第18話 狂ってる

「リジンの指金か……」


 ドルトは知らない名前を口にした。


「はい。そうです。この品もリジン様から名を受けて社長の店に降ろすよう言われました」


「そうか。なら納得の品だな。で、お前はこれを売りつけに来ただけか?」


「そんなまさか。仲介者の私が、ただお金儲けのためだけに来るわけないじゃないですか。商品を受け取りに来ました」


「……なら、付いてこい」


 ドルトは部屋を出て行く。




「……わかりました」


 ――やけに円滑だな。まあいいか。


 ハンスはドルトの後をついて行った。最上階から、地下まで昇降機で一気に降りる。


 地下に降りた後、廊下を通り、部屋の前に到着する。


「ここだ」


 ドルトは鍵を使い、扉を開けると中に入った。


「失礼しまーす」


 ハンスはドルトの後を追い、部屋の中に入る。黒服を着た八名の男もあとを追って部屋に入った。


 ドルトが部屋の壁に取り付けられたスイッチを押すと魔石の照明が付き、部屋の全貌が明らかになる。牢屋に入れ込まれた多くの獣族と人族の女性がいた。


「んん? ええ……。なんでこんなところに……」


 ハンスの視界の中に銀髪の狼族がおり、手足を縛られ、横たわっていた。


「は、ハンスさん。なんでここに」


 顏にあざが出来るほど殴られているシトラは呟いた。


「さて、ここまで連れて来てやったが、すまないな。お前みたいなバカとは付き合っている時間が無いんだ。臓器以外いらん。四肢を捥いで牢屋に入れておけ」


 ドルトは部屋を出て行く。


「了解」


 八名いる黒服の男は殺意をむき出しにした。


  ――あー、嵌められちゃったかー。どうしよー。


「あ、あのー。俺、滅茶苦茶弱いんで、手加減してもらえますか……」


「商品に当たるから、銃は使うな。剣で四肢を切り落とせ」


 強面の黒服が他の黒服に命令を出した。


「了解」


 他の黒服の男は剣の柄を握り、返事をする。


「は、ハンスさん。逃げてください。その人たち、強いです……」


 シトラはどうやら彼らにボコられたらしい。優しい優しいシトラのことだろう。攫われそうな獣族を助けて自分も捕まっちゃったー、的な感じかな。ああ、なんて可愛いんだろう。


 黒服の男達は腰に掛けられた剣を抜き、じりじりと迫ってくる。部屋の広さは結構あり、八メートル四方ほどで、半分が檻で埋まっているため、横八メートル、縦四メートルくらい。

 この中で剣を持つ八名の男と戦わなければいけないらしい。


 ――逃がしてくれないよな。まあ、逃げる気は無いけど。


「あーん、すみませんでした。すみませんでした。俺が悪かったですー。横取りしようとした俺が悪かったので、見逃してください」


 ハンスは土下座をかまし額を床に擦りつける。


「構うな。半殺しにしろ」


 強面の男が放つ低い声が室内で反響し、鼓膜に入ってくる。


「了解」


 七名の黒服の男達は心を殺し、上司の言うことを聞き、ハンスに襲い罹る。


「ハンスさん! 逃げてくださいっ!」


 シトラの愛らしい声が室内で響いた。


「えっと、血で汚れるとせっかくの一張羅が汚れるので、これで勘弁してください」


 ハンスは他の七名が上司から離れたのを見計らい、跳躍。吊るされている魔石の照明を手で掴み、振子の容量で強面の上司の背後に一瞬で移動。顔を腕で包み込むようにして持ち、耳もとで優しく呟いた。


「は?」


 強面の男の顔はガコンと言う嫌な音と共に真横になった。そのまま力なく膝が床につき、前に倒れる。


「先輩っ!」


 七名の黒服の男達は口々に叫ぶ。黒服は地面に倒れた強面の方に視線が向かっており、一番見なければならない存在から目を放していた。


「はいはい、敵から目を反らしちゃ駄目でしょ」


 ハンスは黒服の後ろに立ち、膝カックン。


「うわっ!」


 体がこわばっていた黒服は腰が抜けたように力が抜ける。


「はい、さようなら」


 ハンスは黒服の男の顔を包むようにして持ち、捻る。またしてもガコンと言う耳障りな音がして男の頭が真横を向いた。


「な、何者だお前……」


 黒服の一人が剣を突き出し、ハンスに聞く。


「俺はハンス・バレンシュタインですよ。さっきも自己紹介したのに、もう、名前を忘れるなんてひどいですー」


 ハンスは人差し指を涙袋に当て、泣きまねをする。


「先輩の仇は俺が打つっ!」


 黒服の男が剣を頭の頭上に構えた。


「そんな無暗に振り上げちゃダメダメ」


 ハンスは足下に落ちている剣を靴の甲で持ち上げ、石を蹴るように柄の尻を蹴る。剣先は剣を振り上げた男の鳩尾に飛んで行く。


「ごはっ……」


 黒服の男はハンスが蹴った剣が鳩尾に突き刺さり、動く気力すら保てず後方に倒れる。男が持っていた剣が床に落ちるとガチャンと言う金属音が力なく響く。


「う、うわああああっ!」


 一人の黒服の男が逃げ出した。


「バカやろうっ! 逃げるなっ! ごはっ……」


 仲間の方に視線をやった黒服はハンスに首を折られ、絶命。


 ハンスは男から力が抜けたころ、剣を奪い、逃げる男の背後に投げる。切れ味が良い剣を使っているからか、服の上からでも刺さる刺さる。


「いやー、良い剣を使っているんですね。売ったらいくらになるかな」


「は、ハンスさん、後ろ!」


 シトラの声が部屋の中に響き、ハンスは後方を振り向いた。


 黒服の男が剣を振りかざしていた。ハンスは避けるそぶりを見せず、じっと待つ。


「はあああああああああああああっ!」


 二名の黒服がハンスの前方から剣を突き出し、後方から剣を振りかざす。


「俺だけを見てたら駄目だってば」


 ハンスは半歩右にずれる。


「なっ! ごはっ」


「嘘っ! ごはっ」


 二名の黒服はハンスしか見ておらず、仲間が攻撃しているのを理解してないかった。

 ハンスが退いた瞬間、振りかぶっていた剣と突き刺そうとしていた剣が仲間を切り裂き、互いに血を流しながら、地面に倒れる。


「はぁ、はぁ、はぁ……。な、何者なんだ。お前……」


 一人の黒服が腰を抜かし、地面を擦るように逃げようとしていた。


「あのー、さっき言ってたリジンって誰ですか?」


 ハンスは黒服に聞く。


「し、知らない。知らない……。俺は何も知らない……」


 黒服は頭を横に振りながら言った。


「知っていることを話したら殺さないであげますよ。あなたも、そこに転がっているゴミみたくなりたいですか? なりたいなら、何も言わなくていいですけど」


 ハンスはうつ伏せで倒れている強面の男の体を踏みつける。まるで地面に落ちているゴミを蹴るようにひっくり返した。すると、目を見開いたまま死んでいる強面の顔が映り、黒服を脅す。


「いったいどれだけ甘い汁を吸ったらここまでゴミになるんでしょうね。んー、何がゴミっぽい品ないかなー」


 ハンスは強面の紳士服を脱がし、一枚の写真を見つけた。


 写っていたのは全裸の状態で四肢を縛られ、泣いている少女の姿だった。


「いやー、この男。幼気な少女を縛ってるよ。この後どうしたのかな? ほんと生粋のゴミだね。よかったよかった。掃除出来て」


「く、狂ってる……」


「狂ってる? 何でですか? 見てくださいよこの写真。こっちの方が狂ってるでしょ。もしかしてあなたも何か後ろめたいことがあるんですか? ぜひ、俺に教えてくださいよ」


「な、無い。無い無い。あるわけない!」


「あー、真実の女神よ。汝の発言が虚言かどうか表せ」


 ハンスはネックレスを持ち上げ、唱えた。すると青色の宝石が赤色に変わり、光る。


「嘘みたいですね。なら、掃除しなきゃですねー」


 ハンスは腰に掛けた剣の柄を握る。


「な……、ま、魔法だと……。って、ま、待てっ! 待てっ! 言う、言うから。殺さないでくれ!」


「言う気になってくれたんですか。ありがとうございます」


「り、リジンは社長と手を組んでる男で、人身売買と臓器売買の立役者だ。医者らしいが、どこの病院で働いているかは本当に知らない。お、俺が知ってるのはこれだけだ」


 ハンスはネックレスを見る。青色の宝石は変化しなかった。


「なるほど。ありがとうございました。仕方が無いので見逃しましょう」


 ハンスは後方を向いた。だが、横目で行動を確認する。


「あ、ありがとう、ありがとうっ!」


 男は頭を下げながら、右手をホルスターに向けた。


「死ねっ!」


 男はホルスターからリボルバーを抜き出し、銃口をハンスに向ける。


「撃ったら商品に当たりますよ。良いんですかー」


 ハンスは手を上げ、声を掛けた。


「そこにいる奴らがどうなろうと知ったことか……。こんな失態、どうせ殺されるんだ。なら、お前を殺して手柄を立てるしかないだろ!」


「はぁ……。『風(ウィンド)』」


 ハンスは詠唱を放つ。すると、手の持っていた写真がふわりと浮かび、男の足下に移動していった。


「なっ! また魔法を!」


 男は身を引き、魔法に警戒した。だが、何も攻撃を受けなかった。


「撃つなら早く撃った方が良いですよ。俺も攻撃したくなるので」


「ああ、そうさせてもらうっ!」


 男はリボルバーの引きがねを引き、ハンマーを動かし、薬莢の雷管に撃針を打ち込んだ。火薬が爆ぜる。その瞬間、男もろとも爆ぜた。弾は爆発の反動により、ハンスの頭上を通り、硬い天井に直撃していた。


「ああ……、肉塊になっちゃった。全く。空気が濃い場所で火なんか使うから」


 男の下半身がどちゃりと音をたてながら倒れる。上半身は木端微塵に吹き飛び、原型が無かった。ハンスは服についた肉や血を見て萎える。

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