第11話 ハンスの作戦

「は、嵌めましたね……」


 シトラは頬を膨らましながら言う。


「いやいや、シトラが仕事終わりならいいと言ったんだよ。今日って言ってない。さ、仕事仕事。運が良ければ、シトラとお茶出来ると思えはダンジョンでの荷物持ちも全然苦じゃないや」


 ハンスは足取り軽く、スキップしながらダンジョンの入り口に向かった



「はぁ。まんまとしてやられました。でも金貨三〇枚なんて滅多に達成できないはず……」


 シトラは朝食のパンを買い、ハンスと共にダンジョンに潜る。一時間後……。


「はああああっ!」


 シトラはトロールの首に蹴りつけ、ねじ切る。


「はぁ、はぁ、はぁ……。一体目のトロール。運が良い」


 シトラはトロール目玉、ハンスは魔石を回収。


 移動中にスライム数体と遭遇し、ハンスは石を投げて倒したあと、歩いているだけで見つけられるポーションが入っていた木製の容器を手に取り、粘液を回収していった。丁度休憩になり、両者共に体力の回復が見込める時間だった。


 ダンジョンに入ってから二時間後。


「はああああっ!」


 シトラはまたしてもトロールを倒していた。


「お、スライム発見。当的!」


 ハンスは反対方向にいたスライムを石で倒す。


 移動中にゴブリン九体を倒しており、なかなか順調な滑り出した。

 このまま行くと、普通に金貨三〇枚に到達しそうな勢いがある。スライムの粘液回収が無ければもっと効率よく稼げるはずだが、ハンスは気にしない。もしかしたらシトラとお茶出来るかもしれないと言う運が良い行為を楽しんでいるのだ。


 ハンスとシトラがダンジョンに潜って八時間後。


「トロール八体、ゴブリン一〇〇体……。金貨二九枚……。あ、危ない」


「くー、惜しい! トロールがあと一体、ゴブリンを一〇体倒せていればってところだったね。でも仕方がない。シトラも疲れていると思うし、今日は諦めるよ」


 ハンスはシトラとの稼ぎが金貨三〇枚に到達しなかったため、きっぱりと諦めた。


「こっちまでハラハラしちゃいましたよ。もう、言った初日からこんな金額を稼げるなんて思いもしませんでした」


 シトラは深く息を吐き、呼吸を整える。


 ハンスとシトラはダンジョンを出てシラウス街の冒険者ギルドに移動する。


「いやー、こうやって一緒に冒険者ギルドに向っているだけでもデートっぽいね」


「な……、何でもかんでも関係を深めるような発言は止めてください。不愉快です!」


「ごめん、ああー、いつか、シトラと手を繋ぎながら一緒に帰れる日が来ないかなー」


「そんな日は一生きません。私達は持ちつ持たれづの関係です。それでいいんですよ」


「なにか、複雑な理由でもあるの? 人と付き合っちゃ駄目と言う厳しい親の教育だったりする?」


 ハンスはシトラに質問した。


「私に親なんていませんよ。教会で育ったので、親の顔や名前すら知りません」


「へえー、そうなんだ。シトラは捨て子なんだねー。運が良い」


「運が良い? どこがですか……。親の顔も知らないのに、運が良いなんてありえません。逆に運が悪いでしょ……」


「いや、シトラは運が良いよ。跡取り問題とか、教育に無関心な親とか、王位継承権だの面倒な話しをせずにすむんだ。それだけでシトラは運が十分良いよ」


「変な例え話しをするんですね。まあ、確かに王族なんかに生まれたら面倒ですよね……。そう思うと、捨て子の方が気は楽です。でも、どうせなら人族に生まれたかったですよ」


「ええー、そんな可愛らしい耳と尻尾が付いていて、筋力も人の数倍あるし、五感も鋭い獣族なんて大当たりの種族じゃん。確かに今は暮らしにくい世の中かもしれないけど、いつか過ごしやすい国になるから。それまでシトラにはしっかりと生きていてほしいな」


「八○〇年以上も獣族に厳しいルークス王国が変わるなんてありえませんよ……」


 シトラは呟きながら、走り出した。


 ――ほんと、恥ずかしがり屋なんだから……。


 ハンスもシトラを追いかけ、冒険者ギルドに到着。シトラが素材を換金し、ハンスのもとに戻って来た。現在の時刻は午後四時三〇分。お茶する時間にしては遅いかな。


「今日の報酬の金貨九枚です。じゃあお疲れさまでした。明日もよろしくお願いします」


 シトラは律儀に頭を下げた後、ギルドを出て行く。


「ふぐぐぐ……。シトラは明日も一緒に冒険してくれるんだ。俺も頑張らないとな」


 ハンスは伸びをして体を解す。そのまま、冒険者ギルドを出た。すると、冒険者ならではの光景が目に移る。


「おいおい、デカパイの嬢ちゃん。人様にぶつかっておいて、その態度は何だ?」


「ああ? お前の方から、ダチにぶつかって来たんだろうが、ハゲ野郎」


 強面の男冒険者と牛族の女冒険者がメンチ切りながら喧嘩をしていた。馬族の冒険者がおどおどしながら、止めようとしているものの、人族に恐怖しているようだった。


「しっかりと謝れねえなら、謝るまでやり合うしかねえな!」


「望むところだ! 人族の筋力なんざ、たかが知れてんだよ。お前の首をへし折って首から下が動かない無能な人間にしてやってもいいだ」


「へえ、言うじゃねえか。出来るもんならやってみろやっ!」


 強面の冒険者は牛族の冒険者の胸当てを一気にたくし上げ、乳を露出させる。いきなりの行為に女冒険者はたまらず胸部を隠す。だが、男は容赦なく牛族の顔をぶん殴った。


「ぐはっ!」


 牛族は殴り飛ばされ、地面に倒れ込む。胸がデカすぎて胸当てを上手く付け直せず、男に殴られ蹴られ、なんなら、胸当てまで取られ、やりたい放題されていた。


「はははっ! 砂まみれ泥まみれでやけに獣族らしくなったじゃねえかー。そろそろ謝る気になっ……うぐぐぐぐ!」


 男の冒険者は首を絞められながら空中に浮きだした。


「なあ、ゴミ野郎……。女の子はめっぽう優しくしろって教わらなかったか?」


 ハンスは木製の容器を地面に置き、男の前に割り込んだあと太い首を右手で握り締め、男の体を持ち上げていた。


「うぐぅぐう……」


 男はハンスの腕を持ち、少しでも息ができるようにするも、自身の体重が重すぎるせいで気道が勝手に締まっていく。口から泡を吐き、意識が飛んだ。


「ああ、もう飛んだのか。全く、女の子に対する接し方がなってない」


 ハンスは男が持っていた胸当てを手に取った後、男をゴミ溜に投げ捨てる。


 男は生ごみが捨てられたゴミ溜に頭から突っ込み、半ケツを出しながら伸びていた。


「ふうー、ゴミ処理終了」


 ハンスは胸当ての匂いを少々嗅いだ。ミルキーな良い香りがして心が躍る。牛族のもとに戻ると、馬族の冒険者が寄り添って謝っていた。


「ごめん、止められなかった……」


 馬族は泣き、牛族の顔をハンカチで拭く。


「気にするなって。別に今始まったことないんだし、こんなのいつも通りだろ」


 牛族はローブで体を隠し、座り込んでいた。


「いやー、酷いことをする男もいるもんですねー。こんな可愛らしい女性を殴るなんて気が知れませんよ。えっと、この胸当て、大きさはどれくらいなんですか?」


 ハンスは余計なことを聞きながら胸当てを返す。


「死ね! 変態野郎!」


 牛族は胸当てを奪うようにして手に取る。


「むっ。助けてもらった相手にその言い方はないでしょう。これはお仕置きが必要ですね」


「ちょっ!」


 馬族が間に入ろうと声に出した。だが、ハンスは止まらない。


「くっ……」


 牛族は殴られるのを覚悟し、目を瞑った。


「怖かったですよね。でももう大丈夫ですから安心してください。じゃあ、俺はこの辺で」


 ハンスは牛族の艶やかな茶髪を撫でながら微笑みかけるだけだった。その後、すぐに木製の箱の元に戻る。


「な、なんなのあいつ……。かってに撫でやがって……」


「た、助けてもらったんだし、感謝はした方が良いんじゃ……」


「全部あいつの作戦でしょ。私達に恩を売ってあんなことやそんなことをしようとしてるに決まってるのよ。あんな見え見えの偽善に感謝しちゃ駄目」


「か、考え過ぎだと思うけど……」


 後方で二名の冒険者が言い合いをしていたが、ハンスは気にすることなく木製の箱を持ち、風俗街へと走って行った。そのまま、声を大にして言う。


「潤滑剤、潤滑剤はいりませんかー。一本銅貨五枚です! 安くて使い勝手抜群ですよ!」


 ハンスはダンジョンで拾った木製の回復薬入れとスライムの体液と言う誰が見てもゴミの二種類を掛け合わせ、原価ゼロで売り出す。売れればすべて儲けになるのだ。


「あ、お兄さん、お兄さん。その品、最高だったわー。私のお店で使いたいから、五本いただけるかしら」


 昨日も話しかけてきた筋骨隆々のお姉さん(雄)が、また話かけてきた。


「ありがとうございます。五本で銀貨二枚と銅貨五枚です」


 ハンスは木製の箱を片手で持ち、容器を五本、おかまに手渡す。おかまはハンスに銀貨二枚と銅貨五枚を手渡した。


「ありがとう。お客の受けがよかったらまた買わせてもらうわね」


「はい、ぜひ再度お買い求めください。ありがとうございました」


 ハンスはお姉さん(雄)に頭を下げ、感謝した。

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