第7話 獣族の扱い

 ハンスはトロールの魔石を取り出し、シトラに渡す。


 シトラは魔石を乾いた布で綺麗に拭き、ウエストポーチにしまった。トロールの目玉も回収し、先に進む。


 二時間後……。


「ズチュズチュ……」


 地面を這う水泡のような魔物が現れた。どう考えてもスライムだ。


「うわ、ゴミが出てきました……。最悪です」


 シトラは生ゴミを見るような視線をスライムに送る。


「スライムからは何か取れないの?」


「こいつらはダンジョンの掃除屋ですよ。でも、倒し方が魔石を砕くしかないので、倒すときは水泡を割らないといけないんです。でも、その時に大量の粘液が出て、体がベトベトになっちゃうんですよ。それが最悪で、倒す価値はありません。襲ってきませんし、倒しても永遠に現れるので、倒すだけ無駄です」


「へぇ……。なんとも救いが無い魔物だな……」


 ハンスは小石を拾い、スライムの魔石に向って投げる。小石はスライムの膜を割り、魔石も破壊した。すると、破れた位置から体液が漏れ、完全に討伐した。


「あんな一撃でも倒せるんだ」


 ハンスはスライムに近づき、粘液を指で掬う。そのまま、親指と人差し指で練り込んだ。

「サラサラ過ぎず、ベトベト過ぎない。匂いも無ければ味もしない……」


 ハンスはスライムを口に含んだあと喉に絡んだタンを吐き捨てるように唾を吐く。腕の皮膚に乗せる。数分たっても痛みはない。


「刺激も無い。これ、使えるな……」


 ハンスは近くに捨てられていた回復薬が入っていたのであろう木製の容器を飲み水で簡単に濯いでから、スライムの粘液を掬い取った。


「よし、とりあえず、一本分でいいか。今晩が楽しみだな……」


 ハンスは木製の容器をウエストポーチにしまった。


「もうハンスさん。何をしているんですか。立ち止まっていたら置いていっちゃいますよ」


 シトラは駆け足をしながらハンスを呼ぶ。


「ああ、すぐに行くよ」


 ハンスはシトラの後方に位置し、ついて行った。


 ダンジョンに入り約六時間。朝から、昼過ぎまでゴブリンと、たまに現れるトロールを狩って行った。

 シトラは子供体型ながら、力が人の八倍以上あり、さすが獣族と言ったところだ。人族よりも力が強いのが獣族の特徴だが、国を治めているのは人族だ。力が強いのと賢いのでは賢い方が強いらしい。


 子供のころ、歴史について習ったことだが、八〇〇年前、獣国が人国を攻め、敗北したそうだ。その時の名残で獣族は人族から非道な扱いを受けてきた。

 一五年くらい前まで緩和されていたが、俺が生まれたころ国を治める王が代替わりし、獣族に対する扱いが激化した。

 どうやら長い年月に刷り込まれた迫害の名残はなかなか消えないらしい。だからか、多くの魔物を狩れるのにシトラの冒険者の位は未だに銅級だった。


「シトラ、なんで位を上げてもらわないんだ?」


「上げてもらいたくても、上げてもらえないんですよ。まあ、獣族への扱いなんて、そんなものです。冒険者になれるだけ、ありがたいんですから、感謝しています。戦えなかったら、低賃金で働くか、体を売るしかありませんからね」


「シトラが体を売る……。うーん」


 ハンスはシトラの体を舐めるように見回す。


「な、なんですか……。そんな気持ち悪い視線を向けないでください」


「変態相手なら受けるかもな。だが、超稼げるかと言われたら微妙な所だ。だから、体を売るのは止めた方が良い。そのまま冒険者道を突き進むんだ!」


「……私のお零れが欲しいだけでは?」


 シトラはジト目をハンスに向ける。


「さ、さあ、何のことかな。あー、あっちにゴブリンが三体いるよ。さ、倒しに行こう!」


 ハンスはシトラの言葉を遮り、ゴブリンの方へと駆けて行く。


「はあ、全く。調子がいい人ですね!」


 シトラはハンスの横を擦過し、ゴブリンの頭を壁に叩きつけるようにしてけりつけ、三体同時に討伐する。


「おおー、凄い、天才、最強っ! 滅茶苦茶可愛い!」


 ハンスはシトラを盛大におだてる。


「え、えへへ……、そ、そうですかねー。まあー、これくらい朝飯前ですよー」


 シトラはハンスにおだてられ、無い胸を張りながら、尻尾と耳を動かす。


 ――はは、なんてチョロい女の子なんだ。悪い大人に騙されないといいけど……。


 ハンスとシトラは初級ダンジョンの一階層で七時間ほど籠り、ゴブリン六〇体、トロール一〇体を討伐した。


「ほんと、運が良いですね。私、ダンジョンでこんなに魔物と遭遇したのは初めてです」


「魔物と遭遇するのは運がいいのか? 悪い気がするんだけど……」


「なにを言っているんですか。運が良いに決まっていますよ。お金を稼ぐためには魔物と出会わなければいけませんし、強くなるためにも、魔物と戦わないといけません。ハンスさんも戦わないと強くなれませんよ」


 シトラは握り拳を作り、ハンスに見せる。


「はは……、お、俺は別に強くなりたいわけじゃないから、いいよ。お金さえあれば十分」


「そんなこと言っていたら、守りたい者も守れませんよ。ハンスさんにはそんな方がいないんですか?」


 シトラは両手を握りながらハンスに聞いた。


「守りたい相手? んー、考えてもぱっと思いつかないな。守りたい相手が無いのかも」


「だから、遊び惚けているんですね。全く、ハンスさんの将来が不安ですよ」


 シトラは腕を組みながら、呟いた。何とも母親のようなことを言う子だなとハンスは思う。


「俺の将来の心配なんてしなくてもいいよ。シトラは自分の将来を心配していればいい。今はちょっと友好関係を結んでいるだけの存在だし、互いに儲かって良い感じでしょ」


 ハンスは笑い、ゴブリンの魔石がパンパンに入っている袋を持ち上げながら言った。


「そうですね。今日も生活していけそうです」


 シトラも笑い、パンパンに膨れたウエストポーチをハンスに見せる。


 ハンスとシトラは一時間足らずでダンジョンを出る。計八時間ほどダンジョン内におり、朝だった外はすでに夕方になっていた。


「じゃあ、冒険者ギルドに行って、換金してもらいましょう」


「そうだね」


 ハンスとシトラはシラウス街の冒険者ギルドに向かい、素材を換金する。


「今回、シトラさんが持ってきた素材はトロールの魔石一〇個で金貨二〇枚、トロールの目玉一〇個で金貨一〇枚、ゴブリンの魔石六〇個で金貨三枚。計金貨三三枚です」


「はわわ……。ありがとうございます!」


 シトラは革袋を受け取り、大切に抱えながら戻ってくる。


「ハンスさん、見てください。こんなに儲かりました! 一人で冒険者をしていたときの三〇倍です! トロールに沢山出会えたて運が良かったですね!」


「そうだね。シトラがトロールに勝てるおかげで何体出会ってもお金にしか見えないよ」


「まあ、私達にとって魔物はお金稼ぎの相手にしか見えませんし、別にいいんじゃないですかね。じゃあ、ハンスさんに今日の報酬として三割の金貨一一枚です」


「そんなに貰っていいの?」


「はい。ハンスさんのおかげで、たくさん儲けられているので、是非貰ってください」


 シトラは金貨一一枚をハンスに渡した。ハンスは少女から金貨を受け取る。


「ありがとう。すごく助かるよ。じゃあ明日明後日明々後日も一緒にダンジョンに行こう」


「もう、お金にがっつきすぎですよ。でも、一階層だけでもこれだけ儲けられるなら、別に二階層に行く必要も無いですし、構いませんよ」


「ははっ、ありがとう、シトラ。んー、大好きっ!」


 ハンスはシトラに抱き着き、後頭部を撫でた。


「ちょ、いきなり何するんですか。止めてください!」


 シトラはハンスを突っぱねる。


「ごめんごめん。じゃあ、また明日、ダンジョン前で会おう。朝八時に行くから」


「わかりました。雨でもちゃんと来てくださいね」


「もちろん! 雨だろうが雪だろうが、竜巻、台風の時だって行くよ!」


 ハンスはシトラの手を握った後、何度も感謝し、冒険者ギルドを出る。


 ――臨時収入が金貨一一枚も手に入った。このままシトラと冒険者紛いなことをしていれば、毎日お金に悩まされずに済む。そう考えた。

 まあ、シトラの事情もあるだろうから、あまり深い関係を持つ気はない。あれだけ強いんだ。中級ダンジョンにだって行こうと思えば行けるだろう。

 彼女は運が悪いと言っていたが、普通の感覚なら魔物に合わないなんて運がいいに決まってる。変わった完成の持ち主なんだろうな。まあ、冒険者だから魔物に出会わないと運が悪いとなるのか。


 ハンスは金貨を革製の袋に入れ、銀貨一枚で食事と礼儀作法(エチケット)を終える。

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