第10話 ゴミの可能性

  シトラはおだてられ、調子を良くし、気分が高揚していた。お酒を飲んでいるよりも楽しい気分になっているだろう。なんせ、褒められると言う行為は自分が認められたと言う商人欲求を強く見たし、幸福感を湧き立たせてくれるからだ。


 ――シトラのおかげで稼げているし、少しでもいい気分になってもらおう。



「ハンスさんって、毎回毎回、女の子が嬉しくなるような言葉をかけているんですか?」


 シトラはダンジョンの帰りぎわ、聞いてきた。


「まあ、嫌な言葉をかけられるより嬉しい言葉をかけてもらったほうが気分が良いでしょ」


「そうですけど、あまりに気分がよくなってしまうので少し控えてください」


「ええ……、褒められたくないの?」


 シトラから以外な言葉を聞き、ハンスは動揺する。ほめ過ぎたかな、気持ちよくなかったのだろうか、ウザがられたかなど、このままゴミみたく捨てられるのかと考えてしまう。


「えっと褒められるのは凄く嬉しいんですけどハンスさんが無理しているような気がして申し訳ないなと思いまして……」


 シトラは視線を下げながら呟いた。


「い、いやいや。無理しているのはシトラの方でしょ。あんなにたくさんの魔物を一人で倒して、俺の方が申し訳ないと思ってるよ。だから少しでも気分を良くしてもらおうと」


「私はハンスさんと一緒にダンジョン内で仕事ができるだけで十分楽しいです。いつも一人でしたけど、だれかと一緒に働くのって気分がすごく良いんですよ。なので、無理に褒めようとしないでください。ハンスさんは私といる時、もっと自然になっても良いですよ」


「シトラ……。ははっ。えっと、なんて言うんだろうか、滅茶苦茶浮気するけど付き合ってください!」


 ハンスは木製の箱を地面に置き、シトラに向って頭を下げながら手を伸ばす。


「ゴミクズ野郎は絶対に嫌です」


 シトラは満面の笑みでハンスを罵倒しながら歩いていく。


「うん、今の罵倒、すごく良いね! ゾクゾクしたよ!」


 ハンスは木製の箱を持ち、走る。


「そこまで自然になられると逆に清々しいですねー。はあー、面倒臭い人とパーティーを組んじゃったなー。まあ、楽しいからいいか」


 ハンスとシトラはダンジョンから脱出し、シラウス街の冒険者ギルドに向かった。シトラは受付で素材を換金してもらい、ハンスのもとに戻ってくる。


「ハンスさん。今日の報酬、金貨四枚です。お疲れ様でした」


「お疲れ様でした。いやー、この後時間あるし、夕食にでも行かない?」


「絶対に行きません。また明日、午前七時から八時頃、ダンジョンの前で会いましょう」


 シトラは深々と頭を下げ、冒険者ギルドから出て行く。


「あー、断られてしまった。まあいい。明日もあるし、根気強く誘えば乗ってくれるかも」


 ハンスは木製の箱を持ち、歩き始める。


「あー、もう最悪。ドロンコドンなんて倒しに行くんじゃなかったよー」


「そうだね。ちょっと苦戦しちゃったし、体中泥だらけになっちゃった」


 牛族と馬族の女冒険者が汚れた姿で歩いていた。


「そこの可愛い可愛い獣族の方、俺と夕食にでも行きませんか。もちろん俺のおごりで」


「げっ、ハンス……」


 牛族の冒険者はローブで胸を隠しながら身を引く。


「こ、こんにちは……」


 馬族の冒険者はローブでお尻を隠しながら身を引く。


「そんなに引かないでくださいよ。別に何も考えていませんって。ただ俺は可愛らしいお二人と美味しい料理を食べたいだけなんですよー」


「ふんっ! 一人で稼げないような雑魚い男に興味ないんだよ。あの狼娘に養ってもらってやがれ」


 牛族の冒険者はハンスに眼を飛ばしながら横を通って受付に向かう。


「ご、ごめんなさい、夕食は友達と食べるので、遠慮しておきますー」


 馬族の冒険者もハンスの横を通り、受付に向かった。


「残念。ま、仕方ないか。じゃあ、この品が売れるのか試してみよーっと」


 ハンスはナンパに失敗しても何らダメージを負わず、次にしようとしていた仕事に切り替える。木製の箱をもって風俗街に走った。


「すみませーん。潤滑剤はいりませんかー。とっても伸びてぬるぬるになりますよー。匂いも無く、味もしませーん。痛みなどは起こらない魔法の液体でーす。ただいま試験品をお配りしています。興味がある方は声を掛けてくださーい」


 ハンスは風俗街、人々に潤滑剤の効果を説明しながら回った。もちろんスライムの体液と言うことは伏せ、魔法で生み出した素晴らしい液体と言う少々持った宣伝をする。


「あらー、凄いぬるぬる。これなら、彼氏のおっきなあれも、私の乙女のお穴に入りそう」


「そ、そうですねー」


 ハンスの目の前にガタイの良いおかまが現れ、一本持って行った。


「よし、一本持って行ってもらったぞ。どんどん渡していこう」


 ハンスは午後四時から午後七時まで風俗街を歩き回り、スライムの体液を渡していった。


「これ、どれくらい効果が持続するの?」


 人族の嬢がハンスに質問する。


「そうですね、八時間は容易かと」


「凄い、めっちゃいいじゃん。唾液が出なくて困った時に使わせてもらうわ」


「はい、ぜひぜひ。自分で致す時に使うのもお勧めですから、使用後に感想を聞かせてください」


 ハンスはにこにこ笑いながら嬢に言う。


「えー、もう、お兄さんのエッチ。んじゃ、またねー」


 嬢ははにかみながら歩いていく。


「よし、一〇〇本、全部渡しきったぞ。もし、銅貨五枚で売ったら、儲けは銅貨五〇〇枚。つまり、金貨五枚……。うひょー、売れたら十分生活できるぞ」


 ハンスはダンジョンに落ちているゴミの可能性を見極めた。確実に売れるとわかる。


「明日も同じようにシトラと働いて、ついでに潤滑剤も売る。そうすれば、面倒臭い土木工事とはおさらばだ。いやー、生きてるって気がするー」


 ハンスは木製の箱をゴミ捨て場に置いた。どうせ、またダンジョンの前に同じような品を捨てる者がいるだろうと考えたのだ。万が一置いてなくても、麻袋で代用すればいいやと軽く考え、持ち運びが面倒な木箱は捨てた。


 午後八時に川に行って体を綺麗に洗い、銀貨一枚で食事と水分を取った後『獣好き屋』に行ってミルと楽しい夜を過ごした。


 次の日、ハンスは午前七時にダンジョン前にやって来た。シトラはまだおらず、早朝から働くのが大好きなおっさんたちが屋台でパンなどを買い、ダンジョンに潜っていく。


 パンが全て売れた屋台が木製の箱を捨てて行った。まだ使えるのにと思いながら、ありがたくパクる。


 午前七時三〇分ごろ、シトラがあくびをしながらやって来た。いつもはシャキッと起きているのだが、昨晩はよく眠れなかったのだろうか。


「おはよう、シトラ。今日はいつもより眠たそうだね」


「すみません、昨日、部屋でお酒を軽く飲んだら、結構酔っぱらっちゃって……。睡眠が浅くなっちゃいました。ふわぁー。このままじゃ危ないので、眠気を冷まそうと思います」


 シトラは人目が無い所に移動し、握り拳を作り、隙が無い構えを取る。目の前には木があり、何をする気だろうか。


「ふんっ!」


 シトラは握り拳を木に打ち込んだ。すると、木から大量の毛虫が落ちてくる。


「はああっ!」


 シトラは毛虫を腰から引き抜いたナイフで切り裂いて行った。あまりの早業で、目で追えない。


「ふぅ……。眠気覚ましに、木を食べる害虫の駆除、完了です!」


「いや、普通に凄い……。寝起きでよくそんなに動けるね」


 ハンスは素で褒める。


「ありがとうございます。集中すると眠気が消えるので、準備運動にも丁度いいですし、ハンスさんもどうですか?」


「ええ……。俺はまず、木を殴る時点で力不足な気がするんだけど」


「ものは試しですよ。集中して木を殴るだけでもいいですから、やってみましょう」


「わ、わかった」


 ハンスは木箱を地面に置き、シトラと同じように握り拳を作って体を静止させる。呼吸を整えて集中したら、拳を木の幹に打ち付ける。


「いったああ! て、手がああ、手が割れるっ!」


 ハンスは殴った反動が木から跳ね返ってた来た衝撃をまともに受け、手を抱え込むようにして蹲る。


「もう、何やっているんですかー。手首でも痛めましたか?」


 シトラはハンスの手を取り、手首を見る。その時、ハンスは手の平を開いた。


「シトラ、ダンジョンから出たらおやつを食べに行こう……、って何ですかこれ?」


「俺からのデートのお誘い、へぶっ!」


 ハンスはシトラに平手打ちを食らう。


「もう、心配して損しました! 何の異常もないなら、さっさと行きますよ!」


「シトラ、俺のことを心配してくれたんだ。やっぱり優しいね」


「う、うるさいです。怪我をしたかもしれない知り合いを放っておけなかっただけです」


 シトラはハンスに背を向け、ぷんぷんと怒りながらダンジョンの入り口に向かう。


「ねえねえ、シトラ。お茶だけでもいいからさー、一緒に楽しい時間を過ごそうよー」


 ハンスは木の箱を持ちながらシトラの尻尾を追う。


「全く……、仕事終わりの珈琲一杯くらいなら付き合ってあげても良いですけど、仕事でちゃんと成果を上げたらですからね」


 シトラは腕を組みながら言う。


「よし! じゃあ、目標は金貨二〇枚ってことでどうかな?」


「まあ、良しとしましょう。でも、金貨二〇枚を稼ぐなんてトロールに六体くらい合わないと難しいですよ」


「別に、今日じゃなくてもいいんでしょ。これから金貨二〇枚を超えた日はシトラとお茶できるわけだ」


 ハンスはシトラのぽかんとした表情を見ながら、頭を撫でる。


「は、嵌めましたね……」


 シトラは頬を膨らましながら言う。


「いやいや、シトラが仕事終わりならいいと言ったんだよ。今日って言ってない。さ、仕事仕事。運が良ければ、シトラとお茶出来ると思えはダンジョンでの荷物持ちも全然苦じゃないや」


 ハンスは足取り軽く、スキップしながらダンジョンの入り口に向かった。

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