第14話 優しい店員さん
「はぁ……、獣族が事件に巻き込まれるなんて日常茶飯事でしょ。そんなことで貴重な時間を無駄にしてんじゃないわよ。で、荷物持ち、するのしないの?」
モクルは腰に手を当てながら聞いてきた。
「させてもらいます……」
ハンスはシトラのことが気になったが、ある品が必要だったため、ダンジョンに潜らざるを得なかった。
「じゃあ、行きましょう!」
マインは両手を持ち上げ、フサフサの馬尻尾を振った。
午前八時三〇分。ハンスとモクル、マインの三名はダンジョンに潜った。
「何気に三人でダンジョンに潜るなんて初めてだね。二人はダンジョンに入った経験があるの?」
ハンスはモクルとマインに聞いた。
「あるに決まってるでしょ。で、あんたは本当に魔物と戦えないの?」
「うん……。剣がぬけなくて……」
ハンスはモクルに自前の剣を渡した。
「ん、んっ……。本当に抜けないわね。なに、接着剤でも塗ってるわけ?」
モクルは剣の柄を握り、思いっきり引っ張るもびくともしなかった。
「いや、接着剤も何もつけていないけど、魔物相手に抜けないんだよ。だから、俺は戦力外として考えてくれると助かる」
ハンスは恥ずかしげもなく女の子に守ってもらう。
「はぁ……、本当に情けない男だな。仕方ないから守ってやるよ。その代わり、取った素材は全部持てよな」
モクルは大きな斧の柄を握りながら呟いた。
「うん! もちろん! いやー、モクルは頼りになるなー、力強い背筋が美しいよー」
「ちっ、気持ちわりい……。なあ、マイン。なんで、こいつを一緒に連れてきたんだよ」
「い、いやー、そのー、拾ってほしそうな目をしてたから……」
マインは指先を突きながら呟いた。ときおりハンスの方を見て、頬を赤らめる。
「全く……、こんな初級ダンジョンで稼げるのかよ……」
一時間後。
「おらあああっ!」
モクルが持つ、大斧が石壁を破壊しながらトロールの首を切り裂く。
「う、うわぁ……。超火力……。すごいカッコいい! モクル、超カッコいいよ!」
ハンスは目を輝かせながらモクルの戦いを見ていた。
「へっ、どんなもんよ。狭い空間だろうが、私は止められないぜ」
モクルはハンスに褒められ、あっと言う間に良い気になり、鼻息で言葉を口ずさみ歌い出す。
「ハンスさん、モクルをおだてるのが上手ですね……」
マインはハンスの耳元で呟いた。
「別におだてているわけじゃないよ。本心を言っているだけ。スンスン……、マインってすごく良い匂いがするね。獣族なのにお風呂に毎日入ってるの?」
「は、はい。お風呂に入るのが好きなので……、入れる日は毎日入っています」
「へえー、マメだね。だから髪の艶とか肌のキメとかすごく綺麗なんだ。納得したよ」
ハンスはマインの髪や肌に触れながら言う。手の平に触れると血マメだらけで努力も欠かさない頑張り屋なのがすぐにわかった。
「マイン、剣を毎日毎日振ってるんだ。すごいなー、カッコイイなー。尊敬するよ」
「そ、そんな……。ふ、普通ですよ。で、でも……、褒めてくれてありがとうございます」
マインは下を向きながら感謝の言葉をつぶやいた。
「おい、二人共。私にばっかり働かせるな! 素材の回収くらい手伝いやがれ!」
モクルはトロールの魔石を取り出し、回収していた。ハンスはすぐに駆け寄り、ウエストポーチから布を取り出して魔石を綺麗に拭いた後、麻袋に入れる。トロールの目玉も採取し、ハンスが全て持った。
持つというより、袋を体に括りつけると言ったほうが正しいかもしれない。
ダンジョンに潜ってから四時間後。
モクルとマインは昼休憩を取り、ハンスはスライムの体液を回収する。ダンジョンに木製の容器が大量に落ちているので、すでに一〇〇本集めていた。スライムの群れを見つけ石を投げて全て倒したあと、体液を回収する。
「よし。あとは少しずつ集めれば十分だな」
五〇本の容器が体液で埋まった。
三〇分の休憩後、魔物の討伐を再開する。戦うのはモクルとマインの二名なので、ゴブリンと大量に遭遇しても問題なかった。すでに一〇〇体のゴブリンを倒しており、二名は中々と言うか、ものすごく強いとわかる。トロールも四体出現し、シトラの時よりも運が良かった。
八時間もすると…………。
「ご、ゴブリン一八〇体にトロール八体……。ま、マイン、これっていくらだ?」
「えっと、ゴブリンの魔石は銅貨五枚だから金貨九枚、トロールの魔石が金貨二枚で眼玉が金貨一枚だから、金貨二四枚。合計金貨三三枚だよ」
「金貨三三枚! 冒険者になって最高金額じゃないか! 初級ダンジョンでこんなに稼げるのかよ。嘘だろ……。私達が今まで努力してきた意味って何なんだ……」
「強くなるために強い魔物と戦っていたんだから無駄じゃないよ。ただ、お金の面で言えば、こっちの方が儲かるっぽい……」
モクルとマインは冒険者になり、お金を稼ぐのが目的だ。銅級の冒険者が受けられる依頼の中で最高額が金貨五枚程度らしく、ダンジョンで魔物を倒して素材を売った方が、効率がはるかに良かった。
「どれだけ依頼を受けても銅級から上がらねえし、一日で稼げる金額は金貨五枚が限界だった。なのに、ダンジョンだとこんなに稼げたのか」
「本当だね。今度からはダンジョンの周回も視野に入れて行こう。弱い魔物ばかり倒していたら私達も弱くなっちゃうし、バランスを考えて仕事をして行こうか」
――モクルとマインを見ていると、ちゃんと冒険者をしているんだなって思える。俺はただ金が欲しいだけだし、なんか一緒にいるのが申し訳ないな。そう考えたら、シトラも同じか。ずっとお金儲けのために利用してきたけど、申し訳なく感じてきた。
「さてと、帰るかー」
モクルはダンジョンの入り口に向って歩いていく。
「そうだね」
マインもモクルを追い、ダンジョンの入り口に向っていった。
「…………」
ハンスは素材が入った麻袋と木製の箱を持ち、二人について行く。
ダンジョンを脱出した三名はそのままギルドに直行し、素材を売って金貨三三枚を手に入れた。マインは金貨三三枚入った袋を大切そうに持ち、ハンスに金貨一一枚渡した。
「え? 一一枚もくれるの?」
「三人なんですから、三等分ですよ。まあ、私達の方が多く貰っている計算になりますけど、半分ずつの方がよかったですか?」
マインは首を傾げ、言った。
「い、いや。ありがとう。すごく助かるよ」
ハンスは正直に言った。
「な、なあ。この後、どうせ暇だろ。話しにちょっくら付き合ってくれよ」
モクルはハンスの肩に手を置き、睨みつけるように言った。
「別にいいけど、モクルの方から誘ってくるなんて珍しいね。いつもは俺の方からなのに」
「じ、時間が余ってるから、少し早めに打ち上げにしようと思っただけだ」
「そうなんだ。別にいいよ。丁度酒場によるつもりだったし、料理がすごく美味しいから一緒に来る?」
「い、行く……」
モクルは視線をそらしながら呟いた。
「行きます!」
マインははっきりと言う。
ハンスとモクル、マインは冒険者ギルドから出て酒場にやって来た。
「いらっしゃいませー。……さ、三名様ですね。て、テーブル席にどうぞ……」
笑顔を引きつらせていたのは熊族のルーナだった。二週間ぶりに来た酒場『ムーン』は夕方の時間帯にお客が誰もおらず、ガラガラの状態だった。
「人気が無くて落ち着きますね。ハンスさんの行きつけのお店ですか?」
マインはテーブル席の椅子に座りながら聞いた。
「うん。俺が好きな酒場だよ。この時間帯は人が少なくていいよね」
「な、なんか店員からの圧を感じるんだが、気のせいか?」
モクルは背後を見て呟いた。
「大丈夫大丈夫。図体は大きいけど、とても優しい店員さんだよ」
ハンスは木製の容器を床に置く。そのまま、メニュー表を取り、モクルとマインに見せる。
「うーん。何が良いかな……。甘い物でも食べたいし、ケーキ類にするか」
「そうだね。私はイチゴのショートケーキにしようかな。紅茶も欲しい」
モクルとマインはメニュー表を見て注文する料理を決めた。
「すみません、注文良いですか?」
マインはルーナの方を向き、呼んだ。
「は、はい。ただいま……」
ルーナは負の雰囲気を全身から醸し出しながら歩いてくる。
「ご注文をおうかがいいたします」
ルーナはメモ用紙と鉛筆を腰に付けた入れ物から取り出し、二名の注文を聞く。
「ショートケーキとチーズケーキ、紅茶を二杯お願いします」
マインはルーナに言う。
「承りました。ご注文は以上ですか?」
「あ、俺は水をお願いします」
ハンスはメニューの中で一番安い水を注文した。
「かしこまりました。では、少々お待ちください」
ルーナは頭を下げ、カウンターにいる店主のもとに向かう。
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