第12話 お酒の席
「ありがとう。お客の受けがよかったらまた買わせてもらうわね」
「はい、ぜひ再度お買い求めください。ありがとうございました」
ハンスはお姉さん(雄)に頭を下げ、感謝した。その後、声掛けを続ける。
「一本あれば、辛い夜が楽しい夜に早変わり! 相手も自分も傷付けず、共に楽しい夜を過ごしましょう! 塗ってよし、擦ってよし、入れてよし、食べてよし、あらゆる行為で使用可能。万能潤滑剤はいりませんか!」
「少年! 一本買った!」
通り道で入るお店を選んでいた男性が声を掛けてきた。
「ありがとうございます、銅貨五枚です!」
ハンスは銅貨五枚と容器を交換する。
一度売れれば、周りの者が寄って来た。在庫一〇〇本がどんどんなくなっていく。
「いやー、昨日は最高の夜だったよ。銅貨五枚で良いのかって言うくらい良い品だな」
「潤滑剤を使ったら、口うるさいおじさんが魚みたいにビクビク跳ねちゃって、痙攣してさ、すっごい面白かったし、鬱憤が晴れてすっきりした。また買うわね」
「体に塗りたくられてもう、昨日は死んじゃうかと思いました。癖になってしまって……」
「いつもはそっけない嬢が雌猫みたいに鳴くんだ、こんないい品を使っちまったらもう抜け出せないぜ。俺をベッドの上で最強にしてくれる、感謝感激だね!」
多くの者から感謝され、在庫一〇〇本は全て完売した。売上金額は金貨五枚。今日の総合収入は金貨一四枚。土木工事をしていた時期が笑えてしまうほどの報酬だ。別に悪いことをして稼いでいる訳じゃないので、罪悪感はない。
「いや、まさか。スライムの粘液があそこまで売れるとは思わなかった。ゴミも捨てたもんじゃないな」
ハンスは銅貨ばかりが溜まった袋を持ち、冒険者ギルドに向かった。銅貨や銀貨を金貨に変えてもらうのだ。ただ、振り分けないと手数料が銅貨五枚掛かると言われ、ハンス自ら銅貨と銀貨を分けていった。三〇分掛かったが、全て分け切り、金貨五枚に変換してもらう。
「はあー、疲れた疲れた。手数料が銅貨五枚なら、やってもらったほうが楽かもな」
軽くなった革袋を服の内ポケットにしまう。
現在の時刻は午後七時。丁度夕食時なのだが、悲しくも食事に行く相手がいないので、一人で少しいい食事をしようと繁華街に向かった。
「スンスン……、スンスン……。はぁー、良い香り。焼肉の匂いがする……。ああ、焼肉は最低でも銀貨五枚掛かるし、高いんだよな。あと、服に焼肉の匂いが付くし、臭いって思われたくないから、別のところに行くか」
ハンスは適当な居酒屋に入った。広めで人気があり、活気が良い。人気店なのだろう。
「ぷはーっ! 仕事終わりのエールが美味い! 最高!」
「ちょ、飲み過ぎは体に悪いよ。ちょっとは制限しないと、すぐに太っちゃうよ」
「し、仕方ないでしょ。美味しいものは美味しいんだもん。食べたくなっちゃうよ。大将、キャベツの塩もみとエールジョッキをもう一杯!」
「はいよ!」
多くの酒を飲み、どんぶりの盛られた沢山の野菜を掻きこむ牛族の冒険者とそれを止めようと必死に抵抗している馬族の冒険者が四人席で言い争っていた。
「あー、奇遇ですね。お二方もお食事ですか。俺も混ぜてくださいよ」
ハンスは使用されている四人席の一角に堂々と座る。
「え、えっと、ハンスさんですよね……。先ほどは友達を助けてくれてありがとうございました」
馬族の冒険者は長い髪を後頭部で馬の尻尾のように縛った髪型をしている。ペコリと頭を下げると、長めの髪が垂れ、テーブルについていた。顔は幼く、お嬢様のように品がある。ルーナよりは大人っぽくてお堅い印象だ。
「ちっ、こんなところにまでつけてくるのかよ、気持ちわりいな。せっかく美味しく酒を飲んでたのによ。お前のせいで酒が不味くなっちまったじゃねえか!」
牛族の冒険者は視線を尖らせ、怒ってくる。茶色の短髪が逆立つのではないかと言うくらい剣幕を放っていた。
顔は中性的で、顔だけ見れば美青年に見えなくもない。首から下を見れば確実の女性だとわかる。細長いのに二重で大きく見える目が美形で、怒っていても綺麗だった。
「いやー、別に追って来たわけではないんですよ。たまたま入ったらお二方がたまたま居たと言うだけです。ほんと、偶然なんですよー。あ、大将、エール一杯と人参串一〇本ください!」
「はいよ!」
大将が返事をすると、店員さんが牛族にエールとキャベツの塩もみを出し、ハンスにエールと人参串一〇本を出した。
「あ、俺はこんなに要らないから、二人も食べてくださいね」
ハンスはニンジンが輪切りにされ、串に刺さっている人参串を食べながらエールを飲む。
「ちっ!」
牛族は人参串を三本手に取り、食す。人参が好きなのか、口にした瞬間、顔が緩んだ。
「美味しそうに食べますね。すごく可愛いですよ。怒っていた顏が嘘のようです」
「う、うるさい。そんな言葉、かけてくるな。反吐が出るんだよ」
「まあまあ、人参串を貰ってるわけだし、穏便にね」
馬族は人参串を一本食し、微笑んでいた。こちらも人参が好きらしい。
「馬族さんは品がある食べ方をしますね。とても綺麗です。どこかのお嬢様ですか?」
「そ、そんな。お嬢様だなんて、違いますよ。片田舎の村娘です。世間知らずの駆け出し冒険者ですよ。怒っている友達も同じ村の出身なんです」
「へー、田舎の友達と二名で冒険者ですか。良いですねー。とても楽しそうです」
「ま、まあ……。楽しいと言えば楽しいですけど、簡単じゃないなって思いました」
「そうですか。確かに、簡単じゃないですよね。でも、俺から見ても、お二方は頑張っていますよ。自信を持ってください。目標や夢があるのかは知りませんが、二名の力を……」
「うるせえ! 何が目標だ、夢だ! そんなもんねえよ! 私達は貧乏な村に金を送るために働いてるんだ。お前みたいに呑気に遊んでるんじゃねえんだよ!」
牛族の冒険者は叫び、怒った。そりゃあもう、闘牛も驚き、恐怖で檻に逃げ込みそうなほどの迫力だった。
――やばい、逆鱗に触れちゃったか。何とか穏便に話しを進めないと。
「ご、ごめんなさい! 君たちがそんな大変な思いをしているなんて知りませんでした。無理に遊びに誘おうとしてごめんなさい! この通り!」
ハンスはテーブルに額を付け、謝る。
「…………ちっ。わかればいいんだ、わかれば」
牛族の怒りは少し納まったらしく、剣幕が弱まった。
ハンスは面を上げ、椅子に座り直す。
「ふぅ……、二人は俺の名前をすでに知っているみたいだけど、一応自己紹介をしておきますね。俺の名前はハンス・バレンシュタイン、一八歳の無職、彼女無し。よろしくお願いします」
「無職とか、どうやって生活してんだよ……。はぁ、モクル、一五歳。銅級冒険者」
牛族の女性はモクルと言うようだ。
――一五歳、案外若かった。まあ成人はしているのか。
「は、初めまして。マイン・ラントスと言います。一五歳で銅級冒険者です」
馬族の女性はマインと言うようだ。
――家名まで名乗ってくれた。やっぱりいい子だな。
「じゃあ、俺の方が年上と言うことで普通に話させてもらうね。さてさて、世間話でもしながら飲もうか。カンパーイ」
ハンスはジョッキを掲げ、モクルとマインに乗らせる。
「乾杯……」
「か、かんぱーい」
モクルとマインは嫌々でもハンスに乗って来た。
一時間後。
「ドロンコドンが沼からどわっと! 出てきたところを、私の斧がずじゃあっつ! って切り裂いたんだ。全身泥まみれだったけど初めて超デカいドロンコドンを倒したんだよ! どうだ、凄いだろ!」
モクルはお酒が進み、話しもスラスラと流れるように出てくる。
「凄い凄い! いやー、モクルは強いんだね。俺が倒せる魔物なんてスライムだけだよ。ほんと尊敬する。かっこいいなー」
「ふふんっ! そうだ! 私はカッコいいんだ!」
モクルは腕を組み、鼻息をふかす。
「聞いてくださいよ、ハンスさん。私、野菜しか食べてないのに筋肉がどんどんついちゃうんです。もっとやせ型体型になりたいのに、腹筋とか、脚とか、男の人よりもバキバキになっちゃって……。どうしたらいいんですかーっ!」
マインは泣きながら、割れた腹筋とはち切れそうな太ももを見せてきた。
――あらあら、そんな素敵な腹筋や太ももをタダで見せてもらっていいんですかー。ありがとうございますー。飯うまうま。
「なにを言ってるの? すごく素敵じゃん。俺は好きだよ。そんな綺麗な腹筋は見たことないし、太めの脚だってマインにしか見せられない魅力だよ。もっと自信をもっていい!」
「え……、そ、そうですかね……。そ、そんなこと言われたの初めてです……」
マインは下を向き手先をいじいじしながら呟いた。どこか乙女っぽくて初々しい。
「ハンス! 私の話しをもっと聞いて!」
「ハンスさん! 私の話しももっと聞いてください!」
モクルとマインは立ち上がりながら声をあげる。
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