第24話 牛族と馬族の冒険者
ハンスは剣の柄を握りながら引っ張ってみる。だが、剣は抜けなかった。そのため、モクルとマインの応援をすることしかやることが無く、声を上げていた。
体力が有り余っているモクルとマインは七時間ぶっ通しで出会う魔物を倒し続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。今日、狩った魔物の数、あんたならわかるでしょ。言って」
モクルは壁に背を向け、息を荒げながら言う。
「えっと今日倒した魔物の数はゴブリン一九〇体、トロール八体だね」
「ええ……、私達、そんなに魔物を倒していたんですか?」
息を整えているマインは小さく呟く。
「うん。今日の報酬はゴブリンだけで金貨九枚と銀貨五枚。トロールの素材を売って金貨二四枚。合計が金貨三三枚と銀貨五枚だ」
「今日も結構稼いだな……。じゃあ、外に出るか」
モクルは大斧を背中に担ぎ、歩く。
「そうだね。ダンジョンを早く出て、冒険者ギルドに行こう」
マインはモクルの後を追う。
ハンスとモクル、マインの三名は一〇分もしない間にダンジョンを出て、三〇分走り、シラウス街に戻って来た。そのまま、冒険者ギルドに向かい、素材を換金する。
「じゃあ、これがハンスさんの報酬です」
マインは金貨一一枚が入った袋を渡してきた。
「ありがとう。もうお金が無かったから助かったよ。じゃあ、先に夕食にしちゃおうか」
「あ、ああ。そうだな……。居酒屋がいいな。酒が飲みたい」
モクルは足早に移動する。
「も、もう、こんな時間から飲む気なのー。し、仕方ないな、私も飲んじゃおうかな」
マインもモクルの後を追い、冒険者ギルドを出た。
「じゃあ、いつもの居酒屋で良いね」
ハンスは二名の間に入り込み、両者の肩に触れる。
モクルとマインは軽く頷き、三名は夕方から居酒屋に入った。
三名はとりあえずエールを飲み、枝豆と野菜串を食しながら話し合う。一時間ほど食事をした後、ハンスはモクルとマインに話し掛けた。
「二人共気は楽にして良いからね。ガチガチに緊張していたら本当に作業になっちゃうよ」
「き、緊張するだろ普通。は、初めてなんだからな……」
「う、うん……。想像しながら予習はしてきましたけど、どうなるのかわからなくて……」
「んー、じゃあ、とりあえず手を握ってくれる」
ハンスはモクルとマインに手を伸ばす。
モクルとマインはハンスの手を握った。
「手を握ったら目を瞑りながら手の平の暖かさをじっくりと感じて」
「ああ……」
「わかりました……」
モクルとマインは目を瞑る。
ゆっくりとした時間が流れ、モクルとマインの体の震えが止まった。
「どう、緊張がだいぶ納まったんじゃない?」
「確かに、なんか気が楽になった気がする」
「私も……」
モクルとマインは、不思議そうに呟いた。
「じゃあ、手を繋いだまま出ようか。お金はもう払ったから気にしないで」
「い、いつの間に……」
「両手を握ってたのにどうやってお金を払ったんですか?」
「秘密」
ハンスは両者が目をつむっている間、魔力を操作し、金貨を革袋から出していた。両者の乱れた魔力をハンスが循環させ、緊張も取り払っていた。
ハンスとモクル、マインは居酒屋を出た。そのまま三名で並び、まだ明るめの空を見る。
ハンスは歩きながら大人の雰囲気が漂うバーに向かう。暗く静かなお店で、この時間から来る者は誰もいない。
「二人はこういうことろに来るのは初めて?」
「あ、当たり前だろ。普通こねえよ」
モクルは内ももを閉じ、カウンター席に座っている。
「こんな大人っぽい雰囲気のお店があるんですね」
マインはカウンター席に礼儀正しく座っていた。
「マスター、二人に軽いお酒を出してあげて」
「わかりました」
カウンターの奥に立っている黒と白の服が似合う獣族の男性が言う。金属製の容器にお酒と氷を入れ、手際よく振る。金属と氷がぶつかり合う音が心地よい。
小さなグラスに薄い黄色のお酒が注がれた。グラスの中に薄く切ったレモンを入れ、モクルとマインの前に置かれる。
「スプラッシュサワーになります」
「あ、ありがとうございます」
モクルとマインは共に頭を下げ、緊張しながらグラスを持つ。
モクルとマインは一口飲んだ。そのままもう一口。
「甘くて飲みやすい……。エール以外のお酒飲んだの初めてかも」
「ほんと、こんな飲みやすいお酒があるんだね。お洒落で可愛いし、美味しい」
モクルとマインはどちらもお酒が好印象だったようで、美味しそうに飲んでいた。
「二人とも美味しそうに飲むね。怪力のモクルが小さなグラスを持ってるといつもよりおしとやかに見えて可愛い。マインは育ちの良さが出ててとても綺麗だよ」
ハンスは口説き文句を呟きながら両脇にいる二名の尻尾の付け根当たりを撫でる。
「な、なな、ななな……」
モクルとマインは頬を赤らめながら、尻尾を振った。そのまま残っていたお酒を飲み、一息つく。
モクルとマインがお酒を飲み終わった後、別のお酒が振舞われた。加えて小さなケーキが出され、両者とも満面の笑みを浮かべながら食す。
「マスター、大きめの部屋の準備は出来てる? あと、他の者に頼んでこの品を『愛の女神』まで売りに行って」
ハンスは獣族の男性に金貨を三枚支払い、潤滑剤が入った木箱を渡しながら言った。
「はい。準備は完了しております。加えて了承しました」
マスターは頭を下げ、呟いた。
「二人共、心の準備が出来たら、俺の手を握って」
ハンスはモクルとマインの太ももに手を置き、呟いた。
「…………」
モクルとマインは顔を見合わせ、ハンスの手をそっと握った。
「じゃあ、行こうか」
ハンスは立ち上がり、モクルとマインをバーの裏口に連れて行く。マスターが扉を開け、通路が見えた。
ハンス達は中に入り、一番奥の扉に向かう。店員が一番奥の扉を開き、軽く頭を下げた。三名は扉の中に入る。
ハンスは部屋に午後六時から入り一泊した。現在の時刻は午前六時。一二時間ほど部屋の中にいたようだ。
ハンスは眠りから覚め、両腕に幸せそうな表情を浮かべるモクルとマインを見た。
「ふぅ、何とか終わった。これで二人も男に対して多少は恐怖心が減っただろう」
「はぅ……ん、ハンスぅ……、しゅきぃ……」
モクルは眠りながら呟く。
「う、ううん……。ハンスさん……、すきぃ……」
マインは微笑みながら言う。
「ありがとう、二人共。じゃあ、俺は仕事に行ってくる。ゆっくりしてね」
ハンスはモクルとマインに頭を撫で、モクルの胸とマインのお尻に金貨一枚を挟む。服を着替えて宿を出た。
お店を出て向かう先はもちろん廃鉱に出来たダンジョンだ。
午前七時頃に到着し、入口を見ると準備運動をしている可愛い可愛い銀髪の少女がいた。
「シトラ、お待たせ。今日はやけに早いんじゃない?」
「三日間も仕事をしてないんですよ。そんなの、お金を早く稼がないと金欠になってしまいます。明日食べる食費もかつかつなんですよ」
「じゃあ、俺が今日の夕食奢ろうか」
「結構です。私、奢られるなんて言う情けない真似はしたくありません」
「はは、そう……。じゃあ、仕方ない。このまま、お金を稼ぎに行こうか」
「そのつもりです。あとなけなしのパンをどうぞ」
シトラは俺にコッペパンを渡してきた。
「ありがとう! 物凄く嬉しい!」
ハンスは盛大に悦び、感情を伝える。コッペパンを貪り食い、木製の箱を調達した後、シトラの大きなお尻を見ながらついて行く。
「ハンスさん、一昨日の話しですが、なんであんなに強いのに魔物が倒せないんですか?」
「人と魔物は全然違うでしょ。形とか、動きとか、考えとか。俺は人の相手は得意だけど、魔物はからっきしなんだよ。だから、シトラに守ってもらわないと生きていけないだ」
ハンスは木製の容器を置いてシトラに抱き着き、頭を撫でながら頬擦りする。
「ちょっと、危ないですから、抱き着かないでください。あと、魔法……!」
「しー、静かに。それは俺とシトラの秘密。誰にも言っちゃ駄目だ」
ハンスはシトラの唇に指を当て、話しを遮った。シトラは頭を縦に振り、了承する。
「ハンスさんには何かしら秘密があると言うことがわかりました。でも、言いたくないのなら私は聞きません。誰しも言いたくないことがあるのが普通ですからね」
「ありがとう、シトラ。もう、本当に愛してるよ。今すぐキスしたいくらいだ」
「気持ちが悪いので結構です。さ、もうゴブリンが見えました。さっさと倒します!」
シトラはハンスを突き放し、地面を蹴りながら跳躍。鞭のように撓る脚が、ゴブリンの頭に直撃。
すると、ゴブリンの頭が弾き飛び、壁に打ち付けられた。
黒い液体が緑色のコケを生やした壁に散らばった。頭が無くなったゴブリンは膝から崩れ落ちる。
シトラは一体のゴブリンを倒したのち、身をひるがえしながら後方のゴブリンを蹴り上げ、浮いたゴブリンの顔面に回し蹴りを繰り出し、壁に打ち付ける。
ゴブリンの頭は巨大な壁とシトラの強烈な脚に挟まれ、風船が割れるかの如く大きな音を鳴らし、破裂。
「ギャギャギャッ!」
三体中残った一体は錆びたナイフを突きつけようとシトラ目掛けて飛び込む。
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