第13話 嘘の愛

「ハンス! 私の話しをもっと聞いて!」


「ハンスさん! 私の話しももっと聞いてください!」


 モクルとマインは立ち上がりながら声をあげる。




「…………あー、ごめん、もう午後九時だ。俺、やり残した仕事があるから、話しの続きはまた今度ね。今まで食べた品は俺のおごりだから、凄く楽しかったよ。ありがとう」


 ハンスはモクルとマインの頭に手を置き、優しく微笑みかけた後、席を外す。


「…………ど、どうしよう、マイン」


「う、うん……、私もどうしよう……、モクル」


 ――いやー、楽しかった。えっと、いったいいくらだろう。結構食べたからな。出来るだけ安くついてくれると嬉しいんだけど。


 ハンスはカウンターに向かい、伝票を出した。


「合計で金貨三枚です」


「んんー」


 ――結構するな。でもまあ、ギリギリ許せるか。二名も楽しそうにしてたし。また一緒に夕食を取ってくれるかもしれない。


 ハンスは金貨三枚を支払い、居酒屋を出る。そのまま、風俗街に向かい、『獣好き屋』に入る。ミルはスライムの粘液の虜になっており、ハンスに弄ばれた。


 シトラとダンジョンに潜り、スライムの粘液を集めて売るという生活を続けていたところ、あっと言う間に二週間が経ってしまった。その間、シトラとお茶に一度も行けなかった。


 今日も今日とてハンスが『獣好き屋』に入って八時間が経過した。いつも通りベッドの上で、ミルを抱き、彼女の頭を撫でている。


「ハンス様……、私の調教、もう、終わりなんですか……」


「そうだね。もう、ミルは立派な風俗嬢だよ。どこに出しても恥ずかしくない」


「うう……、店長が言ってました。ハンス様に育てられた嬢が皆、すぐに風俗嬢を辞めちゃうって。どうしてなのかなって思ってましたけど、何となくわかった気がします……」


 ミルはハンスに抱き着き、頬に軽くキスをする。もっともっと愛してほしいと言っているようだ。いつもならキスを返すが、ハンスはうごかない。


「うう……、ハンス様、大好きです……。もっともっと愛してほしいです……。私、もっと色っぽくなって一杯努力しますから、まだ、行かないでください……」


「ミル、俺といても幸せにはなれない。一時の幸せは与えられるかもしれないけど、ずっとずっと君を幸せにはしてあげられないんだ。だから、もうお別れだよ。今度からはミルが幸せを見つけるんだ。どんなに辛いことがあっても、生きていく術を身に着けたミルなら何も怖くない。大丈夫。いつものミルを見てくれる方はきっといるよ」


「い、嫌です。私はハンス様が良いんです。ハンス様じゃなきゃ嫌です!」


 ミルはハンスに抱き着き。離れようとしない。


 ――毎回こうなっちゃうんだよな。俺、教えるの下手なのかな。


「ミル、いったん落ち着いて。俺は体を洗うからさ。ミルは考えるんだ。無職の冴えない男にしがみ付いていても仕方ない。俺じゃあ、ミルを幸せにしてあげられないんだ」


「う、うう……。愛してるって、言ったじゃないですか……。好きって……言ってくれたじゃないですか。全部、全部嘘ってことですか……」


「嘘だよ。全部嘘、本音だ。現実はそう甘くない。でもミルは愛を知れた。なら、次の愛も探せるはずだ」


 ハンスはベッドから降り、水が入った桶に布を入れ、しっかりと絞った後、汗まみれの体を拭く。


 そのまま、服を着て防具を付けた。剣を左腰に掛け、出発の準備をする。


 ミルは小山座りをしながら膝を抱えており、泣いていた。


「ミル、幸せになるんだよ」


 ハンスは泣いているミルの頭を撫でようとする。


「触らないで! もう、一生、顔も見たくない! 早く出てってゴミ野郎!」


 ミルは今までに見せた覚えがないほどの剣幕を発し、ハンスの腕を叩いた。


「…………わかった。じゃあ、またね、猫のお嬢さん」


 ハンスはミルの名前を呼ばず、他人行儀となり、部屋を後にした。


「うわああああああああああああああああああああああああああんっ!」


 後方から聞いたこともないほどの鳴き声を発し、少し心が痛む。ハンスは受付に来た。


「ハンス様、お疲れ様でした。今回も良い品が出来たようで、心より感謝いたします」


 黒い服を着た店長は頭を下げながら言った。


「いえいえ、獣族の女の子には生きる選択しが少ないですし、少しでも増やせてあげたのならよかったです。えっと、ミルは出来るだけ良い店に売ってあげてください」


「えっと……、その話しなんですが、最近『愛の女神』の使者が来て嬢を全て買い占めると言って来たんです」


「え……、そんなことされたら、このお店は」


「は、はい。完全に潰れます。出してきた嬢一名の値段が金貨五枚。獣族だとしても低すぎる値段です……」


「そんな申し出、断ればいいじゃないですか」


「そ、それが、断り続けていた風俗街の店がいつの間にか潰れていたそうで……『愛の女神』の仕業だと言われているんですが、証拠はなく」


「潰れたお店の嬢たちはどこに行ったんですか?」


「『愛の女神』に吸収されたそうです。最低賃金で働かされ、価値が無くなるまで使い潰されるとか……。もう、どうしたらいいかわからなくて」


 店長は頭を抱えながら、カウンターに突っ伏す。彼も店を失えば、職を失い、路頭に迷う。野垂れ死ぬか、罪を犯して捕まり死刑になるか。そんな未来しか見えない。


「せっかく育ててもらったミルも『愛の女神』に連れていかれるかもしれません。なんなら、他の育て切っていない嬢も皆、吸い取られて辛い目に合わせられるかもしれません」


 店長は店で育てている嬢たちを本当の子のように可愛がっており、だいぶ気がまいっていた。このままじゃ、精神病に罹るのも時間の問題だろう。


「店長、もう少し抵抗していてください。俺も少し抵抗してみますから」


「え? ハンス様が抵抗? 一体何に……」


 店長はハンスが何を言っているのか理解できなかった。ハンスは店長に金貨二枚を渡し、『獣好き屋』から出る。


「さて……、準備をするか」


 ハンスは『獣好き屋』を出た後、いつも通りシトラの荷物持ちをするために炭鉱のダンジョンへと足を運んだ。いつも通り捨ててある木製の箱を持ち、彼女を待つ。午前八時〇〇分を過ぎた。いつもならすでに来ているのに今日は来なかった。


「シトラ、どうかしたんだろうか……。さすがに飽きられたかな」


 ハンスはシトラを待っていたが、一向にやってこない。木箱の中に座り、捨て犬のように待っていると、目の前に二名の冒険者が現れた。牛耳と馬耳がピコピコと動いている。


「なんて間抜けな面なのかしら……。と言うか、とうとう捨てられたみたいね。情けない」


「えっとえっと、私達、荷物持ちを探しているんですけど、興味ありませんか……」


「モクル、マイン……」


「なによ。一名の雌犬に捨てられたくらいでへこたれるあんただっけ?」


「そうです、そうです。いろんな獣族にナンパして撃沈しているじゃないですか」


「いや、シトラは昨日まで元気だったんだけど、今日の今日、いなくなるなんておかしいと思って。何か事件に巻き込まれたんじゃないかと……」


「はぁ……、獣族が事件に巻き込まれるなんて日常茶飯事でしょ。そんなことで貴重な時間を無駄にしてんじゃないわよ。で、荷物持ち、するのしないの?」


 モクルは腰に手を当てながら聞いてきた。


「させてもらいます……」


 ハンスはシトラのことが気になったが、ある品が必要だったため、ダンジョンに潜らざるを得なかった。

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