第21話 ゴミ溜
ハンスは草むらに身を隠し、辺りを見渡す。すると、六名の黒服がせわしなく動き、何かを守るような動きをしながら裏口に止めてある馬車に向っていた。
普通に考えれば、金持ちを守る護衛。だが、あまりにも怪しい。そう思ったハンスは身を低くしながらゴキブリ並の速度で移動し、後を付ける。
馬車に乗り込んだのはシルクハットをかぶり、サングラスを付け、ローブで口元を覆っている者だった。男か女かはわからないが、ハンスはネックレスを持ち上げた。
「俺が見ているシルクハットをかぶった者はドルトか?」
青色の宝石は緑色に光る。
「なるほど。じゃあ、掃除しようか……」
ハンスは馬車が出発する前に黒服たちの背後に立つ。一丁のリボルバーを音もなく引き抜き、銃口を後頭部に向けながらハンマを下ろして引き金を引く。
大きな銃声と共に真っ赤な脳漿がまき散らされた。
一発の銃声はとても長く、ハンスが引き金を押したままハンマーを五回下ろした間に黒服の六名は地面に倒れていた。
「社長、逃がしませんよ」
ハンスはにっこりと笑い、全弾打ち切ったリボルバーを捨てる。
「だ、出せ、今すぐ出せっ!」
ドルトは叫び、御者に馬車を走らせた。深夜のため、行動を走っている馬車はドルトの馬車のみ。土に残っている轍を見ればどこに向かったかなどすぐにわかる。
「普通に走っても馬に追いつけないよな。さてさて……、どうしたものか」
ハンスは辺りを見渡し、馬屋を見つける。誰かが預けている馬だが、朝にでも返せばいいかと拝借させてもらった。
「はいよーっ! 行くぜハニー」
ハンスは手綱を握り、馬の背中に乗る。馬はハンスの言うことを素直に聞き、ドルトを追った。
眠らない風俗街だからこそ、夜でも明るく、視界が十分に確保されていた。高級な馬車に乗っていたドルトのおかげで轍がわかりやすく、すぐに追える。
「こっちの方角は……、工業団地……。少し薄暗くなって来たな」
ドルトは多くの職人や工業人が集まる団地に向っていた。街灯はあるものの、風俗街に比べれば光量があまりに少ない。足元に気を付けないと横転する可能性がある。
工業団地を移動していると大きな倉庫が連なるように立てられている倉庫場にやって来た。
「……ここか」
ドルトが乗っていたであろう馬車の轍が倉庫の中へと向かって残っており、ハンスは明らかに罠だと悟る。だが、倉庫に入口以外の侵入経路が無く、入るしかなかった。馬を危険にさらすわけにはいかず、近くの厩舎に入れておく。
「さて、行くか」
ハンスは倉庫の扉に手を掛ける。そのまま扉と共に横にずれた。
「撃ちまくれっ!」
聞き覚えがある男の声が倉庫内に響くと大量の発砲音が聞こえた。暗闇に打ちまくっており、確実に殺しに来ている。
銃声が止んだ瞬間、ハンスは扉から倉庫内に侵入、一瞬で場を把握した。
——ドルト、他の敵がざっと八〇人、大量の檻の中に獣族と人族が多数……。あれが売り物か。ここは奴らの密売所だったわけだな。わざわざ招いてくれたわけか。ふざけやがって。
ハンスは左腰に付けている剣の鞘を握りしめる。青色に輝いていた宝石がじんわりと赤色に変わっていき、質素な剣の柄に右手を添えた。
「ハハハハハハハハハハッ! 馬鹿が! 弾丸の雨に撃たれて死ねやっ! 全員、撃ちまくれ!」
短機関銃(サブマシンガン)を持つ敵兵がハンスの体目掛け、発砲。チャンバーから大量の空薬莢を三秒で二〇発以上吐き出している。八〇名以上が短機関銃を撃ちまくっており、三秒間でざっと一六〇〇発の弾幕が張られる。死の光がハンスの視界に映った。
「『魔力障壁(バリア)』」
ハンスは呟いた。すると鉛弾がハンスから避けていく。
「なっ! 魔法使いだと……。 時代遅れの糞野郎が! 滅んでなかったのかよ!」
ドルトは考え無しに叫ぶ。
「糞野郎は社長でしょ。ここにいる者、皆、ゴミ溜行だ……」
ハンスは剣の柄を握る。
「やっぱり、人が相手だと怖くないんだよな。お前もかい、サーペント」
ハンスは質素な剣を思いっきり引き抜いた。銀色の剣身が死の光を反射し、真っ赤に燃えているように見える。
ざっと二〇メートル先に三秒で到着。敵が弾切れを丁度起こしたころだった。
「まず一人め」
ハンスは剣身を敵の首擦れ擦れに突き刺す。頸動脈が裂け、真っ赤な鮮血が吹き出した。剣が人の体に挟まれることなく敵を瞬殺する。
――多数対一の場面は一瞬の隙でも命とりだ。流れるように掃除しろ。
「社長、俺は多数対一をやりなれてるから、本気で来ないと全滅待ったなしですよ!」
ハンスは敵の急所を的確に切り裂き、大量の血しぶきを上げながら蹂躙する。
「くそっ! 何が、どうなって! ぐはっ!」
「ぐはあっ!」
「ごはっ!」
「や、やめ、ぐあっ!」
「くっそっぐご……」
敵が昇天していく気持ち悪い喘ぎ声が倉庫の中で響き渡る。
「あ、あぁ……。ああぁ……」
ドルトは回りの者があまりにも一瞬で散っていくため、ション便を漏らしながら、腰を抜かしていた。
一分もしないうちに生きている者はドルトとハンスだけになった。ハンスの体には返り血が一切ついておらず、剣身すら銀色の輝きを放っているだけだった。
いっぽう、ドルトは全身血まみれ。涙すら赤くなっており、まるで死んでいるようだ。
「社長。手の平が見えるように腕を上げてください」
「あ、ああ……。わかった」
ドルトは手を広げながら頭上にあげる。
「じゃあ、話しをしましょうか。俺にリジンの情報を渡してください。そうすれば社長だけ助けてあげます。もう、悪さをしないと言うなら、見逃してあげましょう」
「あ、ああ……。ほ、本当か……」
ドルトはかすれた声を出す。
「ええ、本当ですよ」
ハンスは青色になっている宝石がついたネックレスを持ち上げた。
「俺は社長が本当のことを言えば殺さない」
宝石は青いままになっている。
「わ、わかった。い、言う。だから、殺さないでくれ……。り、リジンは医者で、どこで働いているかは知らないが、よくここに来てた男だ。人身売買なんて目じゃないくらいデカいことをしている。遊び感覚で人を殺すし、解剖もする。医者とは思えない人間だ」
「なるほどなるほど、だいぶゴミですね。その男が人身売買や臓器売買、武器の密輸なんて言うゴミみたいなことをしている黒幕ですか?」
「ち、違う。他にいるはずだ。リジン自体、何かの下についていると匂わせていた。この国にはゴミみたいな人間がごろごろいやがる。俺なんて森の中の木の葉にしかすぎねえんだよ。森に落ちている木の葉を掃除出来るのならしてみろや、クソガキ!」
「ぎゃあぎゃあ吠えないでください。弱い魔物ほどよく吠えると言いますし、みすぼらしいだけですから、止めた方が良いですよ」
ハンスはウエストポーチから縄を取り出し、ドルトの体を縛っていく。何も隠し持っていないことを確認し、情報源も調べるが無し。
「はぁ、本当にただの木の葉だった」
ハンスは大勢の者が捕まっている檻の前に移動する。檻番らしき人物の体から鍵を押収し、捕まっている者達を解放した。
「皆さん、逃げてください。もう、変な話しに乗っちゃ駄目ですよ。あと、犯罪をしたらその時は普通に捕まりますからねー」
多くの者が檻から出て頭を下げながら逃げて行った。獣族や人族が檻の中にチラホラ残っており、表情が人形のようで覇気がない。すでに死んでいるのかと思い、顔を上げさせる。
「…………」
獣族の女性で眼が死んでおり、完全に生きる気力を失っている者がいた。
「名前と年齢、住所、家族構成、種族、好きな男の条件なんかを答えてくれる?」
「エナ・マグノリアス……。一七歳……。住所無し……。両親と弟はあの男に連れていかれた……。種族は犬族……。好きな男の条件は優しい男……」
「答えてくれてありがとう。あの男はあそこから身動きが取れないみたいだから、好きにしていいよ。両親や弟について聞いてみると言い」
「…………」
エナは立ち上がった。身長一六〇センチメートル。胸は大きく、お尻も大きい。くびれがしっかりとあり、美形だった。
泣きすぎて腫れぼったくなった目、すっと通った鼻、小顔で愛くるしい唇。髪は金色だが、垢や皮脂でギトギトだ。ボロ雑巾みたいな服を身にまとい、みすぼらしい恰好をしている。
体中傷だらけで、痛みつけられた跡があった。人の話を聞いてくれたので、きっと心優しい者だろう。人族が嫌いな獣族は多く、モクルのような反応をされるのが一般的だ。
エナはよたよたと歩き、檻を出る。血塗られた地面を裸足で歩き、ドルトのもとへと到着した。膝を地面につけ、ドルトの胸ぐらを掴み、言う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます