第23話 今後の目的

「いや、まだだ。まだ完治させられるかもしれない」


 ハンスはネックレスを持ち、呟いた。


「癒しの精霊よ、かのものの傷を癒したまえ『ヒール』」


 ハンスが呟くと青色の宝石が緑色に変わる。シトラの顔についた深い傷はゆっくりと塞がり、傷があったのかわからないほど治癒した。



「はぁ、はぁ、はぁ……。や、やっぱり、回復魔法はきっついな……」


 ハンスは尻もちを搗き、息を整えるように肩を大きく動かす。


「え……、傷が癒えてる……」


 シトラはガラスに映る自身の顔を見ながら言った。


「はぁ、はぁ、はぁ……。よ、よかった……。シトラの超愛くるしい顏に傷がついていたら、俺一生の不覚になるところだった。シトラ、さっきは助けてくれてありがとう。シトラがいなかったら、取り逃がしていた」


 ハンスはシトラに頭を深々と下げる。


「さっき助けてもらいましたし、今、傷を治してくれたので十分です。にしてもハンスさん、もの凄い強くて魔法まで使えるなんて、やっぱりただ者じゃなかったんですね。ルークス前国王様みたいです」


「い、いや、俺はただの一般人だよ。ゴブリンすら倒せない雑魚雑魚の一般人なんだ」


 ハンスは苦し紛れの笑顔を浮かべ、後頭部に手を置きながら言った。


「はぁ……、まあ話したくないなら話してもらわなくても結構です。今日は疲れました。もう、帰らせてもらいます。あと、明後日にはダンジョンに行きますから、荷物持ちが必要なので、いてくれると助かります」


 シトラは立ち上がり、ハンスに手を伸ばした。


「あ、ああ。もちろん。俺はシトラの荷物持ちって言う位置が最高に気に入ってるんだ!」


 ハンスは大きな声を出し、シトラの体に抱き着いた。


「ちょっと、いきなり抱き着かないでください。苦しいです……」


 シトラは体を叩き、苦しさを現した。


「シトラが可愛すぎて放したくない。シトラは何でこんなに愛らしいんだ」


「も、もう。恥ずかしさも無くそんな言葉を吐かないでください。尻尾が振れちゃいます」


 シトラの尻尾を見ると左右にブンブンと振れており、甘い言葉を聞いて喜んでいた。


「シトラも案外正直じゃないね。いやー、そんなところも可愛いな。本当に可愛い。一挙手一投足に愛らしさがにじみ出てるよ。どうしてこの可愛さが理解されないだろう」


「も、もうやめてぇ……」


 シトラは両手で耳を塞ぎ、呟いた。尻尾がはち切れんばかりに振られ、心から嬉しがっているとわかる。


 ハンスは顔が赤くなっているシトラの後頭部を撫で、甘い言葉を吐き続け、彼女を糖分過多にする。


「もう十分ですから。これ以上撫でられたら自我が崩壊しちゃいます! えっとさよなら!」


 顏を真っ赤にしたシトラは頭を下げ、一八階の部屋から出て行った。


「はぁー、なんて至福の時間だっただろうか。もっと味わいたかったけど仕方ない」


「ハンス様、はせ参じました」


 割れた窓から顔まで黒いローブのフードに隠れた者が言う。


「倒れている獣族は療養施設へと送って。死体は魂を見送ってから排除。残っている黒服は始末したあと排除。今日中に終わらせておいて。社長は排除したからこの店を切り盛り出来る適任者を探して」


 ハンスは倒れている獣族の乳を優しく揉みながら言う。


「了解です」


 窓ガラスから黒いローブを羽織った者が何名も入り『愛の女神』の建物内に広がっていく。黒いローブを羽織った者が店に入ってからは混乱が即座に収まり、静かな色気を放つ風俗街の空気に戻った。



 ハンスは獣族専門店『獣好き屋』に足を運んだ。


「こんばんわ、ハンス様。今日もいらしていただきありがとうございます。なにやら、外が騒がしかったようですが、何かあったんですか?」


 黒服を着た獣族の店長が言う。


「『愛の女神』で事件があったらしいです。そのせいで時間を食ってしまいました」


「そうなんですか。なにやら物騒な話しですね。えっと『愛の女神』に嬢のすべてを送るのはやはり……」


 黒い背広を着た獣族の店長は昨晩の話しを始める。


「ああー、なんか『愛の女神』の社長が変わるらしいです。なので昨日の話しは無かったことになると思いますよ。これからは『愛の女神』も良いお店になると思いますから、ミルを売り出す先にしてあげてもいいと思いますよ」


 ハンスは笑いながら言った。


「そうなんですか? わ、わかりました。検討してみます。えっと、では今日はどういたしますか?」


 店長はハンスに嬢の名簿を見せながら言う。


「んー、値段が一番高い子をお願いします。あと、二番目、三番目の子もお願いします!」


「了解しました。では、八番のお部屋でお待ちください」


 店長はハンスに鍵を渡した。


 ハンスは店長から鍵を受け取り、八番の部屋に向かう。その後、ハンスは三名の獣族と甘い甘い一夜を過ごした。ざっと八時間の時間が経過し、店長の前に戻って来た頃……。


「では、合計一時間金貨四枚の嬢、金貨三枚の嬢、二枚の嬢と七時間の延滞料金を合わせて金貨九三枚です」


 店長は息を荒げながら高額な金額を弾いたそろばんを見せてきた。


「……はは」


 ハンスは萎れた顔で笑い、ウエストポーチから中金貨九枚と金貨三枚を出す。


 ——ドルトに売りつけた潤滑剤のお金をほぼすべて使いきってしまった。でも、楽しかったからいいかー!


「ハンス様! また来てくださいねー。んーちゅ、んーっちゅ!」


 八番の扉を開け、満面の笑みを浮かべる三名の嬢がハンスに投げキッスをする。


「うんっ! また来るよー! 皆、愛してる」


 ハンスは投げキッスを返した。


「私もーっ、愛してるっ!」


 三名の獣族嬢は瞳をハートにしながら手を振った。


 ——ああ……、手持ちのお金が無くなった。奪ったお金に手を付けるわけにもいかないし、また稼がないとな……。あと、リジンを見つけて掃除しないと。


 ハンスは満面の笑みの裏に闇を抱え、剣の鞘を握りながら心に決める。


 午前六時。ハンスは『獣好き屋』を出て風俗街を歩いていく。そのまま、シラウス街を出て廃鉱に向かう。ダンジョン化した廃鉱に午前七時に到着。今日はシトラは来ないと知っている。だが、問題ない。この場に欲求不満な獣族の冒険者が二名来るはずだ。


 午前七時三〇分。大きな斧を背負い、歩く度に大きな胸を跳ねさせている牛族の女冒険者と左腰に剣を掛け、歩くたびにお尻がぷりぷりと動く馬族の女冒険者がやって来た。


 ハンスは木箱の中に入り、捨て犬のような純情な瞳で獣族の冒険者を見る。


「はぁ、はぁ、はぁ……。何で、今日も箱に入ってるんだよ。気持ち悪いな」


「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう、モクル。言葉遣いが荒いよ。女の子なんだからもっとおしとやかに話さないと嫌われちゃう」


「あー、俺は別に好きなように話してもらっても構わないよ。どんな性格の女の子でも個性があって俺は好きだからさ」


 ハンスは笑い、モクルとマインに話しかけた。


「気持悪……、あー、吐き気がするぜ。ほんと何でこんなやつにお願いしちまったんだろうな」


「し、仕方ないよ。ハンスさんしか私達に目を向けてくれる男性がいないんだもん……」


「まあ、とにもかくにも、仕事をしないと俺、お金ないんだよね……。あはは……」


 ハンスは後頭部に手を当て、苦笑いを浮かべながら言った。


「ちっ! なら、さっさと行くぞ。発情期に入ってイライラが止まらないんだ。この力を魔物たちにぶつけないと気が納まらない!」


 モクルは腕に血管を浮かべながら手をにぎりしめ、言う。


 ――あの拳で殴られたら死ぬだろうな……。


「体を動かさないと理性がどうにかなりそうなので、ダンジョンに早く入りましょう!」


 マインは太ももがパンパンに膨れ、靴裏を地面にこすりつけている。


 ——あの脚に蹴られたら無事じゃすまないな……。


 ハンスは笑顔の裏に本音を隠す。


 午前七時四〇分。

 ハンスとモクル、マインはダンジョンに入り、魔物の討伐を行った。主にゴブリンを狩り、運よく遭遇するトロールを倒す。開始一時間でゴブリンを一〇体。トロールを一体倒し、順調な滑り出しを決める。


 ハンスは素材回収と空きの木製容器を拾い、スライムを発見したら容器に入れていく。


「はああああっ!」


 モクルは大斧を巧みに操り、ゴブリンを一掃する。だが、力が有り余っているせいでダンジョンの壁まで破壊し、土煙を起こす。


「はああああっ!」


 マインは剣を丁寧に振り回し、ゴブリンの首を切り割いていく。血しぶきすら浴びていない所を見るに腕が相当いいようだ。


 両者がゴブリンと戦っている中、ハンスは……。


「モクル、凄くカッコいいよっ! あんな強いゴブリンを一瞬で八体も倒すなんて考えられない! カッコよさの中に綺麗な雰囲気を放ってるモクルは最高に可愛いよ!」


「くっ! そんなこと言われても、全く嬉しくないからな! 今日、覚えておけよ!」


 モクルは褒められて尻尾を振り、顔を真っ赤にしながら吠える。


「マイン、なんて綺麗な剣さばきなんだ。もう、身惚れてしまって目が離せないよ。これだけ綺麗な剣なのは、マインの心が綺麗な証拠だ。立ち姿までも全てが美しい!」


「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、ありがとうございます!」


 マインは息を荒げながらも感謝の言葉を発し、笑顔になって他のゴブリンを倒しに向かう。


 ——俺も戦えたらいいんだけど魔物相手じゃ剣がぬけないし応援するしかないんだよな。


 ハンスは剣の柄を握りながら引っ張ってみる。だが、剣は抜けなかった。そのため、モクルとマインの応援をすることしかやることが無く、声を上げていた。


 体力が有り余っているモクルとマインは七時間ぶっ通しで出会う魔物を倒し続けた。

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