残った一体は錆びたナイフを突きつけようとシトラ目掛けて飛び込む。




「はあっ!」


 シトラは上げていた脚を振子のように前に蹴り出し、ゴブリンの顎に一撃を入れる。

 ゴブリンは真上に蹴り飛ばされ天井に激突。意識をもうろうとさせながら重力に逆らえず真っ逆さまに落ちてくる。すでに瀕死状態にも拘わらず、シトラは全く油断していない。


「おらあああっ!」


 シトラは右手の鉄拳をゴブリンの画面に叩き込み、壁に叩きつけた。ゴブリンの頭は完全に破裂され、絶命する。


「ふぅ……。ちょっと荒い攻撃が目立ちますね。もう少し丁寧に戦わなければ」


「シトラ、凄い綺麗だったよ。とてもカッコよかった」


 ハンスは手を叩きシトラを褒める。


「こ、これくらい余裕です! さ、魔石を回収して次々行きますよ!」


 ハンスとシトラは八時間ダンジョンに潜り、ゴブリン七〇体。トロール七体を倒した。ダンジョンから脱出し、すぐに冒険者ギルドに向かう。素材を換金した。


「今日の報酬は金貨二四枚と銀貨五枚です。ハンスさんには金貨金貨一二枚を渡します」


「ありがとう。すごく助かるよ。じゃあ、明日からまた一緒に頑張ろう!」


「ま、まあ。ハンスさんが暇だと言うのなら付き合ってあげなくないです……」


 シトラは腕を組み、ふわふわの尻尾を振りながら言う。そのまま冒険者ギルドを出て行った。


「はぁー、今日もシトラは可愛かったなー。明日も会えるんだ。頑張って生きないとな」


 ハンスは金貨一二枚が入った革袋をウエストポーチに入れ、木製の箱を持ちながらギルドを出る。

 現在の時刻は午後五時過ぎ。昨日、モクルとマインを連れ込んだバーに向かう。


「ハンス様、お帰りなさいませ。今日はどういったご用件でしょうか」


 バーの入り口に立っている黒いタキシードを着た獣族の男性が言う。


「昨日の売り上げはいくらになった?」


「ドルトの時よりもはぶりはよくありませんが、ざっと金貨三〇枚にはなりました。『愛の女神』に来る方々は皆、お金持を持っているようですね。良い嬢が増えればさらに金額は増えるでしょう」


「そう。良かった。じゃあ、全部孤児院に回して。これも売りに行ってくれる」


 ハンスはタキシードを着た獣族の男に金貨一枚と木箱を渡した。


「了解いたしました。昨晩、ハンス様が連れ込んだ二名の獣族に色々聞かれましたが全て適当に返しておきましたがよかったですか?」


「構わないよ。また会ったら何か言われると思うし、じゃあ、後はよろしく」


 ハンスはバーを後にして酒場に向かった。


「こんばんわー」


 ハンスは酒場に入り、手を広げる。


「ハンスさーんっ!」


 熊族のルーナはハンスに抱き着き、キツツキの如く頬にキスをする。


「どおどお、ルーナ。エナの様子はどう? 体調は悪くない?」


「えっと、今は部屋の中で療養中です。覇気が無くて死んだ魚のような目をしています」


「そうか。じゃあ、合わせてくれないかな?」


「エナさんにエッチなことしちゃ駄目ですよ」


 ルーナは頬を膨らませながら言う。


「今はしないよ」


 ハンスはルーナのお尻を優しく撫でてあげる。


「もう、ハンスさんじゃなかったら頭ぺしゃんこにしちゃうんですからね」


「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」


 ルーナは笑い声がうるさい客の耳元で両手を叩いた。手の中で爆発がおこったのではないかと言う音が鳴り、大笑いをしていたガラの悪い男性が耳から血を流して倒れる。


「あ、すみませーん。耳もとに蚊が飛んでいたので、つい殺してしまいましたー」


ルーナはペコペコと謝り、柄の悪い男を黙らせた。やり方は少々強引だが、酒場の治安はルーナによって守られていた。そう考えると、やはり彼女は相当いい用心棒になっている。


「ルーナ、加減を考えろ。客足が遠のくだろう」


 店主はルーナの頭に指を突きつけながら言う。


「ううー、すみません。ハンスさんとの会話に耳障りでつい……。反省します。ちらり……」


 ルーナはお仕置きを期待しているのか、丸っこい尻尾を振り振りしている。


「今日はお仕置きしないよ。俺の目当てはエナだからね。あと店主にお願いごとがある」


 ハンスは金貨一〇枚を店長の前に置いた。


「はぁ……。また厄介な仕事を持ってくるのか……。止めてくれよ」


「店主にしか頼めないんだよ。今回の相手は荷が少々重そうなんだ」


「たく……」


 店主は酒を開け、透明なガラスに注いだ。ハンスに一杯差し出す。


「ありがとう。いただきます」


 ハンスは半分ほど飲んだ。その後、ルーナに差し出す。


「……わかりました」


 ルーナはハンスからグラスを受け取り、蒸留酒を飲む。


「ふぅ……。ハンスさんと関節キッスしちゃった……」


 ルーナは微笑み、グラスを返した。


 店主は伝票とペンをハンスに渡した。ハンスは伝票の裏に「ドルトとつながりがあるリジンの居場所と素性」と書く。裏返し、金貨五〇枚と書き加えた。


「三カ月かかる」


 店主は伝票を手に取り、言う。


「わかった。出来るだけ早く頼む。ルーナも三カ月以内に感覚を取り戻しておいて」


「了解です! ハンスさんのお供が出来るなんて光栄に思います!」


 ルーナは大きな声を出しながら言った。


 ハンスはルーナの唇を奪い、黙らせる。顔を放し、人差し指を口もとに立てて言う。


「しー、そんな大声を出したら皆、驚いちゃうでしょ」


「は、はぃ……。しゅ、しゅみません……」


 ルーナは黒い瞳を蕩けさせ、身を震わせた。


「じゃあ、ルーナ。エナのもとに案内して」


「わかりました。ついて来てください」


 ルーナは酒場にある奥の扉から裏の建物に移動する。


 ハンスはルーナの大きなお尻について行った。廊下を渡り、使用中の木版が掲げられた扉の前に立つ。彼女は扉を軽く叩き、合図を出した。


「エナちゃん、ハンスさんが来てくれましたよ」


「あ、開いています……」


 部屋の中から弱弱しい声が聞こえた。


 ルーナは扉の取っ手をそっと持ち、引いた。扉が開き、獣族特有の汗っぽい香りが少々する。


「じゃあ、私は仕事があるので、後はお任せします。もう一度言いますけど、エッチなことをしたら駄目ですからね。したくなったら私がいくらでも相手をしますから……」


 ルーナはもじもじしながら言う。


「ルーナ、嬢は自分からしたいと言ったら負けだよ。男に付け込まれて負けるから、相手が襲い掛かってくるくらい色気を出さないとね」


 ハンスはルーナの首筋にキスをした。そのまま、微笑みかける。


「はわわ……、ハンス様の色気……、むんむんですぅ」


 ルーナはへたり込み、少々深けた。


 ハンスは部屋の中に入り、隅で小山座りをしているエナの前に膝間づき、手の甲を見せた。エナはハンスの手の甲の匂いを嗅ぎ、耳をヘたらせる。


「えっと……、この前の人ですよね。名前は今ルーナさんがハンスって……」


「まだ自己紹介してなかったかな。俺の名前はハンス・バレンシュタイン。エナの好きな男の特徴である超絶優しい男だ。よろしくね」


 ハンスは手を差しだした。


「よ、よろしくお願いします……」


 エナはハンスの手を握る。


「エナ、食事は取れているかい?」


 ハンスはエナの細い手首を持ちながら言う。


「いえ……、食べ物が喉を通らなくて……」


 エナは台に置かれた食事を見る。


「言いにくいけど、目が覚めたらこの店を出て行かないといけない。頼めば働かしてくれるかもしれないけど、どのみち何かをして働かないと路頭に迷うことになる」


「わかっています。でも、なにもかも失ってなんのために働いたらいいかわからなくて……。今までは家族と弟を養うために夜の酒場で働いていたんですけど。もう、身がボロボロで」


「夜の酒場で働いていたんだ。キャバクラ?」


 ハンスは顎に手を置きながら言う。


「はい……。犬族や猫族はまだ人族との関係が築きやすいらしくて、犬族の雇用で働いていました。でも、もう他の子が入っちゃってると思います……」


「そうなんだ。俺、良い店を知ってるけど、頭で稼ぐか体で稼ぐかどっちがいい?」


「今さら大金を稼ぐ必要も無いので、頭で稼ぐ方が良いです」


「わかった。じゃあ、俺の部下になるってことで良いね」


「え? どういう意味ですか……」


 エナは首を傾げ、呟いた。


「そのままの意味だよ。トラス。出てきて」


 ハンスが天井裏に声を掛ける。


「はっ!」


 天井板が一枚外れ、黒いローブに包まれた者が落ちてきた。


「この子の教育をお願い。頭を使う方が良いらしいから、数学や語学を教えてあげて」


「了解しました。えっと……、ハンス様、抱き着いても良いですか?」


 黒いローブの者は言う。


「埃塗れのローブを外したら、いいよ」


 ハンスは両手を広げ、言う。


「は、はいっ!」


 埃塗れのローブを着ていた者は黒いローブを外した。すると虎耳の獣族が現れる。こげ茶色の短い髪。整った顔立ちにも拘らず、顔に入った大きな傷。現れた太めの長い尻尾はうねり、満面の笑みを浮かべながらハンスに飛びついた。

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