第15話 発情期

「あ、俺は水をお願いします」


 ハンスはメニューの中で一番安い水を注文した。


「かしこまりました。では、少々お待ちください」


 ルーナは頭を下げ、カウンターにいる店主のもとに向かう。




「それで、今日は何のために俺を誘ったの?」


 ハンスはモクルとマインに聞いた。


「えっと、別に大きな理由はなくて、もうちょっと、あんたのことを知ってみたかったの」


「俺のことが知りたい? 俺の名前はハンス・バレンシュタインだけど」


「名前はもう知ってるわよ。他にもあるでしょ。出身地とか、目的とか、好きなこととか」


「出身地はルークス王国、目的は……無い、好きなことは可愛い女の子と遊ぶこと」


「とことんゴミ野郎ね。はあ、なんでこんなゴミ野郎と話しをしているんだか……」


「いや、モクルが話し掛けてきたんだからね。俺はそう言われても気にしないけどさ……」


「ふっ!」


 ルーナが木製のテーブルに木製のコップを叩きつけ、粉砕した。


「ハンス様はゴミ野郎じゃありません。神様です!」


 ルーナは異様な雰囲気を放ち、呟いた。


「す、すみません……」


 モクルはルーナの剣幕に押され、謝ってしまった。


「ルーナ、お客さんに対してその態度は失礼だろ。あと、壊したテーブルとコップ代はお前の給料から引いておくからな」


 店主の低く渋い声が響く。


「なっ! 店長、そんあー」


 ルーナは店主の方を向き、泣きそうになった後、驚いている二名に頭を下げる。


「す、すみませんでした。少々かっとしてしまい、力が入ってしまいました。掃除をするので、テーブル席を移動してください」


「は、はい……」


 モクルとマインはさっと移動し、別の席に座った。


「ルーナ。怒ってくれてありがとう。でも、お客さんに対する規則がなってない。あとでお仕置きだね。準備をちゃんとしておくんだよ」


 ハンスはルーナの大きな大きなお尻を撫でながら、しゃがんでいる彼女の耳もとで小さな声で言う。


「は、はいぃ。たくさん、おしおきしてくらさぃ」


 床に凝れた水に波紋が何度か起こる。


「こらこら、床が濡れてるからって他の液体を垂らしちゃ駄目だろ。お仕置き追加だね」


「はわわぁ……。は、ハンス様の声……、脳に響くぅ……」


 ルーナは耳を刺激されるだけで、仕事中に見せてはいけない表情をしていた。


 ハンスはルーナの頭を撫で、落ちつかせたあと木箱をもってモクルとマインのもとに戻る。


「あ、あの獣族さん、もの凄い力持ちなのね。さすが熊族……。あんたの知り合いなの?」


 モクルはルーナのことが気になるのか、小声で聞いてきた。


「彼女はルーナと言って昔は傭兵をしていたんだ。でも、彼女も女性だし、獣族だから発情して人を肉塊にしちゃってさ、体罰やらいろいろ受けた後、どん底に落とされたんだよ。どん底を徘徊していた俺は、彼女と出会ったんだ」


「そんな過去があったんですね。ハンスさんを慕っていたようですけど、仲が良いんですか?」


 マインは食い気味に聞いてくる。


「仲が良いかと聞かれれば、仲は良い方かな。ああ見えて結構甘えん坊で、尽くしちゃう性格らしいよ。同種族の雄じゃぜんぜん満足できないんだって」


「な、なんか生々しい話しですね……。じゃあ、ハンスさんとルーナさんはすでに肉体関係を持っているということですか?」


 マインは赤面しながら言う。


「んー、半々かなー。なになに、マインはそう言うのに興味があるの?」


「そ、そうじゃなくて、と言うのも違わないというか……」


 マインは口をつぐむ。


「マインが言いにくそうだから、私から言う。ハンス、私達を抱いてほしい」


「いきなりすぎてついて行けないな……。まさかマインから抱いてだなんて言われるとは」


「私だって言いたくて言ってるわけじゃない。さっき言ってただろ。ルーナさんが発情して人を肉塊にしたって。発情止めの薬を飲んでいてもこの時期は効果が薄くて、夜も眠れないし、体が疼くし、不整脈になるし、色々大変なんだ。これだから獣族は嫌なんだ」


 モクルは俯きながら呟いた。獣族の発情は一時物凄い強く出て、治まると言った波が大きい。

 人族は常時発情している状態なので、波が小さい。獣族同士なら、波長が合い丁度良いのだが、人族の領土にいる獣族にとっては深刻な問題なのだろう。


「私達、村でも男っ気が無くて……、結婚出来なかったから出稼ぎに来ているんです。私は男性が苦手な性格で、モクルは普通に気性が荒くて人気が無かった……」


「なんか、棘のある良い方だな。あんな雑魚の嫁になれるかってんだ。全員私よりも弱いへたればかりで反吐が出る。あんな奴らに孕まされるぐらいなら、人の街で仕事した方がましだと思ったんだ」


 モクルは腕と脚を組みながら言う。


「要するに、村から人の街に出てきたは良いものの発情して人を襲いそうだから、俺に抱いてほしいと……。そう言う話し?」


「要約するとそうなる。今日にでもしてほしい所だが、お前にも都合っていうのがあるだろ。お前は獣族ならどんな奴でも抱くって噂で聞いた。本当か?」


「まあ、抱いてほしいと言われたら、抱かないと男が廃るよね。今日は少し用事が入っているから、難しいけど、明日の朝昼以降なら開いてるから、仕事終わりでもいいかな?」


「ああ。構わない。あ、言い忘れたが、私とマインを同時に頼む。お前がマインに無駄なことをしたらぶちのめさないといけないからな」


 モクルは拳を作り、手に平に打ち付ける。


「俺は女性を傷つけたりしない。約束するよ。にしても、二人にここまで信頼されていたとは思いもしなかった」


「狼族の雌がお前と一緒に行動してただろ。それだけで、お前が良い奴だとはわかる。狼族が行動を共にする者は良い者が多い。だから、目を付けていたが、噂があったからな、警戒してた。ここ二週間でお前が悪い奴じゃないと確信したから、お願いしただけだ」


「えっと……、信用してくれてありがとう。二人共安心して。俺に任せてくれれば、人を絶対に襲わなくなるから」


 ハンスは二名の震える手に自身の手を置き自信たっぷりに言う。


「あ、ありがとうございます。ハンスさんなら安心してお願いできます」


 マインは頭を深々と下げる。人族を襲えば確実に留置所行だ。どれだけ弁明しても獣族が人族を襲えば、罰せられる。それがルークス国の社会。


「お待たせしました。ショートケーキとチーズケーキ、紅茶です」


 ルーナは丸いお盆に品を乗せ、モクルとマインの前に置く。今回は怒らずしっかりと接客出来ていた。俺が頼んだ水も置き、カウンターに戻るかと思いきや、俺の隣に座る。


 椅子がバキッという嫌な音を鳴らしたが、ルーナは気にすることなく座っていた。


「え、えっと……。ルーナさん。どうかしたんですか?」


 マインは恐る恐る聞く。


「暇になったので、ここに座っているだけです。気にしないでください」


「気にするなと言われても……、気になるのが性と言うか……」


 モクルも恐る恐る呟く。


 モクルとマインは草食系の獣族だが、比較的力がある種族の牛族と馬族だ。だが、目の間に座っているのは肉食系に加え、知能が高い熊族。警戒してしまうのも無理はない。


「仕方ない。こうすれば、少なからず、怖くなくなるんじゃないかな」


 俺はルーナの膝の上に乗り、大きな乳を枕の代わりにしてしまう。


「も、もう。ハンスさん、私は椅子じゃないんですよ……」


 ルーナは腕を回し、抱き着いてくる。このまま力を入れられれば、体が拉げてしまうが、怖がったらその分気持ちが伝わってしまうので、仲のいい友達感覚で接する。


「ほ、本当に何者なの……。完全に懐いてるじゃない。熊族の雌が人族に懐くなんて」


「熊族が人族に懐いているところなんて初めて見ましたよ。いつもは人族が恐れるのに」


「ハンスさんは私にとって神様みたいな方ですし、私よりも全然強いんですよ」


「はい?」


 モクルとマインはルーナの発言を聞いて首を傾げた。


「もう、あの時は震えちゃいました。あんなに凛々しい方がいるなんて……。もう、お腹の奥がきゅんきゅんですよ。あーん、ハンス様ぁ。むぎゅむぎゅ」


 ルーナはハンスに少し強めに抱き着く。


「うぐぐ、く、くるしい……」


 ハンスは肺が圧迫され、息が出来なくなっていた。


「あ、すみません。お水飲みますか?」


 ルーナはハンスが買った水入りのコップを持つ。


「ありがとう、いただくよ」


 ハンスはルーナから水を貰い、飲んだ。


「なんか、普通の水じゃなくない?」


 ハンスはルーナの方に視線を向ける。


「し、塩入のお水ですよ。ハンスさん、疲れてるかなと思いまして」


 ルーナは赤面しながら呟く。確実に変な水分をコップに入れているとわかった。


 ――塩入りにしてはアンモニア臭が少しするんだよな。このエロ熊。


「ぷはー、ものすごく美味しかった。ルーナ、もう二、三杯、貰えるかな?」


 ハンスは水を全てのみ込み、ニッコリ笑顔でルーナに言う。


「そ、そんなに出せません……。お、お仕置きですか?」


 ルーナはハンスの耳元で言う。


「そうだね。どうせ、後でたくさん飲めるからいいか」


「なんの話しをしているのか、全くわからないわね……。まあ、気にしないけど。にしても、ここのケーキ美味しすぎない? 酒場でしょ。なんでケーキがこんなに美味しいの?」


「ほんとですよ。このショートケーキもお菓子屋さんで買うより美味しいです」


 モクルとマインはケーキをパクパク食べながら言った。


「店長の趣味がお菓子作りなんですよ。なので、本格的なお菓子が楽しめちゃうんです。店長! ケーキが美味しいそうです! 良かったですね!」


 ルーナは大声で言う。

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