第9話 いい気になってもらおう
ルーナは目を蕩けさせ、ペタンコ座りをしながら呟いた。丸っこい尻尾が振られ、喜んでいるとわかる。
「あ、あの巨兵ルーナを言葉だけで鎮圧しやがった……」
「や、やっぱりあいつ、ただもんじゃねえよ……」
「俺、ルーナにタックルされて盾を構えたのに肋骨六本に右腕の粉砕骨折を負ったんだぞ……。盾してなかったら即死だったらしい」
酒場がざわつき始めたので、ハンスは早々に店を後にした。そのまま川辺に向って走る。さすがにルーナの匂いが体につきすぎた。体を洗い直し『獣好き屋』に移動する。
「あ、ハンス様。いらっしゃいませ」
午後九時過ぎ、ハンスは『獣好き屋』に入ると黒服の店長が立ち上がり、頭を下げた。
「こんばんわ、店長さん。今日も、ミルをお願いしてもいいですか」
「はい。もちろんです。では、八号室の中でお待ちください」
「わかりました」
ハンスは店長から鍵を受け取り、八号室のベッドに座って待っていた。
扉が三回叩かれ、開いていると返事をした後に白髪のとても綺麗な猫族が部屋の中に入ってくる。
「ハンス様、今日もお呼びいただき、誠にありがとうございます。今日も、精一杯ご奉仕させていただきますね」
猫族のミルはシースルーのドレスを身にまとい、八号室に現れた。
「うん、お願いするよ。でも、今日は一味違った夜になると思うから、覚悟しておいてね」
「え? いったいどういう意味でしょうか……」
「まあまあ、試せばわかる。ちょっと面白そうな液体を見つけてね。仕えないかなと思ったんだ」
ハンスはダンジョンで手に入れたスライム粘液が入った木製容器をミルに見せた。加えて、隣に座るよう、ミルに指示する。
「失礼します」
ミルはハンスの隣に座り、ハンスの手を握った。
ミルが部屋に来てから七時間半が経ち、ミルとハンスはベッドの上で抱き合っていた。
「は、ハンス様ぁ、大好き……、もうぅ、ずっと好き……。好き好き……」
「ああー、可愛い顏しちゃって……。そんなに気持ちよくなってくれたんだ。嬉しいな」
ハンスはミルが伸びている間、可愛いやら綺麗やら、大好きと言う言葉を耳もとで囁き、さらに沼らせていた。と言うのも、獣族は何者かに愛されていると実感しないと発情し、手当たりしだい襲ってしまう可能性がある。
ミルやルーナのように性欲が強い獣族の雌は特に陥りやすく、殺害事件まで起こっていた。そのような事件が起こると、人族が獣族を恐れるのも必然。
八○年くらい前は問答無用で死刑だったらしいが、改革のおかげで即死刑になることは無くなったものの暴行を加えた者や暴れ散らかした者は底辺に落ちてしまう。
そうならないためにも、ハンスは多くの獣族を愛している。――まあ、皆、愛が深すぎるんだけど。
外が明るくなり始めたころ、ハンスは昨日手に入れたスライムの体液の効果をひしひしと感じていた。潤滑剤としてとんでもなく使用できると言うことがわかったのだ。
――ただで手に入るスライムの体液が売れれば、大儲けできるんじゃないか。そうなれば、シトラがいなくなった後もお金に困らなくて済むぞ。
「ハンス様ぁ……。今日は一緒に添い寝してください……。もっとハンス様を感じさせてください……。おっぱい枕……、しても良いですから」
ミルは夜の余韻がぬけないのか、ハンスを求めた。
「わかった。じゃあ、今日は午前七時まで、ミルと一緒にいるよ。だから、安心して」
「えへへ、やったー。ハンス様、大好き」
ミルはハンスの頭を抱き、健やかに眠る。
――ああ、こんないたいけな女の子がこの世界にいったい何名いるんだろう。俺が守ってあげないと……。俺は親父のようにはならない……。お爺様みたいな男になるんだ……。
ハンスはミルのメロン級おっぱい枕で二時間ぐっすり眠り、午前七時に起きた後、まだ眠っているミルの肩にシーツを掛け、体に付着した汗や汚れはお湯を浸した布で綺麗に洗う。
下着や内着は新しい品に変え、服も洗濯しておいた品を着る。防具を付け、剣を左腰に掛けたらミルの胸に金貨一枚を挟み込み、おっぱい枕と添い寝、延長料金を支払っておく。
ハンスが部屋を出ようとすると……。
「はんすさまぁ……、いってらっしゃぃ……。むにゃむにゃ……」
ミルは夢の中でハンスを見送っていた。
「うん、行ってきます」
ハンスは部屋を出て受付に向かう。
「今日は少々長かったですね。それだけお楽しみいただけたと言うことでしょうか」
「今日は無料で添い寝してもらいました。なので、いつも通り八時間分支払いますね」
「そうですか。わかりました」
ハンスは店長に金貨二枚を手渡して『獣好き屋』を出る。そのまま、風俗街を出てシラウス街の城門を抜け、炭鉱に出来たダンジョンに足を運んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。午前八時までに集合だったはずだ。ギリギリ間に合ったかな」
「ギリギリ間に合っていませんよ!」
後方から脳が震える美声が飛ぶ。
「あ、シトラ。ご、ごめん。今日は寝過ぎちゃった……」
「はぁー、これだから人族の雄は獣呼ばわりされるんです。さっさとダンジョンに行きますよ。働かない者食うべからずです」
シトラは俺の体にサンドウィッチを押し付けてきた。
「ああ、やっぱりめっちゃ好きになりそう!」
ハンスは白に近い綺麗な銀髪で毛並みが整っており、花のような物凄く良い匂いがするシトラの背後について行く。
「こんなところに誰が木箱を捨てたんだ。まったく、売るだけ売ってゴミは捨てて行く。なんて非常識な奴らだ。はぁ、ゴミ捨て場に持ってくのが面倒なんだよなー」
屋台を引いているおっさんが、空になった長方形型の大きめの木箱を見つめながら呟いた。ハンスは見逃さず、駆けて行く。
「あのっ! その木箱、俺が持って行っても良いですか」
「え? あ、ああ。持って行ってくれるなら助かる」
「じゃあ、もっていきますねー」
ハンスは横幅一メートル五○センチ。縦幅一メートル、高さ三○センチの木箱を手に入れた。
「え、ハンスさん。なんで、そんなゴミを拾って来たんですか?」
シトラは目を細め聞く。
「いやいや、ゴミだなんてとんでもない。立派な入れ物だよ」
「まあ、入れ物と言えば入れ物ですけど……、使い勝手と言う言葉を知っていますか?」
「もちろん。最高に使い勝手が良いと思うよ」
ハンスは笑顔で答えた。
「はい?」
シトラはハンスの言葉が理解できず、首をかしげる。
ハンスとシトラは午前八時過ぎに初級ダンジョンに入った。
「ギャギャギャッツ! ギャギャギャッツ!」
シトラの前にゴブリンが六体。ハンスはもちろん後方勤務。魔物との戦闘はほぼ全てシトラにまかせっきりの状態。たまにシトラの背後を取る魔物がいると、石をぶつけて気を反らさせたりする程度。だが初級ダンジョンの一階層ならこのような連携でも問題なかった。
「はあっ! せりゃあっ! おらあっ!」
シトラは蹴りの三連撃を繰り出し、三体のゴブリンの頭を吹っ飛ばす。目と耳、肌の感覚、匂いの四種類の感覚をすべて使い、彼女は戦っている。夜目が利く鋭い瞳孔でゴブリンの動きを捉え、大きな耳で音を拾い相手の小さな方向転換も聞き逃さない。空気感や擦過していく武器の振動を肌で読み取り攻撃を完全に躱し、第六感による二秒先の軽い未来予知まで使えた。
ハンスの出番などあるわけも無く、残りのゴブリン三体はシトラを囲むように動いたが、後ろの個体は全く見ることなく回し蹴りで瞬殺。残り二体は中央に飛び込んでからの股割蹴りで両者を岩の壁に叩きつけ倒す。
「ふー、動いた動いた」
「うわあっ、凄い。シトラは物凄く強くてカッコよくて可愛くてなんて頼りになるんだ!」
ハンスはシトラをこれ以上ないほど褒めちぎった。
「そ、それほどでもないですよ。まあ、今までたくさん修行してきましたし、ゴブリン相手におくれは取りません」
シトラはハンスに褒められ、良い気になっていた。
「ほんと凄い。俺はシトラみたいな動きは出来ないし、ゴブリンすら倒せないから尊敬しちゃうよ。いあ、あの滑らかな動きに強烈な一撃、まるで戦いの神様を見ているようだ!」
「も、もう、言い過ぎですよっ! そ、そんなに褒めてもお金は三分の一しか渡しませんからね。全く、いったい何人の女の子に同じような言葉を言ってきたんですか」
「え? 俺はシトラにしか言ったことないよ。だって、こんなに滑らかに動いて小さいのに強い女の子には初めて会ったんだ。だから、俺はシトラにしか言ったことが無い」
「うぅ……、そ、そんなに褒められると照れちゃいます……」
シトラは褒められるととことん嬉しくなってしまう直ちゃんで耳をヘたらせ、尻尾を振る。
――こんな簡単に嬉しくなってもらっていいのだろうか。まあ、自己肯定感が上がれば、発情しにくくなるし、これくらい褒めたら十分かな。
ハンスはシトラが発情しないよう、上手く欲求を満たしてあげていた。頭を撫でたり、褒めたり、笑い掛けたり、たったこれだけで獣族の雌は大概喜ぶ。
「ふぅー、いやー、なんでこんなに調子が良いんでしょうか。ダンジョンに潜って魔物を倒すだけなのに、楽しくて仕方がありません」
シトラはおだてられ、調子を良くし、気分が高揚していた。お酒を飲んでいるよりも楽しい気分になっているだろう。なんせ、褒められると言う行為は自分が認められたと言う商人欲求を強く見たし、幸福感を湧き立たせてくれるからだ。
――シトラのおかげで稼げているし、少しでもいい気分になってもらおう。
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