第22話 不快極まりない

 エナはよたよたと歩き、檻を出る。血塗られた地面を裸足で歩き、ドルトのもとへと到着した。膝を地面につけ、ドルトの胸ぐらを掴み、言う。



「私のお父さんとお母さんはどこにいる。最愛の弟は何をしている……」


「は、ははっ、ゴミクズ同然の獣族なんて覚えてるわけねえだろ……。俺に取っちゃ、お前らは全員金にしか見えねえんだよ……。亜人種なんて全て滅びやがれ……」


「私のお父さんとお母さんはどこにいる。私の最愛の弟は何をしている……」


「おい、そんな気持ち悪いデカい耳を持ってるのに聞こえねえのか。それか、言葉すらわからないくらいバカになったのか。体を掻っ捌かれてとっくに死んでるよ!」


「…………私の家族が何をした。お前らに何か悪いことでもしたか」


「獣族なんて生きてるだけ無駄な種族だろうが……。全人類がお前らみたいな下等生物を見るだけで吐き気がするんだよ。臓器と体を大人しく売ってやがれ。ゴミ女!」


 ドルトはたかが外れたのか、言いたいことを子悪党の如く言いまくる。


 ——まだ自分の方が強いとでも思っているのだろうか。バカなのかな。まあどうでもいいか。他の人にも話し掛けよっと。


 ハンスは残っている者に話しをしようと近寄るも舌を噛み切って死んでいる男性や、餓死して死んでいる子供。心臓発作で無くなっている女性と言った具合に、すでに亡くなっている者ばかりだった。


「檻にパンパンに詰められて死人がいることすらもわかっていなかったのか……。辛かったろうに。ごめん、助けられなくて……」


 ハンスは死者を寝かせ、両手を合わせ拝む。すると青色の宝石が緑色になり、光った。数秒して青色に戻る。辛そうな表情をしていた死者が、いつの間にか穏やかな表情をして安らかに眠っていた。


「あが……、あががあが…………」


 ドルトはエナに首を絞められ、口から泡を出していた。


「お父さんとお母さん、弟を……、よくも……」


 エナは華奢な腕からは考えられないほどの力を出し、ドルトの首を絞めている。このまま行けば、ドルトは確実に死ぬだろう。


「エナ、獣族が人を殺したら犯罪だよ。まあ人族同士でも殺し合ったら犯罪なんだけどね」


「もう、どうでもいい……。家族の仇が取れるなら……、犯罪者にでもなってやる……」


「エナ、こんな男のために手を汚すなんて綺麗な手がもったいないよ」


 ハンスはエナの手を握り、甲にキスをした。


「な……」


 エナは身を引き、手の甲を擦る。そのまま後方の死体に躓き、尻もちをついた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 ドルトは一命をとりとめた。口から泡を吐き出し、目を充血させながら息を吸う。


「こんな男のために、エナが犯罪者になる必要は無い。自分の手を汚したくない男は手を汚しまぐった者達に始末してもらおう」


 ハンスはネックレスを持ちながら掲げる。


「荒ぶる死者の魂よ。汝らの思いを受け入れようぞ」


 青色のネックレスが黒色に変わる。


「え、ええ。ちょ、嘘。何で死体が」


 エナは近くの死体が動いていることに驚いていた。


「ぐぉぉぉぉ……」


 死者の亡霊が、よたよたと歩き、血塗られた地面を自身から溢れ出る血でさらに広げていく。向かう場所はハンスのもとではなく、地面に寝転がっているドルトのもとだった。


「う、嘘だろ……。な、なんで動いてるんだ……。こ、こんなのおかしい。絶対夢だ!」


 ドルトは夢だと願った。だが、残念ながら現実だ。


 今目の前で起こっていることはこの場に残っているハンスとエナも目撃している。よたよたと動く死体はドルトの体にしがみ付いた。四肢、頭、を固定されたドルトのもとに、血塗られた剣を持つ死体がやってくる。


「は、はは、ははは、ははははっ! ああ、これで夢が覚めるんだろ、そ、そうに決まってる。起きたら美女に囲まれてるんだよな。はははははははっ! うぐおうおおっ!」


 死体の持っている剣がドルトの腹に突き刺さる。赤い鮮血が吹き出し、ドルトは口から血を吐き出した。のたうち回ろうとするも、死体のせいで身動きが取れない。


「ぐあおああああああああああああっ! い、痛い、痛い、痛いっ! 何で夢が覚めないんだ、お、おかしい、おかしい、おかしいっ!」


「生きたまま、体をさばかれる気分はどうですか? 最高に苦しいでしょう」


「き、きさまぁあっ! 話しが違うじゃないかあっ! ぐ、ぐおあおああ」


 ドルトの体に刺さっていた剣が縦に動く。ギリギリ死なない程度に行っているのが、何とも死人たちが感じていた辛さがしっかりと具現化されているなと感心した。


「自分の行って来た非道を詫びれば、神も慈悲をくれるかもしれませんよ」


「は、はは、ははは、ははははっ! ゴミ共に懺悔するなんて出来るか。ゴミはゴミだ!」


「ほんと、救いようのないゴミ野郎ですね。謝れば苦しまずに殺してあげようと思っていたのに……。仕方ありません。死ぬまで苦しんでください」


「は、ははは、ははははは、ははははははははははははっ!」


 ドルトの笑い声は倉庫内で何度も反響し、エナが耳を塞がなければ吐き気を催すほど不快極まりない音だった。


 ハンスは金品を拾い集め、革袋に一通り集めた。その後、火薬を倉庫の中央に置き、導火線を入口まで伸ばす。倒れ込んでいるエナを抱き上げ、倉庫の外に出ると、指先から小さな火花を散らし、導火線に火をつけた。

 線香花火のように綺麗な火花を散らしながら導火線がゆっくりと進み、火薬箱へと向かっていく。その間に、馬に乗り、エナをとある場所へと連れて行った。

 途中、巨大な爆発音がしたが、ハンスは一度も振り返えらなかった。


「店主、この子が回復するまで保護してください」


 ハンスが訪れたのは行きつけの酒場だ。


「相当衰弱してるな……。臭いも酷い。病気は貰っていなさそうだが……。もうルーナがいるんでな。二人も匿えるほど人気が無い店だ」


「部屋は開いてるでしょ。なら、寝かせてやることくらい出来るはずです」


「たく……。面倒なことばかり押し付けやがって……。体力が回復するまでだ」


「あ、ありがとうございます」


 ハンスは頭を下げた。その後、金貨一〇枚を差し出す。


「相当儲けたみたいだな」


 店主は金貨を受け取り、懐にしまった。


「じゃあ、俺は後始末に行きます」


 ハンスは身をひるがえし、出口に向かう。


「ハンスさん、怪我してます! 血が流れてるじゃないですか!」


 店の掃除をしていた熊族のルーナは音をドスドスと鳴らしながら駆け、ハンスの腕を握る。


「ああ、ほんとだ。いつの間についたんだろう。気づかなかったよ」


「もう、なんでこんな大怪我を放っておくんですか。はむ……」


 ルーナはハンスの腕に齧り付く。


「ちょ、ミーナ。傷口は汚いから、舐めちゃ駄目だよ」


「ちょっと消毒しただけですよ。すぐに止血しますから」


 ルーナはハンカチを取り出し、傷口からの血液を止めるように強めに縛る。


「ちょ、ちょっと強すぎるかな。これじゃあ、うっ血しちゃうよ」


「あ、すみません。力がつい入ってしまいました」


 ルーナはハンカチの巻き付けを弱める。


「うん、それくらいでいい。ありがとう、ルーナ。助かったよ」


「いえ、こんなことしか出来ず、申し訳ありません。あの子の世話は私が引き受けますから、安心してください」


 ルーナは頭を下げながら言う。


「ありがとう、ルーナ。大好きだ」


 ハンスはルーナに口づけして微笑みながら店を出る。


「わ、私も! 大好きですっ!」


 ルーナは店の外に出てまでハンスを見送った。


 ハンスは馬に乗り、混乱中の『愛の女神』に戻ってくる。店の中に入り、黒服の男をかたっぱしから倒し、一八階へと向かった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。シトラ! 大丈夫!」


 ハンスは大きめの声を出しながら言う。


 ドルトの部屋に入ると、獣族の女性が何名も倒れていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。お腹が空いている状態でこんなに戦ったのは初めてです……」


 シトラは広間の中央で仰向けに倒れ、両手両足を広げながら天井を見ていた。


「シトラ! 大丈夫、怪我はない? ああ、深い引っかき傷が……」


 シトラの愛らしすぎる顏に鋭い爪で引っ掻かれた傷が三本着いていた。眼球は無事みたいだが、とても痛々しい……。


「シトラ、俺、責任を取ってシトラと結婚するよ」


「馬鹿なんですか? 冒険者をしていたら顔に傷くらい入りますよ。でも……ちょっと残念です」


 シトラは泣きそうになりながらハンスから視線を逸らす。


「いや、まだだ。まだ完治させられるかもしれない」


 ハンスはネックレスを持ち、呟いた。


「癒しの精霊よ、かのものの傷を癒したまえ『ヒール』」


 ハンスが呟くと青色の宝石が緑色に変わる。シトラの顔についた深い傷はゆっくりと塞がり、傷があったのかわからないほど治癒した。

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