第20話 特大のゴミ

「まったく。店の中で発砲するなと言っただろ……。つっ!」


 ドルトは一発の銃声にしか聞かなかったため、黒服の男が一般客を射殺したと思ったのか扉から出てきた。



「こんばんわー。掃除屋です。ゴミの除去に来ましたー。あなたぁ、何人もゴミみたく殺した糞ゴミ野郎の匂いがぷんぷんしますねー」


「ちっ!」


 ドルトはホルスターからリボルバーを抜き、銃口を向けてきた。そのまま、六発撃つ。焦りまくっていたせいか、鉛弾はハンスの体に一発も当たらなかった。


「思ったよりも銃を撃つのが下手ですね。もしかしてもしかして手下に働かせて自分の手は汚したくないって言う性格のゴミ野郎ですか?」


 ハンスはリボルバーの銃口をドルトに向け、発砲。


 ドルトは銃口を向けられた瞬間に扉を閉めた。


「……はぁ、ちょっと面倒臭くなった」


 ハンスは昇降機で一七階に降り、開いている扉から、部屋に入る。窓を開け、一八階に続く配管を伝い、窓際に立った。地上五〇メートル付近。落ちたら即死の位置におり、ネオンライトが輝く夜景を堪能する。


「良い景色。ほんと、この世界にいったい何人のゴミがはびこっているのやら……。カワイイ女の子のためにも、駆除しないとな」


 ハンスは窓ガラス越しに最上階の中を見る。ドルトが誰かと連絡を取っており、もめていた。扉の前に爆薬が入っていそうな木箱が置いてあり、普通に扉から入っていたら体ごと吹き飛んでいただろう。


「さて……、このガラスはどれぐらい硬いのかな」


 ハンスはガラスを斜めから見る。厚さは五センチほどあり、拳で殴っても簡単に割れそうにない。


「仕方ない。使わせてもらうか」


 ハンスはウエストポーチから紫色の結晶を取り出した。取り出したのはゴブリンの魔石で、護身用に一個持っていた品である。


「魔石には二つの使い道がある。一つは道具の一部にして魔道具とする方法。もう一つが……、爆弾にする方法。ほんと、趣味の悪い教育者だったな」


 ハンスは魔石を握り、魔力を手の平に込める。魔石は魔力を吸収し、眩い光を放ち始めた。


「魔石が小さいからもう三段階目に到達した。さて、いったん非難と」


 ハンスは一七階の窓枠に戻り、一八階の巨大な窓ガラスに向け、魔石を投げた。そのままローブで頭上を覆う。

 窓ガラスに衝突した音がコツンと鳴った瞬間、花火など目じゃないほど巨大な爆発が起こった。ゴブリンの魔石で大岩が粉砕するほどの威力を出すことができるため、例え防弾ガラスだったとしても……。


「破壊できるんだなー」


 ハンスは配管が外れかかっているのを見るや否や、猿のように一瞬で登り、破壊された窓ガラスから一八階に侵入。黒煙のおかげで用意に侵入できた。


「ごほっ、ごほっ、ごほっ! い、いったい何が起こった。く、くっそ!」


 ドルトの声が室内で響くも思ったより黒煙が酷く、奴の姿を捉えることができない。天井に設置されたスプリンクラーが作動し水が散布される。黒煙は水に吸収され、視界が晴れた。


「ど、どこから入ってきやがった……」


 腰が抜けて動けなくなっているドルトが言う。


「んー、普通に外から」


 ハンスは指先を窓ガラスに向ける。


「そ、そんな馬鹿な。ここは一八階だぞ……」


「登ろうと思えば登れますよー。で、社長は誰と連絡を取っていたんですか?」


「お、お前には関係ない。お前はいったい何者だ。何が目的だ……」


「時間稼ぎに付き合っている時間は無いんですよねー。まあ、来る者は全員屠りますけど、あなたに逃げられるのが一番厄介なので、さっさと倒します」


 ハンスは剣の柄を握る。


「ま、待て! 言う、言うから、命だけは助けてくれ……」


 ドルトは情けない声を出しながら言う。あまりにも情けない姿に、不信を持ち、ハンスはネックレスを持ち上げ、青色の宝石を見る。赤色に変化し、演技だとわかった。


「社長、言う気ありませんね。はぁ、ちょっと期待しましたが、仕方ありません。あとで調べます。なので、ゴミはさっさと処理……」


 剣を引き抜こうとした瞬間、扉が開かれた。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 火薬は水に濡れ、爆発しなかったのか、入口の扉が勢いよくけ破られると薬物中毒にでもされた獣族の雌が八名以上入って来た。

 どうやら、通信機でドルトが呼んだらしい。獣本来の野性味あふれる表情が美しいと言いたいところがだが……。


「俺に女を殴れと……」


 ハンスは拳を握りながら、足踏みする。


「好機だな……」


 ドルトはこれ見よがしに逃走した。腰が抜けているのも嘘だったらしい。


「ちっ! 待てっ!」


 ハンスはドルトを追おうとした。だが……。


「グラアアアアアアアアアアアアアアッツ!」


 虎族と狼族が牙をむき出しにしながら握り拳を作り、殴りかかって来た。


「くっ!」


 ハンスは後方に一歩下がり、狼族の攻撃を回避する。床に打ち込まれた拳は容易にめり込み、人の体など容易く吹き飛ばせる威力をほこっていた。


「グラアアアアアアアアアアアアアアッツ!」


 ハンス目掛けて八名の獣族の雌が襲い掛かる。壁を駆ける者、天井を蹴り真上から攻撃してくる者、四足歩行で噛み殺そうとしてくる者。あまりに殺意が高く、理性が完全に崩壊している。

 ハンスは握り拳を作っているものの、攻撃をいなすことしかできなかった。


「ああっ! くっそ! 殴れない!」


 ハンスは獣族の雌が殴れず、縄で拘束を試みるも、容易く引き千切られた。こうしているうちにもドルトがどんどん先に逃げてしまう。


 ——どうする、どうする。こんなかわいこちゃんたちを殴れないし、殺すことなんてもってのほかだ。でも、このままじゃドルトに逃げられる。ゴミに逃げられたら、ゴミの数がもっと増えてしまう……。ここで掃除しておかないと。


「グラアアアアアアアアアアアアアアッツ!」


 虎族の雌が爪と牙を尖らせ、ハンスの背後から迫ってきていた。


「しまっ!」


 ハンスはドルトのことを考えていたせいで、攻撃される瞬間まで気づけず、攻撃せざるを得ない状況になった。だが、どうしても拳が出ない。彼女の薬に苛まれる前の尊い笑顔が脳裏に想像されてしまうのだ。初めて会った相手なのに殴ることができない。


「おらああああああああああああああああああああああああっ!」


 銀髪を靡かせ、強力な飛び蹴りを虎族の顔面に繰り出す超絶美少女が現れた。見間違えるわけがない。胸はぺったんこ、されどジーンズ製のショートパンツからはみ出るふくよかな下尻が厭らしいシトラだった。


「ゴハッツ!」


 虎族はシトラの蹴りにより木製の壁に叩きつけられ、壁を破壊しながら別部屋へと転がる。気絶したのか、動かなくなった。


「ハンスさんっ! 状況を説明してください!」


「特大のゴミが逃げた。この狂ったかわいこちゃんたちのせいで先に進めないんだ!」


「まったく……。狂ってしまった獣族の女性に手が出せないとかどれだけ好きなんですか」


「俺の人生が狂わされているくらい好き! 俺が一番好きなのはもちろんシトラだよ!」


 ハンスはシトラの方を向きながら満面の笑みを浮かべ、言う。


「ここまで嬉しくない告白は初めてです。ここは私に任せて女性を殴れないハンスさんは逃げた者を追ってください。さっきの現場を見た私も何となくこのお店が何をしているのか理解しました。主犯格は今すぐ捕まえるべきです!」


 シトラは大声で言う。


「シトラ……。愛してるっ!」


 ハンスはシトラに場を任せ、ドルトを追う。


「勝手に愛されても困りますっ!」


 シトラは苦笑いを浮かべながら拳を構えていた。


 ハンスはシトラの姿を横目で見ながら、ドルトがどこに行ったのかを探る。


 ——普通に考えてこの建物から逃げたがるはずだ。どこかに隠れていても一部屋一部屋探せば見つけられる。なら、俺は何よりも早く一階に降りてドルトの行方を探った方が良い。


 ハンスは一八階の窓ガラスを開け、壊れていない配管を伝い、地上まで一気に降りた。


 ——連絡が取れるとなると仲間を呼び、逃げる算段を取るはずだ。人の集まりを探せ。


 ハンスは草むらに身を隠し、辺りを見渡す。すると、六名の黒服がせわしなく動き、何かを守るような動きをしながら裏口に止めてある馬車に向っていた。

 普通に考えれば、金持ちを守る護衛。だが、あまりにも怪しい。そう思ったハンスは身を低くしながらゴキブリ並の速度で移動し、後を付ける。

 馬車に乗り込んだのはシルクハットをかぶり、サングラスを付け、ローブで口元を覆っている者だった。男か女かはわからないが、ハンスはネックレスを持ち上げた。

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